試作獣車のプレゼンテーション

Side・フィーナ


 トレーダーとのいざこざの後、私達はハンターズマスター、オーダーズマスター達に、獣車の説明を始めることになりました。

 メインでお話をされるのは大和さんですが、私も開発者の1人として、フラムさんはハイクラフターとして、大和さんの補佐を行うことになっています。

 エドやマリーナにも声を掛けたのですが、2人は面倒くさいと言って断っているんですよ。

 酷いと思いませんか?


「見た目はご覧の通り、陸を走る船ですね」

「だな。車場にあると違和感しかねえぞ」

「しかも、普通の獣車の倍以上ありますね」


 普通の獣車は箱型で、幅2メートル、奥行き5メートル程の大きさで、高さは大人では立つことができませんからね。

 それにミラーリングを付与させることで、ある程度のスペースを確保していたのですが、この試作獣車は倍近い大きさがあります。


「俺達が考えている使い方は、普通とは少し違うんで、アライアンスに使うことを前提とした機能の説明をさせてもらいます」

「うむ、ユニオンでの使用となると、公にしない方が良いことも少なくないからな」


 皆さん理解を示してくださっていますが、私達の使用方法は普通の獣車、船、そしてドラゴニアンによる運搬です。

 特にドラゴニアンによる運搬は、アミスターでできるのは大和さんとマナ様だけですから、普通とは少し、ではなく、根本的に異なると言っても過言ではありません。


「見てもらった通り、見た目は小型船です。俺が客人まれびとだってことはご存知ですよね?」

「うむ。かなり驚いたがな」

「この外観は、俺の世界にある小型船になります。他にも色々あるんですが、まあ俺の趣味ってことで」


 確かに色々な外観の船がありました。

 ですが大和さんは、こういったシンプルなデザインを好まれていますし、私達としてもあまり派手にするつもりはありませんでしたから、大和さんの希望に沿った形になります。


「アライアンス用としてのコンセプトは、少数台での移動といざという時の戦力即時展開ですね。なのでこの獣車には、俺達を除いて最大で50人程が乗れるようになっています」

「そ、それは凄いな……」

「確かにすげえが、アライアンスはそれぞれの獣車で移動するのが普通だ。それを少数、50人も乗れるってことなら1台で済むことも多いだろうが、そうしたいと思った理由はなんだ?」

「第1に行軍速度ですね。それぞれの獣車で移動するってことは、一番遅い獣車に速度を合わせる必要があります。だけど1台に全員が乗れるようなら、そんなことを気にする必要はなくなります。第2に見張り。俺は一度しかアライアンスに参加したことがありませんけど、見張りはそれぞれの獣車はもちろん、当番を決めてローテで回してましたから、移動中も気を抜けません。これも1台で済むようになれば、見張り以外ではゆっくりと体を休められますし、その間に作戦とかを立てることもできるでしょうから、時間の節約になるんじゃないかと」


 大和さんの説明に、ハンターズマスターもオーダーの方々も納得されています。

 他にも交代で従魔に引いてもらうことができるようになりますから、従魔の負担も減りますし、参加者同士の親睦も深めやすいと思います。


「それと、見てもらえれば分かると思いますが、船と同じように前部デッキと後部デッキがあります。前部デッキには御者席もありますが、それでもそれなりの広さを用意したつもりです」

「確かに御者を除いても、数人は出て来れるな」

「後部デッキはさらに広いですよ」


 前部デッキは御者を除き、だいたい5人ぐらいが座れるスペースが設けられていますし、後部デッキは10人が楽に腰掛けられる広さになっています。

 後部デッキは従魔用の出入口も設えてありますから椅子はありませんが、一部にグラン・デスワームの革を敷き詰めてありますから、クッション性は抜群です。


「後部にも出られることで背後からの不意打ちを防げるだけじゃなく、移動中でもデッキに出ることができますから、常に車内にいるより閉塞感を払拭できます」

「それは確かにそうだ。獣車での移動だと、後方は視認し辛い。だが後方にデッキを設けることでその問題点を解決し、何より長時間車内にいることによる不自由さからも、多少なりとも解放される」

