もたらされた凶報
Side・真子
この3週間で、何度ベスティアの白妖城に来たかしら?
アミスターの天樹城にはまだ2回ぐらいしか行けてないのに、もう5回は来てるわよ?
いえ、お城なんて普通は簡単に来れないんだから、十分多いんだけどさ。
今回の登城は、アライアンスっていうハンター連合の派遣のためっていう理由もあるし。
「名高きハンターズレイドを、これほど派遣して下さるとは……心より感謝致します」
派遣されたハンターズレイドは、リーダーのファリスさん率いるホーリー・グレイブ、イスタント迷宮で出会ったっていうグレイシャス・リンクス、ファルコンズ・ビーク、ブラック・アーミー、アミスター1と言われているリリー・ウィッシュ、そして裏切り者が出つつもそれらのレイドから変わらない信頼を受けているトライアル・ハーツの6つ。
100人に満たない人数ではあるけど、全員が、特にハイクラスの人達は誇張抜きに一騎当千の強者揃いだから、たったこれだけの人数でも、十分に一軍を相手取ることも可能よ。
「明日からソレムネの侵略を防ぐため、皆様のお力をお借り致します。晩餐の準備も整っておりますから、本日は英気を養い、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます、ヒルデガルド陛下」
先日オーダーが到着した際も、同じ事をやっているわよ。
セイバーズギルドはソレムネの攻撃で戦力を減らしているけど、不幸中の幸いと言うべきか、トラレンシアの街や村に被害は出ていない。
だから食材とかは集められるんだけど、セイバーが減ってしまったために、実はトラレンシアは治安が悪くなってきている。
特に多くのセイバーをリオに追加派遣したベスティアではそれが顕著で、私達も何度かゴロツキに絡まれたわ。
オーダーズギルドから派遣されたオーダーがその穴を埋めるべく奮闘しているから、かなりマシになったそうだけど。
だけど謁見の間から立食パーティーが行われるダンスホールに移動中に、とんでもない情報がもたらされた。
「へ、陛下!陛下はおられますか!?」
1人のセイバーが慌ただしく、それでいてとてつもない悲壮感を漂わせながら駆けてきた。
セイバーにあるまじき行動だけど、口にした内容はそんなものはどうでもいいと感じられる程の内容ね。
「騒々しいですよ。何事ですか?」
「き、緊急事態です!スリュム……スリュム・ロードが、セリャド火山より姿を現しました!」
「な、なんですって!?」
その報告を聞いた瞬間、ヒルデガルド陛下だけじゃなく白妖城の官僚、バトラーはもちろん、アライアンスのハンターまでが言葉を失い、絶句した。
国を容易く滅ぼすことが出来る終焉種と呼ばれる魔物。
実際にトラレンシアより前にアウラ島にあった国の1つが、スリュム・ロードっていう翼を持った巨大な虎に滅ぼされたそうだし、他にもいくつかあるって聞いてる。
虎に翼って、なんかそんな感じの諺だか故事だかがあった気がするけど、空を飛べる虎なんて、Wクラスっていう魔物の翼族みたいなのでも厄介なんだから、それが終焉種ともなれば、確かに国ぐらい簡単に滅ぼせるってことなんでしょうね。
「そ、それで、クラテルはどうなったのですか!?」
「クラテルは無事です。セイバーやオーダーには、少なくない被害が出ておりますが……」
クラテルに派遣されたオーダーは3部隊だけど、それでもハイクラスの割合は最も多かったはず。
なのに少なくない被害が出たって、本当にどうにもできなかったってことなの?
