蒸気戦列艦への対策
Side・ミーナ
トラレンシア妖王国妖都ベスティアは、アウラ島から数十メートルしか離れていないベスティア島に建造された海上都市ですが、驚いたことに妖王城は、そのベスティア島からさらに10メートル程離れた小島に建造されていました。
その小島は王城があることから
ベスティアに到着した私は、恐れ多くもサユリ様の護衛を仰せつかり、現在は白妖城にある大会議室に来ています。
先程までは白妖城の裏手で、トラレンシアの臣下の方々も交えて蒸気戦列艦の見分を行っていたのですが、そちらも終了しましたので、次はソレムネに対してどう対応するかを話し合うことになっているんです。
「ではアミスターも、オーダーズギルドを派遣していただけると?」
「その用意がある。もっともレティセンシアやバリエンテの反獣王組織のこともあるから、多くても500名程になると思うが」
「いえ、それでも非常に助かります。勇名高きオーダーズギルドが派遣されるとなれば、セイバーズギルドの士気も上がりましょう」
こちらの方はトラレンシアの宰相で、フェアリーのエルバ・カルディナーレ様です。
ソレムネの新兵器 蒸気戦列艦を実際に見たことで、エルバ様以外にも列席されている方々は非常に多く、偶然ベスティアに滞在中だという貴族の方も少なくありません。
「代わりという訳ではないが、ハンターにも声を掛けるつもりでいる。だがこちらに関してはこれからになるから、確約は難しいと言わざるを得ない」
「いえ、そのご提案だけでも、トラレンシアとしてはありがたいです」
ハンターも戦争に参加することはありますし、トラレンシアやリベルターのハンターはソレムネの侵攻の際に実際に参加しているのですが、それでも参加するかはハンターの自由意思ですから、強要することはできません。
一応依頼ではあるのですが、報酬は高ランクハンターでも高くありませんし、命の保証もありませんから。
それでも参加するハンターは多いのですが、今回はトラレンシアまで遠征ということになりますから、アミスターのハンターがどれだけ参加するかは、正直未知数としか言いようがありません。
「こちらのウイング・クレストは、協力を快諾してくれている。知っていると思うが、ウイング・クレストにはエンシェントヒューマンとエンシェントフォクシーが所属しており、さらにハンターも全員がハイクラス、しかもGランクということもあり、ちょっとしたアライアンス並の戦力を有している」
会議室に大きなどよめきが起こりました。
確かにウイング・クレストのハンターは、ハイエルフのキャロルさんを除いて全員がGランクですし、マナ様とエオスさんはPランク、大和さんとプリムさんはエンシェントクラスなんですから、下手をしたら中規模アライアンス並の戦力だとは私も思います。
ですが私達は、一気にレベルが上がってしまったこともあって、経験はほとんど無いんですが?
「ですがラインハルト陛下、無礼を承知でお聞きさせて頂くのですが、ハンターに呼びかけるのはこれからということは、すぐにアミスターに戻られるということになりませんか?陛下方だけでというわけにはいきませんから、その場合はウイング・クレストも護衛として同行する形になるのでは?」
「普通ならそうなるが、今回に関してはそこまで心配はいらない。大和君はトラベリングを使えるから、アミスターまではすぐだ」
正確にはトラベリングを使う訳ではなく、転移石板やゲート・クリスタルを使うんですが、アルカの存在はあまり公にすることはできませんし、エンシェントヒューマンの大和さんならトラベリングを使えてもおかしなことはありませんから、これで押し通すことになっています。
もちろん石板やゲート・クリスタルは普通に使用しますから、隠し通すつもりもないんですが。
「では陛下はもちろん、オーダーズギルドやハンター達も、彼がトラレンシアまで?」
「そうなるだろう。だが先程も言ったが、オーダーの編成はこれからだし、ハンターもすぐには見つからない。それに多数の蒸気戦列艦を沈めた直後でもあるから、ソレムネの侵攻も緩むのではないかと思う。蒸気戦列艦の余熱を利用して海氷を溶かそうと考えているようだが、その海氷はこれからさらに厚くなるし、量も増えるのだから、金属の余熱を利用する程度では、攻めてくるにしてもとんでもない時間が掛かるだろうからな」
「仰る通りだと思いますが、だからといって警戒を緩めるわけには参りません」
「それは当然です。ですからセイバーズギルドは、セリャド火山方面はもちろん、エレクト海への警戒を続けてもらいます。グランド・セイバーズマスター、負担を強いることになりますが、頼みますよ?」
「お任せください、陛下」
グランド・セイバーズマスターのハイラミア ブレザー・フォスキーアさんが、ヒルデガルド陛下に力強く頷きを返します。
いつもでしたら冬の間は、セリャド火山の警戒に注力することが出来たのですが、ソレムネが蒸気戦列艦を開発してしまったため、ソレムネとの間にあるエレクト海の警戒を緩めることが出来なくなりました。
ですからセイバーズギルドにとっては大きな負担になってしまうのですが、事態が事態ですから、セイバーズギルドとしても無視することはできません。
「ソレムネとの決戦はオーダーやハンターの準備が整ってからとなるが、希望を述べさせてもらうならば海氷が溶け出す前が好ましいと考えている。だがあくまでも、アミスターは協力という立場になる。だからどうするかは、トラレンシアの意向に従おう」
「承知致しました。ですが、さすがにこの場では結論を出せる問題ではありませんから、その件はまた改めてご報告させて頂きます」