「とはいえ、この獣車の後部デッキは従魔の出入口も兼ねてますから、閉塞感払拭っていう理由で使うことをメインで考えています。なので見張りは、キャビンの上に設けられた展望席で行うことになります」

「キャビンの上?何かあるとは思ってたが、展望席だったのかよ」


 展望席は、画期的な発想だと思います。

 デッキだと前部と後部に分かれなければなりませんから、見張りの数も多く必要になります。

 ですが展望席は、全周囲を見張ることができますから、デッキに出るより少人数で済みますし、そこから見る景色も素晴らしいですから。


「なるほど、確かにその通りだ」

「だからデッキには幌がねえのか。雨の中で見張りってのは最悪だと思ってたんだが、そっちはおまけ程度ってことなら納得だ」

「さらに有事の際は、大人数がデッキで待機しておくことで、一気に戦力を放出できます。これが第3の理由ですね」


 実際にイスタント迷宮第7階層の対亜人戦は、まさにその通りでしたからね。

 普通なら獣車のドアから1人ずつ出て行くことになるのですが、この試作獣車の場合ですと、デッキに待機さえしていれば、そこから飛び降りるだけで済みます。


「なるほど、確かにアライアンスとしては有用だし、オーダーとしても実に魅力的だ」

「実際に第7階層でそのような使い方をしましたが、素早く展開できたことで、亜人の連携を防ぐことに一役買ってくれましたね」


 スレイさんが補足し、他のレイド・リーダーの方々も同意を示すように頷きます。

 さらに展望席に弓術士が待機することで、高所からの援護も行えますし、幌のおかげで上空からの攻撃も防げますから、絶対安全とは言えませんが、それでも弓術士の負担は大きく減っているのではないかと思います。

 ちなみに試作獣車の幌は、フォートレス・ホエールとアクア・ドラグーン、ダーク・ドラグーンの合成革を使っていますから、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしません。


「獣戦車顔負けですね。いえ、人数が乗れる分、戦力としては超えていますよ」


 ミカエラさんが半ば感心、半ば呆れていますが、私達クラフターとしても、獣戦車を超えることを目指していましたから、その評価は嬉しく思います。

 まあ暴走していた、とも言えるんですけども。


「そうだな。だが確かに大和君の言うように、素早い部隊展開が可能となる意味は大きい。見張りの負担も減るから、常に神経を擦り減らすようなことも少なくなるだろう」

「展望席に弓術士が構えることができるのも良いな」

「それじゃ、次は中を案内しますね」


 そう言って大和さんは、皆さんをミラールームに案内されます。


「な、なんだ、この広さは!」

「確かにウイング・クレストを除いて50人は入れるって話だったが、まさかここまで広いとは……」


 キャビンから降りた先にあるのは、100平米の広さがあるリビングです。


「私達の獣車は全て壊されてしまいましたから、この獣車で同行させてもらうことになったのですが、不自由は全く感じませんでした」

「むしろ、自分達の獣車よりも快適でしたね」

「強いて言えば、トイレが少ないことが欠点でしょうか」


 スレイさん、シーザーさんはべた褒めですが、フラウさんが遠慮がちに問題点を挙げられました。

 確かにおトイレは20平米を確保していますが、50人近い人数での移動となると、普段はともかく朝方は大混乱でした。

 特に女性は……。


「それも試作で分かって良かった所ですね。俺達としてもスレイさん達に同乗してもらえたことは、大きな利点なんですよ」

「なるほどな。確かにお前さん達は、どうしても製作者視点になっちまう。だからこれで十分だと思っていても、いざ使ってみると不自由な点が浮き彫りになってくる。試作だからどうとでも改装できるが、完成した後だとそれもままならねえ。確かに大きな利点だな」

