選民思想
Side・マナリース
私にとってもトライアル・ハーツとの狩りは久しぶりだったのに、まさかあんなことになるなんて、思ってもいなかったわ。
原因は私と同じレベル41で、ハイヒューマンのルクス。
ハイクラスへの進化はレベル41から始まるけど、多くの人はレベル44から46、プリムなんてレベル49まで進化できなかったそうだから、個人差も大きい。
だからルクスは、かなり早い段階で進化できたことになる。
だけどそれが、ルクスの性格を歪ませた原因になってしまったそうよ。
「元々、と言うのもおかしいが、ルクスは選民思想を持っているようだったな」
とは、一緒に狩りに行くことが多いお兄様の談だけど、選民思想ってどういうこと?
「ヘリオスオーブには様々な人種が存在しているが、種族間での差別はほとんどない。だから言いにくいんだが、肌の色や言語で差別が行われている
「気にしないでください。実際その通りだし、今でも大なり小なりの問題になってるんですから」
昔よりはマシになってるけど、それでも宗教が絡んでくることもあるそうだから、確かに根の深そうな問題ね。
「だがヘリオスオーブには、進化という現象が存在している。その進化こそが、選民思想の由縁となっているらしい。確か、ハイクラスに進化した者は神から選ばれた存在であり、人を導く存在でもある。だからこそハイクラスの言葉や行動は、何よりも優先され、人々を管理しなければならない。という意味不明な思想だったか?」
「それで合ってるわ。ルクスはレベル41でハイヒューマンに進化したことで、その思想に傾倒してしまっている節があるの。レベル41でハイクラスに進化した人は、ハイクラスの中でも一握りしかいないでしょう?」
ヘリオスオーブの選民思想について、お兄様とエリス義姉様が説明してくれたけど、正直頭が悪いんじゃないかとしか言えない内容だわ。
その理屈で行くなら、ハイクラスから進化したエンシェントクラスこそ神に選ばれ、愛される存在ってことになるんじゃないかしら?
「その通りで、確かグランド・ハンターズマスターが神聖視されていると聞いたことがあるわ。もちろんグランド・ハンターズマスターからしたら迷惑極まりないお話だし、実際にご本人もそう明言されていらっしゃるから」
でしょうね。
それなのにルクスは、エンシェントヒューマンである大和に食って掛かってるんだから、その時点で破綻してないかしら?
「あれじゃないのか?レベル41でハイヒューマンに進化できたもんだから、自分は特別に神から愛されている。だからいずれはエンシェントヒューマンへも進化できるはず、って考えてるとかだろ」
大和の予想に、私は納得してしまった。
「もしかしてルクスの奴、それを理由に、自分は特別な存在だって勘違いしてるってこと?」
「ない、とは言えないな。ルクスがハイクラスに進化したのは数ヶ月前で、その後も何度か狩りにも同行させてもらっているが、仲間のはずのノーマルハンターのことはほとんど気に掛けなくなっていたし、知り合いのハンターが魔物に襲われていたとしても、自分から助けに行くようなことはしていなかった」
それは……盛大な勘違いじゃないの。
「それもあるけど、ルクスは昔から、英雄に憧れているんだ。ハイヒューマンに進化できたことでその英雄になれるわけだから、舞い上がってるってこともあると思う」
マルカ義姉様が悲しそうに口を開く。
ルクスとは10年近い付き合いだから、変わってしまったことが信じられないのも無理もないか。
だからと言ってお兄様の言ったようなことを許せるかと聞かれると、絶対に許せないんだけど。
「それと、多分こちらの比重の方が大きいと思うんだけど、ルクスはマナ様に懸想している。これは王都でも有名だし別に彼だけではないんだけど、問題なのは彼がハイヒューマンに進化してからの数ヶ月は、マナ様に言い寄ってくる人が少なくなっていることなのよ」
そうなの?
いえ、確かにルクスからは何度も言い寄られていて、私もウンザリしてたし、お兄様やバウト達、ホーリー・グレイブが助けてくれてたんだけど、確かにここ最近は、私に言い寄ってくるハンターが少なくなったなとは思っていたのよ。
だけどエリス義姉様は、それは裏でルクスが手を回す、というより脅していたせいだって断言してきた。
トライアル・ハーツでもこの事は問題視されているそうなんだけど、事が恋愛に絡んだ話だから、どこまで効果があるかはわからない。
というより、ほとんど効果がないってことになるんじゃない?
