試作新型獣車

 クラフターズギルドに依頼し、フィーナがメインで製作していた獣車は、本体、車体、船体から構成されている。

 今は試作だから木材は檜を使っているが、試乗して問題がないようなら天樹で作る予定だ。

 本来なら本体に設置されたストレージスペースに車体と船体を格納することになっているんだが、船体の開発に難儀してるらしく、それだけがまだ完成していない。

 幸いというかなんというか、明日行く予定のイスタント迷宮じゃ船体を使うことはないだろうから、本体と車体だけを持ち込んで試乗することになっている。


 本体はデッキ下部がミラールームになっており、俺達が今使っている獣車より倍以上広くなっている。

 ミラーリングはSランククラフターに昇格した俺が、ほとんど無理矢理付与させたぞ。

 デッキ下部の面積は20平米で、そこにミラーリングを50倍で付与させてあるから、ミラールームの広さは驚きの1,000平米だ。

 さすがに広くし過ぎた気がしないでもないが、狭いより広い方が良いだろう。


 ミラーリング付与の限界を知るために、Bランククラフターに昇格したフラムにも試してもらったんだが、どうやらハイクラフターで30倍、エンシェントクラフターだと50倍が最大値と考えても良さそうだ。

 それ以上は、どう頑張っても無理だったんだよ。


 本体と車体、船体はコネクティングで接続し、さらにフィーナが奏上した新奏上魔法デヴォートマジックロッキングで補強する。

 おかげで本体がズレる心配もなくなったし、ストレージバッグやミラーバッグにも鍵を掛けることが出来るようになったから、他人に使われる心配がなくなったことも大きい。


 ミラールームだが、50平米の寝室を5つ、40平米の使用人室が1つ、40平米の客室を5つ、リビングは100平米、トイレは20平米で、風呂は80平米、キッチンも10平米使って用意してある。

 残っている300平米は、中庭を兼ねた従魔・召喚獣用のスペースになっている。

 寝室を5つにした理由だが、今回みたいにラインハルト陛下のような重要人物が使うことや、もしかしたら増えるかもしれないユニオンメンバーのためだ。

 天樹製獣車が完成した暁には、寝室の1つは貴賓室にすることになると思う。


 客室は、アライアンスでの使用を考えている。

 前のアライアンスで思ったことだが、複数の獣車で移動する場合、移動速度を合わせないといけないから、全体の進行が遅れることがあるし、それぞれの獣車で警戒をしなきゃいけないから、効率が良いとは言えない。

 それに俺達ウイング・クレストは、アライアンスへの参加が、主戦力になることも含めて確定しているから、いっそのこと効率を重視しても良いんじゃないかとも思う。


 依頼している乗造部門ビークル・チーフのウンディーネ マランさんも、イスタント迷宮での試乗を快諾してくれたから、遠慮なく使うことができる。


 あ、乗造部門っていうのは、獣車や船のような乗り物を作る部門のことだ。

 乗り物っていうとそれぐらいしかないが、メンテなんかも請け負ってくれることになってるし、外装だけじゃなく内装なんかの知識も要求されるから、乗造部門に所属しているクラフターは腕利きが多いのも特徴だ。

 だけどその腕利きの乗造部門を以てしても、船体の開発は難航してるそうだから、どれだけ俺が無茶を頼んだのかもよく分かって申し訳ない。

 妥協案ってわけじゃないが、船体をさらに大きくして浮力を確保し、その上に本体を乗せるのはどうかと提案してみたが、まさに今、それを実践中だと言われてしまった。

 そうなると後は、何をしたらいいのかさっぱり思いつかない。

 何か船に関する重要なことがあった気がするんだけどなぁ。

 それが何なのかは思い出せないが、確か比率、だったか?


