バレンティアの魔物

 ドラグニアに着いた俺達は、アミスターの大使館にやってきた。

 駐バレンティア大使にも来訪を伝えておく必要があるし、王城への連絡も大使館からってことになってるそうだから、ドラグニアに着いたらすぐに行ってくれって言われてあるからな。


「お待ちしておりました。無事のご到着、心よりお慶び申し上げます。そして遅ればせながら、ご結婚並びにご婚約、おめでとうございます、マナリース殿下、ユーリアナ殿下」


 大使館に着くと、すぐに大使のローザリー・テュルキスが職員達と出てきて、そんなことを言ってきた。

 なんでもこの人、エモシオンを治めてるテュルキス公爵の妹さんなんだとか。

 王位継承権は十四位らしいが、そこまで低い継承順位だと王位を継ぐ可能性は皆無らしい。

 というより継承権十一位以下の人は、順位が繰り上がらない限り、王位には付けないそうだ。

 マナが俺と結婚したことで王位継承権を放棄したため、ローザリーさんの継承順位も1つ繰り上がったが、実はマナの継承権は、正式には放棄じゃなく順位繰下げで、確か最下位になってたはずだ。


「ありがとう」

「ありがとうございます」

「皆様も歓迎致します。生憎とご到着日が未定でしたので祝宴の用意は整っていませんが、歓待の席はご用意できておりますので」


 準備良いな。

 確かにハンターの俺達が、いつドラグニアに到着するかは予想が難しいだろうが、それでも宴席が用意できてるってことは、凡その検討をつけてたってことか。


「準備が良いわね。でもありがとう。せっかくだから呼ばれるわ」

「恐れ入ります」


 というわけで今晩は大使館で歓待を受け、そのまま泊まることになってしまったわけだ。

 今回はアミスターからの使者っていう位置付けにもなってるから仕方ないんだが、早く普通のハンター生活に戻りたい。


 明けて翌日、竜王城には昨夜の内に使いを出してるそうなので、近い内に返事が来るだろうと言われた。

 なのでエド、マリーナ、フィーナは大使館に残って作業の続きを、ラウスは急性魔力変動症でダウンしてるのでレベッカとキャロル、ユリア、アプリコットさんが看病のために残ることになった。

 俺達はというと、狩りに行ってみようと思っている。

 本当ならリディアとルディアの実家に挨拶に行きたいところなんだが、突然押しかけてもお父様が不在の可能性が高いから、一度ハイウインド家に寄って予定を伝えて、明日改めてってことにしている。


 プリムがエンシェントフォクシーだってことを伏せなきゃならないから、本当なら街の外に出るのは控えるべきなんだが、ラインハルト陛下の書状を見せれば、完全ではないものの多少は解決できる。

 マナかユーリが保証人として同行する必要はあるが、マナはハンターだし、ユーリも今回の狩りについてくるつもりでいるから、どこにも問題はない。

 ちなみにリカさんも、今回の狩りには同行することになっている。

 バレンティア滞在中は領主や領代の業務とは無縁だから、思いっきり羽根を伸ばすって言ってたな。

 だからって狩りについてこなくてもいいとは思うんだが、本人がいいなら別にいいか。


 そんなわけで俺はプリム、マナ、ユーリ、リカさん、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、マリサさん、ヴィオラと共に、ドラグニアの外に広がっている荒野に出てきた。


「で、ここにはどんな魔物がいるんだ?」

「ロングノーズ・ボア、ジャイアント・バッファロー、グラス・ビー、サーベル・ライガー、あとはゴブリンとコボルトかな」


 ロングノーズ・ボアって、確か耳のない象みたいなやつか。

 大きさはそこまでじゃないが、確か長い鼻が面倒なんじゃなかったか?

