客人の元王妃
「今更ではあるんだが、なんて言うべきなんだろうな……」
報告を聞いて、ラインハルト陛下が疲れた顔をしながら頭を抱えてしまった。
ハンターズギルドで買取査定を終えた俺達は、そのまま天樹城に戻ってきている。
そこで時間を作ってもらって、陛下にイデアル連山で狩ったテンペスト・ライガー、ストームボルト・パンサー、グリフォンの魔石を献上したんだが、その時のセリフがこれだ。
「イデアル連山の中央ってGランクモンスターの巣で、ハイハンターだって足を踏み入れない危険地帯でしょ?そんなとこに行って、よく無事だったよね」
「大和君とプリムさんはともかく、他の人にとっては特にね」
マルカ様とエリス様も、呆れ果ててる感じがするな。
「実際、どうしようかと思ったわよ。特にグリフォンなんて、見た瞬間に死を覚悟したぐらいだもの」
「でしょうねぇ……」
マナの感想に、心からの同意を返すエリス様。
いや、死なせるつもりなんて、微塵もありませんでしたよ?
「君はそうでも、遭遇した側からすればたまったものじゃないだろう。さらにその戦闘で、リディアとルディアがハイドラゴニュートに進化までしたとか、普通なら一笑に付されるぞ?」
ハイドラゴニュートに進化した双子のドラゴニュート姉妹まで、陛下に同意するかのように大きく頷く。
いや、実際に進化したのは君らなんだが?
「あのね、こんな簡単に進化できるなんて、思ってもなかったんだよ?あたし達がバレンティアを出た時ってレベル31だったんだから、進化できるとしてもまだ何年も先の話だって思ってたのに、気が付いたら進化してたなんて、人に話したって信じてもらえるわけないじゃん」
確かにそんなこと言ってたな。
戦闘中にいきなり魔力が増した感覚がしたって言ってたが、それを境に動きが良くなったから、進化したのはそのタイミングだろう。
戦闘中に進化って、感覚が変わるから危険な気もするな。
「実際、危険でしたよ。マナリングはもちろんですけど、フィジカリングだって急に強くなったもんですから、今までとは感覚が変わって、すごく戦いにくかったですから」
やっぱりか。
急に動きが速くなったり力が強くなったりしたら、普通は戸惑うよな。
「いや、Cランクとかならともかく、あたし達が戦ってたのって、ほとんどがGランクモンスターだからね?ちょっとの隙が、命取りになるんだからね?」
「だからそうならないように、しっかりとフォローしてただろ?」
ルディアを狙ってたヘビーシェル・グリズリーは見逃しちまってたが、それでも普通にリディアと2人で倒してたしな。
「ちょっと待ってくれ。ヘビーシェル・グリズリーを、リディアとルディアの2人で、普通に倒せたのか?」
「え?あ、はい。進化して少し慣れた頃でしょうか。ルディアが予想より大きく後退してしまったため、そこにいたヘビーシェル・グリズリーに狙われたんです」
ああ、なんでヘビーシェル・グリズリーのとこまで下がったのかと思ってたら、進化の影響だったのか。
「ヤバいと思った時にはもう遅くて、右手を振り下ろしてきたんだけど、何とか受け止めることはできました」
「受け止めたって、ヘビーシェル・グリズリーの一撃を?」
「はい。もちろんG-Uランクモンスターだってことは知ってますし、あたしも受け止められるとは思いませんでしたけど、その時はそんなこと考える余裕はなかったです」
それはそうだろう。
それでもあのままじゃ力負けしそうだったから、俺も急いで援護しなきゃって思ってたんだからな。
「その後すぐに、姉さんがヘビーシェル・グリズリーの右腕を切り落としてくれたから、あたしはそのままバク転しながら蹴り上げて、同時に足刃で斬り付けたんです」
そのヘビーシェル・グリズリーの死体、けっこうグロいことになってたな。
けど、見事なサマーソルトキックだったぞ。
「なるほどな」
「進化した直後だし、戦闘中でもあったんだから、魔力のことを気にする余裕はなかったはずよね?」
「ありませんでしたね」
「それでいて、進化した直後にヘビーシェル・グリズリーを2人で狩れたってことは、これも合金の強度と魔力を制限しなくて済んだ恩恵ってことになるのかな?」
ああ、そういや
「そうなるだろうな。大和君、明日はマリアンヌ王女達の処刑があるから無理だが、明後日は休暇になっている。私もイデアル連山に連れて行ってくれないか?」
突然そんなことを言い出す、この国の新王陛下。
「ちょ!何を言い出すのよ!仮にも国王がそんな危険地帯に行くなんて、もしものことがあったらどうするつもり!?」
当然のように、マナが反対するが、俺も気持ちとしては同じだ。
「大和君とプリムがいるんだから、余程のことがあっても大丈夫だろう。それに私も、個人的に興味があるんだ」
Gランクモンスターを、少数で倒せるかもってことが?
