聖母竜

Side・マナリース


「失礼します。フォリアス陛下のお話も終わり、少し歓談をされてから帰られるそうです」


 バレンティア、というよりウィルネス山の客人まれびとソウヤ・トマリ様の話を聞いていたら、けっこうな時間が経っていたようで、クロートさんが呼びに来てくれた。


「そういや、先に帰るって言ってたな。ここに来た目的を考えれば分からなくもないが」

「王妃になるドラゴニアンがガイア様のご息女で、アテナの妹だとは思わなかったものね」


 竜王フォリアス陛下がウィルネス山に来た理由は、ガイア様のご息女を王妃に迎え入れるためなんだけど、まさかその子がアテナの双子の妹だったとは、さすがに私も思わなかったわ。

 あくまでも王妃としてだから、竜騎士のように戦闘契約を結ぶわけじゃないけど、それでも色々と決めないといけないことがあるから、時間はいくらあっても足りない気もする。

 アテナとイーリスは84歳だけど、結婚できるのは85歳になってからだから、ドラゴニアンの感覚でも普通の人の感覚でも、本当にすぐだわ。


「でも歓談をするということは、もうしばらくはこのクリスタル・パレスにいるということでしょう?」

「そうなりますね。それにフレイアス様は、お話が終わったらナディアさんとお会いする約束もされていましたから、すぐに帰られるというわけではないと思います」


 リカとミーナの言う通り、ここにいるナディアは見た目は6歳にしか見えないんだけど、れっきとしたリディアとルディアの姉で、私達より年上の27歳なのよ。

 成長速度の遅いドラゴニアンだけど、そのせいで両親、特に父親と会う機会は少ない。

 魔物がいるヘリオスオーブでは長距離の移動は命懸けになるし、日数もかかるから、両親がドラグニア以外の街で暮らしている場合は、父親と会う機会は皆無に等しいそうよ。

 妻がドラゴニアンとはいえ、ハイドラゴニアンに進化しなければ竜化は魔力を消耗しきってしまうから、母であるドラゴニアンでも、会うのは難しいらしいから。


「それならフォリアス陛下が別室に入られましたら、ご挨拶だけでもしておきましょう。おそらく私達の話し中に帰られることになるでしょうから、一言でも声をお掛けしておくべきだと思いますし」

「あたしも賛成。ついでってわけじゃないけど、アテナの妹を紹介してもらっても良いかもね」


 私もユーリとプリムの意見に賛成だわ。


「それぐらいの時間はあるだろうし、そうした方が良いか」


 大和も賛成みたいね。

 エドやラウス達も同じ意見ってことだから、早速動いた方がいいわ。


 エオスに頼んで、私達はフォリアス陛下が通された応接室に案内してもらう。

 通されてから少し時間が経ってたみたいで、護衛の竜騎士を含めて全員がお茶を飲みながら談笑してたのが印象的だわ。


「お父さん!」

「おお、ナディア。少し重くなったか?」

「こないだに会ったばっかりなんだから、重くなったりなんかしないもん!」


 ナディアに抱き着かれたフレイアス殿が失礼なことを言って、娘にむくれられている。

 相手が娘でまだ子供だとはいっても、言っちゃいけない言葉よね。


「マナリース姫、どうかされたのですか?」

「ナディア嬢をお連れしました。それと、おそらくは私達の謁見中に、陛下はドラグニアに戻られるでしょうから、ご挨拶をと思いまして」

「それは、わざわざありがとうございます。私達としては思っていたより早く終わりましたから、もう少しゆっくりさせていただこうと思っていたところなのですよ」


 陛下の右隣にはドラゴニュートのヘルディナ王妃が、左隣には薄い青髪をツイン・テールにした、アテナとそっくりなドラゴニアンが座っていたから、この子がイーリスなのね。


「ああ、紹介します。この子がイーリスです。そちらのアテナの双子の妹で、ガイア様のご令嬢になります」

「は、初めまして、イーリス・ウェルネス・アイスライトです」


 アイスライト?

 確かアテナはアースライトって名乗ってたはずだけど、双子の姉妹なのに家名が違うってことなの?