詳しく報告を聞くと、最初スリュム・ロードはセリャド火山から出てきて、大きな咆哮を上げたらしい。
その咆哮はクラテルでもはっきりと聞き取れたから、セイバーやオーダー、ハンターは迎え撃つための準備を整えたんだけど、スリュム・ロードはそんなセイバー達を嘲笑うかのように姿を現し、回復した自身を見せ付けるかのようにひと暴れしてからセリャド火山に戻っていったそうよ。
死者も少数とはいえ出てしまったし、重傷者はかなりの数らしいから、もう一度スリュム・ロードが姿を見せたら、クラテルの街は蹂躙され尽くすかもしれないじゃない。
「こんなタイミングで完全復活かよ。もう少し空気読めよな」
「全く同感だけど、さすがにこれはマズいわね」
「だな。仕方ない、俺達が行くか」
「そうするしかないか」
大和君の決断にマナ様が諦めたように溜息を吐くけど、終焉種が好き勝手暴れるなんて状況は、トラレンシアだけじゃなくアミスターにとっても最悪の事態。
ソレムネは喜ぶかもしれないけど、その後でアウラ島を自国に併合することを考えたら、やっぱり面倒だって言えると思う。
大和君とプリムは終焉種オーク・エンペラー、オーク・エンプレスを単独で倒した事があるそうだけど、10メートル近い巨体を誇るスリュム・ロードの方が手強いだろうし、180年前の討伐戦でさえ逃げ切ったわけだから、もしかしたら狡猾な性格をしている可能性もある。
もちろん私も行くつもりだけど、怪我人を放っておくわけにもいかないから、どこまで魔力が残るか、それだけが心配ね。
「私達も行くよ」
だけどその大和君に、ファリスさんが待ったをかけた。
「いや、アライアンスにはリオに行ってもらわないといけないんですから、さすがにそれは」
「確かにそうだけど、こんなタイミングでスリュム・ロードが出てきたとなると、リオどころかベスティアだって危ないよ。それに大和君、マナ様も忘れていませんか?180年前のスリュム・ロード討伐戦で、何故スリュム・ロードを仕留めきれなかったのか、その理由を」
「あ……」
「……そうだったわね」
180年前、
だけど相手がスリュム・ロードだけなら、恐らく討伐出来ていたんじゃないかとも考えられている。
100人を超すハイクラスの、実に7割以上が命を落とした原因は、スリュム・ロードに付き従っていた異常種の存在が大きいそうなの。
スリュム・ロードはGランクのアイシクル・タイガーが進化したと考えられているけど、そのアイシクル・タイガーの異常種アイスクエイク・タイガーはM-Iランクモンスター。
そのアイスクエイク・タイガーが3匹も現れたっていう記録が残ってるし、魔石は3つとも白妖城に保管されているとも聞いているわ。
「確かアイスクエイク・タイガーも、10メートル近いデカさでしたっけ?」
「そう言われてるわね。こちらも討伐戦以降は見かけないそうだけど、当時の個体は3匹とも討伐されている。もし出てくるとしたら、新しく進化した個体っていうことになるでしょうね」
「だが180年も経ってる訳だから、数はそん時より増えてる可能性も否定できねえ。というより、増えてると考えるべきだろう」
リリー・ウィッシュのリーダー、サヤさんとバウトさんが予想を口にするけど、私もその通りだと思う。
特に数に関しては、バウトさんの言うように複数いることを考えておかないと、こちらも無用な被害を受けることになる。
「マイライトの事もある。災害種もいる可能性も否定できないよ」
「そうだな」
ファリスさんとクリフさんも、さらに予想を追加する。
アイシクル・タイガーの災害種って、アバランシュ・ハウルっていうA-Cランクモンスターになるんだっけ?
こっちは
「つまりファリス達は、アイスクエイク・タイガーの相手をしてくれるってこと?」
「さすがにアバランシュ・ハウルは荷が重いですが、これだけの数で掛かれば、アイスクエイク・タイガーまでなら何とかなるでしょうからね。そうすればエンシェント3人の負担も減りますから、討伐できる可能性も上がるでしょう」
確かに。
大和君もプリムも、Mランク辺りまでなら簡単に狩っちゃうけど、それでも終焉種を相手にしながらだと厳しいはず。
スリュム・ロードが狡猾な性格をしているようなら、その隙を突かれてしまう可能性も十分考えられる。
既に終焉種討伐の実績のある大和君とプリムは、確実にスリュム・ロードに相対してもらうことになるから、出来る事ならそちらに専念してもらった方が良い。
180年前は逃げおおせたみたいだけど、私と大和君が積層結界を展開しておけば、それも難しくなるでしょう。
さすがに切り札を使わざるを得ないだろうけど、この際仕方ないわ。
「……リオへの派遣をお伝えしておきながら、このような事を申し上げるのは心苦しいのですが、もし可能でしたら、まずはクラテルへ赴き、スリュム・ロードの討伐をお願い出来ないでしょうか?ソレムネの事も重要ですが、スリュム・ロードを野放しにしておけば、我が国はそれだけで滅びることになります。ですから……何卒宜しくお願い致します」
深く頭を下げるヒルデガルド陛下。
一国の王が頭を下げるなんて、それこそ一大事だわ。
ヒルデガルド陛下もその事は理解してるけど、それが些事に見えてしまう程、終焉種の存在は大きいってことなのね。
「女王陛下に頭まで下げさせたんだから、行くしかないよね」
「だな。大和、クラテルまではすぐに飛べるんだよな?」
「一度ベスティアの外に出なきゃいけませんけど、可能です」
「なら決まりだ。せっかくの晩餐が台無しになったんだ、スリュム・ロードにはその代償を支払ってもらうことにしよう」
そう言ったファリスさんに、全員が力強く頷いた。
心強いわね。
「いえ、せっかくの晩餐です。出立は明日にし、今晩は英気を養って下さい。クラテルにはわたくしも同行させて頂きますので」
「へ、陛下も、ですか?」
「はい。これでもわたくしはハイヴァンパイアですから、皆様の足を引っ張るような醜態を晒すことはないと思っています」
確かにヒルデガルド陛下はハイヴァンパイアだし、実力もGランクハンターと比べても遜色ない。
だけど女王陛下御自らが参加しなくてもいいと思うんだけど?