確かに今までのGランクモンスターは10人以上で倒してたらしいし、実際にリディアとルディアだけじゃなく、ホーリー・グレイブだってハイクラス5人でG-Iランクモンスターのオーク・プリンセスを倒してるから、今までより楽に倒せるようになってる可能性はある。
ラインハルト陛下はハイエルフのSランクハンターだから、気になる気持ちは分からんでもない。
さすがに一国の王を、アライアンスなんぞに狩り出すことはないだろうが。
「あ、それならあたしも行ってみたい」
「私も。ガリアやエスペランサ以外の宝樹は見たことないから、一度ぐらいは見てみたいわ」
マルカ様とエリス様も参加希望か。
「それはともかく、移動手段はどうするんです?俺達はジェイドとフロライト、シリウスに乗っていきましたけど、もういっぱいいっぱいですし」
「あ、それなら俺は留守番してます」
「わたしもぉ」
移動手段がないってことで断ろうと思ってたら、ラウスとレベッカが留守番を申し出てきた。
「私もそうさせてください」
「私もです。実は帰りの道中から体が怠くなってきていて、少し気分も優れないので」
ミーナとフラムも留守番か。
って、ちょっと待て。
気分が優れなくて体が怠い?
「風邪か?ちょっと診ていいか?」
「はい」
「『エグザミニング』。……風邪じゃないみたいだな。でも熱はあるみたいだし……」
エグザミニングは病気も診察できるんだが、使用者が知識として知ってないと正確な診察はできないから、今の俺じゃ熱があって体中の筋肉が疲労してることぐらいしか分からないな。
「後で母様に診てもらった方がいいわね。多分今日の戦闘の疲れが出たんだろうから、大事にはならないと思うけど」
それが良さそうだな。
となると、本当に4人はしばらく狩りには行けなさそうだな。
「そういうわけですから、遠慮なく陛下方をお連れできると思いますよ」
「私達としてはありがたいが、本当に構わないのか?」
「はい。こんな体でついて行っても、足を引っ張るだけで済むかも分かりませんから」
「ハンターですから、体は第一に考えないとって思ってます」
ハンターに限らずオーダーもだが、体調不良での戦闘は自殺行為みたいなもんだからな。
「諦めなさい、マナ。宝樹もそうだけど、断る理由が無くなっちゃったんだから」
「まあねぇ……」
そこは俺が、しっかりとお守りさせていただきますよ。
「マナも諦めたみたいなので、明後日は俺、プリム、マナ、リディア、ルディアで護衛って形になりますけど、それでも良いですか?」
「十分だ」
「護衛っていう意味じゃ、大和君以上の人はいないしね」
マルカ様のセリフに、うんうんと首を縦に振るエリス様。
そうまで評価されてると、さすがに気恥ずかしいものがあるな。
明後日はしっかりと護衛させてもらいます。
「楽しみにしておくよ。それとミーナ達を休ませる前に、君達が助けた貴族令嬢についても説明しておこう」
お、それは俺も気になってたな。
「あの子はレティセンシアとの国境を守っている、ドナート・ベルンシュタイン伯爵の令嬢だ。名前はキャロル・ベルンシュタイン。ドナート伯爵は3人の妻を娶っているが生まれたのはキャロルだけで、あの子を凄く可愛がっているんだ」
それを聞いただけで、なんでレティセンシアがあの子を狙ったのか、分かってしまった。
「予想はしてたけど、キャロルを人質にして、ドナート伯爵を裏切らせようって考えてたワケね」
「まだ尋問中だが、ほぼ間違いないだろうな。レティセンシアの挙兵に備えて、ベルンシュタイン伯爵領のオーダーズギルドには臨戦態勢を取らせているが、ドナート伯爵がレティセンシア側についてしまえば、北部の戦況はどうなるか分からない」
オーダーズギルドは国王直属の組織だから、領主であってもどうすることもできないんだが、情報を流すことは十分にできる。
だからオーダーズギルドの配置とか戦力とかを流すだけで、戦況はレティセンシアに有利になる可能性はあり得る。
「ドナート伯爵にも聞いてみたが、キャロルは今日の昼過ぎに、何者かによって連れ去られていたことも分かった。その何者かだが、近隣の街から依頼を受けたレティセンシアのハンターだということも判明し、死亡も確認されている」
