義兄への結婚祝い
オーダーやホーリー・グレイブとの合同訓練から3日後の夕方、俺とミーナはフィールの北側にある住宅区にやってきた。
ようやくレックスさん、ローズマリーさん、ミューズさんの剣が仕上がったから、遅ればせながら結婚祝いとして持参した次第だ。
他のみんなも来たがったんだが、レックスさんの性格を考えればゾロゾロと大人数で押しかけるのもどうかと思うし、何よりマナやユーリ、リカさんが来たりなんかしたら、どう反応していいか困るだろうから、今回は遠慮してもらった。
その代わりというわけじゃないが、クラフターズギルドで解体していた魔物の残り、フォートレス・ホエールの引き取りと金属船の様子を確認してきてもらうことにしてある。
「ここがレックスさんの家か」
「はい。私も大和さんと婚約するまでは、ここに住んでいました。残念ながらベール湖は見えませんけど、大通りに面していますし、詰所も近いので、何かあったらすぐに動けるんです」
家まで実用重視とは、いかにも几帳面なレックスさんらしい。
レックスさんの家は、普通の民家より二回り程大きい家だ。
屋敷という程じゃないが、それなりに広い。
ミーナの話じゃ部屋は個室が7部屋にキッチンが備え付けられたリビング、地下には広い倉庫もあるそうだ。
この家は借家ということだが、本当はこんな家を借りる予定じゃなかったとも言ってたな。
オーダーズマスターだからそれなりの家を買うなり借りるなりしろと言われて、仕方なくこの家になったとかって話だ。
オーダーズマスターとしてフィールに赴任してきた当初はレックスさん1人だったし、ミーナがオーダーズギルドに登録してフィールに赴任してきてからは兄妹2人で暮らしてたんだが、さすがに手が行き届かないってことで、Cランクバトラーを雇って掃除とかをしてもらっているみたいだな。
バトラーズギルドとしても、オーダーズマスター邸への短期派遣ってことで大歓迎らしい。
「どちら様ですか?ミーナ?大和さんも?どうかされたんですか?」
ミーナがノッカーの魔道具を鳴らすと、ローズマリーさんが出てきた。
「こんばんは。こんな時間にすいません」
「いえ、それは構わないですよ。私は今日は非番でしたし、レックスとミューズも勤務を終えて帰宅していますから」
うん、それはオーダーズギルドで確認済みだ。
ライラとルーカスに頼んで、3人の予定を調べてもらったからな。
3人とも休みだったらもっと早く来れたんだが、レックスさんはAランクオーダー、ローズマリーさんとミューズさんはPランクオーダーだから、3人が同時に休めるのは月に一度あるかないからしい。
さすがに結婚した日は休んだらしいが、まだ1ヶ月経ってないから、しばらくは無理みたいだ。
「今日は私達ウイング・クレストから、改めて結婚のお祝いに来させていただきました」
「それはありがとう。だけどそんなに気を遣ってもらわなくてもよかったのに」
「そうはいきませんよ。ミーナの
「ありがとうございます。こんな所で立ち話もなんですから、上がってください」
「それじゃ、お邪魔します」
ローズマリーさんに案内されてリビングに入ると、レックスさんとミューズさんが何か話をしているところだった。
ちらっと聞こえてしまったが、先日の俺達との訓練結果について話してたみたいだな。
「ミーナ、それに大和君も。いらっしゃい」
「こんばんは。こんな時間にすいません」
「君達なら構わないが、今日はどうしたんだ?」
俺達がリビングに入ると話を中断し、歓迎してくれたレックスさんとミューズさんだが、ミーナはともかく俺は来たのは初めてだから、珍しいって感じだな。
「さっきローズマリーさんには伝えたんですが、今日は俺達ウイング・クレストからの結婚祝いを持ってきました」
席を勧められてから本題を切り出す。
今日ここに来たのは、これを渡すためだからな。
俺はストレージから、3本の片手直剣を取り出してテーブルに並べた。
「これは……」
「剣?なかなか派手な装飾が施されているが、これを私達に?」
「はい。アーク・オーダーズコートとプラチナム・オーダーズコートに合わせてデザインしてもらってますが、普通に使っても問題ないと思ってます」
