獣車新造依頼

「こんなもんかな。フィーナ、そっちはどう?」

「大丈夫です。とはいえ突貫作業でしたから、後でしっかりと見直さないといけませんけど」


 マリーナとフィーナが、スカイ・サーペントの革を使ったベルトを獣車に取り付けている。

 完全竜化してグリーンドラゴニアンとなったエオスが両腕を通し、獣車は手でしっかりと保持するためだ。


「エオス、どうだ?」

「思ったより楽に持てます。これなら問題はありません」


 エオスもそう言ってくれたし、それじゃ早速行くとしますか。


「確認するが、エレファント・ボアと直接戦うのはマナ、リディア、ルディアの3人で、エド、マリーナ、フィーナ、アプリコットさんは獣車で待機、プリムは獣車の護衛、他のみんなはロングノーズ・ボアってことでいいな?」

「仕方ないけどね」


 プリムは不満そうだが、他のみんなはしっかりと頷く。

 本当ならエド、マリーナ、フィーナ、アプリコットさんはドラグニアに残ってもらうべきなんだが、ナールシュタット公爵が何をしてくるかが分からないから、不本意ではあるが同行してもらうことになっている。

 そしてプリムは、迂闊に戦ってレベルが上がったりすると面倒なことになるから、今回は獣車の護衛をしてもらうってことになった。

 マナ、リディア、ルディアは、異常種との戦闘経験を積んでもらいたいって意味もあるが、ホーリー・グレイブのハイクラス5人がG-Iランクのオーク・プリンセスを倒してるから、S-Iランクのエレファント・ボア相手にどこまでやれるかを見極めたいっていう意図もある。

 ラウスも加わりたそうだったが、残念なことにまだ進化できてないから、ロングノーズ・ボアの方で主力になってもらうことにしている。

 ミーナもラウスと同じくロングノーズ・ボア戦の主力って考えてるが、フラムとレベッカの弓矢の支援があるし、ユーリとキャロル、ユリアも固有魔法スキルマジックで援護することになってるから、余程の事がない限りは大丈夫だろう。

 リカさんとマリサさん、ヴィオラもロングノーズ・ボア戦に加わるが、3人とも接近してもらうことになるから、俺がしっかりとフォローしておかないとな。

 アテナはこれが初依頼だから、無理をしない程度に戦ってもらうことになる。

 エオスはGランクハンターだが今回は完全竜化してもらってるから、攻撃は援護程度に留めてもらう予定だ。


「よし、それじゃ行くか。エオス、悪いが頼む」

「かしこまりました。では獣車にお乗りください」

「お願いね、エオス」


 全員が獣車に乗り込んだのを確認すると、エオスはしっかりと獣車を保持し、ゆっくりと空に舞い上がった。

 ミラールームに移動しているからエオスも俺達の重さを感じることはないし、ミラールームにも窓が設えてあるから、外の景色を見ることはできる。

 けっこういい眺めだな。


「大和さん、先に報告なんですけど、ミラーリングの付与拡張はちょっと無理そうです。どうやっても内装が壊れてしまうんですよ」

「内装が壊れる?なんでだ?」

「ミラーリングを付与し直すことになるみたいなので、どうしても一度効果が切れてしまうんです」


 ってことは内装が、獣車を内側から破壊することになるわけか。

 そうなると、獣車を新しくしなきゃならんのだが、これはまた手間がかかるな。


「それと、この獣車なんですけど、大和さんとプリムさんの魔力の影響で、木材にけっこうな負担がかかってます。おそらく桜樹辺りを使わないと、どれだけ立派な獣車を作っても同じことになりそうです」


