ヘリオスオーブの危機

「これが……アルカか」


 その島は、驚いたことに天空に浮かんでいた。

 浮島っていうから海とか湖とかにある島だと思ってたんだが、まさか空に浮かんでたとは……。


「すごい……」

「まさか空に浮かんでるなんてね。しかも、けっこう広いわよ?」

「だな」


 みんな一様に驚いてるが、俺も驚いている。

 なにせアルカには、山はあるし湖もある。

 森もあるし草原だって広がっている。

 雲を下に見下ろす形でなければ、信じられなかったと思う。

 だけど一番驚いたのは、桜樹が咲き誇っていたことだ。

 並木道みたいになってるぞ。


「とりあえず、進んでみよう。鳥居があるし、建物もあるしな」


 転移した先には、朱色の大きな鳥居があった。

 まさか鳥居なんて見られるとは思わなかったが、鳥居があるってことはこの先には神社かそれに似た何かがある可能性が高い。

 まあ奥の建物はデカいから、中に入らなくても分かってるんだが。


「え?これって門なの?」

「ああ。神界と人界を繋ぐ結界って言われてる。ああ、魔法とか刻印術的な意味じゃなくて、そういった通説だ」


 門ってことに違いはないが、神域でもある神社への入り口っていう意味の方が強かったはずだ。

 その門をくぐると中庭に通じていたようだが、一部は日本庭園のようになっていて、その奥には大きな屋敷が見える。


「なんなのこの庭は。見たことも聞いたこともないわよ」

「これも大和さんの世界の様式なんですか?」

「ああ。だけど千年近く前の様式だったと思う」


 平安時代だからそうだよな?

 というかこの庭、マジで広いな。

 ジェイドとフロライトは好奇心に勝てなかったようで、朱橋を渡った先にある中島で寝転がっている。

 2匹とも4メートル近い体長だが、それでも全然余裕がある広さだ。


「フロライトもジェイドもくつろいでるし、気に入ったみたいね」


 プリムも嬉しそうだ。

 俺も正直、こんなもんがあるとは思ってもなかったからな。

 ユニオン・ハウスを建てるつもりだったが、俺達の拠点にすることも視野に入れることができそうだ。

 問題があるとすれば、デカすぎることだな。


「とりあえず従魔は庭にいてもらえばいいから、俺達は屋敷に入ってみよう」

「そうね。大きすぎるのがあれだけど、ユニオン・ハウスにできるかもしれないし」


 こんなデカい屋敷に住むなんて、落ち着かないけどな。

 まあウイング・クレストのユニオン・ハウスとして使うわけだし、特に気にしなくてもいいだろう。


 俺達はそのまま朱橋を渡り、屋敷の前に到着した。

 木造っぽいが石造のようにも見えるな。

 というかこの屋敷、5階建てだったのかよ。

 しかもよく見たら城じゃねえか。


「デカいな……」

「すごいわね……。こんな屋敷、初めて見たわ」

「俺の世界の伝統建築に近いな。まあ、明確な違いもあるが」

「そうなんですか?」


 そうなんです。

 なにせ島の1つには噴水みたいな物があって、洋風庭園みたいになってたからな。

 確か寝殿造の中庭は、どこかの風景を模したものだったと思う。

 建物をつなぐ渡殿わたどのっていう屋根付き廊下みたいなのはあるけど、こっちも微妙に違う気がする。

 というか微妙に和洋折衷になってるんだが、所々でアンバランスな感じもするぞ。


「それより中に入ってみようよ。大和の世界の伝統的な屋敷って、すごく興味があるよ」


 ルディアが急かしてくるが、俺も久しぶりだから心が躍ってる。

 だが中に入ろうと思った直後、中央の建物から人影が出てきて、俺達に向かって頭を下げた。


「お待ちしておりました、マスター」


 そんなに背が高くないし、何より背中に妖精っぽい羽があるところから判断するに、全員フェアリーっぽいな。

 というか、なんで全員大正ロマンあふれる和モダンなメイド服なんだよ?