 その比率だかなんだかはとりあえず保留し、クラフターズギルドの承諾を得た俺達は、試作獣車に乗り込んでフロートに移動した。

 天樹城ではラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下が装備を整え、俺達の到着を待ち構えていたが、そこまで楽しみにしてたのかよ。


「こ、これはまた、すごい獣車だな」

「獣車というか、船じゃないの?」

「しかも、すごい大きいわね」


 試作獣車を見た王様夫妻が驚きの声を上げるが、確かに傍目じゃ陸を走る船だから、違和感はあるよな。

 ウイング・クレストはエド達も含めて全員参加しているが、クラフターのエド、マリーナ、フィーナもレベルを上げ、可能なら進化を目指したいと考えているからだ。

 フィーナの妹のフィアナとレイナは、ようやくレベル14、レベル12と年齢相応にまで上がったんだが、おいていくのもどうかと思ったし、本人達も迷宮ダンジョンに興味があるみたいだから、無理をしないことを条件に連れて行くことにした。

 さすがに国王夫妻が参加してくるとは思ってなかったから、フロートで陛下達にお会いした際にすげえ驚いてたが。

 部屋割りは俺達とエド達、ラウス達が1部屋ずつ、バトラー4人は使用人室、ラインハルト陛下達には寝室の1部屋を、フィアナとレイナも残った寝室を使ってもらうことにしてある。


「よし、それじゃ出発しよう。ジェイド、頼む」

「クワッ!」


 声を掛けられたジェイドが一声鳴いて、獣車を引いてフロートを進む。


 車輪はグラン・デスワームの革を使ったフィーナの特注品だが、試作獣車が大きいということもあって、車輪は前輪部と中輪分に左右1つずつ、後輪部には左右2つずつ、計8つ取り付けてある。

 本体が大型化した事で重量も比例して増してるんだが、そこは風属性魔法ウインドマジックを付与させ、下り坂対策のブレーキはもちろん、車輪から風を吹き上げさせる事で重量を軽減させる事にも成功したから、使い勝手は普通の獣車と大差ない感じに仕上がっている。

 それぞれ独立懸架式でダンパーも付けられているから、乗り心地は抜群だ。

 見た目が船ということもあって、フロートの人達からは驚きの目で見られているが。


「ミラールームはもちろんだが、キャビンも広いんだな」

「そうね。しかもデッキにも出られるから、移動中の閉塞感からは解放されそうだわ」

「今回は試乗になるけど、それも含めて乗り心地を確かめることになってますからね」


 ミラールームを含めて一通り見終わった後、キャビンで感想を述べたラインハルト陛下とエリス殿下に、マリーナが補足で説明する。

 キャビンは普通の獣車と大差ないんだが、キャビンにはフラムがミラーリング30倍付与をしているから、一般的な獣車より広く、30平米ある。

 デッキ下部のミラールームや上部の展望席へ行くための階段を用意する必要もあったからなんだが、そのおかげで少し大きめの階段を用意出来たな。

 もちろん左右の昇降口だけじゃなく、前方のドアは前部デッキや御者席に、後方のドアは後部デッキに出られるぞ。

 前部デッキは御者席を含めて5平米程だが、後部デッキは10平米あって、従魔の出入口も兼ねているし、収納式の椅子やテーブルも用意してあるから、6人ぐらいならゆったりできるだろう。

 現に今、マルカ殿下がルディアやアテナと一緒に寛いでたりする。


 陛下達は展望席の使い勝手なんかも気なるようだし、車輪の寿命も興味があるようだったな。

 この試作の車輪はグラン・デスワーム製だから、あまり参考にはならないと思うが。


「船にもなるようにって聞いたけど、エオスさんが運んでくれることを前提にしているんだから、そっちは考えなくても良かったんじゃないかしら?」


 エリス殿下が率直な疑問を口にするが、そんなことはない。


「移動するだけならそうなんですけど、ベール湖で依頼をこなそうと思ったら、どうしても船は必要になりますよ。実際その場合は、トレーダーズギルドから船を借りてましたからね」

「ああ、なるほどね。でもそれは分かったけど、どうやって動かすの?水棲の魔物とは、従魔契約も召喚契約も結んでいないんでしょう?」


 納得してくれたと思ったら、今現在最大の問題点をツッコまれた。

 それについては、俺も頭を悩ませている。

 ヘリオスオーブの船は、小型船の場合は自分でオールを使ったりすることもあるが、基本的には魔物に引いてもらっている。

 だからフィールのトレーダーズギルドが所有している船も、プレシーザーが2匹で牽引してくれていた。

 そんなわけでこの獣車も、船体に乗せて活用する場合は、従魔に引いてもらうことが前提になっている。

 だが俺達が契約している従魔・召喚獣は、ヒポグリフ・フィリウス、ヒポグリフ・フィリア、カーバンクル、アイス・ロック、ウォー・ホース、バトル・ホースと陸棲魔物オンリーだから、船を牽引してもらうことが出来ない。

