イデアル連山

Side・ミーナ


 昨夜は私の番でしたから、たっぷりと愛していただけました。

 もちろん皆さんもです。


 バレンティアに行くことも決まりましたが、すぐにというわけではありませんから、私達は予定通り、大和さんのジェイド、プリムさんのフロライト、そしてマナ様のシリウスに乗り、空からイデアル連山に向かいました。

 王都を出発してから既に4時間程ですが、成果はかなりのものです。


「ねえフラム、さっきのでどれだけ狩ったの?」

「全部で67匹ですね。内訳はどうされますか?」

「怖いけど教えて」

「はい。ロック・ボア12匹、ストーム・ライガー4匹、スパイク・タートル5匹、サイクロン・ライガー2匹、フェザー・ドレイク30匹、ウインガー・ドレイク3匹、そしてテンペスト・ライガーですね」


 マナ様とフラムさんが呆れながら成果をお話ししていますが、王都に住む者からすればこの成果はあり得ません。


「やっぱりテンペスト・ライガーがいたのか……。サイクロン・ライガーの時点で警戒態勢になるのに、その上まで……」


 マナ様が呆れながらも驚かれいますが、無理もありません。

 テンペスト・ライガーは異常種なんですから。

 ストーム・ライガーはSランクモンスターですから、希少種のサイクロン・ライガーはG-Rランク、そのライガー種の異常種ともなると、P-Iランクモンスターになってしまいます。

 こんな魔物が街まで下りてきてしまったら、王都でさえ甚大な被害を受けてしまうことは間違いありません。


「イデアル連山は未踏破地域もあるし、ハンターも好んで登ろうとしないんだから、異常種がいてもおかしくないってことじゃない?」

「あり得るな」


 プリムさんと大和さんの仰る意味も分かります。

 イデアル連山のような場所は多く、ほとんどの場所が高ランクハンターすら敬遠する程の難所となっています。

 理由としては魔物が強すぎ、ランクの低いハンターでは足手まといにしかならないからです。

 魔物1匹辺りの買取額はかなりの高額ですが、武器の買い替えや治療費などが必ず発生してしまうため、トータルで見ると赤字になることがほとんどだということも、敬遠されている理由ですね。


 ですからそういった場所は、定期的とは言いませんが、それなりの頻度でアライアンスが組まれ、調査や間引きを行っているんです。


「え?間引きはしてるのに異常種がいたんですか?」

「そんなに難しいことじゃないわよ。イデアル連山の中央は、アライアンスでも少し様子を見るだけで、踏み込むことはないんだから」

「ああ~、つまり中央には、普通に異常種がいてもおかしくないってことなんですねぇ」

「そういうこと」


 ラウス君とレベッカちゃんに説明するマナ様ですが、まさしく仰る通りです。


 異常種がどのようにして生まれるかは、諸説があります。

 有力なのは増えた同族をまとめるため、魔力溜まりの魔力で進化した、というこの2つの説ですが、他にもあった気がします。


「なるほど、つまりイデアル連山の中央、世界樹付近の魔物は、ほとんど手付かずなんだな?」

「ほとんどどころか、全くの手付かずよ。……待ちなさい、大和。まさか、あなた……」

「い、いや……そんなとこにいる魔物だって、いつ王都とか周りの街とかに下りるか分からないんだから、可能な限り狩っておくべきじゃないかな~と思ってな……」


 マナ様に詰め寄られて挙動不審になる大和さん。

 言いたいことは分かりますし、その理由も理解できるんですが、本音は素材を確保しておきたいだけですよね?


「でも私も、気持ちは分かるんですよね」


 フラムさんが大和さんに加勢するとは思いませんでしたが、大和さんもフラムさんもフィールに戻ったらクラフターズギルドへの登録を考えていますから、そのために希少な素材は確保しておきたいのでしょう。

 大和さんが何をされるかは分かりませんが、フラムさんは仕立師や裁縫師に興味があるようですから、魔物の革や毛は必要です。


「というか大和、クラフター登録はともかくとして、何をするつもりなの?」

「漠然とした考えしかないんだが、作れるか試したい物があるんだよ」

「作りたい物、ですか?」

「ああ。通信機とかな」


 通信機、ですか?

 それはどんな物なんでしょうか?