 あとジャイアント・バッファローは5メートル近い巨体の牛で、角が強靭だって話だな。

 サーベル・ライガーはイデアル連山で狩ったストーム・ライガーの近縁種だったはずで、Sランクモンスターになるか。

 コボルトは犬の顔をした亜人で、オークと同ランクだったはずだ。

 上位種はリカオス・コボルト、希少種がワーウルフ・コボルトっていうそうだが、狼なのか犬なのかはっきりさせとけと思う。

 ゴブリンとグラス・ビーは、特筆すべき点はないな。


「ドレイクはいないの?」

「はい。ウィルネス山がドラゴニアンの聖地ということもあって、ドレイクはこの辺りに近寄ろうとしないんです」

「ドレイクはソルプレッサ連山の方にいるよ。迷宮ダンジョンもあるから、ある意味じゃドラグニア以上にハンターで賑わってるって言ってもいいんじゃないかな?」


 ソルプレッサ連山っていうと、確か奥にアムール湖っていう湖があって、そこに世界樹があるって話だな。

 フェザー・ドレイクもいるって聞いてるから、できれば行ってみたい。


「今日は本格的な狩りじゃなくて様子見だし、ユーリやリカもいるから、そんなに遠くまで行く必要もないでしょうね」

「そうですね」


 それは俺も賛成だ。

 だけどロングノーズ・ボアはバレンティアじゃ一般的、ジャイアント・バッファローはランクの割には美味いって聞いてるから、できれば狩っておきたいんだよな。


「言ってるそばから出てきたよ。ほら、あれがロングノーズ・ボアだよ」


 ほう、あれが。

 耳のない象だと思ってたが、鼻の長い猪って言った方が良かったな。

 確かCランクモンスターだったか?


「Cランクですね。この辺りで注意が必要なのは、やっぱりSランクモンスターのサーベル・ライガーです。このメンバーなら、どうとでもなるんですけど」


 まあ、今更Sランクモンスターじゃな。

 それでも油断してたら怪我するから、しっかりと警戒はしておくが。


「ロングノーズ・ボアは2匹みたいね。あれぐらいなら十分フォローできるから、ユーリとリカにやってもらいましょうか」

「1匹は私とフラムさんで倒しても良いでしょうか?」

「1匹はスピカに任せようと思ってたんだけど、そっちの方が良いかもしれないわね。じゃあミーナが引きつけて、フラムとブリーズが攻撃ってことで」

「分かりました」


 というわけで1匹はミーナとフラム、ブリーズが、もう1匹は俺が防御に専念して、その隙にユーリとリカさん、スピカが攻撃ってことになった。

 それじゃ、狩りを始めますか。


「たあっ!」


 ミーナがシルバリオ・シールドでロングノーズ・ボアの鼻をいなし、シルバリオ・ソードを叩きこむ。

 顔に傷を付けられたロングノーズ・ボアは、怒り顔でミーナ向かって突進してきたが、ミーナはシルバリオ・シールドとシールディング、土属性魔法アースマジック、念動魔法を使って壁を作り、しっかりと防いだ。


「ふっ!」


 その壁に激突して軽く目を回したロングノーズ・ボアの目に、フラムが2本同時に射た矢が突き刺さり、視界を奪う。


「ヒヒ~ン!」


 そしてミーナの従魔、バトル・ホースのブリーズが、土属性魔法アースマジックを体に纏いながら突っ込んだ。

 ブリーズの突進を受けたロングノーズ・ボアはそのまま吹き飛んでいき、そこに再びフラムの矢が突き刺さり、トドメとばかりにミーナが頭にシルバリオ・ソードを突き刺して終了だ。


