竜王の城

Side・ルディア


 大和があたし達の家族に挨拶してくれた翌日の昼過ぎ、あたし達は竜王城に登城した。

 アミスター大使館に帰ったら、使者から早めに登城するようにって言われたし、聖母竜(マザードラゴン)に会う際は竜王陛下も同行されたいってことなんだけど、早い方がありがたいのは間違いないから、すぐに承諾したよ。


 それもあってか、竜王陛下は登城してすぐに謁見してくださった。


「遠いところをよく来てくれました。私が竜王、フォリアス・ドラグール・バレンティアです」

「お久しぶりです、陛下。遅ればせながら、即位の祝辞を述べさせていただきます」

「ありがとうございます、マナリース姫。ユーリアナ姫は戴冠式以来ですね。結婚、並びに婚約、おめでとうございます」

「ありがとうございます、フォリアス陛下」


 ユーリ様は竜王陛下の戴冠式に参列されてたし、それ以前も度々バレンティアに来てたから、陛下の妃候補に挙がってたりもする。

 もっとも、ユーリ様にもフォリアス陛下にもその気はなかったから、候補に挙がったことがあるってぐらいなんだけどさ。


「しかもお2人だけではなく、バリエンテのプリムローズ嬢、アミスターの勇将ディアノス殿のご息女までご一緒だとか。そんな方に、我が竜騎士団副団長フレイアスの双子の娘が嫁ぐと聞き、私としても嬉しく思っていますよ」


 バレンティア王家は、竜王として即位されたフォリアス陛下以外にも兄上が2人おられるけど、姉君や妹君はおられない。

 だからアミスターと違って、エンシェントヒューマンの大和に王家の者を嫁がせるってことが出来ないんだけど、あたしと姉さんがその役を担ってる感じになっている。

 姉妹で同じ相手に嫁ぐことは、珍しいけどないわけじゃないし、大抵の場合は同じ相手に惚れたっていう理由が大きいし、2人とも嫁がせた方が利になるっていう政治的な判断が加わる場合もある。

 今回もそれと同じで、竜騎士団副団長の双子の娘が2人ともとなれば、下手な貴族の娘より政治的には大きな意味を持てると判断されてるんだ。


 バレンティア王家は末子相続だけど、バレンティア王家は代々王位に興味はないみたいで、真逆の意味での王位継承争いが起こっている。

 だから血で血を洗うような凄惨な事態は起こり得ないんだけど、臣下が頭を悩ませることには変わりない。

 なにせ王位につきたくないと公言してるんだから、誰を支持したらいいのかも分からないし、したところで本人達は王位につかないように陛下に進言するわけだから、するだけ無駄。

 そのくせ王位につけば、しっかりと政を行うし、兄弟も補佐として動いてくれるから、内政はかなり安定している。


「結婚は本人の意思ですから。私の結婚やユーリの婚約は、表向きは彼への褒賞となっていますが、それがなくとも私達は嫁いだでしょう。ですから双方の合意がある以上、私達はリディアとルディアが、私達の隣に立つことに賛成しています」


 例のナールシュタット・ニズヘーグ公爵が苦々しそうな顔で大和を睨んでるけど、あたしだって姉さんだってあいつは嫌いだ。


「お待ちください、陛下。いかに相手がエンシェントヒューマンといえど、バレンティア最強竜騎士であり竜爵であるフレイアス殿のご息女を2人とも嫁がせるなど、国としては大きな損失です。そもそも2人には、私が婚約を打診しているのですぞ?それを、いかにエンシェントヒューマンといえど、横槍を入れてくるとは、人道に悖る所業です」


 あ~あ~、痺れを切らしちゃったか。

 いくら公爵っていっても、正式な謁見の最中に口を挟むなんて、無礼の極みだよ?

 そもそも父さんは、あたし達に政略結婚なんかさせるつもりはないって常々言ってくれてたし、あいつとの婚約だって聞いた瞬間に断ってくれてるんだから、今更そんな勝手なこと言ってきたって知ったこっちゃないよ。


「と、ナールシュタット公爵は言っていますが、実際はどうなんですか、フレイアス?」

「そのお話は、とっくの昔にお断りしていますな。そもそも国としての損失と仰っていますが、大和殿にはアミスターの王女殿下2名、侯爵家当主1名、元とはいえバリエンテの公爵令嬢も嫁がれています。そんな方に嫁がせるわけですから、むしろ利益の方が大きいでしょう」

「さらには勇将ディアノス殿のご息女、彼が拠点にしている街の娘も嫁いでいるわけですから、フレイアス竜爵の娘達が嫁いだとしても、彼がアミスターから動くことはあり得ません。ですが有事の際は、エンシェントヒューマンの力を借り受けやすくなります。なにせ竜爵は、伯爵と同等の爵位なのですからね」


 竜王陛下が父さんに話を振って、さらにドラゴニュートの宰相アイザック・ヴァッサーマンが補足してくれた。

 あたし達にそのつもりはないんだけど、アミスターのお姫様に貴族が結婚、婚約してるし、プリムは亡命が認められてアミスター所属になってるし、ミーナとフラムは大和がフィールを拠点にしている理由にもなってるから、政治的に見れば普通の貴族の娘じゃ釣り合わないって言ってもいい。