レックスさんには、白銀の刀身をガードから伸びた黄金の光が覆っているような片手直剣を、ローズマリーさんとミューズさんには、ガードにリボンのような柔らかな意匠を施した白銀の刀身を持つ片手直剣だ。
ローズマリーさんの片手直剣の方はより柔らかな感じで、ミューズさんの方は凛々しい感じになるようにデザインしてもらっている。
さすがに剥き出しのまま渡すわけにはいかないから鞘に納めてあるが、それでもガードのデザインはすぐに分かる。
「装備が一新されたことで
試作翡翠合金刀と瑠璃銀刀・薄緑を比べると、すぐに違いがわかるぐらいだったからな。
まあ試作翡翠合金刀はその名の通りの試作だし、日本刀の製法を取り入れてるわけじゃないから、当たり前ではあるんだが。
タロスさんが打ってくれた剣ではあるが、
それでも重宝させてもらっているけどな。
「ル、
「ええ、そうです」
トレーダーズマスターのミカサさんは広めたがっていたんだが、具体的な性能を教えたら即座に前言を撤回してたし、魔力効率が悪いからフェアリーハーフのエドやマリーナでも、1日に5本程度しか作れない。
エルフとしては魔力が少ない方になるタロスさんに至っては、残念ながら作れなかったぐらいだ。
フィーナも作れなかったんだが、今回の旅でレベルが上がったことで魔力も増えたから、何とか1本は作れるようになっている。
俺やフラムが作れるようになれば、もうちょい数は増やせると思う。
俺はBランククラフターに昇格できたが、フラムはまだ自信がないってことでCランクで止まってるから、実際に作り始めるのはもう少し先の話だが。
「そ、そんな合金を、私達のために使ってくれたのか?」
「
合金が完成するまでは、オーダーズギルドでは
だが
だからハイクラスは、どちらの金属を使っていても長くても数ヶ月、早ければ1ヶ月足らずで武器を変えなければならなかった。
これはハンターも同じで、魔物と戦っている最中に武器が壊れることも珍しくなく、そのせいで重傷を負ってしまうことだってある。
だから予備を大量にストレージに保管しておくことが、ハイクラスの常識でさえあった。
だが俺が合金を提案し、エドが
しかも
だからオーダーズギルドの装備を一新させることになり、鎧は女性オーダーの嘆願が多かったこともあってマリーナがデザインした物になっているが、剣と盾、それに槍や弓なんかの武器は、以前の物のマイナーチェンジ版だ。
武器なんかは自分で用意することが認められているってことが理由なんだが、自分が気に入って、かつ新デザインのオーダーズコートに合うデザインとなると完全なオーダーメイドってことになるから、用意できるのはSランク以上のオーダーがほとんどになる。
余談だが、レックスさん達の予定を聞き出した際にライラが要求してきた報酬は、オーダーメイドの
ヘリオスオーブには個人情報保護法なんてものはないが、それでも個人情報の取り扱いが厳格な世界からきた俺としては、それぐらいの要求は仕方ないかと思って承諾している。
デザインとかは自分で決めさせて、俺はクラフターズギルドから請求された報酬を支払うってことで話は纏まった。
真面目なルーカスはともかく、ライラには宿代を誤魔化されたという前科があるから、さすがに金額の上限は決めさせてもらってるが。
「これは……すごいデザインだな」
「本当ね。私とミューズの剣は、細部が異なるけど、基本は同じみたいね」
「すいません。本当は別のデザインにしようかと思ったんですが、これより良いデザインのストックがなかったんで、細部だけを変えさせてもらいました」
「いや、十分だよ。私達は2人共Pランクオーダーであり、レックスの妻なのだから。むしろこの方が、繋がりを感じられる」
ミューズさんの言葉に頷くローズマリーさんだが、そう言ってもらえると俺としても嬉しい。
「兄さんの剣はかなり派手ですけど、
「そう言われてしまうと、私としては何も言えないな。いや、もちろん良い剣だから、そんなことを言うつもりもないが」
3人とも鞘から抜いた剣を見て顔を綻ばせているが、嬉しそうで良かった。