「あと、これは俺達が普段使いしますから、客室はそれなりに広いけど、雑魚寝になってしまうんですよ。ちゃんと寝台スペースは確保してますけど、その点は申し訳ないですね」


 大和さんが客室の1室を開け、案内していますが、その点は確かに申し訳ないと思います。

 一応寝台スペースはしっかりとした物を敷き詰めてありますから、普通のベッドより寝心地は良いと思いますが、それでも雑魚寝になってしまうことに変わりはありませんから。


「ひ、広いな。寝台は……あれか。横になってみてもいいか?」

「どうぞ」

「ありがとう。陛下、失礼致します」

「ああ。存分に確かめてくれ」


 陛下がいたずらっ子のような笑みを浮かべて許可を出されますが、案内しているわけですから、寝台の寝心地を確かめることも必要です。


「な、なんだ、これは!?」

「すごい、心地良いです……」


 驚くグレイブさんとガドラーさんですが、ミカエラさんは蕩けそうな顔をされていますね。

 お気持ちはよく分かります。


「寝台スペースには、グラン・デスワームを使ってます。俺達はちゃんとした寝室があるのに、客室を使うことになる人は雑魚寝ですから、申し訳ないんで」

「グラン・デスワームだぁ!?どこで倒したんだよ!」

「ソルプレッサ迷宮ですね」


 絶句されるガドラーさん。

 グラン・デスワームは2匹倒していますが1匹はフロートで売ってしまっているため、あまり無駄遣いはできないんですが、それでも使い勝手を確かめるためには使わなければなりません。

 幸いにもイスタント迷宮でグランド・ワームを、大和さんとプリムさんが1匹ずつ、アライアンスが2匹討伐していますから、こちらで代用することもできると思います。


「へ、陛下、みっともない姿をお見せしました……」

「も、申し訳ありません……」


 我に返ったグレイブさんとミカエラさんが、真っ赤な顔をして陛下に謝罪されていました。


「構わない。私達もそうだったからな。さすがにグラン・デスワームを使うのは難しいが、ベッドを用意するよりこちらの方がコストを抑えられる」


 実際陛下達もこの客室がどんなものかご覧になられ、グラン・デスワーム製の寝台にも横になられていますが、グレイブさんやミカエラさんと同じ反応をされていましたからね。

 ベッドを用意しても良かったのですが、そうなるとスペースの確保が難しくなりますし、コスト的な面でも床の一部に寝台スペースとして用意した方が安上がりになります。

 負傷者をベッドに上げる必要もなくなりますから、運び込む労力も減るんじゃないかと思いますが、看病はしにくいですから、こればかりはどうしたものかと思いますけど。


「この獣車がすげえのはよく分かった。だがこれ程の獣車だ。アライアンスで使うにしても、誰かのストレージに入れとく訳にはいかねえぞ?」


 ガドラーさんが、アライアンスで使用する際の最大の問題を口にされました。

 アライアンス・リーダーを務める程の方なら、これ程の大きさの獣車でも、ストレージに収納することは可能です。

 ですがその方が亡くなってしまうと、獣車は永久にストレージから取り出せなくなりますから、それは消滅してしまったのと同じです。

 それについても、大和さんは1つの解決策を示してくださいました。


「獣車専用のストレージバッグをセットにして、それを従魔に持たせて送還すればいいんじゃないかと。従魔魔法を使った情報伝達は必須ですから、そこに獣車も加えれば、少なくとも獣車だけは街に戻せます。その従魔の契約者が討死する可能性はあるから、再召喚の際にはひと手間かかりますが」


 これが大和さんの案です。

 獣車専用のストレージバッグをセットにすれば、普段でも保管場所に困ることはありません。

 私が奏上したロッキングという魔法を使えば、ストレージバッグを盗まれてしまっても、勝手に使われるような事態は避けられます。

 加工して魔道具の鍵を作り、スペアキーもいくつか作っておけば、アライアンス・リーダーが亡くなった場合でも、予備の鍵を使うことができますから、使えなくなるという事態も防げます。