海氷がなければ、軍備が整い次第ソレムネに向けて進軍、という事も出来ると思うのですが、海氷がある以上、トラレンシアからも船を出す事はできません。
ですが海氷があるからこそソレムネの進軍を遅らせる事が出来る訳ですから、どうするべきかは凄く悩む所です。
ですがアミスターは、協力こそすれ、主体はトラレンシアという立ち位置を貫く事にしていますし、海氷に関してはトラレンシアの方が慣れていますから、ここはお任せするという事を、事前にヒルデガルド陛下にもお伝えしています。
「頼む」
「それでは次ですが、肝要の蒸気戦列艦への対策になります。既に大和様とプリムローズ様が50隻以上を撃沈して下さっていますが、だからといって無策で挑むなど愚の骨頂です」
「当然だな。とはいえ大和君やサユリ曾祖母殿の対策は、私でも無茶すぎると思うが」
苦笑されるラインハルト陛下ですが、私もそう思います。
私はハイヒューマンに進化したことで
ですから併用すれば、おそらくは少数の砲弾でしたら耐えられると思うのですが、さすがに一斉に狙われてしまったら、自信がありません。
「もう1つは潜行して近付き、海中から沈めるという案でしたね。確かにハイウンディーネや水竜のハイドラゴニュートなら不可能とは思いませんが、それでも戦列艦を視認しておく必要がありますし、ある程度はこちらから近付く必要があります。さらに最大の問題は、海に潜む魔物です。動かない戦列艦ならば、接近さえできればどうとでも出来るでしょうが、さすがに魔物は厳しいと言わざるを得ません」
確かにそれは大問題です。
トラレンシアの海域にも大型の海棲魔物はいますから、潜行中に狙われたりすれば、成す術はありません。
普通の船でも襲われれば沈められてしまうのですから、これは当然と言えます。
戦列艦は鉄製ですから分かりませんが、それでも無傷でやり過ごすことは難しいでしょう。
実は大和さんもサユリ様も、提案したはいいのですが、その事をすっかりと忘れられていたんですよね。
「現実的と言えるのは、船の正面を捉え続け、着弾のタイミングで結界魔法なりシールディングで防ぐなりすることか。こちらも簡単ではないが、セイバーならば不可能ということもないだろう」
「砲弾がどれほどの速度で飛んでくるかにもよりますが、可能だと思われます」
「その上で
「いえ、そこまで接近できるのであれば、沈める方が早いでしょう。大砲は30門以上ありますから、1つ1つ使用不能にしていくことは現実的とは言えません」
ヒルデガルド陛下の仰る通りだと思います。
そこまで接近出来たという事は、こちらの魔法も届く距離だということですから、一斉に攻撃してしまった方が確実だと思います。
「いえ、
そう思っていたら、サユリ様が口を開かれました。
「サユリ様、申し訳ありませんが、仰っている意味が分かりかねます……」
「これも大砲、さらには蒸気戦列艦の弱点ってことになるのかしらね。大和君、説明を頼める?」
「俺ですか?」
「これに関しては私より大和君の方が詳しいんだから、その方が良いでしょう」
なんか大和さんとサユリ様が言い合ってる気がしますが、皆さんどちらでもいいから早く説明してくれという顔をしておられますよ?
「無駄な知識が仇になったか。まあいいですよ」
無駄な知識とかよく分からないことを仰る大和さんですが、今はその知識が必要なんですから、無駄なんてことは言わないでください。
その大和さんの説明によりますと、蒸気戦列艦を動かすためには火を焚き続けることで水を蒸気に変え、その蒸気の力で船底後部にあるスクリューという機構を動かすんだそうです。
そのスクリューが回転することで推進力を生み出し、船を動かすことが出来るということですが、大和さんとサユリ様が仰る弱点とは、その中心部とでも言うべき蒸気機関の事でした。
蒸気機関は常に火を焚き続けているため、簡単には燃えないような構造になっていたそうですが、外部からの衝撃にはさほど強くはない構造でもあったそうです。
ですからその蒸気機関に
もちろんすぐに消火されることもあるでしょうが、外部から魔法を撃ち込むわけですから、与える衝撃も小さくはありませんし、さらに鉄は雷をよく通しますから、それだけでも大きな被害を与えることが可能だと言うのです。
「これが
「ですね。感電死させてくれって言われてるのと同じですよ」
鉄船でも、対策を施していれば問題ないんだそうです。
ですが蒸気戦列艦を調べた限りでは、そんな対策は施されていなかったそうですから、
「まあこれも絶対じゃないですし、他にも対策があるかもしれないんで、もう少し考えてみます」
「い、いえ、確認したばかりだというのに、既にこれだけの対策をして頂けたわけですから、私達としても感謝しかありません……」
エルバ様は引き攣ったような笑顔を浮かべておられますが、確かに普通なら、初めて見る戦列艦という兵器を前にすれば、対策をどうするかでかなりの時間が掛かってしまいますし、その時間で国が滅亡する可能性も否定できません。
ですから実現可能かどうかはさておき、あっさりと対策を打ち出してきた大和さんとサユリ様という存在は、トラレンシアにとっては救世主のように見えるわけです。
「会議中失礼致します。プリムローズ様方がお戻りになられました。蒸気戦列艦に対する有効な対策が完成したと仰り、会議への参加を希望されております」
そこに会議室の扉が開き、セイバーの方が入って来られたんですが、どうやらプリムさん達が戻ってきたようです。
ですが蒸気戦列艦への有効な対策が完成したって、意味が分かりませんよ?
