ミラーリングの付与問題

Side・リディア


 イスタント迷宮攻略の報告を終え、獣車の案内も済ませた私達は、フロートに戻ることにしました。

 大和さんはゲート・クリスタルの記録も終えられていますが、まさかイスタント迷宮が、あそこまで性格の悪い迷宮ダンジョンだったとは思いませんでしたから、少し後悔されているような気がしないでもありません。

 全6階層で高ランクモンスターも多い迷宮ダンジョンですから、戦闘訓練に使えないわけじゃないと開き直ってもいましたが。

 ラインハルト陛下も快く許可を出されていましたから、フィールのオーダーが気の毒で仕方がありませんけども。


 フロートに戻ってからすぐに、迷宮核ダンジョンコアを専用の部屋に安置し、守護者ガーディアンミスリル・コロッサスの魔石も献上しました。

 イスタント迷宮に行くことは宰相のラライナさんにも伝えていたのですが、まさか攻略してくるとは思っておらず、陛下達はすごいお叱りも受けていましたね。

 その後で、ミーナさんのお父様でアソシエイト・オーダーズマスター ディアノスさんやヘッド・ハンターズマスター シエーラさんにも獣車の案内を行い、その後でアルカに転移したのですが、休暇はまだあるということで、今回はラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下、天樹城でお留守番をしていたレスハイト殿下、さらにはフロートに戻ってきておられたサユリ様も同行されています。

 アルカに戻ってきたのは夕食後ですから、まだ2歳のレスハイト殿下はお眠のようで、レラさんに連れられて西の客殿 小峰殿でお休みになられていますけど。


「これがアルカか。凄い所だな」

「本当に空に浮いてるんだね」

「ガイア様から石碑の話は聞いていたけど、まさかこんな物があったなんて。さすがに予想外だわ」


 大和さんと同じ客人まれびとのサユリ様も、若い頃にガイア様から宝樹の根元にある石碑のお話は伺っています。

 石碑があるのはソルプレッサ連山、ガグン大森林、テメラリオ大空壁、セリャド火山、エニグマ島、マイライト山脈ですが、その内のソルプレッサ連山の宝樹は終焉種テスカトリポカの巣になっており、マイライト山脈にもM-Cランクのルドラ・ファウルがいました。

 セリャド火山は終焉種スリュム・ロードが眠っており、エニグマ島には終焉種ニーズヘッグが、テメラリオ大空壁にもワルキューレ・エンプレスがいると噂されていますし、残るガグン大森林にも終焉種がいると聞いた事があります。

 ですからサユリ様は、石碑を見に行こうとは考えもされなかったんだそうです。


「カズシさんとシンイチさんは、セリャド火山でスリュム・ロードを追い詰めたけど、同時に酷い手傷を負っていたから、石碑は諦めたって言ってたわ。本当に満身創痍になって、カズシさんは左腕、シンイチさんは左足損傷の重傷だったし、エリエール様なんて右腕と左足を食われたって話だったから」


 180年程前に行われたスリュム・ロード討伐戦は、当時存命だった5人のエンシェントクラスが全員参加し、さらに300人規模のハイクラスが参加した、最大規模のアライアンスだったそうです。

 ハンターズギルドに行けばある程度は知ることができますが、詳細は伏せられていますから、未だによく分かっていない部分も多いんです。

 サユリ様は直接聞いたことがあるそうなので、今はそのお話を聞かせていただいている所です。


「その話を聞いたのは、さすがに初めてだな」

「そうね。エンシェントクラスが満身創痍になったことは知ってるけど、それ程の重傷だったなんて」

「今もだけど、エンシェントクラスの存在は国の存続を大きく左右するから、公表できなかったのよ。実際アミスターから参加したOランクハンターとOランクオーダーも、かなりの重傷だったそうだし」