「もしかして、獣車で死んでた3人が?」
「そうみたいだよ。多分、口封ってことで殺されたんじゃないかな?」
レティセンシアなら、それぐらいはやりかねないな。
だけど気になるのは、そのハンターもだが、キャロルって子も獣車に乗ってて、しかもキャロルも傷を負わされてたぞ。
人質にしようってんなら、生かしておかないと意味ないだろうに。
「俺が聞いた限りじゃ、そのキャロル様を人質にするために連れて行くって言ってたんですけど、なんでそのキャロル様も怪我をしてたんですか?」
その場の状況に一番詳しいのは直接助けたラウスだから、気にもなるか。
「それはこれから聞き出すところだが、おそらくはハンターがキャロル嬢を盾にしたんだろう。だが既に致命傷を負わされていたため、キャロル嬢と共に獣車に乗り込んだ時点で力尽きた、そんなところだと思う」
それも考えられるな。
レティセンシアは他国の人間を見下しているが、国内でも貴族とかは国民のことを考えてなさそうだ。
「そのキャロル嬢だけど、傷は大丈夫だったの?」
「ああ。プリムが治療をしてくれていたおかげで、既に完治したと聞いている。もちろん、傷跡も残ってないそうだ」
全員でほぅっと息を吐く。
女の子に傷が残ったりしたら、さすがに大変だったから、俺としても一安心だ。
「それと……」
「失礼します!へ、陛下、よろしいでしょうか?」
陛下が何か言おうとした途端、宰相のラライナさんが慌ててやってきた。
「そんなに慌てるなんて、珍しいな。何かあったのか?」
「お耳を……」
「分かった」
首を傾げるラインハルト陛下だが、内容は気になるし、緊急ってこともあり得るからすぐにラライナさんに耳を貸し、内容を聞き始めた。
「……それは本当か?」
「御意にございます」
ラライナさんの報告に顔色を変えた陛下だが、すぐに何をすべきかを決めたみたいだ。
「わかった。迎えに……」
「ただいまー!」
ところがそれより早く、嵐がやってきた。
元気よく帰宅の挨拶を告げたのは、黒髪を耳より長い所で切り揃えた20代半ばぐらいに見えるヒューマンの女性だった。
というか、日本人じゃね?
「お帰りなさい、サユリおばあ様」
「お帰りなさいませ」
「ただいま、エリス、マルカ」
サユリってことは、この人が俺と同じ
「曾祖母殿、お帰りなさい。今回はどこまで行かれていたのですか?」
「ガリアの手前かな。それよりライ、あなた、王位を継いだんだって?」
「ええ。色々ありましたから」
サユリ様に苦笑しながら答えるラインハルト陛下だが、確かに色々ありましたよねぇ。
「それとマナ、まさかあなたが結婚するとは思わなかったけど、良い人に会えたみたいね。おめでとう」
「ありがとうございます、サユリおばあ様」
マナの結婚のことも知ってるのか。
まあ大体的に広めてたし、夜は街に泊まってたはずだから、知る機会はそれなりにあるか。
「プリム、無事で良かったわ。今更だけど、自分の家だと思ってゆっくりしてね」
「ありがとうございます、サユリ様」
プリムも面識があるって言ってたな。
心配もしてくれてたみたいだから、当初のプリムの心配は完全に杞憂だったことになる。
それはそれで良かったと思う。
「そして、あなたが私と同じ
「あ、はい。今はプリムと結婚して、ヤマト・ハイドランシア・ミカミと名乗ってます」
「手が早い子よねぇ。覚悟を決めるのが早かったって言い換えてもいいけど」
貶されてるのか褒められてるのか、微妙な気がするな。
確かにヘリオスオーブに来て10日ぐらいで結婚したから、手が早いって言われても否定できないが。
それにしても、確か107歳って聞いてるけど、マジでそうは見えんぞ。
「同じ世界からの
「父上なら工房だと思いますが?」
「やっぱりか。まあ大和君がいるんだし、合金の話も聞けるかな」
俺が提案したってことは公表されてないはずだが、俺達の世界の技術ってことは予想付くのか。
「それはそうと、そっちの子達、早く休ませてあげなさい。大事には至らないけど、放っておくと長引くわよ?」
そっちの子達って……ミーナ、フラム、ラウス、レベッカか?