プリムさん達はプリスターズギルドに、魔法の奏上に行かれていたはずなんですから。
「あいつ、今度は何をやったんだ……」
ラインハルト陛下は頭を抱えられていますが、プリムさんが何かやらかしてきたことは、既に陛下の中では確定事項のようです。
「お入り頂いて」
「かしこまりました」
程なくしてプリムさん、フラムさん、アテナさん、アリアちゃん、そして真子さんが入って来られましたけど、真子さんも来られたんですか。
「会議中に失礼致します。お邪魔かとは思いましたが、先程蒸気戦列艦に対して非常に有効な魔法を奏上することが出来ましたので、不躾ではありますが、会議に参加させて頂く事に致しました」
さすがプリムさん、元とはいえ公爵令嬢だけあって、淀みなく答えられていますね。
「それは非常に朗報ですが、魔法の奏上ですか」
「最近ではいくつかの魔法が確認されていますが、さらに増えるとは、さすがプリムローズ様ですね」
「いえ、私の奏上した魔法は、そちらの
確かに真子さんも奏上してみたいと仰っていましたが、お2人とも奏上出来ていたんですね。
いえ、真子さんは成功されるのではないかと思っていましたからそこまで驚きませんけど、プリムさんも成功していたとは思いませんでしたよ。
「先に私からご説明させていただきます」
そう言ってプリムさんから、奏上した魔法の説明が行われました。
奏上した魔法はフライングという
実際に試されたそうですが、フライ・ウインドを使うより魔力の消耗は少なく、本当にご自分の翼で飛んでいる感覚があるそうですし、時間制限もないというお話でした。
「そ、それは凄い魔法ですね……」
「そうですね。幸いセイバーズギルドにはハーピーやフェアリーも少なくありませんから、空から近付くことも難しくはないでしょう。大砲とやらは、あまり上空に砲弾を飛ばせないようですからね」
実際そんな理由で、大和さんとプリムさんは戦列艦の大砲を無効化していましたからね。
いえ、普通に真横を飛んだりして、戦列艦の攻撃力を調べたりもしてたんですけど。
「そして真子の奏上した魔法ですが、こちらも本人から説明させて頂きます」
「マコ・カタギリと申します。ヘリオスオーブに来たのは数時間前ですが、このような事態を見過ごすことは出来ませんから、微力ではありますが協力をしたいと思い、プリムローズさんにお願いしてプリスターズギルドで奏上して参りました」
真子さんも堂々としたご挨拶です。
さすがに真子さんが数時間前にヘリオスオーブに来た
真子さんが奏上された魔法はスカファルディングという
こちらも実際に使って確かめられたそうですが、その足場を展開させれば水の上や空に立つこともできるそうですし、飛び跳ねるような感じでの使用どころか普通に走ることにも使えるそうです。
どうやらスカファルディングで作られる足場は、自分のイメージ次第ではありますが、数メートル単位で作り出すことが出来るようで、プリムさんが全力で駆けられても何の支障もなかったそうですから、これは凄い魔法です。
「水上も走れるとは……」
「戦列艦を相手取ることが難しい理由は、戦列艦が海に浮いているからです。ですからこちらも、船で近付くしか方法がありませんでした。ですがフライングとスカファルディングがあれば、海の上だろうと関係なく近付くことが出来るようになります。生身でということになってしまいますが、ハイクラスの方達は剣1本あれば鉄でも斬り裂けると伺っていますから、対策としては悪くないと思います」
「仰る通りですな。むしろ陸を走るかのように行動が可能になるとことですから、戦列艦の地の利は無くなり、こちらは陸海空問わず戦力を展開出来るようになる。対策としては最上に近いでしょう」
私も同感です。
空を飛べる大和さんとプリムさんを羨ましいと感じたことはありますし、お2人を見ていたことで空中戦の有用性も理解できていますから、ソレムネへの対策としてだけではなく、空を飛ぶ魔物相手にも大きな対策となりますから。
ですが大和さんとサユリ様は、激しく落ち込んでおられました。
フライングはともかく、スカファルディングは何故思いつかなかったのかと仰っていましたけど、そんなものだと思いますよ?
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