 もう1匹はというと、俺が攻撃を防ぎまくったこともあるが、徐々に苛立ってきてるのが分かる。


「スピカ!」

「ブルルッ!」


 マナの合図で、土属性魔法アースマジックで作り出した土の槍を放つスピカ。

 何度か戦ってるとこは見てるが、精度が上がってきてるな。

 その土の槍が命中し、悲鳴を上げるロングノーズ・ボアだが、そこにユーリとユーリが契約した水の精霊ラクスのアクア・アローが直撃する。


「せやあっ!」


 そしてリカさんが、ラピスライト・レイピアで鼻を叩き斬る。

 そこにスピカが巨大な土の槍を纏いながら突っ込んで、こちらも終了だ。


「へえ。けっこうあっさり倒せたね」

「大和君が攻撃を引き付けてくれたからよ。そうじゃなかったら、どうなってたことやら」

「そうですね。私もですが、ラクスも戦闘には不慣れですから、どうしたらいいのか分からなかったところはあります」


 ユーリの肩の上で、ウンウンと首を縦に振って答えるラクス。

 精霊は喋れないが、契約者と意思疎通はできるそうだから、従魔や召喚獣みたいに一々指示を出さなくていいのは便利なんだそうだ。

 まあ契約者以外の命令は聞かないそうだから、融通の利かないとこもあるみたいだが。


「ミーナとフラムは、ブリーズとの連携も含めて、だいぶ慣れてきたわね」

「おかげさまで何とか」

「ミーナさんと組むことは多いですから」


 ミーナとフラムは、見ていて危なげがなかった。

 ブリーズもミーナの指示をよく聞いてるから、無茶なことはしないしな。

 相手にもよるが、Cランクモンスター程度なら援護はしなくても大丈夫そうだ。


「ミーナとフラムはともかく、ユーリとリカはまだぎこちなさが目立つわね。慣れてないから仕方ないんだけど、もう少し思い切りがあってもいいと思うわよ」

「そう思ってはいるんですが、どうしても恐怖心がありまして」

「こればかりは慣れるしかありませんからね」


 アミスターにはいない魔物だし、それは仕方ないとこがあるよな。


「経験を積んでもらうって意味もあるんだから、焦る必要はないと思うけどな」

「そうね。そういう意味じゃマリサとヴィオラもだから、今日はあたしもフォローに徹しようかしらね」


 プリムはあまり戦ってる姿を見せるわけにはいかないから、そっちの方が良いだろうな。

 しばらくは全力で戦えないからストレスが溜まるだろうが、そこは俺がしっかりとフォローしないと。


「お、今度はサーベル・ライガーだよ」

「じゃあ私とルディアでやってみます」

「気を付けてね」

「はい」

「うん」


 サーベル・ライガーはその名の通り、牙が剣みたいに長くなってるライガー種だな。

 ストーム・ライガーより一回り大きい気がするし、微妙に体付きも違ってる気がするんだが、牙はショートソードや短剣としても使えるらしく、高値で買い取ってもらえる魔物でもある。

 魔物素材の武器は、モンスターズランクによってはハイクラスの魔力にも耐えることが出来るんだが、金属以上に加工が難しい。

 サーベル・ライガーはSランクモンスターだから、条件には当てはまっているんだが、魔物素材の武器は金属を使った武器より寿命が短い傾向がある。

 魔力強度と硬度は魔銀ミスリル以上、金剛鉄アダマンタイト以下が多く、魔物によっては神金オリハルコンにすら匹敵するが、魔力伝達率は例外なく金剛鉄アダマンタイト並かそれ以下だから、所有してるハイハンターやハイオーダーは普段使いするわけではなく、切り札として使う事が多いそうだ。