「そこからか。今って連絡や情報のやり取りって、鳥とかワイバーンとか、ハンターなんかは従魔魔法、召喚魔法を使ったりしてるけど、それでも問題はあるだろ?」

「ええ。鳥は空を飛ぶ魔物に捕食されることもあるし、ワイバーンだって似たようなものね。従魔魔法や召喚魔法を使ったやり取りは便利だけど、それでもリペトレイティングやリターニングを登録してある街にしか伝えられないから、アライアンスとかならともかく、連絡には使いにくいわ。って、まさか大和、通信機って、そんな問題を解決できる物ってことなの?」


 真っ先にマナ様が気が付かれましたが、私はまだよく分かっていません。

 分かったようなのはプリムさんだけのようです。


「完全にってわけじゃないし、出来るかも分からないんだけどな。要は遠くの、しかも任意の場所や人と直接話をできる魔導具、ってとこか。それができれば、情報の伝達速度も上がるし、事故なんかも減るだろう」

「それは……確かにそうだわ」


 大和さんの説明を聞いて、やっと理解できました。

 確かにそんなすごい魔導具ができれば、情報はすぐに伝わりますし、誤情報なんかも防げそうです。

 ハンターズギルドやクラフターズギルドにはそんな魔導具があるそうですが、それでも直接話したりなんかはできないと聞いたことがあります。


「だけどそんな魔導具、仮に出来たとしたら、すごく問題になるわよ?特にソレムネなんて、どんな手を使ってでも手に入れようと躍起になるのは間違いないし」

「でしょうね。行軍はもちろん、不測の事態にも対応しやすくなるから、もしソレムネがそんな魔導具を手に入れたら、今まで以上に侵攻が激しくなるわ」


 ここでもソレムネですか。

 大和さんが提案された合金もですが、まだ他国に公開していない理由は、必ずソレムネが動くからです。

 それも大規模な軍事行動を起こすと予想されていますから、混乱しか広がりません。

 製法を伝えたところで、天与魔法オラクルマジックを使えないソレムネでは精製することは難しいですから、いっそのこと伝えてしまえばと思ったこともあるのですが、大和さん曰く、設備を整えればできるだろうとのことですから、今ではそんなことは考えていません。

 レティセンシアも天与魔法オラクルマジックは使える人が少ないですが、こちらは既にクラフターズギルドが撤退していますし、ソレムネのように設備を整えようとすることもできないでしょう。

 それ以前に、敵国に最新技術を教える理由はありませんが。


「っと。せりゃ!まあ、そんなわけで、もし出来たらまずは陛下に献上して、陛下が渡してもいいって判断した人にだけ渡すことになるだろうな」


 木の上から奇襲をかけてきたSランクモンスター ホーネット・スパイダーを、手にしている瑠璃銀刀・薄緑で一刀両断にしながら答える大和さん。

 既に誰も驚いていませんね。


「それが無難ね」

「あとは製法も、クラフターズギルドにも公表しない方がいいかもしれません。大丈夫だとは思いますが、遠くの人と会話ができる魔導具ともなると、黙ってない人は敵国だけとは限りませんから」


 フラムさんの懸念も分かります。

 特に貴族は、絶対に欲しがりますから。

 その貴族が、もし他国と通じてたりなんかしていたら、アミスターの機密はダダ洩れになってしまいます。

 あとはトレーダーも欲しがるでしょうが、お金を稼ぐために何でもするっていうトレーダーもいますから、こちらこそ問題になりかねません。


「ま、何だかんだ言っても、まずは出来るかどうかってとこからなんだが」

「そりゃそうですよ。そもそもどうやって試すのかすら、俺には分からないですし」


 私もラウス君に同意です。

 遠くの人とお話しできる魔導具、という発想自体がありませんでしたから、何をどうすればいいのか、見当もつきませんよ。


「俺も似たようなもんだが、幸いにもヒントになりそうなもんは持ってるから、それをどこまで再現できるか、だな」


 ヒントって、刻印具がですか?


「刻印具って、通信機でもあるんだよ。ヘリオスオーブじゃ使えないが、地球じゃ誰でも持ってたし、100年以上前から普及してたから、今じゃないと生活できないとまで言われてたな」


 ひゃ、100年も前から、そんな技術があったんですか!?