「陛下、アテナとは家名が違うようですが、双子なのですよね?」


 大和も気になったみたいで口を挟んできたけど、私もすごく気になるわ。


「ああ、そのことですか。これはウェルネス山のアイスライトドラゴニアンという意味ですから、家名というわけではありません。家名まで名乗るとイーリス・ウェルネス・アイスライト・トマリとなりますが、ここではそこまで名乗る必要がありませんし、彼女も慣れてはいませんから、思わず省略してしまったのでしょう」


 そういうことなのね。

 イーリスはアテナと同じく光竜になるけど、アイスライトドラゴニアンっていうのは光と氷の二重適正を持ったドラゴニアンのことらしいから、アースライトドラゴニアンのアテナは光と土の二重適正を持ってるってことになる。

 二重適正を持つドラゴニアンは光竜だけらしいから、ガイア様もそうだと教えていただけたわ。


「失礼致します。大和様、ウイング・クレスト様方、ガイア様のご準備が整いました」


 そのタイミングで、クロートが入室してきて、ガイア様の準備が整ったことを伝えてくれた。

 時間切れか。


「それでは陛下、お気を付けてお帰り下さい」

「ありがとうございます。マナリース姫達も」


 簡単な挨拶しかできなかったけど、一声でもご挨拶することが出来たんだから良しとしましょう。


 クロートに案内されて、私達はクリスタル・パレスの中でも一際大きくて豪華な一室に通された。

 調度品はもちろんだけど、アミスターの謁見の間と比べても遜色ないわね、これは。

 でも謁見の間とは異なり玉座はないし、代わりにその位置に大きなテーブルと椅子が並べられているから、ここはダンスホールも兼ねてるのかもしれないわ。


「ようこそクリスタル・パレスへ。お待ちしておりました」


 そして奥の椅子に座っていた、20代後半に見えるドラゴニアンの女性が、柔和な笑みを浮かべて私達を出迎えてくれた。

 この方が聖母竜マザードラゴンガイア様なのね。


「私はガイア・ウィルネス・クリスタル・トマリと申します。お見知りおきを」

「お初にお目にかかります。私はアミスター王国第三王女、ユーリアナ・レイナ・アミスターと申します」


 こちらもご挨拶しなきゃいけないんだけど、こんな場合は身分が上の者からっていうのが礼儀だから、ユーリからになってしまう。

 私は大和と結婚して、さらには王位継承権も放棄しているから、順番的には大和、プリムの次になるんだけど、ユーリはまだ婚約者だし、王位継承権も保持したままだから、身分的にはこの中で一番上ってことになってしまうのよ。


「ヤマト・ハイドランシア・ミカミと申します。Mランクハンターですが、アミスターからOランクオーダーにも任命されています」


 大和が名乗ると、ガイア様が驚いたような顔をされたけど、すぐに優しい笑顔になられた。

 なんていうか、息子が帰ってきたとか、そんな感じになるのかしら?


 全員の自己紹介が終わって席に着くと、エオスが飲み物を運んできた。

 アテナもガイア様の隣に座ってるけど、この子も呼ばれたらしいし、ドラゴニアンのお姫様と言っても過言じゃないんだから、特に不思議というわけでもないか。


「ありがとう、エオス。あなたも席に着いて」

「かしこまりました」


 そう思ってたら、エオスまで着席したわ。

 アテナの隣だけど、なんでエオスまで?


「大和様、あなたがヘリオスオーブへ来られてから、私はこの時を待っていました」


 すぐに本題に入ってくださったガイア様だけど、のっけから私には意味がわからない。

 大和がヘリオスオーブに来たのって、確か3ヶ月近く前だったはずだけど、その大和を待っていたって、どういう意味なのかしら?


「このことはヘリオスオーブでも、おそらくはグランド・ハンターズマスターしかご存知ないでしょう。私には簡単なものではありますが、予知能力があります。予知と言っても夢を介してしか見ることができませんし、一度見ると数年は見れなくなってしまう程度の物ですが」


 予知能力って……まさかガイア様って、未来のことが分かるっていうことなの?


「本当に大雑把にしか分からないのですよ。ですがここ数十年、私の予知夢に出てくるのは、決まってあなたなのです」


 そう言って大和に視線を向けるガイア様だけど、その大和もすごく戸惑ってるわ。


「俺が、ですか?」

「はい。この場にいるほとんどの方も、予知夢で見ています。印象的だったのは、あなたとそちらのプリムローズ様が、オーク・エンペラー、オーク・エンプレスという終焉種を倒したことですね」


 その様子を事細かに語るガイア様だけど、フィールのオーダーズマスター レックスの報告書より詳しい内容だったし、何より大和とプリムがその通りだって認めたんだから、私達としてもガイア様の予知能力のことは信じざるを得ないわ。


「他にもいくつかありますが、お話しても問題ないと思うのは、大和様、ラウス様、エドワード様の奥方についてでしょうね」


 なんか3人の体がこわ張ったわね。

 特に大和なんて、すごい汗かいてるわよ?


