ドラゴニアンの風習

Side・プリム


 ここでアバリシアが作り出した魔化結晶が出てくるとは思わなかったけど、思ってたよりもずっと大きな問題だったみたいだわ。

 ヘリオスオーブの4大種族である人族、獣族、竜族、妖族は、神々がヘリオスオーブに住まう者としてお創りになられ、祝福も与えられている。

 だけど魔族は、魔化結晶を使った人間が変貌した姿だから、神々の祝福は受けていない。

 それどころかアバリシアは神々の敵対者を信仰しているんだから、魔族どころかグラーディア大陸にすら神々の祝福はないと思う。

 その神々すら神託を下すほど警戒しているみたいだから、何か考えないと取り返しのつかないことになりそうな気もするわ。


「ここで考えてても仕方ないわ。ガイア様、フォリアス陛下にはお伝えしているのですか?」

「ええ、先程お伝えしています。陛下も驚かれていましたが、アバリシアの侵攻に備えると仰っていただけました」

「では私も、兄王に書状を送ります。ガイア様のお言葉ですから、兄も無碍にはしないでしょう」


 マナの言う通り、ここで考えててもどうにもならないのは間違いない。

 なにせガイア様の予知夢から得た情報とはいえ、推測が多く混じってるのも間違いないんだから。

 それにアバリシアが攻めてくるとしたら、レティセンシアが属国に成り下がってる今、ほぼ確実にアミスターになる。

 魔化結晶を作ったのがアバリシアだというだけでアミスターは警戒せざるを得ないんだから、ガイア様のお話はライ兄様にも伝えておくべきだと思う。


「勿論です。アバリシアが侵攻してくるとしたら、矢面に立たされるのはアミスターなのですから」

「ありがとうございます」

「それと、アミスター国王陛下へお伝えされるのでしたら、このことも一緒にお願いできますでしょうか?」

「このこと、と仰いますと?」


 マナだけじゃなく、全員が首を傾げる。

 まだ何かあるのかしら?


「はい。アテナはもうじき、下山することになります。ですがこの子は世間知らずですから、親としても心配なのです。ですから、ウイング・クレストの皆様と一緒に行かせたいのですよ。リディアとルディアも加入しているとお聞きしていますから、アテナも喜ぶでしょう」


 ああ、アテナを連れて行ってほしいってことなのね。

 さすがにドラゴニアンに手を出す人はいないそうだけど、絶対というわけじゃないから、以前に何度か問題が起きたこともあるらしいわ。

 だから信頼できる人にフォローを頼むことは、昔から行われていたそうなの。

 その話をあたし達にするってことは、リディアとルディアがいることを差し引ても、あたし達が信頼できるって判断されたってことになる。

 聖母竜マザードラゴンに信頼されて娘を託されるんだから、これはすごく名誉なことだわ。


「俺は構いませんよ。リディア、ルディアとは幼馴染に近い間柄って聞いてますから」


 大和が真っ先に賛成して、リディアとルディアが満面の笑みを浮かべている。

 あたしもマナやユーリと一緒に行けるって分かった時は嬉しかったから、気持ちはよく分かるわ。


「俺も大丈夫です」

「俺も構わないんだが、俺達はしばらくしたら、アミスターの北にある街、フィールに戻ることになってます。しかもこいつはアミスターのOランクオーダーだから、アテナ嬢もアミスターに所属ってことになるんですが、それは構わないんですか?」


 ラウスとエドも賛成ってことは、マリーナ、フィーナ、レベッカ、キャロルも大丈夫でしょうね。

 だけどエドの言いたいことも分かる。

 大和はアミスターに所属してるから、ウイング・クレストもアミスターのユニオンってことになっている。

 アテナがついてくるってことは、当然ウイング・クレストの一員と見なされるから、アテナもアミスター所属ってことになってしまうわ。

 しかもアテナはガイア様の娘なんだから、貴族が放っておくはずがない。

 聖母竜マザードラゴンとの縁は、ある意味じゃエンシェントクラスとの縁よりも大きいんだから、かなりの無茶をしてくる貴族だって出てくるかもしれないし、警戒が必要になるわね。


「それは問題ありません。最近ではバレンティアから出るドラゴニアンはいませんが、昔は他国に嫁ぐ者もいました。夫が亡くなればウィルネス山に帰ってきますが、存命中はその国に所属し、協力することが習わしとなっているのです」