 さらに大和はアミスターのOランクオーダーだから、アミスターから動くことはないって断言できる。

 Mランクハンターでもあるからフットワークは軽いし、ハンターズギルドを使って救援なり協力なりを要請すれば動いてくれると思うけど、それでもバレンティア出身の奥さんとかがいないと、簡単には動いてくれないって考えるのが普通だよ。


「それではリディアとルディアの代わりに、私の妹ではいかがでしょう?マナリース殿下やユーリアナ殿下に比べると器量は落ちると思いますが、それでも国としては十分過ぎる程の利益になります」


 やっぱりそう来たか。

 というかあんたの妹って、金遣いが荒いし男遊びだってしてるって噂があるじゃん。

 そんな馬鹿を送り込もうなんて、利益どころか損失にしかならないよ。

 そんなの、願い下げでしかないよね。


「ナールシュタット公爵、話を聞いていましたか?リディアもルディアも、望んで彼に嫁ごうとし、大和殿もそれを受け入れてくれている。つまり外野が何を言おうと3人の結婚は止められないし、仮に止めてしまえばアミスターとの関係すら悪化することになります」

「それは……」

「それと、これはマナリース姫から言ってもらった方が良いでしょう」


 フォリアス陛下が反論し、マナ様に説明を求めてる。

 マナ様も怒ってるけど、大和はさらに怒ってるから、これ以上グダグダ言われると実力行使も辞さない心構えなんだろうなぁ。


「ありがとうございます、陛下。ナールシュタット公爵、あなたの妹を彼に嫁がせるという話だけど、そんな無礼な真似を許すと思っているの?」

「聞き捨てなりませんな。私の妹は、王位継承権を持っているのですぞ?ですがそのエンシェントヒューマンと婚約しているのは侯爵家、結婚しているのはバリエンテの反逆者の娘に庶民の娘。いかにあなた方アミスター王家の姫が嫁いでいるとはいえ、外聞がみすぼらしいことは違いないでしょう?」


 うん、これ、マジでマズいよ。

 さっきから大和の魔力が漏れてるんだけど、その一言で一段と強くなってきたよ。


「金遣いが荒く、男遊びが激しい女を迎え入れる方が、外聞が悪いどころの話じゃないわね。知らないとでも思ってた?あなたの妹が、このドラグニアでも激しい浮名を流してることを?」

「それは見解の相違ですな。妹はシングル・マザーになるために、特定の男性に身を任せているにすぎません。ですが似合いの相手が現れた以上、そのようなことはなくなる。何よりバレンティアの公爵家の縁者が嫁ぐのですから、彼にも大いに利益がもたらされます。それはマナリース姫、あなたにも同様ですぞ?」


 イヤらしい笑みを浮かべるナールシュタット。

 マナ様を買収しようって考えてるんだろうけど、無駄なんだよね。

 そもそもシングル・マザーになるために男に抱かれるのは珍しい話じゃないけど、それでも浮名が流れるようなことはない。

 シングル・マザーは女の方から男に頼んで子供を生ませてもらうんだから、何人もの男をとっかえひっかえなんてことはあり得ない。

 でもナールシュタット公爵の妹は、そんなあり得ないことをやってるんだから、それを信じろって言われても無理だよ。


「はっきり言うわ。もしあなたが彼とリディア、ルディアとの婚約を認めず、それどころかこれ以上妹を押し付けてくるようなら、バレンティアとの関係を根底から見直します。バレンティアとの関係は悪くなり、緊張状態にもなるだろうけど、あなたの妹をアミスターに入れるぐらいなら、私はそっちを選ぶわ」

「なっ!?」


 これ以上ない拒絶の言葉に絶句するナールシュタット公爵。

 他の貴族達も驚いてるけど、ナールシュタット公爵の妹がロクでもない女だってことは有名だから、どっちかというとナールシュタット公爵に非難の視線が突き刺さってるかな。


「そ、それはつまり、我が国との戦争も辞さないと、ドラゴニアンを要する我が国の竜騎士団と正面から争うと、そう仰るわけですな?」


 確かに竜騎士団にはドラゴニアンが協力してくれてるし、そのおかげでバレンティアは外敵に脅かされることはなかったんだけど、いくら完全竜化したドラゴニアンが強くても、大和やプリムの相手になるとは思えないし、何よりその言い方は、ドラゴニアンを従魔とか召喚獣とかと同じに見てる。

 あたし達の母さん達と姉さんはドラゴニアンだから、すごく気分悪くなるな。


「先に言っておきますがナールシュタット公爵、万が一そのような事態になっても、ドラゴニアンは一切手を貸してくれないですよ」

「な、何故ですか!?」

「当然でしょう。原因を作ったのがドラゴニアンを従魔扱いしているあなたなのですし、非はこちらにある。それにドラゴニアンと結婚、あるいは契約している竜騎士も、契約によって戦場に出ることはできませんから、万が一アミスターとの間で戦端が開かれてしまえば、我が国は一方的に蹂躙されるでしょうね」