ガードの装飾どころか、刀身まで派手だからな。
「ありがとう。オーダーでもある私達にとって、最高の結婚祝いだよ」
「これほどの剣を贈ってくれて、感謝する」
「ありがとうございます、大和さん、ミーナ。ウイング・クレストの皆さんにも、よろしくお伝えください」
もちろん伝えます。
特にエド達には絶対に。
それからこれも贈らないと。
「それと、こちらは私と大和さんからになります」
そう言ってミーナがストレージから、一抱えもある肉塊を5つ取り出した。
「肉?」
「はい。ゴールド・ドラグーン、ディザスト・ドラグーン、フォートレス・ホエール、イグニス・バード、アビス・タウルスのお肉です」
「待て待て待て待て!な、なんだそのラインナップは!」
ミーナが口にした高ランクモンスターの名前に、すかさずミューズさんがツッコんだ。
「アビス・タウルス以外はソルプレッサ迷宮で倒した魔物です。もちろん陛下にも献上しますが、せっかくですからお祝いにと思いまして」
ニッコリと笑って答えるミーナに、レックスさんも絶句している。
食える魔物は、ランクが上がるほど美味い。
食えない魔物はランクが上がっても食えないが、これらは竜、鯨、鳥、牛だからってこともあって、普通に食える。
だからP-Cランクモンスター アビス・タウルスは、超高級食材ってことで、天樹城でも喜ばれたな。
だけどフォートレス・ホエールはM-Iランク、イグニス・バードはM-Cランク、ゴールド・ドラグーンはA-Rランク、ディザスト・ドラグーンなんてA-Iランクモンスターだから、食ったことがある人は皆無に等しい。
クラフターズギルドだけじゃなくトレーダーズギルドからも、少しでいいから売ってもらえないかと打診されたぐらいだ。
もちろん領代やギルドマスター達にはお土産ってことで、ドラグーン肉各種詰め合わせを贈っている。
レックスさんにも贈ってるんだが、そっちはお土産でこっちは結婚祝いだから、遠慮なく受け取っていただきたい。
お土産も合わせるとかなりの量になるが、3人ともストレージングを使えるんだから、肉が腐る心配もないっていうのも非常によろしい。
ちなみにだが、亜人は食えない。
オーク辺りなら食えそうな気もしなくはなかったんだが、アントリオンは蟻の亜人だし、アマゾネスやセイレーン、ワルキューレなんて人間と大差ない見た目をしてるるせいで食う気も起こらないから、食えないって聞いた時はマジで安心したよ。
「わかった、ありがたく頂くよ」
何か言いたそうなレックスさんだが、何を言っても無駄だと判断したようで、苦笑しながら受け取ってくれた。
ローズマリーさんやミューズさんも似たような顔してるが。
その後少し雑談をしてから、俺達はお暇させてもらうことにした。
いつまでも新婚家庭にいるほど野暮じゃないし、みんなをクラフターズギルドで待たせてるから、早く迎えに行かないといけないしな。
既にゲート・クリスタルとゲート・ストーンはいくつか完成してるんだが、俺と別行動になる人を優先にしてるから、ハンターやクラフターにまでは行き渡っていないんだ。
今所有してるのはユーリ、リカさん、アプリコットさんの3人だけだな。
ゲート・ストーンはリカさんの屋敷に設置させてもらっているから、またウインガー・ドレイクを狩ってこないといけない。
フェザー・ドレイクはともかく、ウインガー・ドレイクはマイライトでかなり狩ったから、希少種ってことも考えると、もういない可能性も否定できない。
今度フロートに行くが、その時にイデアル連山を探索するか、いっそのことソルプレッサ迷宮にまで足を延ばしてもいい気がする。
ソルプレッサ迷宮はドレイクも多いし、何より浅いから、ゲート・クリスタルを記録させるのは決定事項だし、竜王フォリアス陛下から褒賞として譲ってもらったゴールド・ドラグーンの魔石も、改めて献上した方がいいと思う。
それにドラグニアも記録させておけば、結婚披露宴にリディアとルディア、アテナの家族も招待できるようになるから、その辺のことをみんなと相談してみるか。
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