 それは知らなかったわ。

 あたしもそれが気になってただけだから、アテナさえよければ歓迎ね。


「アテナ、あなたはどうですか?」

「行きたい!リディアとルディアも一緒なんでしょ?それに山から下りたことはなかったから、世界がどうなってるのかも見てみたいんだ。大和と一緒なら、きっと凄い物が見られると思う」


 それは間違いなくそうね。

 残る問題は貴族とかだけど、これはあたしや大和、マナが前面に立って、風除けになるしかないでしょうね。


「わかりました。では大和様、アテナのことを、末永く宜しくお願い致します。アテナ、しっかりと大和様に尽くすのですよ?」

「うん!ありがとう、ママ!」


 ちょっと待って、何かおかしくない?

 文面から察するに、アテナが大和に嫁入りしようとしてるようにしか聞こえないわよ?

 いや、確かにドラゴニアンの下山は、結婚かシングル・マザーになることが前提なんだけど、そんな話は一言も出てなかったわよね?


「ま、待ってください、ガイア様!その言い方だと、アテナが大和に嫁ぐことになりませんか?」

「え?違うんですか?ドラゴニアンの間では、共に行くということは結婚を意味するんですけど?」


 マナの質問に驚いて答えを返すガイア様だけど、それを聞いた瞬間、大和がすごい勢いで椅子から転がり落ちた。

 気持ちは分かるわ。

 なにせ最初に了承の返事をしたのは、当の大和なんだから。

 それにしても、一緒に行くってことがドラゴニアンの結婚を意味してたなんて、さすがに知らなかったわ。

 確かに下山したドラゴニアンの多くは結婚してるって聞いた覚えがあるけど、でもシングル・マザーになった人もいたはずじゃなかったかしら?


「それは結婚した者を下山させたのは男性で、シングル・マザーになった者は女性に頼んだからでしょうね」


 ああ、そういえばそんなことを仰ってたわね。

 でもフレイアスさんとライバートさんは2人のドラゴニアンと結婚してるけど、これってどういうことなのかしら?


「フレイアス様は若い頃からバレンティア有数の竜騎士と言う事もあり、先代の竜王陛下からの信頼も厚かったのですが、一方で貴族からは疎まれていました。そのためご結婚も、貴族達の横槍のせいでなかなか出来なかったのです。それでもフレイアス様は、バレンティアのために身を粉にして職務を全うされていました。ですから私は、タレイアをお任せすることにしたのです」


 貴族の横槍で結婚できなかったって、それはそれで大問題だわ。

 でもそれがガイア様の目に留まって、タレイアさんというドラゴニアンと結婚することになったんだから、貴族達からすれば予想外だったんでしょうね。

 いくら余計な横槍を入れようと、タレイアさんはドラゴニアンだからバレンティアの事情は関係ないし、下手をすればドラゴニアンが敵に回ることになるんだから、その貴族達は泣き寝入りするしかないわ。


「そして3年後にナディアが生まれ、ウィルネス山に預けに来たのですが、そこでグレイスもタレイアと共に下山すると言い出したのです。元々タレイアと仲が良かったこともありましたし、グレイスも下山する年頃になっていましたから、私はフレイアス様にお願いして、グレイスも連れて行ってもらうことにしたのです」


 そういうことだったのね。

 ドラゴニアンが一度しか出産できないことは有名だから、タレイアさんの生んだ子がドラゴニアンだってことで貴族達は一安心だったでしょうけど、まさか帰ってきたらドラゴニアンの妻がもう1人増えてたなんて、それこそ想定外だわ。

 しかもそのグレイスさんが生んだのは、リディアとルディアっていう双子のドラゴニュートだから、真っ青になったんじゃないかしら?