 マジか。

 この獣車に使ってる木材は、確か檜だったはずだ。

 獣車の材料としては高級素材だが、桜樹には及ばない。

 桜樹は小世界樹とも呼ばれていて、ヘリオスオーブの木材の中では最高級品で、エンシェントクラスの魔力にも耐えられるそうだから、それを使った方が良いってことか。


「桜樹ですか。ですがトレーダーズギルドが管理していることもあって、かなりの高値だったはずでは?」


 ユーリの言う通りなんだよな。

 桜樹はいくつかの街に植物園のような感じで植樹されていて、天賜魔法グラントマジック天樹魔法の使い手が管理している。

 けっこうな魔力を食うらしく、管理も大変だってこともあるから、桜樹はなかなか市場に出回らない。

 それもあって、桜樹はかなりの高値が付けられていて、獣車に使おうと思ったらそれだけで神金貨は軽く飛ぶ。

 盗伐は重罪で、すぐに犯罪奴隷に落とされるそうだが、それでも毎年何人かが捕まるって話もある。

 だけど俺とプリムの魔力で獣車が痛み出してるってことなら、新しい獣車を作るしかない。

 野営中に獣車が壊れました、なんて、シャレにならないからな。


「フィーナ、材料は桜樹、ミラーリングは50倍、外装と内装は基本この獣車と同じにすると、どらぐらいかかりそうだ?」

「500万か600万エルでしょうか。クラフターのランクによって報酬が変わりますし、ガイア様が仰っていた奥様方の人数も考慮しなきゃいけませんから、もしかしたら700万エルに届くかもしれません」


 おおう、思ってたより大金が飛ぶな。

 内装は、俺の部屋は13人、エドの部屋は5人、ラウスの部屋は7人ってことになるから、寝室も大きくしなきゃいけないんだし、厩舎だって従魔や召喚獣が増えるわけだから拡張が必要だ。


「ちょっと待ってくれ。えーっと、このサイズの獣車にミラーリング50倍付与すると750平米になって、寝室は60平米を3部屋ってことにして、風呂を70平米、リビングも70平米だな。トイレは数を増やす必要があるから40平米にして、30平米の部屋を7部屋作って、客室と使用人室を兼ねる。あとは厩舎と庭ってことでどうだ?」

「ちょっと待ってください、計算します。えーっと、ここがこうなって、これがこうだから……えーっと……」

「大和、それじゃダメだよ。厩舎はこの獣車と同じ、180平米になっちゃってる」


 フィーナが頑張って計算してくれてたが、マリーナの方が早かったか。

 まあマリーナは商業魔法トレーダーズマジックカウンティングを使えるから、計算が早いのは当然か。

 って、それはマジなのか?


「げ、マジだ」

「マリーナはカウンティングが使えるけど、大和さんって本当に計算早いですね」


 まあ、これぐらいは。

 それはどうでもいいとして、厩舎は倍ぐらいの大きさにしたかったから、これじゃ全然足りないぞ。


「客室兼使用人室だけど、今と同じ大きさでいいんじゃない?マリサ、どう思う?」

「問題ありません。そもそものお話ですが、客室の数が多過ぎませんか?」

「いや、今ってバトラーが4人いるだろ?だからそれぞれに個室をってことになると、さすがにこうするしかなくてな」


 今は20平米の客室の1つが、マリサさん、ヴィオラ、ユリアの3人の部屋ってことになってるからな。

 しかもエオスまでそこに入る予定だから、さすがに狭すぎるだろ。


「大和様、さすがにバトラー全員に部屋を宛がう必要はありません」

「そうですよ。それでしたら、バトラーが10人ほど寝泊まりできる広さのお部屋を用意していただく方が、こちらとしてはありがたいです」


 バトラーのマリサさんとヴィオラの意見を聞いて、確かにそっちの方が良いかと考え直す。

 となると客室は3部屋にして、使用人室を40平米で考える方がいいか。


「そうすると、厩舎は260平米だね。1,5倍ぐらいの広さになるから、これなら大丈夫かな」


 よし、それだけあれば、何とかなるだろう。

 資金も今までの狩りと褒賞で貰った分で3,000万エル近くあるから、桜樹を使うことにも問題はない。


「そういうわけで、桜樹を使って作ろうと思う」

「ここでもエンシェントクラスの魔力が問題になるとは思わなかったけど、そういうことなら仕方ないか」

「ですね。野営中に獣車が壊れたりしたら、それこそ最悪ですから」


 普段使いする分には、ハイクラスだろうとエンシェントクラスだろうと問題ないんだよな。

 実際、魔導具は必要以上の魔力が流れないようになってるから、誰が使っても効果は一緒だし。

 だが獣車は、魔物の攻撃を受け止めたり防いだりするためにマナリングによる魔力強化を行うことがよくあるし、無意識に魔力を流してしまうことも珍しくないから、それが原因みたいだ。