「そちらはさすがに知っています。王家としても、無視できない話ですから」


 ハイクラスですら、時には国の行方を左右することがありますから、エンシェントクラスなら当然、ハイクラスより影響力は大きくなります。

 事実、エンシェントクラスのカズシ様とエリエール様が相次いで亡くなられてから、ソレムネはトラレンシアへの侵攻を開始しましたし、逆にアレグリアを攻めないのは、グランド・ハンターズマスターがおられるからですから。


「300人以上参加したハイクラスも、7割以上が死亡とか、マジで凄惨な戦いだったんだな」

「エンシェントクラスから死者は出なかったけど、それでもハイクラスが3割も生き残ったから、アライアンスとしては歴史的大偉業として語られてるわ。普通は全滅っていう結果になってもおかしくないから」


 最近でこそ終焉種討伐の話は聞きませんが、50年程前までは何度か行われていたそうです。

 サユリ様がご存知なだけでも、3回はあったとか。

 1度目がエニグマ島のニーズヘッグ、2度目がテメラリオ大空壁のワルキューレ・エンプレス、そして3度目がプライア砂漠のアントリオン・エンプレスだったそうです。

 とはいえ3度目のアントリオン・エンプレスは、場所がソレムネ国内ということもあって、参加したハンターは20人程度だったそうですが。

 カズシ様や王位を退いていたエリエール様も参加されたそうですが、残念ながら討伐どころか姿すら現さなかったそうですから、通常種のアントリオンを20匹程度倒した所で撤退されたそうです。

 それ以降終焉種は現れず、終焉種討伐も行われていません。

 2ヶ月前にマイライトで、オークの終焉種が現れるまでは。


「こんなところね」

「だからソレムネはトラレンシアからは嫌われているけど、スリュム・ロードのことがあるからトラレンシアもセイバーズギルドを動かしにくい。だけどそんなことに関係なく、ソレムネは軍を送り込んでくるから、トラレンシアとしては迎撃するしかないと。マジであの国、滅ぼしてきましょうか?」


 話を聞いた大和さんがそんなことを仰いますが、それは本当に止めてください。

 いえ、大和さんが負けるなんてことは微塵も思っていませんが、その後のソレムネをどうするかっていう問題があるんですから。


「リディアの言う通りだ。君がソレムネを滅ぼしたりすれば、それはアミスターがやったことになってしまう。そうなると私の仕事が、今の3倍ぐらいには増えることになるよ」


 大和さんはOランクオーダーですから、当然その功績はアミスターに還元されます。

 戴冠式はまだですが、ラインハルト陛下は正式に王位を継がれていますから、後始末をするのは誰かということになると、当然国王のラインハルト陛下ということになってしまいますからね。


「スリュム・ロードの問題がなんとかなれば、トラレンシアがソレムネに上陸すると思うけどね」

「じゃあスリュム・ロードを狩るか?」

「馬鹿なこと言わないでよ。終焉種よ、終焉種。いくら大和がオーク・エンペラー討伐の実績を持ってても、気軽にそんなこと頼めるわけないでしょう」


 エリス殿下の予想に訳の分からない答えを返す大和さんですが、すかさずマナ様のツッコミが入りました。

 確かに大和さんとプリムさんならスリュム・ロードでも倒すことができるかもしれませんが、遭遇戦となってしまったオーク・エンペラー、オーク・エンプレスとは状況が違うんですから、それこそ本当にやらないでください。


「ソレムネに関しては、トラレンシアが何とかするでしょう。カズシさんやエリエール様がご存命の頃にお世話になったのに恩を仇で返すような国なんだから、トラレンシアの鬱憤はかなり凄いことになってるはずよ」