 なにせフォリアス陛下もだけど、2人の兄殿下とでさえ年齢的には釣り合うんだから、王家に身内を送り込みたいであろう貴族からすれば明確な邪魔者だわ。

 とはいえ、排除しようとすればドラゴニアンが動く可能性が高いから、今の今まで手を出せなかったってことなんでしょう。

 少なくとも生みの親であるグレイスさんと、同妻のタレイアさんが動くのは確定してるんだから。


「なんで父さんが他の人と結婚しないのかと思ってたけど、そういうことだったんだね」

「納得できるけどね」


 リディアとルディアは微妙な顔をしてるけど、ここで両親の馴れ初めを聞かされることになるなんて思わなかったでしょうからね。


「ライバート様の場合は、もっと単純です。カリスもクレタも、同じ人に嫁ぐことを希望していましたから、その相手がライバート様だったというだけですね」


 カリスさんとクレタさんは双子ってことだから、そんなこと言い出したってワケなのね。

 結局子供は出来なかったみたいだけど、そんな人だって少なくないんだから、こればっかりは仕方ないんでしょうけど。


「そういうわけですから、大和様にはアテナのことを、是非ともお願いしたいのです」


 これは断り辛いわね。

 もっとも、あたしはそんなつもりはないんだけど。

 それに大和は12人の女と結婚するってことだけど、その中にはアテナも含まれてるってことでしょうし。


「アテナ、良いの?」

「え?何が?」


 リディアも意外だったみたいで、困ったような顔でアテナに尋ねてるけど、アテナはアテナで分かってないって顔してるわね。


「大和と結婚するってことだよ。会ったこともないどころか、どんな奴かも知らないでしょ?」


 ルディアも戸惑ってるけど、反対してるわけじゃない。

 だけど大和とアテナは初対面だし、何よりアテナは大和のことを、本当に知らなかった感じがする。

 ガイア様や他のドラゴニアンから聞いた様子もないから、本当の意味で出会ってすぐに結婚ということになってしまう。

 貴族とかの政略結婚は相手のことを調べるのは当然だけど、ドラゴニアンは信頼できる人に託すっていう習慣があるから、もしかしたらアテナもそこまで抵抗はないのかもしれないけど。


「そうだけど、リディアとルディアの旦那さんになる人なんだから、良い人に間違いないでしょ?それぐらいはボクにだってわかるよ」


 それについては全面的に同意ね。

 大和はあたし達を大切に想ってくれているし、夜はその……激しいけど、ちゃんと気遣ってくれてるのはよく分かるもの。


「予想外の展開になってきたけど、みんなはどう思う?」


 だからって、さすがにこの展開はあたし達も予想外。

 だからもう一度、みんなの意見を聞いてみないといけないわ。

 これも初妻ういづまの役割なのよね。

 まあリディアとルディアの友達だし、ガイア様のご息女でもあるんだから、聞くまでもない気がするけど。


「あたしは賛成かな。思ってもみなかったけど、アテナのことは親友だと思ってるから、アテナがいいならあたしは反対しないよ」

「私もルディアと同意見です」


 リディアとルディアは予想通りね。


「私も賛成します。ちょっと申し訳ないですが、アミスターの状況が状況ですから」

「リディアさんとルディアさんのお友達ということですし、私も賛成します」

「私もミーナさんと同じです」


 ユーリとミーナ、フラムも賛成っと。

 あとはマナだけね。


「マナは?」

「私?賛成よ。ガイア様との縁もあるけど、貴族達も迂闊な真似はしてこなくなるでしょうからね」


 打算ではあるけど、それもそうなのよね。

 ユーリも言ったけど、アミスターはいつレティセンシア、バリエンテという隣国から戦争を仕掛けられるか分からない。

 だけど大和がエンシェントヒューマンで、さらにはOランクオーダーだということは公表されてるから、アミスターに戦争を仕掛けるということは大和を敵に回すことになる。

 公にはしてないけど、大和は終焉種オーク・エンペラーを単独で倒すことが出来る程の実力者だから、並のハイクラスじゃ何人集まっても大和を倒すことは叶わない。

 さらに、実はエンシェントフォクシーのあたしも加わるわけだから、下手な軍隊ならあたしと大和だけで壊滅させることも出来ると思う。

 その大和の婚約者にガイア様のご息女まで加わるとなれば、戦争を仕掛けた時点で国が滅ぶって考えてもおかしくはない。

 ガイア様の名前を利用する形で心苦しいけど、アミスターとしてもそれぐらい今の状勢が気になっているのよ。


「ということで私達は全員賛成なのですが、私達はアミスター北部にあるフィールという街を拠点にすることになっています。つまりリディアやルディアもアミスター王国に籍を置くことになり、アテナも例外ではありません。同時にアミスターは、いつ隣国から宣戦布告をされるかも分かりません」

「それはフォリアス陛下からも伺っています。私の名を出すことで牽制出来るというなら、それは当然のことです。名を出すことで戦を回避出来るのなら、それに越したことはないのですから」