「本当に凄いわね、大和の世界って……」

「もっとも、そのせいで問題も多いんだけどな。俺も全部知ってるわけじゃないけど、それでも考えられる問題ぐらいは対処しとかないと、さすがに使えないだろう」


 その辺りもしっかりと考えてらっしゃるんですね。


「そこはさすがと言っていいんだろうけど、何にしても、その通信機ってのが出来てからの話ね」

「そういうことだ。そのためにも、良い素材は確保しておきたいんだよ」


 そうだったんですね。

 魔物素材を使った魔導具は、試作は高品質で希少な素材を使い、一般に普及している魔導具は、他の素材で代用した物になります。

 ですから試作品より機能が劣ったり制限されたりしていることもよくあるのですが、それでも十分な機能を持っていますから、無くてはならない魔導具も多かったりします。

 だから高ランクモンスターの素材を手に入れておいて、フィールに帰ったらすぐに試したいって考えられているんですね。


「そういうことなら、反対はしにくいわね。でも、無茶だけはしないでよ?多分だけど、異常種が生まれてるって考えられてる魔物は、他にもいるんだから」


 そういえばハンターズギルドでも、イデアル連山に登る場合の注意事項として、いくつかの魔物が掲示されていました。

 さすがに目撃情報はありませんでしたけど、希少種がそれなりの頻度で目撃されているので、情報も集めていたはずです。

 まあ、既にテンペスト・ライガーは大和さんとプリムさんが狩ってしまってますから、心配事は1つ減ってるんですけども。


「わかってるよ。少し休憩してから、中央に行ってみよう」

「賛成です。天樹城以外の世界樹って見たことないですから、興味がありますし」


 私もラウス君と同じく、天樹城以外の世界樹は見たことがありませんから、確かに興味はあります。


 世界樹は天樹、宝樹、桜樹の3種類があり、全てピンク色の美しい花を、季節を問わず咲かせ続けています。


 天樹は王城にもなっている巨大な樹です。

 雲の上にまで伸びているんですが、どれほどの高さまであるのかは誰も確認できていません。

 王城はその天樹の一部に、天樹を利用する形で作られているので、天樹城と呼ばれているんです。

 中に入ったのは初めてでしたが、とんでもなく広くて、フラムさんはプラダ村より広いと仰っていましたね。


 桜樹は普通の樹と同じぐらいの大きさですから、だいたい5メートルぐらいでしょうか。

 木材としては最高級の逸品で、ハイクラスの魔力にすら耐えることができると言われています。

 小さいとはいえ世界樹ですから、厳正に管理されており、木材として出回るのは間伐材だけという話です。


 そして宝樹ですが、こちらもかなり巨大な樹です。

 天樹程ではありませんが、それでも数十メートルから数百メートルはあると聞いたことがあります。

 宝樹は全部で12本あると言われていて、内1本はバシオン教国の教都エスペランサで、プリスターズギルド総本部として、内部を繰り抜いて使われています。

 他にもソレムネの帝都付近のオアシス、レティセンシアの皇都付近の小島、バリエンテのガグン大森林の奥地、リベルターのテメラリオ大空壁の天辺、アレグリアのエニグマ島、トラレンシアのセリャド火山、バレンティアのウィルネス山とソルプレッサ連山の中央付近にあるそうです。

 アミスターには3本あり、場所はフィールにも来られたビスマルク・ボールマン伯爵が居を構えるガリアという街、マイライト山脈の山頂、そしてここイデアル連山の中央です。


 バシオンとバレンティアのウィルネス山、そしてガリアにある宝樹は、プリスターズギルドやドラゴニアンが聖樹として大切に、厳正に管理しているのですが、レティセンシアの宝樹はただの巨木としか見られておらず、ソレムネの宝樹に至っては素材扱いです。

 もっとも、宝樹に手を出すと神罰が下るとも言われていますから、ソレムネもロクに手出しはできていないそうですが。


 この4ヶ所以外の宝樹は、空を飛ぶ従魔を所有している人が、遠目で確認しただけだそうです。

 どこも指折りの難所ですから不用意に入れば命はありませんし、空から近付いても空を飛ぶ魔物に襲われることがありますから、降り立った人はいないんです。

 いえ、降り立つだけならできますから、生きて帰ってきた人がいない、と言い直した方がいいですね。


 ところが大和さん、そしてプリムさんなら、宝樹辺りに巣食っている魔物が相手でも、ほとんど問題になりません。

 それどころかただの素材としか見ていませんから、依頼がなくても嬉々として向かわれるでしょう。

 今がまさに、その状況です。


 普通ならユニオンメンバーとしては頭を抱えるしかないのですが、良くも悪くも慣れてしまいましたし、大和さんが私達を犠牲にすることはあり得ませんから、私達としても安心して同行することができます。

 もちろん怖いですけど興味もありますし、旦那様を頼りにして悪い事はありませんよね?

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