ウィルネス山へ

 一夜明けて、俺達はフォリアス陛下、ヘルディナ王妃と共にウィルネス山にやってきた。

 フォリアス陛下の護衛としてハルート王子、フレイアスさん他、近衛竜騎士も来ている。

 竜騎士団団長という肩書があるハルート王子は、第一王子でもあるとはいえハイドラゴニュートに進化していることもあって、フレイアスさんのサポートを受けながらしっかりと纏めているらしい。


「獣車で進むのはここまでだ。ウィルネス山は聖山でもあるから、ここより先は獣車の乗り入れが禁止されているんでな」


 ハルート王子が、わざわざ俺達の獣車までやって来て説明してくれた。

 聖山だからってことなら仕方ないが、ドラゴニアンが暮らしてるのはウィルネス山の中央なのに、まだまだ距離はあるぞ?


「ということは、ここからは徒歩ですか?」

「ああ。だが少し進めば聖母竜マザードラゴンの使いが迎えに来てくれるから、山頂まで歩くことはないぞ」


 そういや、迎えが来てくれるって話だったな。

 とはいえ、何が迎えに来るんだ?

 普通なら竜化したドラゴニアンって考えるんだろうが、竜化はドラゴニアンの魔力と体力を使い切るそうだから、迎え程度でそんなことするとは思えない。

 しかも人数も、俺達ウイング・クレストがアプリコットさんを含めて19人、フォリアス陛下にハルート王子、フレイアスさんに竜騎士が10人だから全部で32人もいる。

 さすがに竜騎士が全員行けるとは思ってないが、それでも人数が多いことに違いはないから、マジで気になるな。


「リディア、けっこうな人数になってるけど、迎えって何が来るんだ?」

「もちろんドラゴニアンですよ。確かに竜化はドラゴニアンにとって大きな負担ですけど、ハイドラゴニアンに進化していればだいぶ軽減できるみたいなんです」


 マジで?


「言ってませんでしたっけ?竜化はドラゴニアンの切り札で体力と魔力を消耗しますけど、あくまでもノーマルクラスの場合なんです。ハイドラゴニアンに進化すれば、戦い以外ではそんなに魔力や体力を消耗することはないと聞いています」


 確かにハイクラスに進化すると、魔力はかなり増える。

 魔力が少ないとされるオーガでも、ハイクラスに進化するとフェアリーやドラゴニアンを圧倒できる程になる。

 ドラゴニアンは全種族中最大の魔力量を誇っているが、そのドラゴニアンの魔力を全て使い切るのが完全竜化だから、ハイクラスに進化すれば余裕が出てくるって話は、確かに分からなくもない。


 そのハイドラゴニアンが、完全竜化して迎えに来てくれるのかよ。

 いいのか、それ?


