女王の休日
Side・ヒルデガルド
アミスターへの滞在はわずか4日でしたが、妹ともいえるプリム、マナと再会できたことは、この上なく嬉しいことでした。
さらに大和様のような方にお会いできたことも。
その大和様に護衛をしていただき、わたくしは今日、母国トラレンシアへ帰ることになります。
アミスターへ来る際は、ワイバーンに無理をさせてリベルターの街へ向かい、そこでワイバーンを休ませるために2泊。
そしてアレグリアで1泊してからアミスターに入り、テュルキス公爵領領都エモシオンでも1泊して公爵閣下にもご挨拶。
その翌日の夕方、わたくし達はフロートに到着しましたから、5日も掛かったことになります。
ですがこれが最短ですから、わたくし達は特におかしいとも思っていませんでした。
ソレムネを通ることが出来れば2日は短縮できるのですが、あの国とは戦争状態ですから、そんなことはできません。
そう思っていたのですが、大和様とマナはドラゴニアンと竜響契約なる契約を結び、さらにマナと契約したというグリーン・ドラゴニアンのエオスは、驚いたことに2日でトラレンシアの妖都ベスティアに到着することができると言うではありませんか。
いえ、先日イスタント迷宮に赴いた際にエオスの竜化した姿は目にしていますし、大和様が開発されたという獣車にも乗せて頂いておりますが。
もちろん早く着いて悪いことはないのですが、今回に限っては具合が悪いと申し上げざるを得ません。
「え?あんまり早くベスティアに着いても、準備が整わないんですか?」
「申し訳ありませんが、その通りです。マナとユーリ、プリム、さらにサユリ様まで来られるということで、晩餐の準備を指示しているのですが、その指示を出したのは昨日ですから、まだ本国に伝わっていないのです。というより2日で到着ということになりますと、伝令よりも早く到着してしまうことになります」
そうです、アミスターの王女殿下に3代前の王妃殿下、元とはいえバリエンテの公爵令嬢が来訪されるのですから、こちらとしても相応の準備を整えなければなりません。
ですから昨日の内に同行していた文官と武官の半数を、伝令として国許に帰しているのです。
ワイバーンの移動ですからあと3日は掛かってしまうのですが、エオスが2日でベスティアまで到着できるということになりますと、伝令より先にわたくし達の方が到着してしまうことになります。
当然準備は何も出来ていないことになりますから、トラレンシアとしましても面子が潰れてしまいますし、それが主家であるアミスター王家ともなりますと、面子程度で済む問題ではなくなってしまいます。
ですから当初の予定ではリベルターの街で2泊し、ワイバーンを休ませてからトラレンシアに渡ることになっていたのです。
伝令は1泊減らして頂くことになっていますから、2日かけて準備を済ませておくはずだったのですが、まさかそんなことが出来るとは思わず……。
「お、落ち込まないでよ、ヒルデ姉様」
「そ、そうよ。それならこっちで、時間を調整すればいいだけなんだから」
泣き崩れてしまいそうなわたくしを、プリムとマナが慰めてくれました。
こんな姿を見せるなど女王としては失格ですが、彼女達は私の妹なのですから、家族に見せる分には問題ありません。
「いや、私もいるんだがな」
「も、申し訳ありません。はしたない姿をお見せ致しました」
そうでした、ここは天樹城ですし、何より今日の予定を話している最中なのですから、ライ兄様もいらっしゃるのでした。
兄と呼んでも差し支えない方ではありますが、今はお互いにアミスター国王、トラレンシア女王という肩書がありますから、こんなみっともない姿をお見せするわけにはいきません。
もっとも、既に手遅れではあるのですが……。
「ということは、3日も余裕があるってことになりますよね?」
「はい。本来であれば早くて困ることはないのですが、このような場合ですとどうしても……」
「ああ、気にしないで下さい。ドラゴニアンとの竜響契約なんて、普通は考えないでしょうから」
お優しいのですね、大和様。
胸の奥がキュンとしてしまいます。
「とすると、どうするべきかしら?あたし達としては獣車の試乗目的もあるから、どこか海辺の街にでも行って、そこで試乗でもしてみる?」
「それもアリだが、ヒルデガルド陛下を無駄に付き合わせる訳にもいかないだろ?」
「確かに、お忍びで来訪してたらともかく、正式に来訪してるわけだから、連れ回すのも問題ね」
大和様、プリム、マナが頭を悩ませていますが、わたくしとしては申し訳ない気持ちで一杯です。
「本来ならフロートに滞在してもらうべきなんだろうが、ヒルデは何度もフロートに来ているから、見るべき物もないだろうな」
「そ、そんなことはございませんが……」
「気を遣わなくてもいい。それが分かっていたからこそ、先日はイスタント迷宮に行くことを許可したんだからな。とはいえ、さすがにまた
それは当然です。
そもそも前回のイスタント迷宮でさえ、わたくしの我儘を通して頂いたのですから。
「フィールっていうのが第一候補ですけど、あの街はフロート程広くないですし、何より急な来訪は領代の胃に穴が空きそうですね」
「だろうな。いや、大和君とプリムがやらかした事に比べれば、一国の女王の来訪は大したことないのではないかな?」
「それはどうですかねぇ……」
ライ兄様から目を逸らす大和様ですが、あれだけのことをされているのですから、確かに一国の女王の来訪程度では、街の方々は大したことないように感じてしまいそうな気がします。
「ということは、同様の理由でメモリアもダメね」
「領主不在だからな。それならフィールの方がまだいい」
メモリアですか?
確かフロートから船で北に進んだ所にある街の名前だったはずでは?
そこは領主不在とのことですが、何か事情があるのでしょうか?
