聖母竜の夫

「リディア!ルディア!」

「久しぶり!元気だった?」


 クリスタル・パレスに入ると、15,6歳と6歳ぐらいの女の子に出迎えられた。


「久しぶり、姉さん、アテナ!」

「私達は元気よ。そちらは?」

「元気だよ!旅に出るって聞いてたから、2人が無茶しないように毎日アテナ様と一緒にお祈りしてたんだ」

「ボクも旅とかしてみたいから、すっごく羨ましいけどね」


 アテナって呼ばれた子、ボクっ子だったのかよ。

 銀の尻尾に白いワンピース、薄い桜色がかった銀の綺麗な髪をツインテールでまとめてるが、ユーリより幼い感じがするな。

 体つきは立派だが。


「お久しぶりですね、アテナ嬢」

「あ、フォリアス陛下。お久しぶりです。イーリスは奥で、ママと一緒に待ってますよ」

「分かりました。では大和殿、申し訳ありませんが、私達は先に行かせてもらいます」


 イーリスっていうドラゴニアンが、フォリアス陛下の婚約者ってことか。

 俺の話の方が時間はかかるだろうから、先に陛下達の要件を済ませてもらった方がこっちとしても助かる。


「わかりました」

「では、お先に失礼しますね」


 ヘルディナ王妃が軽く一礼し、フォリアス陛下達は奥へ進んでいった。


「ナディア、陛下のお話が終わったら少し時間を頂けるから、また後でな」

「うん!」


 フレイアスさんも娘に声を掛けて、フォリアス陛下達の後を追った。


「それじゃ姉さん、アテナ。みんなを紹介したいんだけど、あっちの応接室って空いてる?」

「大丈夫だよ」

「うん!行こう!」


 姉に手を引かれ、リディアとルディアが応接室とやらに歩いていく。

 そこでアテナって子も含めて紹介してくれるみたいだし、こっちも自己紹介しなきゃだから、俺達も後に続いた。


 応接室に入って席に着くと、綺麗な翡翠色をした髪を腰の辺りまで伸ばしてるドラゴニアンが、飲み物を用意してくれた。


「ありがとう、エオス」

「え?この人、エオスなの?」


 マナが驚くが、俺も驚いた。

 エオスって、俺達を迎えに来てくれたグリーン・ドラゴニアンじゃねえかよ。


「そうですよ。エオスはGランクバトラーですから」


 マジか。

 いや、確かにドラゴニアンだってギルドには登録できるんだから、バトラーがいてもおかしくはないんだろうが、それでもハイドラゴニアンがバトラーだとは思わなかったぞ。


「私だけではなく、アトロポス様とラケシス様はトレーダーズギルドに、クロート様はクラフターズギルドに登録していますし、ハイドラゴニアンはウィルネス山の防衛も担っていますから、ハンターズギルドにも登録しています」


 エオスが説明してくれたが、現在ウィルネス山にいるハイドラゴニアンは、ガイア様を含めて5人。

 その中ではエオスが一番若いんだが、同時に適齢期でもあるため、早く山を下りろとも言われているそうだ。

 エオスはレベル52のグリーンドラゴニアンということもあって、簡単に相手を見つけることが出来ないらしい。

 結婚すれば相手の家に入ることになるが、ハイドラゴニアンとなると移動はもちろん、戦闘力も他のドラゴニアンより高い。

 だから是非と名乗りを上げる貴族は多いんだが、野心や下心が透けて見えるからエオスとしては辟易としていて、ハンターとして活動していた10年、誰とも縁を結ぼうとはしなかったんだと。


「それはまた、気の毒な話ね」

「本当にね。でもあたし達はエオスがハンター活動中に登録したから、何度か依頼を手伝ってもらったこともあるし、助けてもらったこともあるよ」

「そうね。エオスが助けてくれなかったら、本当に危なかったこともありましたし」


 ああ、その10年って、最近の話なのか。


「あなた方はアテナ様の親友で、ナディア様の妹君ですから、お助けするのは当然です。私としても友人だと思っていますから、それがなくてもお助けしますが。それよりも、紹介はいいのですか?」

「あっと、そうだった」

「ですね」


 その話も興味があるが、先に自己紹介を済ませないとだな。


「さきにボク達から自己紹介するね。ボクはアテナ・ウィルネス・アースライト。アースライトドラゴニアンだよ」

「あたしはナディア・シー・ハイウインド。リディアとルディアのお姉ちゃんで、シードラゴニアンです!」


 アテナが光竜、ナディアが海竜なのか。

 というか、ナディアがハイウインド姓なのはわかるが、アテナの名前は何だ?