 そんな疑問を感じつつ、だいたい30分ぐらい進んで森を抜けると、開けた場所に出た。

 なんていうか、竜化したドラゴニアンが離着陸しやすい感じになってる風だな。


「ここは、聖母竜マザードラゴンの使いが迎えに来てくれる場所です。どんな原理かは分かりませんが、結界が張られているので、ここに来るとすぐに迎えが来てくれるのです」


 結界に入ったらすぐに迎えが来るって、まるでソナー・ウェーブでも使ってるみたいな感じだな。

 俺が使う探索系の刻印術の1つ、水属性のソナー・ウェーブは、水の魔石に付与させて獣車にも置いてある。

 レーダーみたいなもんだから探知範囲内に何か入って来たらすぐに分かるし、安全のためなんだからこれぐらいはしとかないとな。


 だから俺はすぐに原理というか、使い方に予想がついたが、他のみんなはよく分かってないようだ。

 実際俺の世界でも、ソナー・ウェーブは使いにくい術式に分類されてたし、習得しない術師も多かった。

 視覚効果はほぼ得られないし、空間認識能力?ってのがないと状況把握にすげえ時間が掛かる。

 幸いにも俺は探索系に適性があるから、同じく適性のある父さん、父さんや母さんの親友って人達に、血の滲むような修行させられたな。

 ちなみに刻印術は広域系、干渉系、攻撃系、防御系、探索系、支援系、無系の七系統だが、無系はいずれにも該当しない術式か4系統以上の複合だから、一応除外する。

 俺はその中の干渉系と探索系に適性があって、防御系への適性が低い。

 他の3系統はどちらでもないが、広域系は苦手だな。


「来たみたいだよ」


 ルディアが空を指すと、4体のドラゴニアンの姿があった。

 20メートル近い巨体で、まさしくドラゴンといった堂々たる姿だ。

 鱗の色が赤、青、黄、緑だから、多分それぞれ火、水、土、風ってことなんだろう。

 そのドラゴニアン達に、ルディアが大きく手を振っていた。


「ルディア、久しぶりね」

「うん、3年振りだっけ?あんた達は変わらないね」


 まさかの知り合いかよ。

 というか、ドラゴニアンの姿でも喋れるのか。


「お久しぶりです、皆さん」

「大きくなったわね、リディア。見違えたわよ。ガイア様が接見を望まれたハンターに、あなた達が嫁ぐことになるなんて、世の中分からないものだわ」

「そうなんだよね」


 リディアとルディアの姉がウィルネス山の聖域で暮らしてるから、何度か来たことがあるって話だったな。

 ドラゴニアンは女性しかいないから、子供を作るために適齢期になったら一度ウィルネス山を下りるそうだが、妊娠しても必ずドラゴニアンが生まれるとは限らないし、生まれた子がドラゴニアンだったらウィルネス山に預けられることになるから、生まれた子とは二度と会えないっていう人もいるらしい。

 だから姉に会うために、年に数度の頻度でウィルネス山を訪れていたリディアとルディアが顔見知りになってたとしても、それほどおかしなことでもないな。

 それはいいとして、俺達は初対面なんだから、紹介ぐらいしてくれよ?


「リディア、ルディア。こちらのドラゴニアンは?」


 プリムも似たように思っていたのか、俺より先に口を開いた。


「あ、ごめんなさい。紹介しますね。レッドドラゴニアンのアトロポスさん、ブルードラゴニアンのラケシスさん、イエロードラゴニアンのクロートさん、グリーンドラゴニアンのエオスです。ハイドラゴニアンで、聖母竜マザードラゴンガイア様の側近なんです」

「話したことあると思うけど、姉さんがウィルネス山で暮らしてるから、あたし達は何度か来てるんだ。あたし達程頻繁に来る人はいないそうだから、それもあって仲良くなったんだよ」


 確かにそう聞いてるが、聖母竜マザードラゴンの側近のハイドラゴニアンと親しかったってことは初耳だ。


「積もる話もあるかと思いますが、ガイア様との謁見の後でもよろしいですか?」

「これはフォリアス陛下、失礼いたしました。それではお乗りください」


 竜化した姿はいくつかの名称があるが、レッドドラゴニアンとかブルードラゴニアンとかの色名は、ハイドラゴニアンに進化した証だそうだ。

 進化前はファイアドラゴニアンとかイグニスドラゴニアン、アクアドラゴニアンやウォータードラゴニアンなど、けっこう細かく分かれてるみたいだが、ハイドラゴニアンに進化すると火系はレッドドラゴニアンに、水系はブルードラゴニアンに統合されるんだとか。

 ちなみに白い竜は氷系で、銀色の竜が光系になるそうだ。


「では参ります」


 フォリアス陛下、ヘルディナ王妃、ハルート王子、フレイアスさん、護衛の竜騎士3人が赤いドラゴニアン アトロポスに、エド、マリーナ、フィーナ、ラウス、レベッカ、キャロル、ユリアがイエロードラゴニアンのクロートに、プリム、アプリコットさん、ユーリ、ミーナ、フラム、ヴィオラがブルードラゴニアンのラケシスに、そして俺、マナ、リカさん、リディア、ルディア、マリサさんがグリーンドラゴニアンのエオスに分乗すると、ドラゴニアン達は翼をはためかせ、空に舞い上がった。


「山頂にあるクリスタル湖、そこが我々の居住地となっています」


 なるほど、そこで聖母竜マザードラゴンに会うのか。

 聖母竜マザードラゴンガイア様はドラゴニアンの長で、空の女神として信仰されてもいるから、バレンティアだけじゃなくバシオンでも人気が高いんだよな。

 なのに名前が、ギリシャ神話の大地母神と同じってのはどういうことかと思う。

 そういや迎えに来てくれたハイドラゴニアン達も、ギリシャ神話の神の名前だった気がする。

 確かクロート、ラケシス、アトロポスは運命の三女神だったか?