「ああ、メモリアの領主は、今はフィールの領代をしてるんですよ」
「そういうことですか」
領主へのご挨拶は必要だと思っていますから、不在ということでしたらわたくしとしましても遠慮したいところです。
「仕方ない。とりあえずアルカに行こう。あそこならどこに行くにしても動きやすいし、確かフィールからなら1日で着けるって言ってたはずだから」
「それが無難かしらね。お供の方も付き合わせることになるけど、そこはご容赦してもらうしかないわ」
いえ、ご容赦して頂くのはこちらです。
「それでも4日あるな。俺達はどうとでも時間を潰せるが、陛下達はどうするかな……」
「それでしたら臨時の休暇ということで、アルカで過ごさせて頂ければと思います。彼らも日々のお仕事をしっかりとこなしてくれていますし、せっかくの機会ですから」
これ以上、大和様の手を煩わせるわけには参りません。
それにアルカは珍しい物が多いのですから、臨時休暇ということで滞在させて頂ければ、彼らも十分に骨休めができるでしょう。
あの素晴らしい湯殿もありますからね。
「それは構いませんが、何もありませんよ?いや、湯殿はあるけど、娯楽なんかは何もないから、暇を持て余すことになるんじゃないですかね?」
「そこはカードとかあるから大丈夫だと思うけど、確かに4日も缶詰めは大変よね」
いえ、カードがあるのでしたら、それで十分です。
武官は戦闘訓練ぐらいはするでしょうが、あれだけの広さがあるのですから、そちらの方も問題ないと思います。
「カード以外にもボードゲームもあるし、罰ゲームなんかも考えておけば十分じゃないかしら?大和君なら馴染みあるんじゃない?」
「ありますね。特に罰ゲームは、大したことない物でもやりたくないから、結構緊張感が出ましたね」
「そうよね。私も最近はやってないけど、ヘリオスオーブに来た頃はよくやってたわ」
サユリ様と大和様は、
ですが罰ゲーム付きの遊戯はトラレンシアにもありますから、それは確かに良いかもしれません。
結局わたくし達は、4日程アルカで過ごすことになりました。
わたくしは毎晩招待されていましたが、お供は今回が初になりますから、さすがに驚いていましたね。
予想通り武官は戦闘訓練を行っていましたが、文官は書庫にある本を読んでいることが多かったです。
わたくしはと言いますと、アルカの湖で試作獣車の試乗に同行させていただきました。
船の上に獣車を乗せるという面白い発想でしたが、獣戦車として見ても高い有用性がありそうです。
既にライ兄様も使われたことがあるそうで、アミスターとしては完成した獣車を元に、オーダーズギルド専用として開発する用意があると仰っていました。
トラレンシアもどうかと勧められているのですが、ミラーリング付与が30倍だそうですから、さすがに難しいと言わざるを得ません。
ですが獣車としても船としても、乗り心地は良かったです。
そうしてわたくし達は、アルカで平穏な日々を過ごしていたのですが、3日目に大和様が、1人の女性を連れてきました。
お話を聞く限りでは、フィールの近くで盗賊に襲われていた所を助けられたそうです。
幸いにも救援が早かったため、そちらの女性も護衛のハンターも無事だったのですが、全員が怪我をされていましたし、女性は意識を失ったままですから、大和様はアルカに連れてきたと仰いました。
どうやらその女性はラビトリーで、服装を見る限りではプリスターでしょう。
ユーリと同い年のように見えますが、護衛のハンターと共にフィールの近くに来ていたということは、もしかして巡礼なのでしょうか?
その理由は、意識を取り戻した4日目に判明しました。
「助けていただき、ありがとうございます。私はアリアと申します。Cランクプリスターです」
やはりプリスターでしたか。
ですが年は15歳ということですが、その年でCランクとは、かなり優秀なプリスターのようですね。
「俺はヤマト・ハイドランシア・ミカミ。ウイング・クレストのリーダーだ。君達は盗賊に襲われてたんだが、覚えてるか?」
「あなたが……。あ、はい。護衛の方が応戦してくれていたのですが、運悪く私に投石が当たってしまい……」
「それは見えてたよ。もちろん急いで介入しようとしてたんだが、それだけは防げなかった。悪かったな」
「いえ、助けて頂いただけで十分です。護衛の方達も無事と伺いましたから」
アリアだけ投石を受けてしまったことは運が悪いと思いますが、大和様が間に合ったことは幸運と言えるでしょう。
「アリア、あなたはなぜ、護衛を付けてまでフィールに?」
「はい。実は先月、教皇様に神託が下りました。それで私が、フィールに派遣されることになったのです」
「神託?それは穏やかじゃないけど、ここで内容を教えてもらうのは無理よね?」
「はい。申し訳ありませんが、フィールのプリスターズマスターに報告し、そこからということになっていますので」
マナの言う通り、神託が下ったということは穏やかではありません。
ですが無理に聞き出したりなどすれば神罰の対象になってしまいますし、その前にプリスターは命を断つこともありますから、フィールのプリスターズマスターに報告してからということでしたら、それを待つしかないでしょう。
「あの、私の護衛の方々はどちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、客殿で休んでるよ。そいつらも一緒に、後でフィールまで送るよ」
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、甘えさせていただきます」
その方が良いでしょうね。
盗賊に関しては、アリアの護衛のハンターに話を聞いていたウイング・クレストが総出で捜索し、討伐も行っていますから、フィール近郊の安全は確保されていると思いますが、それとこれとは別問題ですから。
その後、昼食を頂いてから、大和様はアリアと護衛のハンターをフィールまで送っていかれました。
ですが夕方、驚いたことに大和様は、アリアを伴って帰って来られたのです。
大和様は困った顔をされていますから、何かあったのは間違いありませんが、もしかして神託が関係しているのでしょうか?
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