 ちなみにサーベル・ライガーの牙は、魔力強度4、硬度5、魔力伝達率2だが、Sランクモンスターの牙という事もあって魔銀ミスリルより長持ちするらしい。


 おっと、俺達の姿を見つけたのか、サーベル・ライガーがダッシュしてきやがったな。


 そのサーベル・ライガーの前に、リディアとルディアが立ち塞がった。


「はあっ!たあっ!」


 サーベル・ライガーの牙をドラグ・ブレイカーで受け止めながらいなしたリディアは、右手のドラグ・ソードで体を斬り付ける。

 サーベル・ライガーの傷は深くはないが、それでもリディアから距離を取るために後退った。


「逃がさないよ!せりゃあっ!」


 それが分かってたかのようにルディアが先回りし、顔面にアッパーを叩き込み、サーベル・ライガーの体が宙に舞う。

 そしてそれを追ったリディアが、ドラグ・ソードとドラグ・ブレイカーを同時に叩き付け、地面に落とす。

 しかし地面に落ちる寸前に、待ち構えていたルディアのドラグラップルの足刃が、サーベル・ライガーの首元に食い込んだ。

 あれは終わったな。


「相変わらず見事なコンビネーションよね」

「さすがは双子ってことですね」


 ルディアの足刃を食らったサーベル・ライガーは、首が千切れたかと思う姿を晒しているが、体もリディアの双剣が叩き込まれた傷跡がくっきりと、しかも大きく付いてるから、これだけでも死んでたんじゃないだろうか?


「どうだった?」

「見事な連携だったよ。見ていて危なげもなかったしな」

「ありがとうございます」


 リディアもルディアもハイドラゴニュートに進化してるし、武器も瑠璃色銀ルリイロカネ製だから、Sランクモンスターなら大抵は何とかできる気がする。

 実際イデアル連山じゃ、Gランクモンスター ヘビーシェル・グリズリーも倒してるからな。


「やっぱり使いやすいな、これ」


 ルディアが腕を回したり手首を回したりしながら、ドラグラップルの感触を確かめている。

 今までは手首ががっちり固定されてたし、手甲の上に手甲っていう訳のわからん装着方法だったから、クソ重かったってのもある。

 それに比べたらドラグラップルは、手甲の下は素手だから重さは半分以下になってるし、イークイッピングで瞬時に装着できるし、瑠璃色銀ルリイロカネ製だから魔力疲労や魔力劣化も気にしなくていいんだから、ルディアが喜ぶのも無理もない。


「気持ちは分かるけどね。多節剣は刃が欠けやすいのに、このラピスウィップ・エッジは大丈夫だし」


 マナも機嫌良さそうにラピスウィップ・エッジを手にしているな。

 多節剣は刀身がいくつもの節にわかれ、それを鞭のように使う武器だが、その構造上、刃が欠けやすく、扱いも難しい。

 異物を挟んだりすることもあって、節がうまく連接しないこともある。

 異物は魔力強化の対象外だから大抵の場合は異物の方が砕けるんだが、高ランクモンスターが相手だと逆に刃の方が欠けてしまう。

 しかもハイクラスの場合だと、魔力疲労や魔力劣化の問題があるから、多節剣は数ある武器の中でも、最も寿命が短いことで有名だ。


 マナが多節剣を選んだ理由は、近距離はもちろん遠距離でも攻撃ができ、相手を幻惑することもできるからだとか。

 実際に鞭はそんな側面もあるが、接近されてしまうと使いにくいから、剣としても使える多節剣がベストだってことは分かるんだが、そんな理由もあって、多節剣の使い手は少ないのが現状だ。


 だけどマナの多節剣ラピスウィップ・エッジも瑠璃色銀ルリイロカネ製だから、多少なら刃が欠けても再生するし、魔力疲労や劣化は起こさないから寿命を心配する必要もない。

 使い勝手も変わらないし、何年も多節剣を使い続けてるマナにとってはとてもありがたい話だ。


「気持ちは分かるわよ。っと、あそこにロングノーズ・ボアの群れがいるわね。せっかくだし、狩っておきましょう」

「そうしよう。欲を言えば、ジャイアント・バッファローも狩っておきたいんだけどな」

「いればいいんだけどね」


 プリムが見つけたロングノーズ・ボアは、全部で10匹以上いるな。

 少し距離はあるが、あれぐらいなら問題はないし、俺も1匹ぐらいは仕留めておくか。

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