 それにアースライトってことは、地竜も入ってるんだろうか?

 まあ、後で聞けばいいか。


「俺はヤマト・ハイドランシア・ミカミ。Mランクハンターだ」


 みんなも俺に続いて自己紹介していくが、俺達のことは事前に聞いてたらしく、特に驚かれはしなかった。

 リディアとルディアが俺の婚約者になったことも、喜んでくれてるしな。


「あなたが大和君なんだ。あたしの義弟おとうとになるんだね」


 ナディアにそんなことを言われたが、確かにナディアは27歳らしいから、俺が義弟おとうとになるってことは間違いない。

 とはいえ竜年齢6歳のナディアに義弟おとうととか言われても、違和感しかないんだが。

 本当ならナディアさんと呼ぶべきなんだが、どうしても呼び捨てになってしまうことからも義妹いもうと扱いの方が違和感がない。


「だけど大和って、アミスターのオーダーなんでしょ?ということは、リディアもルディアも、アミスターに行っちゃうってことだよね?」

「そうなるわね。でも嫁いだら夫の元に行くのは普通のことだから、いずれこうなることは分かってたでしょ?」

「思ってたより早いのは、間違いないけどね」


 成人する前に婚約するとは、思ってなかったって言ってたしな。

 俺もリディア、ルディアと婚約することになるとは思ってなかったが、今となってはして良かったと思ってる。

 だからアミスターに来ることになるリディアとルディアだが、それでも時々はバレンティアにも来れるようにしたい。


「結婚するんだし、仕方ないよね」

「そうなんだけど、羨ましいなぁ」


 ナディアは年の割に物分かりが良さそうだが、アテナはまだ未練がましいな。

 イーリスっていう子がフォリアス陛下に嫁げば同年代の子はいなくなるんだから、寂しいっていう気持ちがあるのはわかるが、アテナだって近い内に下山することになるんじゃないか?


「アテナだって、もうじき下山出来るようになるんでしょ?ならどうするかは、それから決めてもいいんじゃないかしら?」

「本当ならそうなんだけど、ボクのママは聖母竜マザードラゴンだから、少し様子を見るって言われてるんだ」

「ああ、なるほど」

「それは仕方ない気もしますね」


 確かにアテナは聖母竜マザードラゴンガイア様の娘なんだから、貴族達が放っておくはずがない。

 もちろん無理やり手籠めにしようとすればドラゴニアンを敵に回すことになるが、そうなると分かってるアテナを下山させる意味は薄い。

 護衛ぐらいはつくだろうが、ハイドラゴニアンの4人はウィルネス山の防衛も担ってるってことだし、エオスだって下山する必要はあるんだから、ハイドラゴニアンが2人も抜けるのはキツだろうしな。


「こうなると、イーリスが羨ましいよ」

「あの子は出会いがあったからだしね」


 イーリスっていうのは、アテナの双子の妹なんだそうだ。

 ドラゴニアンは一度しか妊娠できないはずだと思ってたんだが、双子ってことになると話は別になる。

 アテナとイーリスの父親は、サユリ様より少し前にヘリオスオーブに来た客人まれびとだが、ハイヒューマンには進化できなかったらしく、40年程前に亡くなったと教えてくれた。

 その客人まれびとソウヤ・トマリは、どうやら文学系の人だったらしい。

 だから戦いはからっきしだったそうだが、ガイア様と出会ったことで生涯をウィルネス山の保護と発展に捧げ、Aランククラフターにまでなったんだとか。

 ガイア様以外にも、驚いたことにエオス以外のハイドラゴニアン3人と結婚し、アテナとイーリス以外にも4人の子供が生まれたそうだが、その4人は既に下山しているらしい。

 ソウヤさんはドラゴニアンの間では聖人のように扱われているため、遺体は棺に入れ、クリスタル湖に沈めてあるとも聞いたな。

 バレンティアでもその名は有名だが、Aランククラフターでありガイア様を含む4人のハイドラゴニアンと結婚したこともあって、貴族はもちろん当時の竜王家にも狙われていたため、ガイア様以外の誰かが必ず護衛に付いていた程らしいから、その名に反して当時はあまりよく思われてなかったようだ。