 ご理解いただけて、本当に助かるわ。

 まあそんな事情がなくても、反対はしなかったけど。

 残るは大和ね。

 さっき椅子から転げ落ちた際、派手に頭を打ったみたいで今も抑えてるけど、話自体はしっかりと聞いてたはずよ。


「というわけよ、大和」

「ってぇ……。え?ああ、アテナのことか。ここで断ったりなんかしたら、アテナは一緒に来れなくなるんだろう?それにアミスターの状勢は、俺も気になるしな」

「思ったよりあっさりと受け入れたわね。反対すると思ってたのに」

「ここまで来ると、一人増えたぐらいじゃ大して変わらないだろ」


 それはあるかもね。


「というわけでガイア様。大和も含めて、全員意見が一致しました」


 エド達には聞いてないけど、これは私達の問題っていう事情の方が大きいし、そもそもエドは笑いを噛み殺し切れてないから、反対するわけがないわ。

 マリーナもニヤニヤしてるけど、フィーナ、ラウス、レベッカ、キャロルは困ったような顔で苦笑ってとこね。

 キャロルも馴染んできたようで何よりだわ。


「ありがとうございます。不束な娘ですが、末永くよろしくお願いします」

「よろしくね、大和、みんな!」


 これで9人目ね。

 ガイア様の予知夢によれば、大和の妻は12人ってことだから、あと3人。

 ユーリの結婚までには揃うみたいだけど、どんな女性が来るの気になるわ。


 ……あれ?

 ちょっと待って。

 ユーリの結婚が最後で、その時にはリカさんも結婚してるって話だけど、なんでそんなことになるのか聞いてなくない?


「ガイア様、よろしいでしょうか?」

「どうかされましたか?」

「はい。ユーリ様ともう1人の結婚が最後ということでしたが、なぜ私はそれまでに結婚することができたのですか?」


 リカさんも気になるわよね。

 そもそもリカさんは、子供が生まれて、その子が家督を継いでから結婚することになっていた。

 なのに大和がユーリと結婚する前に、既に結婚してるってことなんだから、何かあったのは間違いない。

 かといって、大和かあたしがトラベリングを覚えたってワケでもなさそうなのよね。

 大和共々頑張って覚えようとはしてるんだけど、全然手応えが感じられないのよ。

 グランド・ハンターズマスターにコツを教えてもらったんだけど、トラベリングは全ての属性魔法グループマジックをバランスよく使って八芒星を描かないといけないそうなの。

 だけどあたしは火属性ファイアマジックに、大和は氷属性魔法アイスマジック風属性魔法ウインドマジックに特化してるようなものだから、習得するとしても先はかなり長そうだわ。


「ああ、申し訳ありません。先程の話の続きになるのですが、石碑が関係しているのです。誓約がありますから、私が言えるのはここまでです。後はご自分で確認していただく方がよろしいでしょう」

「石碑……。分かりました、ありがとうございます」


 それはまた、すごく興味深いわね。

 そういうことなら、ソルプレッサ連山に寄ってもいいかもしれないわ。

 南側はニズヘーグ公爵領だけど、北側は別の貴族の領地だから、そっちから回れば余計な騒動も起きないでしょうしね。


「大和、プリム。言っとくけど、ソルプレッサ連山の宝樹には行かないわよ?」


 そう考えてたら、マナに釘を刺された。

 なんで?


「ガイア様も仰っていたでしょう?ソルプレッサ連山の宝樹には、テスカトリポカが巣を作ってるのよ?終焉種だからあなた達が倒したオーク・エンペラー、エンプレスと同じO-Aランクモンスターだけど、元になったカモフラージュ・ジャガーはSランクモンスター。通常種でもオークより上のランクよ。しかもカモフラージュ・ジャガーは周囲の景色と同化することもできるって話だし、希少種のインビジブル・ジャガーになると姿を消すこともできるって言うじゃない?そんなとこに行くなんて、命がいくつあっても足りないわよ」


 大和以外が一斉に首を縦に振る。

 そういえば、そんなのがいるって話だったっけ。

 ちょっと見てみたい気もするけど、確かに姿を消されると面倒だわ。


「いや、姿を消すぐらいじゃ、俺のソナー・ウェーブを誤魔化すのは無理だぞ?」

「黙ってなさい。そういう問題じゃないんだから」

「はい……」


 マナに一喝される大和。

 早くも尻に敷かれてるけど、下手に茶々入れるとあたしにも飛び火してきそうだから、ここは黙っておくのが正解ね。

 仕方ないから、例の石碑はフィールに戻るまでお預けにしておくとしましょうか。

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