戦女神の戦い

 トラレンシアの妖都ベスティアでは少しヘコんだなぁ。

 いや、プリムの奏上したフライングも、真子さんの奏上したスカファルディングも良い魔法だよ?

 だけど自分の翼を使うことになるフライングはともかく、魔力で足場を作れるスカファルディングは、何で思い付かなかったのかと思ったよ。

 サユリ様も同じ気持ちだったらしいが、それでも俺達は魔法を奏上したことがあるし、ここで文句を言うようなことでもないから、俺達は気持ちを切り替えてアルカに戻ることにした。

 あ、サユリ様も魔法の奏上を成功させたことがあるんだが、その魔法が従魔魔法コーリングとリペトレイティングだったんだよ。

 しかもサモニングとリターニングっていう、同系統の召喚魔法も同時に奏上っていう扱いになったから、サユリ様は一度に4つの魔法を奏上したことになってるんだそうだ。

 他にもスタンピングっていう、印章押印魔法も奏上したらしい。

 王妃時代に、書類仕事が大変だってことで奏上したって言ってたな。


「へえ、迷宮ダンジョンなんていうのもあるんだ」

「ええ。けっこう大変だったけど、面白かったわよ。イスタント迷宮のアンデッド階層は最悪だったけど……」


 翌朝、アルカの食堂で朝飯を食いながら、真子さんがヘリオスオーブの事をみんなに聞いている。

 どうやらハンターとヒーラー登録をしたいらしく、フィールに連れて行ってほしいみたいだ。


「アンデッドはイヤだけど面白そうね。適正的に戦闘向きじゃないんだけど、それでも足手纏いにはならないと思うから、余裕が出来たら行ってみたいわ」


 なんて言ってる真子さんだが、俺としてはそんなことは無いと思っている。

 真子さんの適正がある刻印術は支援系と広域系、属性は風だとか。

 広域系に適正があるだけでも十分なんだが、本人としては医療系術式が一番得意らしいから、戦闘向きじゃないっていうことらしい。

 だけど真子さんにはスピリチュア・ヴァルキリーっていう称号があるから、戦闘に関しても間違いなく一流以上の実力を持っていることは確実だ。

 だからこそ称号があるんだからな。


「今日はフィールで真子のハンターとヒーラー登録をするけど、その前に一度魔物と戦ってみる?」

「そうですね。まだ魔物は従魔や召喚獣しか見たことありませんから、そうしたいと思います」


 マナの提案に従って、先に魔物と戦うつもりか。

 確かに魔物はどこにでもいるが、真子さんの実力を見るとなると、最低でもBランクぐらいじゃないと判断しにくいんじゃないかと思うんだがな。


「大和、どうかしたの?」

「ああ。スピリチュア・ヴァルキリーっていう称号がある以上、CランクやIランク程度じゃ、真子さんの相手にならないのは確実だ。だったらいっそのこと、フェザー・ドレイクと戦ってもらうのもアリかと思ってな」

「いきなりフェザー・ドレイク?それはそれで大変じゃないかしら?」


 普通ならそうだが、称号持ちの一流生成者を舐めるなよ?

 刻印術の精度は、俺より上の可能性だってあるんだからな?


「過大な評価をありがとう。だけど大和君はエンシェントヒューマンなんでしょう?魔力はハイクラスとは比べ物にならないそうだから、精度はともかく強度は間違いなく大和君の方が上でしょ」


 それはそうかもしれないが、その発言は精度には自信があると受け取れまっせ?


「多少はね。さすがに広域系はあなたの両親程じゃないけど、支援系だけならお父さんよりは上だったわよ」

「マジでっ!?」


 確かに父さんは支援系に適正が無くて苦手だが、それでも俺より強度も精度も全然上なんだぞ!?

 支援系だけとはいえ、父さんより上って、マジでとんでもないじゃねえか!