「我々はホムンクルスです。この天空島アルカを作られた方によって、フェアリーハーフをベースに造られております」


 フェアリーハーフだったのか。

 それにしてもなんでまた、って家を守る妖精ってのがいたな、確か。


「フェアリーハーフって、なんでまた?フェアリーじゃダメだったの?」

「確か俺の世界じゃ、妖精が家を守ってくれるっていう伝説があるんだよ」

「へえ、そんな伝説があるのね」


 まあ俺が知ってるのは、座敷童子ぐらいだけどな。

 見た人に幸福を与えたり家を守ったり、けっこう有名だから知らない人はいないと思う。


「だけどいたずら好きでもあるし小さいから、人間と同じ大きさになるようにしたんじゃないかな?なんでフェアリーハーフが基本なのかは分からないけど」

「おっしゃる通りです。我々はコロポックルと呼ばれております」


 コロポックルか。

 確か北海道に伝わる、アイヌの妖精だったな。

 けっこう小さいって話だったはずだから、この屋敷を管理させるためにフェアリーハーフを基にしたのは間違いなさそうだな。

 それでもたった7人で管理できるかって聞かれると、多分無理だと思うが。


「そういえば大和の世界って、ヒューマンしかいないって話だったわよね。確かに小さい妖精じゃ、この屋敷を管理するのは大変よね」

「だな。けどそれはともかくとして、なんで俺達がマスターなんだ?」

「転移陣を使われたということは、用意されていた石碑を読むことができたということになるからです」


 なるほどな。

 確かに石碑だけなら誰かが見つける、あるいは既に見つけていた可能性はある。

 だけどただ見つけたっていうだけじゃ誰が来るか分からないし、それがよからぬ輩だっていうこともあり得るだろう。

 それを防ぐために日本語で内容を記して、さらに取り外せって内容にしてたのか。

 あれ?

 ってことは、もしかしてマスターって俺のことなのか?


「つまりあなた達は、ずっと大和を待ってたってことなの?」

「仰る通りです」


 プリムも俺と同じ疑問を感じたみたいだが、中央に立ってるコロポックルがあっさりそう告げた。

 マジですか?


「このような場所ではなんですから、中へご案内いたします」


 おっと、どうやら城内に入れてくれるみたいだ。

 城にも興味あるが、話にも興味あるから、ここは素直に案内されておこう。


「申し遅れました、わたくしはシリィと申します。コロポックル達の統括を任されております」


 城内の、多分応接室と思しき場所でお茶を淹れてもらった後、コロポックル達が自己紹介を始めた。

 どうやらこのコロポックル、シリィがリーダーらしい。

 金のロングヘアーに落ち着いた感じの雰囲気がするが、少し耳が尖ってるみたいだし、もしかしてハーフエルフなんだろうか?


