簒奪疑惑

 無事にリディアとルディアのご家族に挨拶し、翡翠色銀ヒスイロカネ製の剣も渡すことができて、マジで一安心だ。

 リディア、ルディアとの結婚は、2人が17歳になると同時にってことになったが、多分フィールにいると思うから、フィールのプリスターズギルドでってことになるだろう。

 いずれは結婚の報告に来たいと思ってはいるが、いつになるかは未定だ。

 ちゃんと結婚しましたって手紙は送るが、直接挨拶した方が良いのは間違いないからな。


「というか、本当にドラグニアのプリスターズギルドじゃなくてもいいのか?」

「フィールからだと遠いしね。それに大和と結婚することに変わりはないんだから、ドラグニアじゃなくても大丈夫だよ」

「そうですよ。その気持ちだけで、十分嬉しいですから」


 俺としてはフレイアスさん、グレイスさん、タレイアさんにも参列してほしいし、地球じゃそれが常識なんだが、ヘリオスオーブは移動手段が獣車や騎獣、最悪の場合は徒歩しかないから、気軽に行き来できない。

 だから結婚する場合は、嫁ぎ先や婿入り先の親族しか参列しないことの方が多いそうだ。


 サユリ様とも、ヘリオスオーブは日本の総面積よりは広いが、オーストラリア大陸より二回りか三回りぐらい狭いんじゃないかって話してたんだよ。

 もちろんオーストラリアは日本の20倍近い面積があるから、比べるにしても大雑把すぎるんだが、それでも近い大きさだってことは昔から言われてたそうだ。

 多分だが、インドより若干大きいぐらいだろうって結論が出てるんだとか。


 空を飛べる従魔、ワイバーンが多いんだが、ヘリオスオーブの端から端までは4日ぐらいあれば行けるそうだが、ワイバーンの速度はだいたい時速200キロぐらいっぽいし、それより早いジェイドやフロライトでも、おそらくは時速300キロには届いてないはずだ。

 だから地球の飛行機なら、1日もあればどこでもいけると思う。


 とはいえ、空を飛べる魔法や技術はないから、仮に作るにしてもそこからになるし、思ってる性能を発揮してくれるとも限らないから、先はとんでもなく長そうだ。

 車なら多少は分かるんだが、飛行機ともなると全く分からないからなぁ。


「そういえば、リディア。ルディアもだけど、あなた達、本当に進化したの?」


 グレイスさんが思い出したように言葉を告げる。

 うん、そうなんです。

 合金の方に話題を持っていかれたし、俺もさらっと告げただけだから、フレイアスさんも気が付かなかったんだろう。

 普通は気付くと思うが、双子の娘を一緒に嫁に出すことは、やっぱりそれぐらいの大事なんだろうな。


「したよ。ほら、ライセンス」


 グレイスさんに自分のハンターズライセンスを見せるルディア。

 リディアはタレイアさんに見せているな。


「本当ね。しかもレベル45って……」

「ドラグニアを発つ時は、確かBランクハンターに昇格したばかりだったはずよね?何をすればたった数ヶ月で、これだけレベルが上がるのかしら?」


 お義母様2人が頭を抱えてしまった。

 いえ、特に何もしてませんよ?

 しいて言えば、少し格上と連戦させたぐらいでしょうか?


「アミスターのイデアル連山で、高ランクモンスターと戦ったからね」

「グリフォンもいたから、それででしょうね」


 娘の告白に目を丸くするお義母様方。


「グリフォンって……よく無事だったわね?」

「本当よ。出会ったら、まず命はないって言われてるのに……」

「信じられないと思うけど、大和にとってはただの素材だったんだよね」

「いや、待て。意味不明なこと言ってんじゃねえぞ?」


 思わずツッコんでしまったが、別に俺は、グリフォンをただの素材とは思ってねえぞ?