え?もしかしてサユリ様って、みんなの症状がわかるの?
「サユリおばあ様、ミーナ達の症状がわかるんですか?」
「ええ。急激にレベルが上がった反動でしょ?急性魔動症って呼ばれてるわね」
急性魔動症?
それに急激にレベルが上がった反動って、どういうこと?
「最近じゃ珍しいけど、昔はそれなりにいたのよ。と言っても、
それはそれで不安になるが、急性魔動症っていうのは短期間で急激にレベルが上がった反動で、魔力が肉体を蝕んでいる症状のことだそうだ。
言われてみると、心当たりがあり過ぎるな。
「でもサユリおばあ様、それを言うなら私だってレベルが上がってハイエルフになったし、リディアとルディアだって同じ理由でハイドラゴニュートに進化してるんですよ?なんで私達は平気なんですか?」
「それは簡単。ハイクラスに進化したからよ。ハイクラスに進化すると、自己治癒力も上がるでしょう?そのおかげで魔力が体を蝕むより早く回復できるから、ハイクラスは罹患してもすぐに治っちゃうのよ」
「そ、そうなんですか?」
うーわー、そういうことなのかよ。
つまりマナもリディアもルディアも、その急性魔動症ってのに罹る心配は無いってことか。
「そういうことね。ちなみにエンシェントクラスになると、病気そのものに罹らなくなるって言われてるけど、体に無理をかけると熱を出すことはあるから、そこは注意が必要ね」
それも経験則なんだろうな。
「さすがはOランクヒーラーですね。私はそんなこと、知りませんでした」
「そりゃ急性魔動症なんて、PランクかMランクの昇格試験だからね。ちょっと待ってね。『エリア・ディスペリング』。どう?」
「あ、少し楽になりました」
「あ、ありがとうございます」
エリア・ディスペリングって、確か範囲内の人全ての毒なんかを取り除く
「エリア・ディスペリングって、確か毒の知識がないと、効果が無かったはずではありませんか?」
「そうよ。だからヒーラーは、毒物についてもしっかりと学ばないといけないわ。でも意外と知られていないけど、魔力も毒物に含まれているのよ」
マジか。
魔力が毒って、そんなことは考えたこともなかったぞ。
「クラフター視点で見ると、ハイクラスの魔力は
「あ、なるほど」
勉強になるな。
さすがはヒーラーズギルドの設立者だ。
「もう少しお話してたいけど、この子達を安静にさせてあげないといけないから、今日はお暇するわ。ライ、しばらくは王都にいるつもりだから、後で予定を教えてもらえる?」
俺も聞きたいことは色々あるが、みんなを安静にさせるって意見には賛成だ。
明日は予定があるし、明後日は陛下達と狩りだから、落ち着いて話せるとしたら明後日以降になりそうだけどな。
「わかりました。後で持っていかせます」
「ええ。それと、レストは?」
「今は乳母が付いて、いつもの所にいると思います」
「あそこね。それじゃ久しぶりに、顔を見てこようかしらね」
レスハイト殿下は、サユリ様からしたら玄孫になるんだったか。
可愛い盛りだから、会いたいって気持ちもわからなくもないな。
それにしても、このタイミングで会えるとは思わなかったな。
見た目通り活発そうな人だったけど、ヒーラーとしての腕はもちろん、知識も一流以上だって感じたぞ。
OランクヒーラーでありOランククラフターだから、今度ゆっくりと話してみたいな。
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