「カントと申します。野山の管理を任されております」


 こっちは緑がかった金髪でベリーショートだ。

 活発そうし、野山の管理をしてるってことは、見た目通りなんだろうな。

 リス耳と尻尾があるからフェアリーハーフ・アルディリーか。


「アトゥイと申します。湖の管理を任されております」


 青いセミロングのこちらの方は、腕とかに鱗っぽいものが見えるから、多分ウンディーネが入ってるんだろうな。

 湖の管理ってことだし、適任ではあるか。


「レラと申します。館の管理を任されております」


 一番髪が長いけど、それをしっかりと結わいているな。

 ハーフヒューマンっぽいし、黒髪っていうのも親近感が持てる。


「ノンノと申します。牧場の管理を任されております」


 明るい赤髪ショートの犬耳っ娘だからハーフウルフィーか。

 この子も活発なんだろうな。


「コンルと申します。魔導具の管理を任されております」


 薄いブラウンの髪を二つのお団子にしてる一番小柄な子は、多分だがハーフドワーフなんだろう。

 魔導具管理に相応しいな。


「キナと申します。畑の管理を任されております」


 銀髪ツインテールときましたか。

 一番大柄だけど角と尻尾が竜のそれだし、多分ハーフドラゴニュートだろうな。


「俺はヤマト・ハイドランシア・ミカミだ」

「プリムローズ・ハイドランシア・ミカミよ。プリムでいいわ」

「私はリディア・ハイウインドです」

「ルディア・ハイウインドだよ」


 名乗られたので俺達も名乗り返した。

 それにしても牧場や畑、魔導具なんかもあるとか、ますます興味が出てくるな。


「結構色々あるのね。だけどこの島、アルカだっけ?いったい誰が作ったの?」

「そうですね。これ程のものを作るとなると、Oランククラフターでも無理だと思います。だけどこの島は空に浮かんでいる。誰が作ったのか、すごく気になります」


 プリムとリディアは、この島の製作者に興味津々だ。

 気持ちは分かるし、俺も同じ気持ちだな。


「申し訳ありませんが、現時点では誰が作ったのかというご質問にはお答えできません」

「現時点では、ってことは、いずれは話せるってこと?」

「マスターが条件を満たせば、です」


 俺かよ。

 というかその条件って何なんだ?


「そちらもお答えできません。ですが、アルカがいつ作られたのかはお答えできます」


 誰が作ったのかも気になるが、いつ作られたのかも気になるな。

 それにそれがヒントになる可能性もあるから、まずはそっちを聞いてみるか。


「わかった。じゃあアルカは、いつ作られたんだ?」

「224年前です。ヘリオスオーブを揺るがす大事が発生したために、急遽建造されました」


 224年前か。

 ヘリオスオーブ揺るがす大事件が起きたってことだが、これはその頃何が起きたかを調べてみる必要があるな。


「224年前か。確か最初の客人まれびとって、その頃じゃなかったっけ?」


 そう思ってたら、ルディアが首を傾げながら答えてくれた。

 そうなの?


「確かね。だけどその方はハイクラスにまでしか進化してなかったはずだし、クラフターとして生涯を終えられたはずよ」


 なるほど、クラフターか。

 ヘリオスオーブには地球の知識もそれなりにあるが、最初の客人まれびともクラフターってことなら、その頃から生活環境が改善されはじめたってことになる。

 その後でカズシさんやユカリさん、シンイチさん、ソウヤさん、サユリ様がやってきたってことになるが、他にも何人かいたはずだし、面識のある人達もいたのかもしれない。

 1人だけで改善できるとは思えないが、複数人いたなら話は別だからな。

 っと、これも聞いておこう。


「ここに転移するための石碑だけどな、なんで日本語で書かれてたんだ?それにこの建物も、昔の俺の国の様式だ。全部の国を回ったわけじゃないが、それでもこれは異質だろう?」

「その疑問には、一部だけですがお答えできます。アルカやこの日ノ本屋敷は、客人まれびとの方のために作られたのです。ですから石碑も、客人まれびとの世界の言葉で記されております」


 客人まれびとのために?