「でも希少で貴重な素材だとは思ってますよね?」

「いや、そりゃ一般的にそうだろ?フロートでも数十年ぶりだって聞いたぞ?」

「だからって嬉々として狩らないわよ、グリフォンなんて?しかも4匹も」

「しかもそのグリフォンを使って仕立てられた天騎士アーク・オーダー用のコートを下賜されてるんだから、ハンターとしてもオーダーとしても最上の栄誉を頂いてるわよね」

「……」


 ヤバい、マナとリカさんの言う通りだから反論できん。


「グリフォンを嬉々としてって……」

「しかも4匹……。そりゃ必死にもなるわよね……」


 お義母様方も遠い目をしてらっしゃる。

 タレイアさんはレベル32のアクア・ドラゴニアン、グレイスさんはレベル33のウインド・ドラゴニアンだが、例え竜化してもグリフォンを倒すのは無理らしい。

 それが4匹もってことになると、竜化してでも全力で、一目散に逃げるとも言われたな。


 戦闘に関しては常識知らずと言われ続けてきた俺だが、そろそろ本気でお勉強した方がいいかもしれない。


「リディアもルディアも、凄く大変だと思うけど、頑張るのよ?」

「また、いつでも遊びにいらっしゃい。できればその時には、孫の顔を見せてくれると嬉しいわね」

「孫の顔ということは、しばらくは帰ってくるなってことね?」

「何年先になることやら」


 夕方に押しかけたこともあって、少し話してただけのつもりだったが、既に日は沈んでいる。

 なのでお暇することにしたんだが、帰り際にドラゴニアンとハイドラゴニュートの親子がそんなやり取りをしていた。


 子供か~。

 アライアンスから1ヶ月近く経つけど、リカさんが妊娠してるような兆候はないんだよな。


 リカさんはアマティスタ侯爵家の現当主で、フィールには代官として赴任してきている。

 だから俺とは結婚できないから、最初は俺の子を生ませてくれって話だった。

 重婚はヘリオスオーブの常識だから俺も受け入れてるが、シングル・マザーは地球でも良い意味じゃないから、どうしても抵抗がある。

 だから生まれた子が家督を継いでから、リカさんとも正式に結婚することにしてるわけだが、基本的に家督は成人してからでなければ継ぐことはできない。

 前当主が事故とか病気とかで死んだりすれば例外として認められるから、前当主だったお父さんが病死したリカさんは、わずか12歳でアマティスタ侯爵家の家督を継いでいる。

 やむにやまれない事情だったとはいえ、家督を継いだ当初は本当に苦労したらしい。


 そんな話も聞いてるから、尚更幸せにしてあげたいって思うんだが、結局は子供が出来なければ意味がない。

 だから治癒魔法ヒーラーズマジックプレグネイシングっていう妊娠促進魔法を使ってるんだが、それでも妊娠する気配がないんだよな。

 もちろん使えば絶対に妊娠できるわけじゃないし、使ったにも関わらず妊娠できなかったって人もいるんだが、子供ができなきゃアマティスタ侯爵家の血筋が途絶えることにもなるから、俺としても少し焦ってくる。


 ちなみに他のみんなはコントレセプティングっていう避妊魔法を使ってるから妊娠はしないんだが、マナだけはプレグネイシングもコントレセプティングも使っていない。

 ハンターを続けたいのは間違いないが、子供を生みたいっていう願望もあるみたいだから、積極的に妊娠しようとも、かといって避妊しようとも思ってないんだとか。


「帰り際、グレイスさんに何か言われてたみたいだけど、どうかしたの?」

「2人共、凄く不機嫌そうな顔してるわよ?」


 大使館に向かう獣車の中でマナとプリムにそう聞かれたリディアとルディアだが、確かに苦々しそうな顔してるな。

 何か言われたのは間違いないだろうが、いったい何を言われたんだ?


「実は……」

「姉さん、言うの?」

「どっちにしても迷惑をかけちゃうから。それに予め言っておいた方が、多分バレンティアへのダメージは小さくなると思うし」


 バレンティアへのダメージって、そんな大事なのかよ?


「何となく分かりました」

「そうですね。そういうことでしたら、是非とも聞かせて下さい」


 ミーナやフラムがそう言うが、女性陣は全員気が付いてるみたいだな。

 マジで何なのさ?


「私達のお父さんは竜爵で近衛竜騎士団副団長ですが、大した権力は持っていません。ですがレベル54のハイドラゴニュートということもあって、影響力は大きいんです」


 ……俺にも何となく分かった。

 そういうことなのかよ。


「その影響力を狙って、ある貴族家が私かルディア、あるいは両方を狙っているんです。元々国内での権力は強く、影響力もあるんですが、その力は騎士団や軍事方面にまで及んでいませんから、そちらへの影響力を強めたいって考えてるんです」


 クソ面白くない話だな。


「ようするにその貴族が、大和とあなた達の婚約を認めてないってことね」

「お母さん達が言うには、そうみたいです」

「ほう。つまりその貴族は、最悪潰しても構わないってことだな?」


 権力があろうと、俺には関係ない話だ。

 それを利用してリディアとルディアに手を出そうってんなら、その家は確実に潰す。


「あたし達としては構わないんだけど、国としては問題にしてくるかもしれないよ。その家、ソルプレッサ連山の南側が領地なんだけど、そこにはバレンティア最難関の迷宮ダンジョンもあるから、竜王陛下だって下手に手出しできないって話もあるし」