 竜騎士はワイバーンと従魔契約してる人が多いけど、それはアミスターだって同じだし、何より大和とプリムがジェイド、フロライトに乗ってきたら、それだけで竜騎士団は壊滅的な被害を受ける。

 ドラゴニアンと結婚してる竜騎士が戦場に出られないって話は初耳だけど、それなりの人がドラゴニアンと結婚してるし、契約っていうのもしてるみたいだから、そんな事態になったら竜騎士団の戦力は半分以下になるのは間違いないかな。


「そんな状態でアミスターの相手はできませんし、何よりエンシェントヒューマンである大和殿がいるのです。いかに竜騎士団が精鋭揃いでも、こちらの被害は甚大なものとなります。ですからナールシュタット公爵、この場で正式に謝罪し、リディア、ルディアの婚約を認めて下さい」


 アイザック宰相も追い打ちをかける。

 公表されてる情報だと、大和はプリムのアシストがあれば災害種を倒せることになってるから、それだけでも敵に回すのは愚の骨頂だもんね。


「……婚約は認めます。ですが謝罪とは?」

「彼の妻であるミーナ嬢、フラム嬢を一般の出として見下し、みすぼらしいとまで言っていたでしょう?お2人はもちろん、大和殿も貶める発言なのですから、謝罪するのは当然ではありませんか?」


 当然だよね。

 でもこの場で謝られても、心が籠ってない口先だけの謝罪になるし、それだけで大和の怒りが収まるとは思えない。


「恐れながら陛下、彼の直言をお許しいただけますか?」


 ナールシュタット公爵が言い淀んでいると、先にマナ様が口を開いた。

 大和の直言の許可を求めてるけど、絶対にそれだけじゃ済まないでしょ?


「それは構いませんが……」


 フォリアス陛下も、大和から漏れてる魔力に気圧されてるなぁ。

 けっこう怒ってるから、仕方ないんだけどさ。


「ありがとうございます。大和」

「ああ。直言をお許しいただき、感謝致します。見苦しい暴言を吐くことになるかと思いますが、ご寛恕願います」


 そう言ってアーク・オーダーズコートのマントを翻し、ナールシュタット公爵と向き合う大和。

 ナールシュタット公爵は大和の魔力に中てられて、真っ青になりながら口をパクパクさせてるけど、自分が招いた結果だし、バレンティアに多大過ぎる被害をもたらす寸前だったんだから、それぐらいは我慢してよね。


「ナールシュタット公爵、あんたの意思はわかった。だからこれだけは言わせてもらう。あんたの妹と結婚するぐらいなら、亜人のメスでも嫁にした方がマシだ。それとだ、もしニズヘーグ公爵領に何かあっても、俺は一切手を貸さない。ハンターズギルドからの依頼があってもだ」


 思ったより大人しいけど、言ってることは苛烈だね。

 亜人のメスの方がマシって、普通なら首を斬られても文句言えないよ?

 ああ、でもアマゾネスやセイレーン、ワルキューレはメスだけの亜人で、すごい美形揃いだって話だったっけ。

 ハンターズギルドから依頼されても、ニズヘーグ公爵領には手を貸さないって断言したことも、ニズヘーグ公爵領には大きな損害だね。

 なにせニズヘーグ公爵領には迷宮(ダンジョン)があるから、迷宮氾濫の可能性は常にある。

 しかもソルプレッサ連山も近くて、そっちから魔物が襲ってくることだってあるみたいだから、高ランクのハンターはいくらいても困らない。

 でもエンシェントヒューマンの大和が、一切手を貸さないって断言したっていう話は、必ずニズヘーグ公爵領にも広まるから、公爵領から出ていくハンターも出てくるだろうし、住民はもちろん、貴族だって反乱を起こすかもしれない。


「それと、もし報復なんて考えやがったら、倍返し程度で済むと思うなよ?」

「ひっ!」


 さらに魔力を強めた大和に、完全に気圧されたナールシュタット公爵は、竜王陛下の御前だというのに失禁しちゃった。

 これは終わったかな。


「陛下の御前で粗相とは、公爵家の当主ともあろうお方がなんとみっともない」

「そうですな。理由はどうであれ、ここは謁見の間です。このような事態は私も初ですが、それでも何の処罰も無しということはあり得ません」


 貴族達からクスクスと笑いを噛み殺したような声が響く中、父さんと宰相がナールシュタット公爵の態度に言及する。

 父さんはナールシュタット公爵が嫌いだし、宰相や貴族だって迷宮(ダンジョン)産の素材を独占してるナールシュタット公爵には思うところがあるから、こんな公の場で大恥をかかされたら少しは溜飲も下がったりするか。


「今の公爵では、何を言っても耳に届かないでしょう。処罰は後程伝えます。ですがこのような醜態を晒した以上、公爵には退室を命じます。連れて行って下さい」

「はっ!」


 近衛竜騎士に連れられて、謁見の間を追い出されるナールシュタット公爵。

 大和の魔力に中てられて、すっかり覇気も無くなってるけど、エンシェントヒューマンを敵に回した上でバレンティアに大きな損害を与えるところだったんだから、これぐらいは当然だよね。

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