 プレシーザーと従魔契約、あるいは召喚契約することも考えてはいるんだが、マナは相性の良い魔物としか契約を結ぶつもりはないし、従魔契約は1匹の魔物としか出来ないから、みんなも二の足を踏んでしまっているのが現状だ。

 なので裏技、ってわけでもないが、風属性魔法ウインドマジックを付与させた魔石を使って、無理矢理動かすことを考えていたりする。


「それはまた、ものすごい力技ね」

「否定はしませんよ。従魔ともなると契約者を誰にするのかっていう問題もあるし、召喚獣だっておいそれと契約はできないですからね」


 みんなはハイハンターに進化出来たこともあって、近い内に従魔契約を結ぶことも考えている。

 だけど普通に街中で契約となると、バトル・ホースやグラントプス、ワイバーンにプレシーザーぐらいしかいないから、どうするか悩んでいるみたいなんだよ。

 アテナやエオスはドラゴニアンってことで、従魔魔法だけじゃなく天賜魔法グラントマジック召喚魔法も使うことが出来ないって話もあるな。

 最終手段として自分が竜化できるわけだから、分からん話でもなかったが。


「そういえばライ兄様、確か各国のヘッド・ハンターズマスターやPランクハンターが来るって話がなかった?」

「ああ、その話か。来たよ。終焉種の魔石も見せたし、父上が打った翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネ製の武器も下賜してある」


 もう来てたのか。

 一番遅かったのがバレンティアらしいが、それは俺達が滞在してたことが原因だ。

 それが3日前の話で、既に帰路についてるらしい。

 できれば会いたかったが、こればっかりは仕方ないか。


「それと、今月末にヒルデが来る。マナとプリムの結婚、ユーリの婚約を祝いたいと書状を貰っているよ」


 ヒルデって、確かトラレンシアの女王様で、プリムやマナとは姉妹同然の人だったか?


「ヒルデ姉様が?」

「ああ。トラレンシアにもプリムの訃報は届いていたようだが、先日アミスターに亡命したことが公表されたし、プリムも直筆の書状を送っていただろう?本来はもっと早く来たかったようだが、ソレムネ軍との小競り合いが長引いたようで、今まで時間を作れなったそうだ」


 なるほど。

 トラレンシアはアミスターから最も遠い国だが、最も親しい国でもある。

 建国の母と呼ばれている初代女王のエンシェントヴァンパイア エリエール・ミナト・トラレンシアがアミスターの生まれということも関係しているのか、代々のトラレンシア王家はアミスター王家を敬い、主家のように接しているんだとか。

 そのエリエール様と結婚した客人まれびとのカズシさんは、ヘリオスオーブに転移した際にアウラ島に出たそうだが、当時あった3つの国の1つがカズシさんを隷属魔法を使って束縛しようとしたことが原因でアウラ島を出てアミスターに向かい、そこで2人は出会ったそうだ。

 だけど終焉種スリュム・ロードによって1つの国が滅んだことが原因で、アウラ島は戦火に包まれることになり、世話になった人を助けるために再びアウラ島に舞い戻ったカズシさんと、そのカズシさんを助けるために同行したエリエール様が最終的にはアウラ島を纏め上げ、トラレンシア妖王国を建国したってのが流れらしい。

 国名は当時のアミスター国王が名付けたとも伝わっているから、それも敬っている理由なのかもしれない。


「いずれこっちから挨拶に行こうと思ってたんだけど、まさか来てくれるとは思わなかったわ」

「本当にね。だけどこの時期、トラレンシアの海は氷で覆われるから、ソレムネも進軍することが出来なくなる。だから春までは時間が取れるから、今の内にって考えたんでしょうね」


 トラレンシアが長らくソレムネの侵攻を防ぐことができている理由は、トラレンシアの環境が大きい。

 トラレンシアは雪の国とも言われているように、国土の多くが万年雪に覆われていて、夏でも雪が降ることがある。

 さらにアウラ島の半分近くがゴルド大氷河となっていて、そのゴルド大氷河にはスリュム・ロードが縄張りにしていると言われているセリャド火山まであるから、そちらを警戒するために戦力を裂く必要がある。

 ソレムネもセリャド火山にスリュム・ロードがいることは知っているし、何よりソレムネの4分の1を占めるプライア砂漠には終焉種アントリオン・エンプレスがいるから、終焉種の近くを進軍するリスクをどの国よりも理解している。