「さすがに七師皇になってる今の飛鳥君と比べたら、私の方が劣ってるだろうけどね。経験の差もあるだろうし」


 それは否定しないが、それでも俺としては戦慄を禁じ得ない。


「じゃあフィールに行く前に、マイライトでフェザー・ドレイクを狩るか」

「分かったわ」


 さすがに刻印具は使えないだろうから、刻印法具を生成せざるを得ないだろう。

 真子さんも生成者だってことは分かってるんだが、刻印宝具のことは形状も含めて教えてもらえてない。

 刻印法具の形状を秘匿するのは普通のことだが、それでも拝めるチャンスなんだから、遠慮なく拝見させて頂きましょう。


 朝食後、俺達はアルカの鳥居にある石碑を使い、マイライトの山頂に転移した。

 俺も最近まで知らなかったんだが、石板を回収しておけば、その石碑のあるとこにはいつでも飛べるらしいんだよ。

 マイライトに来る機会はそんなに多くはないと思うが、狩りをする場合はこっちの方が楽だし手間も省けるから助かるが。


「これが宝樹なのね。話には聞いてたけど、本当に凄いわ」

「天樹はさらに凄いわよ。まあアルカからも見えてるんだから、分かってると思うけど」

「はい。アルカが上空2万メートルにあることもですが、それでも天樹は上が見えませんでしたからね」


 確かに天樹がどこまで伸びてるのかは、全く分からない。

 ヘリオスオーブを支える柱でもあるって話だが、まさか本当に天井にまで伸びてるわけじゃないよな?

 ちなみに今回の同行者は、マナとミーナだ。

 真子さんがヒーラー登録もするってことで、プリムはトレーダーズギルドに登録することを決めたし、フラムはクラフターのお勉強の真っ最中だ。

 リディアもプリムと一緒にトレーダー登録に向かってるが、ルディアはクラフター登録をするとか言ってたな。

 アテナはエオスに付き合ってもらって、対人戦の特訓だ。

 ユーリはフロートに出向いてるぞ。

 アリアはどうしようかと思ったんだが、いきなりマイライトっていうのもどうかと思ったから、とりあえずはアルカで留守番をしてもらっている。


「それで大和君。私が戦うのって、確かフェザー・ドレイクっていう亜竜だったわよね?」

「……ごめんなさい」


 うん、俺としては謝ることしかできましぇん。

 なにせちょっと進んだだけで、いきなりオークの集落にぶち当たったんだからな。


「この世界のオークは、女性を無理矢理胎ませるようなことはしないってことだから、それが救いね」

「逆に男は危ない魔物がいますけどね」


 漫画や小説とかだと、オークやゴブリンは人間の女性を攫い、無理矢理子供を産ませるなんてことがあるが、ヘリオスオーブだとそんなことはなく、普通に同族同士で繁殖している。

 だけど女性だけの亜人ワルキューレ、アマゾネス、セイレーンは人間の男を攫い、精を受けることで繁殖してるそうだから、毎年攫われたと思われる男子は後を絶たない。

 運良く逃げ出せた男もいるそうだが、死ぬまで手厚くもてなされるらしいから、待遇としては悪いもんでもなかったらしいが。


 ……あれ?

 そういやアントリオンも、女性だけの亜人だったよな?

 だけどワルキューレとかと違って男を攫うなんて話はないから、どうやって繁殖してるんだ?

 いや、アントリオンは蟻の亜人だから、男もいるのかもしれない。

 数は少ないだろうし、表に出てくることもないだろうから、知られてないってことなんだろうな。


「まあいいけどね。ともかく、やってみるわ」

「へ?」


 いきなり風性B級広域対象系術式エア・ヴォルテックスを発動させた真子さんだが、驚いたことに刻印具はもちろん、刻印法具すら生成していない。

 いや、刻印術って刻印具か刻印法具がないと、使えないはずでしょ!?