 問題があるとすれば、従魔を再召喚をする予定の方が亡くなった場合、ストレージバッグを持たされた従魔を召喚することができなくなることですが、そもそもどのタイミングでアライアンスが終了するかは予想が難しいですから、戦闘が終わってから一度召喚し、討伐完了を報告し、誰が再召喚をするかを記したメモを持たせて送還し、その後再召喚をすれば、一応は解決できます。


「ふむ、対策としては悪くねえ」

「そうですな。確かに再召喚には手間がかかるが、諸々の安全を考えれば、その手間を惜しむべきではない。いや、従魔を戦闘に参加させない場合も珍しくないのですから、報告の事を考えれば、手間とは言えないでしょう」


 従魔の多くはCランクのバトル・ホース、ワイバーン、グラントプス、プレシーザーですから、アライアンスの戦闘では呼び出されることはほとんどありません。

 アライアンスの討伐対象は異常種や災害種で、ほとんどが高ランクモンスターなのですから、Cランクモンスターの従魔では殺されるだけという理由もありますし、従魔魔法を利用した情報のやり取りもありますから、そちらの方に重点が置かれているんです。

 例外としてアライアンス戦闘に参加できる従魔となると、大和さんとプリムさんが契約しているヒポグリフ、トラレンシアのPランクハンター セルティナ様が契約されているフリーザス・タイガー、あとはマナ様のような召喚魔法士ぐらいですね。

 召喚魔法士は召喚獣の魔力も使うことができますから、例え召喚獣がCランクモンスターでも、十分な戦力強化になりますから。


「陛下、フロートではグランド・オーダーズマスターも案内されるのですか?」

「そうしたい所だが、トールマンはまだメモリアにいるから、代わりにアソシエイト・オーダーズマスターのディアノスに見てもらうことになるだろう。気に入ったか?」

「はい。出来ればオーダーズギルド各支部に配備していただきたいと思います」

「装備を一新したばかりで心苦しいのですが、有事の際には非常に有用だと判断できますので」


 陛下はオーダーズギルドの各支部に支給したいとお考えですが、問題がないわけではありません。

 なにせつい最近、オーダーズギルドは装備を一新していますから。

 全オーダーの装備に翡翠色銀ヒスイロカネを使っていますから、それだけでもかなりの予算が使われています。

 その上で新型獣車までとなると、どれ程予算が使われることになるのか、私には見当もつきません。


「私としてもそうしたいが、この獣車はまだ試作だから、いつ頃完成するかもわからない。さらに予算も厳しいから、配備するにしてもベルンシュタイン伯爵領とクリスタロス伯爵領が優先されることになるだろう」


 気落ちするグレイブさんとミカエラさんですが、こればっかりは私達にもどうすることもできません。


「ハンターズマスター、ハンターズギルドとしても、アライアンス用に1台ぐらいは所有しておいてもいいんじゃありませんか?」

「そうしたい所だが、さすがにワシの判断だけじゃできんぞ。グランド・ハンターズマスターには報告しておくが、どうなるかは分からん。というかこの獣車、どれだけ金がかかってんだ?」

「試作ですし、フィールのクラフターが悪ノリしてる面もありますから、500万エルは超えてますね」

「高すぎるわっ!」


 大和さんが口にした金額に、間髪入れずにガドラーさんのツッコミが入りました。

 確かにフィールのクラフターが、悪ノリした面もありますからね。

 ですが実際に作るなら、使う素材にもよりますが、その半分以下の金額で済むと思います。

 厩舎はこの試作獣車のように大きくする必要はありませんから、ミラーリング付与も30倍で済むでしょうし、内装もそこまで気を遣う必要はないでしょうから。

 ドラゴニアンが運べるようにしたりとか、船として使えるようににしたりとかも必要ありませんから、普通の箱型獣車を大きくして、デッキと展望席を備え付ければ、それで何とかなると思います。

 もちろん実際に作る際は、デザインもしっかりとした物を作りますよ。

 獣車は見た目も大事ですからね。

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