「つまりルクスは、マナと結婚した俺を殺したいほど憎んでるけど、俺がエンシェントヒューマンだから正面から挑んでも返り討ちは必至。だけど自分は特別な存在だから、いずれは神の加護とやらでも授かって、俺からマナを奪い去るつもりだと?」
大和が面白くなさそうな顔をしているけど、私も同じような顔をしていると思う。
結婚したその日にそんな話を聞かされて、面白いわけがないもの。
「ううん、ルクスからしたら、奪い返すってことになると思う。兄さんが教えてくれたんだけど、マナ様の結婚相手は自分以外の誰も相応しくないって、酔った勢いで言い散らしてたこともあるそうだから」
面白くないにも程がある話じゃないの。
私が大和と結婚し、祝福していただいたことは、ルクスもその場にいたわけだから、知らないわけがない。
もっともあれも儀式の一環だから、祝福されないなんてことはないんだけど。
「その上で
ルディアの疑問は私にもよく分かるし、確かにルクスが何かをしてきそうな気もしてきてしまう。
だけど
いくら2日も徹夜して眠気と体力が限界に差し迫ってたとしても、お父様だってその話は耳にしてたはずだから、下賜なんかしなければ良かっただけの話なのに。
「ああ、その話か。それについては、私にも責任がある。バウトから、ルクスにも打ってあるなら、できれば下賜してほしいと聞かされていたんだ。ルクスだってハイクラスだし、何より同じレイドの仲間なんだから、その気持ちもよく分かるからね」
それはそうだけど、そのせいでトライアル・ハーツには亀裂が入っちゃったようなものなのよ?
ウイング・クレストとの関係だって良くないものになってるから、いくらバウトが希望したからって、お父様がしっかりと確認してれば、完全には無理でも、ある程度は防げたはずじゃない?
「王代陛下だって、こんなことになるとは思わなかったってことだろ。選民思想に横恋慕が重なってるんだからな」
「あたしもそう思う。いや、思いたい。ルクスの大和君を見る目に問題があったのは間違いないけど、多分陛下には、それが同じヒューマンでありながらエンシェントクラスに進化している大和君への嫉妬に見えたんじゃないかな?」
大和とマルカ義姉様がお父様をフォローしてくれてるけど、それでも私からしたら甘いとしか言えない。
その自覚があるから、レティセンシアとの戦争を見据えるために、半ば強引にお兄様に譲位したんだから。
「さすがに天樹城に忍び込むようなことはないだろうが、それでもハイクラスなんだから、正面から入ってくることは不可能じゃない。なにせトライアル・ハーツの1人で、私とも親交があるんだからな」
ああ、その可能性はあるかもしれないわ。
トライアル・ハーツだけじゃなくハイハンターが登城してくることはけっこうあるんだけど、それでも必ずレイド全員でっていう暗黙の了解がある。
だけど今のルクスは、それを無視して1人で、しかも嘘を交えて入ってくることはないとは言えない。
その場合、狙われるのはほぼ確実に私になる。
いくら城の中とは言っても天樹城は広いから、死角になるような場所も多いし、私だって1人になることはよくあるんだから、その隙を突かれたりしたら私じゃ防げない。
侍女のマリサだって無理よ。
「マルカには申し訳ないけど、もしマナ様に手を出そうとしたら、さすがに処刑は免れないわね」
「ああ。結婚している者を強引に襲うだけでも大問題なのに、それが王家の者とくれば、私としても処罰せざるを得ない。そしてその責は、トライアル・ハーツにも及ぶことになるな」
「わかってる。というか、あたしだって許さないよ。兄さん達がどう思うかはわからないけど、それでも責任は取ってもらわないと」
お兄様達がトライアル・ハーツの責任にまで言及してるけど、確かにレイドメンバーをまとめられてないって判断されてもおかしくないから、ハンターズギルドからも処罰が課されることになるでしょうね。
「面倒な。マナ、しばらくは俺から離れるなよ?1人で行動することも、なるべく避けてくれ」
「それしかないか。頼りにしてるわよ、旦那様?」
「旦那様は止めてくれ」
仮にルクスが天樹城にやってきて、私を襲おうとしても、大和と一緒にいれば大丈夫。
それに結婚したんだから、大和や同妻、婚約者達は、私の部屋に移ることになっている。
夫と同じ部屋で過ごすのは当たり前。
これは最初から決めてたことだし、何より今日は……その、初夜ってことになるんだから、一緒にいるのは当然よね。
初めてで緊張してるけど、アプリコット様がコントレセプティングを使って下さるし、プリム達からも話は聞いてるから、痛くはないのよね?