 だからゴルド大氷河側の海から、ソレムネが攻めてきたことはないそうだ。

 そしてトラレンシアのセイバーズギルドは、バシオンの聖騎士団同様オーダーズギルドに近い騎士団ということで実力も高いし、何より地の利もあるから、ソレムネも攻めあぐねることが珍しくないと聞く。

 それでも今回は、当初の予想より長引いたってことらしいから、あまり楽観することはできないが。

 あ、セイバーズギルドってのは、トラレンシア騎士団のことだ。

 カズシさんやエリエール様と共にアウラ島に渡ったオーダーも少なくなかったから、その人達が中心になって作りあげ、オーダーズギルドに敬意を表してセイバーズギルドとして設立させたんだそうだ。

 だからセイバーズランクもオーダーズギルドとよく似ているんだが、騎爵はアミスターの爵位でもあるから、騎爵位と同じランクになるGランクセイバーは部隊長クラスなんだとか。


「ヒルデガルド陛下は、大和君にも会いたいみたいよ」


 マジですか?

 いや、確かに俺はプリムやマナと結婚して、ユーリとも婚約してるから、姉妹同然っていう女王様が会いたいっていう理由も分からなくもないけどさ。


「なんとなく既視感を感じるけどね」


 ボソッと呟くプリムだが、俺にはよく聞こえなかった。


「ということは、月末にまた来た方がいいってことか」

「そうしてくれ。長くても1週間程度しか滞在できないだろうから、こちらから伝令を飛ばす時間も惜しい」


 トラレンシアの冬はアミスターよりマシって話だが、ソレムネやゴルド大氷河の上空は避けて飛ぶことになるから、普通より時間が掛かる。

 それならいっそのこと、俺達が送っても良いんじゃなかろうか?

 リベルター辺りで1泊する必要はあるが、アルカに転移すれば警戒する必要もなくなるし、何より安全だからな。

 それにトラレンシアは、建築様式こそアミスターと同じ中世ヨーロッパ風だが、文化的には和洋折衷ってことだから、行ってみたいと思ってたんだよ。


「その方が良いかもね。エオスに飛んでもらうことになるけど、過去のことがあるからソレムネもドラゴニアンに手を出すのは躊躇うだろうし、何よりエンシェントクラスが2人も護衛に付くんだから、普通に帰るより安全だわ」

「ソレムネが手を出してきたりしたら、それを理由に潰してもいいしね」


 マナは諸手を上げて賛成、プリムも同様だが、プリムの方は不穏な単語があった気がする。

 いや、俺としても反対ってわけじゃないんだけどさ。


「それは止めておいた方がいいだろう。あの国は勝つためなら、ひいてはヘリオスオーブを統一するためなら、何をやってもいいと考えている。そのために情報を捻じ曲げることは当然で、大義名分すら勝手な理屈で掲げてしまう。トラレンシアへの侵攻だって、元々アウラ島はソレムネの領土だったからという言いがかりで行っていることだからな」


 レティセンシアも似たような理由でマイライトを狙っているが、ソレムネの場合は嘘だと断じることもできない。

 事実としてアウラ島にあった3つの王国の内の1つは、ソレムネから独立した国だ。

 アウラ島全土は言い過ぎだが、それでもアウラ島にソレムネの領土があったことは間違いない。

 さらにソレムネは、軍事力もアミスターに匹敵しているから、口だけのレティセンシアと違って非常に厄介な国でもある。

 ギルドを追い出したことで周囲の国との関係は最悪になっているから、どこの国とも国交はないし、そのせいでソレムネの内情が伺い知れないというのも面倒だ。

 ソレムネの問題は、アミスターにはほとんど関係ないが、だからといって無関係というわけにもいかない。

 最友好国のトラレンシアを攻めているということは、アミスターとも事を構える気があるということになるし、リベルターやバリエンテが落とされたりしたら、アミスターとも国境を接することになるから、直接攻めてくることも可能になる。

 フィリアス大陸を統一してアバリシアに対抗するっていうのがソレムネの言い分だが、結局は領土拡大が目当てだし、占領した街や村では略奪も起きてるそうだから、俺からすればただの覇権主義国家にしか見えない。

 個人的にはレティセンシアと同様、早く滅ぼした方がいいんじゃないかと思う。

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