 そうでしょうね。

 カズシ様とエリエール様は、ソレムネに現れた異常種や災害種の討伐も、何度か行っています。

 もちろんアライアンスでですが、お2人が中核戦力だったことは間違いありませんし、迷宮氾濫まで沈めてもらったことがあると聞いたことがあります。

 なのにお2人が亡くなった途端、トラレンシアを占領すべく軍を派遣しているのですから、恩知らずと言われても仕方がありません。


「それで、ミラーリングの付与が、ハイクラフターなら30倍まではできるって話だけど、本当なの?」

「はい。私は先日Bランククラフターに昇格したのですが、試してみた所、30倍までの付与ができました。ですがそれ以上はどう頑張ってもできませんでしたから、ハイクラフターのミラーリング付与は30倍が限界と考えていいと思います」

「ちなみに俺は50倍でした。こっちもこれ以上は無理でしたね」


 話がトラレンシアからミラーリング付与に移行していますが、サユリ様はOランククラフターでありハイクラフターでもありますから、興味津々のご様子です。


「それであの獣車は、あれだけ中が広いのね」


 サユリ様もディアノス様やシエーラさんと一緒に獣車の案内を受けておられますから、ラインハルト陛下と同様、アライアンスやオーダーズギルドで使用したいとお考えです。

 ですからご自分も、ミラーリング付与を行われるおつもりになられており、大和さんとフラムさん、フィーナさんのお話をじっくりをお聞きになりたいと仰られています。


「あの獣車でも内装を変更すれば、多分100人は乗れると思います。特に中庭は、アライアンスやオーダーズギルドが使う分には、あそこまで広くする必要はないでしょうから」

「あと寝室も、オーダーズマスターやサブ・オーダーズマスターは個室で、オーダーは客室のような部屋をいくつか、後は要人が乗ることを考慮した貴賓室を2部屋か3部屋用意して、後は食堂兼リビングを広めにすればいいと思います」

「オーダー用の個室は、あまり大部屋というのも何ですから、4人から5人が寝泊まりできる広さはどうでしょうか?」

「悪くないわね。だけど中庭は、ある程度の広さがあった方が良いわ。移動中だから当然なんだけど、軽くでも剣を振れるスペースがあった方が、運動不足も予防できると思うから」


 大和さん、フラムさん、フィーナさん、サユリ様が、オーダーズギルド専用獣車の構想を、じっくりと話し合われています。

 まだ製作すると決定したわけじゃないんですが、既に4人の中では決定事項になっているということなんでしょうか?


「熱い議論中に申し訳ないが、まだ正式に決定したわけじゃないし、そもそも君達の獣車だって、完成していないだろう?」

「これは構想よ。もちろんまだ正式決定していないのも分かってるし、ウイング・クレストの獣車が完成していないのも知ってるけど、オーダーとハンターじゃ用途が異なるから、今の内から差別化を図っておいた方が、正式決定した後でも早く製作に入れるて時間の短縮になるのよ」


 苦笑しながら釘を刺されるラインハルト陛下ですが、サユリ様がもっともらしいことを仰って、説き伏せてしまいました。

 まあラインハルト陛下も、本気で止められるつもりはなかったようですが。


「それは分かっていますがね。ですが正式に決定し、製作に入るとしても、付与させるミラーリングはサユリ曾祖母殿や大和君、フラムに頼むしかない。ハイクラフターは他にもいますが、すぐに思いつくのはこの3人だから、曾祖母殿達の負担が尋常じゃありませんよ?」


 ラインハルト陛下のご懸念は、獣車の製作ではなく、ミラーリング付与の問題です。

 私がすぐに頭に浮かぶハイクラフターはフラムさんとサユリ様、エンシェントクラフターは大和さんですが、あと数人はいるという噂があります。

 バレンティアにいないのは間違いないのですが、アミスターはクラフターズギルドが設立された国ということもあって、昔からクラフターの活動は盛んですし、トラレンシアもクラフターは多い国です。

 おそらくいるとすれば、この2国の可能性が高いとは思うのですが、ハイクラフターともなると簡単に拠点にしている街を離れられるとは思えませんから、自由に動ける大和さん、フラムさん、サユリ様が付与を担当することになる可能性は高く、ラインハルト陛下はそれをご心配されておられるんです。