「エドワード様、あなたはそちらのマリーナ様、フィーナ様の他に、あと3名、奥方が増えます。ラウス様はレベッカ様、キャロル様の他に、3名から4名ですね」


 エドの奥様って、あと3人増えるのね。

 それは分からなくもないけど、なんでラウスは3人から4人って、あやふやなことになってるのかしら?


「え、えと、ガイア様、なぜ俺……僕は、そんなあやふやなことになってるんでしょうか?」

「申し訳ないのですが、私の予知夢では6人目をどうするかといった話し合いの最中だったようですから、どうなったのかが分からないのです」


 ああ、そういうことなのね。

 確かにそういうことなら、そんな曖昧な返答になっても仕方がないわ。


「そして大和様、あなたは12名の妻を迎え入れることになります。現在妻と婚約者が4名ずつのようですから、あと4名ということになりますね」


 凄い勢いで椅子から転げ落ちる大和。

 さすがに失礼なんだけど、気持ちは分からなくもないのよね。


「あと4人、ですか。確かエド、大和が受け取った短剣って、全部で12本だったわよね?」

「ああ。中には20人近い女を娶ったって話もあるが、こいつはそこまでしねえだろうし、半分は洒落で女神様と同数を打って渡したんだよ。まさかピッタリだとは思わなかったが」


 その話は、私も聞いた覚えがある。

 なにせ授与式典の後、すぐに私とユーリにも婚約の短剣を渡してくれたんだから。

 ユーリの短剣は前もって準備しておくことは可能だけど、私は本当に突然だったから、準備する時間がなかったのは間違いない。

 なのに大和は、私にも短剣を用意してくれたんだから、そんな理由があったことを差し引いても、本当に嬉しかったわ。


「あと4人か。あら?申し訳ありません、ガイア様、よろしいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」


 リカが何かに気が付いたみたいだけど、どうかしたのかしら?


「その予知夢なのですが、だいたい何年ぐらい先のお話になるのでしょうか?妻と断言された以上、ユーリ様も結婚した後ということになりますから、最低でも3年先ということは分かるのですが、それですと私のことが分からなくなります」


 あ、そうだったわ。

 アミスターの侯爵家当主でもあるリカも、大和の婚約者になっている。

 でも結婚は、子供が生まれ、家督を継いでからということになってるから、20年近く先になってしまう。

 でもガイア様のお話だと、リカも結婚してることになるから、やっぱり20年近く先の話になるのかしら?


「そのことですか。ご安心ください、そんなに先のお話ではありません。ユーリアナ殿下ともう1名の女性との結婚儀式の最中で、これが最後の儀式といったお話でしたから」


 目を丸くして驚くリカだけど、私も驚いた。

 話を聞く限りじゃ数年後のユーリの結婚儀式の予知夢になるけど、そこでもう1人一緒に結婚することになってて、しかもそれで最後ということになると、その時点で大和には10人の妻がいることになって、リカも含まれていることになる。

 大和が長距離転移魔法トラベリングを習得すれば可能だと思うけど、多分そんな話じゃない。

 なんで?


「それはおそらく、これからお話しする内容にも関わってくるはずです。今回あなた方をご招待させていただいた理由は、私の予知夢で見た未来をお伝えすること以外に、もう1つあるのですよ」


 ガイア様の予知夢だけでも来た甲斐があったと言えるのに、まだあるの?