「初代エリエール様は、スリュム・ロードに手足を食い千切られても戦い続け、撤退までさせているのです。その子孫であるわたくしが後方で安穏としているなど、許される事ではありません。そもそも我が妖王家が武芸を嗜んでいるのは、この時のためと言っても過言ではありませんから」
ああ、だからエリエール様の大鎌が、代々の女王の証ってことにもなってるのか。
「それを言われちゃうとあたし達としては断り辛いんだけど、トラレンシアとしては大丈夫なの?」
「大丈夫ではありませんが、スリュム・ロードが再び姿を見せた際は、女王自らが先陣に立つようにとのカズシ様、エリエール様の遺言がございますので、やむを得ないかと」
「それに万が一の時は、妹のヒルドに任せることになります。ですから、わたくしの事はお気になさらず」
ブリュンヒルド・ミナト・トラレンシア王妹殿下か。
私も会ったことがあるけど、戦女神の名前を持ってる割には戦いに向いてない子だったわね。
年は大和君と同じだから既に成人済みなんだけど、レベル40のヴァンパイアだったはずだわ。
戦いに向いてないのにレベル40って時点で、かなり凄いけどね。
既に日も暮れ始めてるから、クラテルに行くのは明日ってことにして、今日は用意されていた食事を食べて、私達は英気を養った。
スリュム・ロードの出現を聞いてブリュンヒルド殿下もやってきたけど、この子もしっかりと頭を下げていたわ。
王家が軽々しく頭を下げるもんじゃないってみんな口々に諫言してたけど、終焉種の前じゃ些細な事ですってきっぱりと言い切られちゃった。
トラレンシア王家は女性が王位に就く事になってるけど、内情は結構複雑なものがある。
王位に就けるのは女性だけと言っても、あくまでもエリエール様の直系のみになるから、現在王位継承権を有しているのはブリュンヒルド殿下だけ。
だからもしヒルデガルド陛下やブリュンヒルド殿下に万一の事があったら、トラレンシア妖王家は途絶えてしまうことになる。
一応エリエール様の血を受け継ぐ分家はいくつかあるそうだけど、暗殺とかの疑惑を掛けられた時点で継承権永久剥奪っていう重いペナルティが存在しているから、今まで妖王家では暗殺が行われた事はないし、代々の女王の多くはハイヴァンパイアに進化しているから、少々の毒は効果が無い。
だけどそれより問題になるのが、女王の結婚と懐妊ね。
女王だって当然結婚は出来るんだけど、相手によってはシングル・マザーにならざるを得ない場合があって、ヒルデガルド陛下とブリュンヒルド殿下の母上はまさにこの場合に当てはまっているんだとか。
ヒルデガルド陛下とブリュンヒルド殿下の父上はアミスターのハンターなんだけど、トラレンシアに来た際に先代に見初められ、数年間滞在し、その間にお二方を儲けられたんですって。
だけど所属がアミスターだから結婚はせず、今もアミスターで活動しているそうなんだけど、驚いたことに先代は、ヒルデガルド陛下が即位すると同時にアミスターに出立し、今はそのハンターと結婚して幸せに暮らしてるんだとか。
本当ならそのハンターも呼ぶべきだったのかもしれないけど、その人はハイヒューマンにこそ進化しているけど、レベルは40代前半らしいし、何より行方が分からなかったからどうしようもなかったわ。
ちなみに先代は末の妹らしく、これも伝統になってるんだけど、末の妹の在位期間は長めになるみたい。
ヒルデガルド陛下がどうなるかは分からないけど、今は在位3年目だから、早ければ1,2年で退位して、ブリュンヒルド殿下が即位されることになる。
ブリュンヒルド殿下の次は先代の姉君の子ってことになるんだけど、一番年上の女の子でも9歳ってことだから、まだ王位継承権を持ってないんですって。
何の呪いか分からないけど、先代の姉君の子は男の子が多くて、上は14歳から下は8歳まで、4人も生まれてるって話だわ。
これはヘリオスオーブじゃ非常に珍しい事らしいけど、トラレンシア王家としても初の事態だから、ヒルデガルド陛下やブリュンヒルド殿下の婚姻に関しては、本気で焦ってる所もあるみたい。
ちなみに現在の最有力候補は、まだ非公式ではあるけど大和君なんですって。
そりゃ5人いるエンシェントクラスの中で、唯一女性との間に子を成せる男性なんだから、そうなるのも分からなくもないわ。
私の常識は全然追い付かないけど、王家の血筋を残すためって力説されちゃったから、無理矢理でも納得するしかなかったのよ。
いつか私も、慣れる日が来るのかしらね?
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