「それなのよねぇ。でも物が物だから、他国のクラフターを関わらせるつもりはないんでしょう?」

「ええ。やるとしたら、腕利きをフィールに集めることになるでしょうね」


 たった1台で100人単位のオーダーを運ぶことが可能となるであろうこの獣車は、他国からすれば脅威以外のなにものでもありません。

 ですから情報漏洩を防ぐためにも、他国のクラフターを関わらせるわけにはいきません。

 中核技術となるミラーリング付与はハイクラフターにしかできませんし、知られた所でおいそれと真似されることもないんですが、ハイハンターやハイクラスの騎士にクラフター登録をさせればいいだけでもあるので、やはりこれは国が秘匿すべき事案でしょう。

 あ、私とルディア、アテナはバレンティア出身ですが、アミスターのOランクオーダーでもある大和さんの婚約者でもありますから、お父さんにも話すつもりはありませんよ?


「それが無難かしらね。そうそう、フィーナ。肝心のミラーリング付与だけど、あの試作サイズの獣車を作ると仮定して、ハイクラフターだとどれぐらい魔力を使うの?」

「はい、フラムさんのお話では、体感で3割程の消耗率だそうです」


 思っていたよりも魔力を消耗するんですね。

 確かに、以前フィーナさんが大和さんのアシストを受けて、獣車に30倍の付与をしたことがありましたが、その後でフィーナさんは魔力枯渇で倒れてしまいました。

 フィーナさんはハーピーですから、種族としても魔力は多いです。

 なのに魔力が枯渇してしまったんですから、よく考えてみたらハイクラフターでも魔力の消耗が大きいのは当然のことですね。


「3割か。判断が難しいけど、できるとしたら1日に2台ね。大和君は?」

「それは50倍ですか?それとも30倍ですか?」

「30倍ね」

「え~っと……すいません、分かりません」


 大和さんの場合はそうでしょうね。

 試作獣車に50倍付与をしたのは大和さんですが、付与させた後もケロッとされていましたから、おそらく大和さんからすれば、大して消耗したと感じなかったはずです。


「50倍付与ですら分からないって……エンシェントクラスの魔力が凄いのか、大和君の魔力が化け物じみてるのか、どちらもありそうだから判断難しいわね……」


 サユリ様が右手を額に当てて、疲れたような顔をされています。

 フラムさんとサユリ様が付与をする場合、1日に4台が限界になりますが、大和さんの場合は上限が分かりません。

 もちろん試せば分かると思いますが、同じ30倍付与でも対象の大きさや広さによって使う魔力量は異なりますから、正確に判断を下すためには、獣車と同サイズの物を用意しなければなりません。

 ハッキリ言ってこれは、現実的とはとても言えません。


「仕方ない、大和君のことは諦めましょう。そんなことを言うぐらいだから、10台付与させても大丈夫でしょうし」


 キリっとしたお顔で諦めの言葉を口にされたサユリ様ですが、同時に大和さんに呆れの視線を向けられています。

 ですがそんな視線に慣れ切っている大和さんは、苦笑しながらも僅かに目を逸らしました。

 多分頭の中では、話題も逸らそうと考えているでしょうね。


「そうだ、陛下。メモリアの新しいオーダーズマスターとサブ・オーダーズマスター、あれって決まったんですか?」

「そっちか。決まったよ。近日中に着任する予定になっている」


 その話題を見つけてしまいましたか。

 ですがリカ様も先程アルカに来られましたし、私達も関わっていたんですから、気にならないと言えば嘘になります。

 サブ・オーダーズマスターには、ユーリ様のエスコート・オーダーをしていたクリスさんが内定していますが、オーダーズギルドを揺るがしかねない大不祥事でしたから、オーダーズマスターになられる可能性もあり得ます。

 いったい誰に決まったのでしょうか?

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