「それは大和君の勉強不足よ。そもそも刻印術は、どうやって発動していると思うの?」

「どうやってって、そりゃ刻印を介してでしょ」

「そうよ。だから生刻印を使えば、精度や強度は落ちるけど、刻印術は使えるのよ」


 マジか、知らんかったぞ。

 刻印具や刻印法具に記録させてある術式を読み出すわけじゃないから、自分で術式を制御しなきゃならないそうだが、それでもそれらが無くても刻印術が使えるっていうのは、大きなアドバンテージじゃないか。


「こんなもんかしらね」

「す、凄いですね……」


 真子さんのエア・ヴォルテックスは、集落にいるオーク達を次々と血祭りに上げていく。

 ん?なんか氷も混ざってるが……あ、ニードル・レインか!


「気付くのが遅くない?最初からエア・ヴォルテックスとニードル・レインの積層術を使ってたんだけど?」

「……生刻印でも刻印術が使えるっていう事実に気がいってました」


 ニードル・レインは水性C級広域系術式で、領域内に水や氷の針を飛ばす術式だ。

 真子さんはそのニードル・レインをエア・ヴォルテックスに重ねてるんだが、驚いたことにニードル・レインは気流に沿って、しかもごく僅かな量しか撃ってなかったから、オークの陰に隠れてすげえ見え辛かった。

 天気の日に雨がパラついて、自分は平気でも地面がちょっと濡れたっていう感覚に近いか。

 ニードル・レインは水属性だから俺も普通に使えるんだが、ここまでの精度で使えるかって言われたらかなり厳しいのに、真子さんは制御が難しい生刻印で使ってるんだから、確実に俺より精度は上だな。


「これで終わり、って言いたいんだけど、エア・ヴォルテックスでも飛ばなかったのがいるわね。赤くて大きいオークみたいだけど、何か知ってる?」

「赤くてデカい?って、キングかクイーンじゃねえか!」


 慌ててイーグル・アイを発動させて集落の様子を見るが、確かに赤黒い肌をした巨体のオークが、地面に剣を突き立ててエア・ヴォルテックスに耐えていた。

 あの体格だとキングの方だな。


「キングまでいたんですね」

「強いの?」

「話したでしょう?災害種よ。普通なら単独討伐は不可能って言われてる魔物で、その証拠にモンスターズランクもP-C。合金が開発されるまではハイクラスが数十人で掛かって、それでも多くの犠牲者が出ていたわ」


 俺やプリムはそこまで苦労したわけじゃないが、実際は本当に大変だったらしいな。

 アライアンスでも何人か怪我してたが、それでも死者は出なかったし、最も重い怪我でも肋骨骨折だったから、奇跡的な戦果として称えられていたぐらいだ。


「そうなんですね。どうりで私のエア・ヴォルテックスに耐えられるワケだわ。仕方ない、1つ札を切らせてもらおうかしら」


 そう言って真子さんはエア・ヴォルテックスを解除し、刻印法具を生成した。


「それが真子さんの刻印法具ですか」

「一応はね。これはエアー・スピリット。風属性に特化した柄杓よ」


 柄杓ってことは、生活型になるのか?