「本題、というわけですね?」

「はい。私の予知夢でも、これだけはお伝えしなければなりません」


 ガイア様が語られた予知夢は、私達にとっても驚きだった。

 レティセンシアと開戦したのは、ほとんど既定路線だからいい。

 でもそこで多くの異常種が放たれ、ルクスのような魔人で編成された部隊まであったとなると、いかにオーダーズギルドでも対応は難しい。


 トライアル・ハーツのメンバーでアミスターを裏切ったハイハンター ルクスは、大和の手で処断され、首はハンターズギルドの前で晒されている。

 残った死体は検分されているんだけど、驚いたことに種族が魔族に変わっていて、心臓付近から魔石も発見された。

 レベルは変わってなかったけど、エンシェントクラスに匹敵する魔力を放出していたことから考えても、それが統率されるととんでもないことになるわ。


 ガイア様の予知夢によれば、大和が単身でその魔人部隊を相手にしたようなんだけど、数が多く、エンシェントクラス並の魔族を相手にするのはさすがに無理がある。

 だから徐々に追い詰められていったそうなんだけど、そこに2人のヒューマンが現れ、その魔人部隊を一瞬で倒し、大和を救ってくれたらしい。


「そのヒューマンが、何者かまでは分かりませんでした」


 そこで話を終えたガイア様だけど、その2人のヒューマンは下手をすれば人間じゃなく、神々の類という可能性もあると付け加えてくれた。

 神々は実在し、時折神託も下されているけど、それでも神がヘリオスオーブに関与したことは無いはず。

 なのに、なぜ神々が……。


「魔族、か」

「どういうこと、大和?」


 大和は何か気付いたみたいだけど、どういうこと?


「魔族っていう種族は、ヘリオスオーブにはいないだろ?」

「ええ。聞いたこともないわね」


 プリムが答えるけど、私も同じよ。

 そもそもヘリオスオーブの種族は、人族、獣族、竜族、妖族だけ。

 翼族は厳密には種族じゃないから、この際除外でいいわね。


「ルクスのこともあるから、多分魔化結晶を使った人間が、魔族に変化するって認識でいいと思う。その魔化結晶はアバリシア産だから、アバリシアは魔族の国って言えるかもしれない」


 血の気が引いていくのが分かる。

 確かに魔化結晶はアバリシアが作り出した物だし、その試作をレティセンシアにもたらしたことも聞いている。

 だから当然、アバリシア本国には魔化結晶がある。

 それを使えば、アバリシアの兵士は魔族に変貌してしまうわけだから、とんでもない戦力強化に繋がるわ。

 過去の戦から、アバリシアにはヒューマンしかいないことが判明してるけど、レティセンシアを利用して魔化結晶を完成させれば、大和の言うようにアバリシアは魔族の国に成り果ててしまう可能性がある。

 しかもその魔族は、大和でさえ追い詰めることが出来るんだから、普通のハイオーダーやハイハンターじゃ、なす術もないということに……。


「ガイア様、なぜ大和が単身でそんなことを?私は大和と同じエンシェントクラスですから、少なくとも私は隣で戦えます。大和だけを戦わせるような真似はしません」


 プリムが声を上げたけど、確かにその通りだわ。

 プリムだってエンシェントフォクシーだし、実力も大和に匹敵する。

 なのにそのプリムは、先程の予知夢には出てきていない。

 これはちょっと考えられない事態だわ。


「そんなに難しい話ではありません。プリムローズ様、あなたとフレデリカ様、そしてフラム様は、その時には妊娠されているのですから」


 ああ、そういうことね。

 って、ちょっと待って!

 プリムだけじゃなく、リカとフラムまで妊娠!?

 あ、大和も目を丸くして驚いてるわ。


「わ、私も、なんですか!?」

「はい。さらに付け加えさせていただきますと、マナリース殿下は第一子をご出産された直後のようです」


 私が出産!?

 いえ、確かに大和の子は産みたいから、驚きではあるけど嬉しいわよ。

 ハンターを続けたいっていう気持ちもあるから、プレグネイシングもコントレセプティングも使ってないんだけど、その私が一番最初に妊娠したってことなの?

 思わず大和と顔を見合わせちゃったけど、なんかすごく照れるわね……。


「これ以上は、私の予知夢でも分かっていません。ですがはっきりしているのは、ユーリアナ殿下のご結婚より前のお話だということです」


 ということは、数年以内に起こることになるのね。

 この話、すぐにでもお兄様に伝えないといけないわ。

 オーダーの練度を上げるのはもちろん、ハイオーダー達は少しでもレベルを上げてもらう必要が出てきたし、ハイハンター達だって同様だわ。

 適当な理由をつけてでも、お父様の武器を下賜させておいた方が良い。

 ガイア様の予知夢だと、魔族は謎のヒューマンによって倒されたらしいけど、放置しておける問題じゃないし、異常種の群れだって同じ事だわ。

 多分S-IからG-Iランクモンスターになると思うけど、ホーリー・グレイブのことを考えれば数人で倒すことが出来るようになるはずだから、レティセンシアが使ってくると思われる魔物も調べておかないといけないわね。

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