 勝手な話だよな。


「それは当時の王太子様も、同じだったようです。ですからその竜王陛下が退位なされてからは、一転してソウヤ様に手を出すことを禁じられています。実際ソウヤ様が開発された魔導具は、竜騎士にとっては有用性が凄く高かったそうですから」


 その魔導具が何なのかは気になるが、竜騎士に喜ばれたとなるとバレンティアの軍事機密になってるだろうから、多分クラフターズギルドに問い合わせても無駄だろうな。


「噂は聞いたことあるな」

「だね」

「そうですね。確か騎士魔法オーダーズマジックシールディングと、光属性魔法ライトマジックを組み合わせた魔導具だと聞いたことがあります」


 そう思ってたら、ウチのクラフター夫妻が知ってやがった。


「よく知ってるわね」

「そりゃな。最初は竜騎士用じゃなく、妻になったドラゴニアン達や空を飛べる騎獣用にってことで開発されたんだから、クラフターズギルドにもある程度は伝わってる。もっとも当時の竜王と竜騎士団長がその有用性を見出して、国がその魔導具の製法を買い取ったらしいが」


 製法を買い取るって、そんなこと出来るのかよ。


「当時はね。でもその技術はバレンティアが独占することになって、他国はもちろん、ハンターも使えなくなったんだ。だから当時のグランド・クラフターズマスターが、製法の売買を全面的に禁止したんだよ」


 それを聞いて安心した。

 国に翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネの製法を買い上げられたりしたら、完全に独占されちまう。

 俺達が製法を知ってるとはいえ、買い上げられると使用も禁止されることになるから、下手したら戦争勃発案件だからな。


「その話はバレンティアでも有名です。というより、ソウヤ様がグランド・クラフターズマスターに掛け合ったというのが真相のようですね。それが原因で国内が荒れて、ドラゴニアンの協力を得られなくなりかけたそうですから、その竜王陛下は追われるようにして退位されたんです」


 そりゃそうだろ。

 なにせ魔導具の製法を買い上げられるってことは、貴族とかが利権のためにやる可能性だってあるんだ。

 そうなったら割を食うのは一般人だし、ウィルネス山に住んでるドラゴニアンだって被害を被る可能性が高い。

 実際バレンティアの国民は、その竜王の圧政に耐えかねて挙兵する寸前だったらしい。

 竜王は反発する国民を、竜騎士を使って制圧しようとまで考えてたらしいが、ドラゴニアンが拒否どころか敵方に回ってしまったため、契約している竜騎士も動けなくなり、王太子に捕らえられ、譲位した後は幽閉されて生涯を終えることになったそうだ。


 王太子が竜王として即位してから、クラフターズギルドはバレンティアから製法の買い戻しを提案されたそうだが、既にグランド・クラフターズマスターが新しい規則を制定した後だったため、買い戻すことができなかったそうだ。

 規則的には不可能じゃないんだが、購入金額の10倍を返さないといけないから、そこまでの資金はクラフターズギルド総本部に掛け合っても無理だったらしい。


 それならと類似品を開発しようとしたソウヤさんなんだが、開発は難航し、自分の寿命が近付いてきたこともあって、付与した魔法を公開することで、後世に完成を託すことになったそうだ。


 その竜王、暗君ってことで歴史に名が残ってるが、マジで無能だったんだな。


「ということは、その魔導具を完成させることが出来れば、ソウヤ様の悲願が叶うってことなのね?」

「ああ。それどころか、無条件でランクアップ出来ることになってる。とはいえ、半端なく難しいみたいだ。何人かは完成させたらしいが、バレンティアの秘匿魔導具と同じ物だったって話だし、性能もソウヤ様が作ったのより劣ってたそうだ。親父も作ってたが、そんなこと言ってたな」


 グランド・クラフターズマスターでも、ソウヤさんの劣化版しか作れなかったのかよ。


 使った魔法は光属性魔法ライトマジック騎士魔法オーダーズマジックシールディングか。

 何となくどんな魔導具かは予想できるんだが、多分その予想通りに作るとその魔導具と同じような物になるな。

 となると、使う魔法そのものを変える方がいいか?

 フィールに戻ってクラフター登録をしたら、俺も試してみよう。

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