「安全のためですから、仕方ないんですけどね」

「だね。そもそもこの獣車は大和とプリムの稼ぎで作ったんだし、新しく作るのもそうなんだから、あたし達に気を遣う必要はないしね」


 それはそれ、これはこれだ。

 ユニオンで使うんだから、みんなの意見は必要だぞ。


「それじゃあ桜樹を手に入れてから、獣車の製作をフィーナさんにお願いするってことですか?」

「そうなるな。後は桜樹を植樹してる街を調べなきゃだが、それはすぐにわかるだろ」


 残念ながらフィールじゃ植樹してないし、エモシオンでもしてなかったはずだ。

 フロートも植樹してなかったが、それでもどこで植樹してるかぐらいは調べられるから、それからでも大丈夫だろう。


「それなら大丈夫よ。桜樹なら、メモリアでも植樹してるから」

「マジで?」

「ええ。さすがに最大規模ってわけじゃないけど、それなりの大きさはあるわよ」


 それはありがたい。

 メモリア、というかアマティスタ侯爵領には魔銀ミスリル鉱山はないが、フロートまでの船が出ていることもあって、交易で栄えているそうだ。

 だがやはり特産品みたいな物は必要だってことで、何代か前の当主が桜樹の植樹に手を出し、今じゃそれが主産業になっているらしい。

 リカさんはそれなりだって言っているが、街単独で見るとテュルキス公爵領の南にある街が最大となっているが、領地全体で見るとアマティスタ侯爵領はアミスター最大の桜樹の植樹地になっているってことだから、獣車に使う分ぐらいは何とか確保できそうだ。


「アマティスタ侯爵領では、天樹魔法の使い手は引っ張りだこだと伺ったことがあります」

「そりゃあね。天樹魔法が使えないと、植樹なんてできないもの」


 自分の天賜魔法グラントマジックも天樹魔法だからなのか、キャロルも興味深そうだ。

 天樹魔法は植物を操るだけじゃなく、成長を促したりもできるらしいから、確かに植樹向きだしな。


「桜樹か。いけるかしら?」

「マナ?どうかしたのか?」

「ああ、ごめん。桜樹で獣車を作るっていうのが驚きだっただけよ。それはそうと、この獣車はどうするつもりなの?」


 新しい獣車ができたら、この獣車は使う機会はなくなるだろうな。

 俺やプリムは使えなくなるんだが、それでも2台あって悪いことはないと思う。

 俺、プリム、マナ、リディア、ルディア、エオスはアライアンスに参加する可能性があるが、他のみんなはそうじゃないからな。


「いえ、皆さんがアライアンスに参加してるのに、狩りになんて行けませんよ?」

「そうですね。先日のアライアンスだって、狩りどころじゃありませんでしたから」


 ミーナとフラムがそう答えてくるが、街中でも使ったりは……従魔もブリーズしかいなくなるんだから、使えないか。


「どうするかな。あって困る物じゃないが、使う機会がないとなると、持ってても仕方ない気もするぞ」

「そうね。しかも使えなくなった理由があたしと大和の魔力ってことなんだから、普通に使う分には問題ないんでしょうし、かと言って売るっていうのも違う気がするわ」

「それなら、王家に献上してみたら?ミラーリング30倍付与の獣車なんて、王家だって持ってないんだし、内装の変更はできるんでしょう?」


 プリムと2人でどうするべきか悩んでると、リカさんがそんな提案をしてきた。


「可能です。その際に補強しないといけませんから、一度内装を取り払う必要がありますけど」

「補強っていうと、車体そのものを?」

「はい。幸いというか、今は気になりだした程度でもありますから。フィールに帰ってからだとどうなるかわかりませんが、筋交いを2本ぐらい入れるだけで済むかもしれません」


 フィーナが補強にまで言及してくれたんだから、それはアリかもしれない。

 王家でも使う機会は滅多にないだろうが、ラインハルト陛下はハンターでもあるから、夜営をする機会がないとは言い切れない。

 退位した後なら尚更だ。

 王妃のマルカ様共々ハイクラスに進化してるし、エリス様も進化させたいって考えてるから、戴冠式の前に何とか時間を作って狩りに行く可能性も捨てがたいしな。


「フィーナ、納期はどれぐらい掛かりそうだ?」

「クラフターズギルドにも聞いてみる必要がありますが、1週間もあれば可能かと」

「よし、頼む」


 桜樹を手に入れて、フィールに帰ってからになるが、作ってもらうことにしよう。

 獣車が壊れるのも問題だが、それが野営中とかだったらたまったもんじゃないからな。

 エオスが保持しやすい形にするのはもちろん、船底みたいな形にして空気抵抗も少しでも減らすようにして、さらにはベルトも屋根辺りに収納しておけばいいだろう。

 それはエオスとも、よく相談しないとだな。

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