 エアー・スピリットは1メートル程の長さがあるが、柄杓という割には底が浅く、どちらかというとスプーンみたいな形をしている。

 だけど反対側は鍵みたいになってるから、鈍器としても十分使えそうだな。


「あとはあのオーク・キングだけみたいだし、こっちの方が良いかしらね」


 そう言って真子さんは、アルフヘイムとムスペルヘイムの積層術を発動させた。

 アルフヘイムの風に煽られて勢いを増したムスペルヘイムの雷撃が、次々とオーク・キングを貫く。

 さらに雷を伴った竜巻も発生させ、オーク・キングはあっさりと天に巻き上げられ、成す術もなく地面に叩きつけられて絶命した。


「あれ?何かしら、この感覚は……」


 さらに真子さんの魔力が増した。

 この感覚は覚えがあるぞ。


「真子さん、ライブラリー見せてもらってもいいですか?」

「別に構わないけど?『ライブラリング』。はい」


 あっさりと俺にライブラリーを見せてくれた真子さんだが、やっぱり予想通りかよ。


「真子さん、おめでとうございます」

「何が?」

「エンシェントヒューマンに進化してますよ」

「「えっ!?」」


 声を揃えて驚くマナとミーナだが、俺もこんな早く進化されるとは思わなかった。

 元々真子さんのレベルは66だったから時間の問題ではあったんだが、それでも最初の戦闘で進化するとは……。


「これが進化するっていう感覚なのね。もしかして一流の生成者って、全員がエンシェントクラス並の力を持ってるってことになるのかしら?」

「そう考えてもいいと思うけど、なんでそんなことを?」

「私はスピリチュア・ヴァルキリーっていう称号を貰ってるけど、大和君のお父さん達に比べると、実戦経験が少ないのよ。だから他のみんなより一段劣る実力しかなかったんだけど、そう考えると納得できるかなと思って」


 真子さんの言わんとすることは分からんでもない。

 実際、両親や師匠連中には、ヘリオスオーブに来る前の俺じゃ手も足も出なかったからな。

 それをハイクラスがエンシェントクラスに挑んでたって置き換えると、確かに勝てるわけがない。

 ということは両親や師匠連中がヘリオスオーブに来てしまったと仮定すると、全員がエンシェントクラスに進化するってことになってしまう。

 ……背筋がすげえ寒くなってきたから、これ以上考えるのは止めておこう。


「真子はウイング・クレストに加入したいってことだから、これで3人目じゃないの。どこまでおかしくなるのよ、このユニオンは」

「いや、そう言うマナだって、エンシェントエルフに進化するのは時間の問題だろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 マナもレベル65なんだから、レベルが上がった瞬間に進化してもおかしくないからな。


「4人いるエンシェントクラスの内3人がウイング・クレストにいるなんて、ヘリオスオーブの戦力バランスが完全に崩壊していますね」

「ホントにね。しかも真子は刻印具や刻印法具を使わなくても、オーク・キングに大きなダメージを与えてたんだから、大和やプリムとはまた違ったタイプだわ」


 それは俺も思う。

 俺もプリムも近接戦を好んでいるが、真子さんは適正も合わせて考えると、後方支援型と呼ぶべきかもしれない。

 実際近接戦の技術は、簡単な護身術程度しか学んでないそうだから、純粋な体術だと俺やプリムには及ばないって言っていた。

 さっきの戦い方を見ても、相手を近寄らせないようにしてたしな。


「『ストレージング』。魔法陣に吸い込まれていく。便利な魔法ね」

「キングは大きいし、重たいですからね。私もハイヒューマンに進化してから使えるようになりましたけど、すごく重宝しています」

「食べ物も腐らないしね」


 ハイクラスに進化しないと使えないストレージングだが、マジでこれは便利な魔法だ。

 容量には個人差があるが、ハイクラスに進化した直後でも大きめの民家3軒分ぐらいはあるそうだからな。

 俺とプリムは魔力お化けと言われる程魔力が多いから、下手したら街1つ分ぐらいの容量はありそうだし、実際ソルプレッサ迷宮で倒した魔物はほとんど俺とプリムのストレージに入れてたぐらいだ。


「ありがたいですよね。それじゃ次は、フィールっていう街でギルドに登録ね?」

「そうなります。ライナスのおっさんが驚く様が目に浮かぶな」

「驚きを通り越して、呆れちゃいそうですけどね」

「なんにしても、すごく疲れることは確実ね」


 ホントにな。

 だけど今回に関しては俺は一切関わってないから、いらん嫌疑を掛けられることもないだろう。

 それじゃ一度アルカに戻って、それからフィールに行くとするか。

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