「知ったことか。人の女に手を出す以上、相応の代償は支払ってもらうだけだな」


 少し格好つけてそんなこと言ったら、リディアとルディアの顔が赤くなった。

 俺の顔も赤くなってる気がするが、意識すると恥ずかしくなってくるから、なるべく考えないようにしよう。


「竜王陛下と謁見できたら、釘を刺しておいてもらった方がいいわね」

「そうね。別にその貴族がどうなろうと構わないけど、それでバレンティアとの関係が悪くなるのは望むところじゃないわ」


 そんなことになったらリディアもルディアも帰って来られなくなるかもしれないから、俺もリカさんとマナの言うようにした方が良いと思う。


「それにしても、その貴族、公爵なんだっけ?竜騎士団にまで影響力を持ちたいってことは、もしかして王位簒奪でも考えてるの?」


 プリムの言う事も気になるな。

 件の貴族、ナールシュタット・ニズヘーグ公爵は、自領にある迷宮ダンジョンから得られる素材を、国内の経済のためじゃなく、自分の権力のために使っているらしい。

 そのせいでバレンティアで供給されている迷宮ダンジョン産の素材は、他国からの輸入が多くなり、非常に高値になっているんだとか。

 ハンターズギルドもその状態を憂いていて、ハンターズマスターが諫言したことがあるそうなんだが、逆にその公爵の怒りを買い、私兵に襲われたことがある。

 ハンターズマスターは例外なくハイクラスだから、その私兵達は返り討ちにあってるんだが、逆にそれを問題視されてしまったため、ハンターズギルドとの関係も悪くなっているらしい。


「狙ってますね。竜王家は代々王位に就きたくないと公言していますし、現竜王陛下が即位される際もそれを理由に、先代竜王陛下に自分こそが竜王に相応しいと直言したと聞いてます」

「とはいえ、そいつの継承権は7位だったから、竜王家が即位しなかったとしても、王位に就けるわけがなかったんだけどね」


 そりゃそうだろ。

 竜王家は末子相続だが、現在の竜王には兄が2人いて、その2人も王位継承権を持ってるわけだし、4位は先代の姪、5位は先代の妹、6位はその妹が嫁いだ公爵家の当主なんだから、常識的に考えてもそっちが優先される。

 つまりそのニズヘーグ公爵が王位に就くには、簒奪っていう方法が一番手っ取り早い。

 だから竜騎士団に影響力を及ぼして、クーデターでも起こそうって考えなんだろうな。


「そいつの頭が悪いってことだけは、よく分かった」

「そうですね。というか、竜騎士団はドラゴニアンの協力も大きいと聞いています。例えそのニズヘーグ公爵が王位を簒奪したとしても、ドラゴニアンが協力してくれるとは思えません」


 ミーナも同意してくれたが、まったくもってその通りだ。

 竜化したドラゴニアンは、Pランクモンスターでも単独で倒せるようになるそうだから、人間相手には言わずもがなだ。

 継承順位が繰り上がったりして王位に就いたならともかく、強引な簒奪なんかをドラゴニアンの長である聖母竜マザードラゴンが認めるとは思えないし、下手をすればドラゴニアンの離反すら招きかねない。


「竜騎士団のことはあたし達もよく知らないけど、ドラゴニアンは騎獣っていうわけじゃないし、有事の際にしか協力してくれないらしいから、そんなことしたら確実に弱体化するだろうね」


 だろうな。

 完全竜化は魔力と体力を使い切る切り札だから、ドラゴニアンも余程のことがないと竜化しない。

 だが戦力は絶大だから、ソレムネでさえもバレンティアに侵攻してきたことはないそうだ。

 もしドラゴニアンが離反でもすれば、ソレムネに対して大きな隙を晒すことになるから、ニズヘーグ公爵が王位簒奪に二の足を踏むのは当然だろう。


 なるほど、だから竜騎士団にも影響力を持ちたいってことか。

 竜騎士団は竜王直属の騎士団だが、その竜騎士団を味方に付けることが出来れば、竜王に圧力をかけることも可能だと思う。

 その上で正式に譲位してもらおうって腹積もりってことか。

 もっとも、それも立派な簒奪だから、ドラゴニアンが認めるとは思えないが。


 そのニズヘーグ公爵も、今はドラグニアにいるらしいから、俺達が竜王城に登城すれば出くわすことになる。

 何を言ってくるかは想像できるが、しっかりと警戒はしとかないとな。

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