 いや、だけどここに来たのは、俺達が最初のはずだ。

 客人まれびとは何人もいたのに、誰も石碑まで辿り着けなかったんだからな。

 高ランクモンスターどころか災害種、果ては終焉種までいたんだから、無理な話ではあるが。


「それも、アルカを作られた方が定められたことになります。事はヘリオスオーブの存続を揺るがす重大事ですので」


 さっきも言ってたが、ヘリオスオーブの存続を揺るがす重大事ともなると、魔物をどうにかできるぐらいの実力は必要になるってことか。

 無茶苦茶ではあるが、世界の存続って言われてしまうと納得するしかない。


「そのヘリオスオーブの存続を揺るがす重大事っていうのは、教えてもらうことはできないんですよね?」

「申し訳ありませんが、こちらもマスターが条件を満たさなければ、お答えすることはできません」


 ここでも俺か。

 アルカが客人まれびとのために作られてて、ヘリオスオーブの存続にまで関与するってことになるわけだから、喋ることができないってのも分からないでもないんだが……。


「ですが、これだけはお答えできます。存続を揺るがすと言っても、今日明日で滅ぶわけではありません。まだ300年程は余裕があると予測されています」


 それは朗報なのか悲報なのか、判断に迷うな。

 300年先ってことになると、多分俺は死んでるだろう。

 だけど俺の婚約者の中で、アテナだけはまだ生きてるし、アテナとの間にドラゴニアンが生まれていれば、その子も生きているだろう。

 つまり俺は何としても条件を満たして、その重大事とやらを聞き出さないとならないってことになる。


「その重大事だけどな、何をすれば教えてくれるんだ?」

「ヘリオスオーブに、あってはならない存在を倒すことです。それなりに数がいますから、全滅させろとは申しません。ですが最低限その存在を倒せる程の方でなければ、ヘリオスオーブの滅亡を防ぐことはできません」


 あってはならない存在か。

 普通なら何のことやらって感じなんだが、俺達には心当たりがある。


「その存在って、もしかして魔族のこと?」

「ご存知だったのですか?」


 やっぱりか。

 となると重大事ってのには、アバリシアが絡んでる可能性が高いな。


「ご存知というか、色々あって魔族を1体倒すことになった。別の場所でも魔族になろうとした奴がいたが、それは変化する前に捕らえることに成功したな」


 アミスターを裏切ったハイハンター ルクスとバレンティアの元公爵ナールシュタットのことだが、こいつらも魔化結晶を使ってたんだから、無関係ってことはないだろう。


「既に倒されていたのですね。でしたらもう少しだけではありますが、情報開示が可能です」


 これで1つ、条件をクリアってことか。

 話を聞き終えるのにいくつ条件があるのかは分からないが、それでも魔族があってはならない存在ってことだから、遠くない内に聞き出せるだろう。


「魔族を生み出す魔化結晶は、アバリシア神帝国の神帝によって開発されました。このアバリシア神帝は最初の客人まれびとですが、今も存命です。魔化結晶を使い魔族に身を堕とすことで、今日まで生きながらえているのです」


 ここでアバリシア神帝の正体判明かよ。

 確かに神帝が客人まれびとじゃないかって疑ったことはあったが、まさか今も生きてるとは思わなかった。


「さらに神帝は、魔法とは異なる方法で事象を操ることが可能です。その方法は、刻印術と呼ばれています」

「刻印術ですって!?」


 さらに刻印術師かよ。


「俺と同類、しかも魔族になってやがるのかよ。確かに重大事だな」


 シリィに俺が刻印術師で、神帝と同じく刻印術を使えることを伝える。

 さすがに驚いていたが、俺としても驚きの連続だ。


「ではマスターも、武器を生成することが出来るのですか?」

「ああ、出来る。ということは神帝も、生成者ってことになるのか」

「生成者という言葉は初めてお聞きしましたが、そのようです。剣を生成すると伺っています」

「それだけか?」

「はい」


 剣だけか。

 剣ってことは武装型になるが、それだけってことなら俺と同じ双刻ってわけじゃなさそうだ。

 もっとも複数属性特化型っていう化け物じみた刻印法具があるから、安心はできないが。


「まだ話せないことはあるのか?」

「申し訳ございませんが、ございます」


 やっぱりか。

 だけど俺が何をしたらいいのか、何をすべきかはよく分かった。


「つまりヘリオスオーブを滅亡から救うには、アバリシア神帝を倒す必要があるってことになるのか」

「そうなるだろうな。しかも俺と同じ刻印術師ってことだから、俺も無関係じゃいられない」


 神帝が何を考えているのかは知らないが、フィリアス大陸に攻め込んだことがある以上、どうせ世界征服っていう俗な目的でも持ってるんだろう。

 だけど俺と同じ世界出身だし、200年以上も好き勝手してやがるわけだから、ロクでもない奴だってのは間違いない。

 しかも魔族にまでなってやがるんだから、マジで魔王っていう言葉がピッタリだな。

 同じ世界出身ってことで、俺がキッチリと引導を渡してやるべきだろうな、これは。

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