いえ、仮に痛くても、大和を受け入れるわけだから、その痛みは普通に受け入れられそうな気がするわ。
だけど初めてなんだから、優しくしてよね、旦那様?
Side・大和
俺達は、今日からマナの部屋に滞在することになる。
エド達やラウス達も、マナの部屋の近くに移されることになってるから、仮にルクスが城に来ても、早々に出くわすようなことはないだろう。
既に
ハンターが知る意味はないんだからトライアル・ハーツも知らないが、それを別にしてもルクスに教えなかったのは英断だったと思う。
「あいつ、マジかよ……」
ルクスを信用できないばかりか何かやらかすと疑ってた俺は、トライアル・ハーツが帰る際にルクスにイーグル・アイと、火性C級探索系刻印術式キャンドル・リーフを発動させている。
キャンドル・リーフは熱を発する物質を媒介にすることで視覚、聴覚情報を得ることができる術式で、特に屋内で高い効果を発揮する。
ヘリオスオーブの灯りは魔石を使っていて、熱を発してないから室内灯を利用することはできないが、それでも人間の熱があるから、まったく使えないわけじゃない。
さらにイーグル・アイを併用してるから、少なくても視覚情報はかなりの確度で得られるな。
探索系の併用は探索系の基本から一歩踏み出した技術だから、これぐらいはできない奴の方が少ないぞ。
そのイーグル・アイとキャンドル・リーフでルクスの様子を見ていた俺は、ルクスの前にレティセンシアの大使がいることに驚いた。
内容は途切れ途切れだから分かりにくいが、どうやら俺との諍いを嗅ぎ付けられたみたいだな。
場所は……どこだ、ここ?
『もし君……レティ……ンシ……れば、あ……シェン……マンの紛い……勝てる……授け……』
『嘘……ない……うな?』
『そんな……げた嘘……にある?そ……わり……は……センシ……忠誠……もらう……るが……』
タイミングが良いのか悪いのかわからないが、ルクスの奴がアミスターを裏切って、レティセンシアに行くことはほとんど確定か。
『……魔化結……使え。こ……えば、君……シェントヒューマ……凌駕し、レティセ……英雄……だろう』
魔化結晶?
しかもそれを使えって、どういうことだ?
『……王と……シェン……ンを排除……ば、……終わる。……して……英雄……』
その後、二言三言何かを言い残したレティセンシア大使は、ルクスに2つの物を手渡してからその場を後にした。
1つは魔化結晶。
そしてもう1つは……。
あの野郎、無理やりマナを自分のものにして、アミスターまで裏切るつもりか。
すぐにでも陛下に知らせたいが、あんなことがあったとはいえ、ルクスは信頼していたトライアル・ハーツのメンバーだし、俺がどうやってその情報を手に入れたのかも聞かれる。
さすがに探索系術式のことを教えるのはマズい。
例え陛下にそのつもりがなくても、貴族とかに知られたら、俺をどうこうしようって考える奴は絶対に出てくる。
なにせヘリオスオーブは監視されてるって意識がほとんどないから、探索系を使えば監視もし放題になる。
さすがに立場のある人達はスパイの存在ぐらいは警戒してるだろうが、言ってしまえばその程度だ。
だからこそ探索系術式の存在は、仲間内だけで留めておきたい。
いずれ知られることもあるだろうが、今というタイミングがマズいってのは、俺でもわかるからな。
だけど早急にルクスを止めないと、アミスターは少なからず打撃を受けるし、機密が漏れる。
面倒ではあるが、レティセンシア大使の方から責めるしかないか。
あっちは明確な敵だって断定してもいいし、フィールでのこともあるから俺が警戒してても怪しまれないだろうしな。
さすがに1人で監視ってのは無理があるが、かと言ってみんなを巻き込むわけにもいかないから、ハンターズギルドに匿名で監視依頼でも出しておくか。
そこまで考えてから、俺は探索系術式を切断した。
今日からマナとユーリも加わる。
今考えたことは、話すにしても今晩はない。
明日中になんとかするか。
何とか考えをまとめてから、俺は一度思考を切った。
プリム、ミーナ、フラム、リカさん、リディア、ルディア、そしてマナとユーリか。
頑張るとするかな。
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