 確か神話関係の本は刻印具に落としてたはずだから、後で調べてみよう。


「ねえ、エオス。姉さんは元気なの?」

「元気ですよ。最近はあなた達と会えなくて寂しそうにしていましたが、今日訪れるという話を聞いてから、今か今かと待ちわびています」


 ああ、そういえば2人とも、久しぶりに姉と会えるってすごく喜んでたな。


「あの子は?」

「あの方も変わりませんよ。迎えに来たがっていたのですが、ハイクラスに進化しているわけではありませんから、クリスタル・パレスであなた方の姉君と待っているはずです」


 ん?

 姉上様だけじゃなく、他にも待ってるドラゴニアンがいるのか?


「ルディア、もしかしてあなた達の知り合いもいるの?」


 マナも知らなかったようで、けっこう驚いている。

 リディアとルディアの姉がドラゴニアンだって話は知ってるはずだが、エオスとの会話を聞く限りじゃ、他にも仲のいいドラゴニアンがいるって受け取れるから、俺も気になるな。


「はい。ガイア様のご息女で、私達の友人です」

「ガイア様のご息女が?アトロポス殿、そうなのですか?」


 フレイアスさんも知らなかったのか。

 聖母竜マザードラゴンに娘がいることはさすがに知ってるだろうが、それでも娘が友人付き合いする程親しかったとは知らなかったようだ。


「はい。リディアとルディアは初めての同年代の友人ということで、ガイア様も喜んでおられます。今ウィルネス山にいる適齢期直前のドラゴニアンは、2人しかいませんからね」


 なるほど、そういうことか。

 って待とうや。

 ドラゴニアンの適齢期は90歳近くで、確か人間の5分の1ぐらいの成長速度って話だから、リディアとルディアと同じ16歳相当ってことで計算すると80歳になるのか?


「適齢期って、結婚のよね?」

「そうです。2人共84歳なので、普通の人間で言えば16歳ということになりますから、直前と言ってもいいでしょう」


 だいたいあってた。

 確かに間違ってないんだが、ドラゴニアンも人間年齢17歳にならないと結婚や妊娠はできないから、実際に結婚するまでは1年近く待たなきゃか。


「話は尽きませんが、そろそろ到着します」


 エオスの言う通り、目的地が見えてきた。

 眼下に湖が広がるが、それほど大きくはない。

 それでも宝樹が美しく咲き誇ってるし、村規模ではあるが家が立ち並んでいる姿も見える。

 宝樹の近くには水晶のような建物も建てられているから、幻想的な光景だな。


「あれがクリスタル湖か。綺麗だな」


 クリスタル湖は透明度が高く、空を、太陽や雲を鏡のように映しているいるため、青く輝き、とても美しい。

 聖母竜マザードラゴンの居住地として、相応しい場所だな。


「あれが噂のクリスタル・パレスね。話に聞いてはいたけど、本当に水晶のようだわ」

「実際、水晶をドラゴニアンの魔力と工芸魔法クラフターズマジックを使って加工してるそうですから、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイト並の頑丈さになっています。建造されたのは私が生まれるより前ですから、伝聞になりますが」


 クリスタル・パレスが建造されたのは300年以上前のことらしいから、知ってるドラゴニアンも少なくないが、エオスは115歳、人間年齢23歳で、成人してすぐにハイドラゴニアンに進化したため、まだウィルネス山から下りたことはないらしい。

 あ、この場合は、結婚やシングル・マザーになるためって意味になる。

 ハイドラゴニアンに進化したことで、自由自在、とまではいかないが、移動するために竜化することは問題ないこともあって、他国にまで衣服とか調度品とかを買い漁りに行くこともあるそうだ。


 他のアトロポス、クロート、ラケシスにも趣味があるらしいが、ドラゴニアンは寿命が長いこともあって、趣味には妥協しないんだとか。

 買い物は金がかかるんだから、少しぐらい妥協しろとも思う。


「それでは降ります。ガイア様はクリスタル・パレスでお待ちですから、すぐにお会いして下さるでしょう」


 いよいよドラゴニアンの長、聖母竜マザードラゴンとご対面か。

 何で俺を呼んだのか気になるし、是非とも教えてもらいたいもんだ。

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