亀裂
無事に結婚の儀式を終え祝福も受けた俺達は、王都のハンターズギルドへ寄って、マナのウイング・クレスト加入手続きを終えた。
マナが結婚することは、昨日の式典が終わってすぐに王都に周知されてたみたいだから、マナがハンターズギルドに入った瞬間、多くの男達から祝福され、それと同じくらいの怨嗟の視線が俺に突き刺さってきた。
中には俺がエンシェントヒューマンだって信じず、殴り掛かってきた奴もいたぞ。
丁重に気を失ってもらったけどな。
その後でラインハルト陛下とバウトさん、ヘッド・ハンターズマスターも仲裁してくれたから、余計な手間を掛けながらも手続きを終えて、そこからイデアル連山にやってきたわけだ。
あ、参列してくれたロエーナ様、サザンカ様、ユーリ、リカさん、アプリコットさん、エド、マリーナ、フィーナは王家の獣車で天樹城へ、フォールハイト夫妻は一度自宅に戻り、ディアノスさんはオーダーズギルド総本部へ出勤だそうだ。
「改めて説明するが、ここが王都から一番近いイデアル連山の入り口だ。だが入り口と言っても、高ランクモンスターが襲ってくることはよくあるから、油断してると怪我じゃすまない……はずなんだがな」
呆れたような声で説明してくれるトライアル・ハーツのリーダー バウト・ウーズさん。
その理由は簡単で、俺の足下にはSランクモンスター ストーム・ライガーとCランクモンスター ロック・ボアが転がっているからだ。
「聞いてはいたが、本当に事も無げに倒すんだな……」
「ロック・ボアを追ってきたストーム・ライガーなんて、もし見かけたら即逃げろって言われてるのにね……」
ラインハルト陛下とマルカ殿下も、大きな溜息を吐いて呆れていらっしゃる。
ストーム・ライガーは肉食で、常に餌となる魔物を狩っている。
もちろん寝てることもあるし、食休みしてることもあるんだが、普段は常に狩りをしてるから、獲物を見かけたら必ず襲い掛かってくるそうだ。
特にロック・ボアは、一度ストーム・ライガーに狙われたら100%に近い確率で狩られてしまうそうだから、それに気付かずに逃げてきたロック・ボアを狩ってしまうと、これまた100%に近い確率でストーム・ライガーと遭遇し、かなりの確率で犠牲者が出てしまうんだとか。
だからロック・ボアを追ってきたストーム・ライガーには手を出すなってのは、ハンターどころかオーダーにとっても常識となっている。
だが俺は、そのストーム・ライガーを、ロック・ボアごとまとめて倒してしまった。
それも瑠璃銀刀・薄緑で一刀両断だ。
ロック・ボアは革がオーダーズギルドで必要になるから首を落としただけだが、ストーム・ライガーは見事なまでに真ん中から真っ二つになっている。
我ながら見事な腕だと思う。
「エンシェントヒューマンだし、あんなことまでしでかしてるんだから、確かにストーム・ライガーごときは相手にならないんでしょうけど……」
「ここまで見事に真っ二つって、初めて見たぞ」
驚いていいのか呆れていいのかって感じで呟いているのは、トライアル・ハーツのハイクラス達だ。
最初に呟いたのがハイドラゴニュートのミラさん、その次の、一見すると男に見えてしまえなくもないハイエルフがレアルさんだ。
ちなみにミラさんは、バウトさんの奥さんの1人でもある。
「というかバウトよ、こいつだけじゃなくこっちの翼族も、似たような実力あるんだろ?」
「そうなんだが、さすがにこんなとこで戦うことはできないからな。やるにしても、もう少し奥に行かないとだぞ?」
ハイリクシーのソウルさんは、プリムの実力も気になってるようだ。
トライアル・ハーツはラインハルト陛下が懇意にしているレイドだから、何かの拍子に知られてしまう可能性があるってことで、先にアライアンスの件やプリムの件も伝えられている。
もちろん信頼できるハンター達だからってことが分かってたからだし、アミスター最強戦力の一角でもあるんだから、いざって時は手を貸してもらえるようにもなってるそうだが、それは俺達にも言えることなんだよな。
現在プリムは、戦いを自粛している。
イデアル連山の入口は、王都から1時間ちょいしか離れてないから、誰かが来る可能性は高い。
もし戦闘を見られてしまった場合、普通のハイクラスと違うってことは気付かれるだろうから、そこからエンシェントフォクシーに繋げられてしまう可能性もある。
人の噂は伝言ゲームみたいなとこがあるから、もしかしたらエンシェントフォクシーかもしれない、といった噂が、獣王やレオナスっていう元王子の耳に入る頃には、エンシェントフォクシーに進化している、に変わってしまう可能性だってあり得てしまう。
バレた所でアミスターの対応は変わらないし、俺も同じだが、それでも確実にひと悶着起きるから、余計な情報は極力与えたくない。
なにせレオナス元王子は、女癖は悪いし気が短いらしいんだが、それでもカリスマはあるらしいから、ほぼ確実に要らんことを仕出かすって思われてるからな。
そういうわけなのでプリムには悪いんだが、人目に付きにくいところまではおとなしくしてもらうことになったわけだ。
もちろん、危険が迫ってきた場合は別だが。
「悪いとは思うんだけど、しばらくは大和に任せることになるわね」
「まあ、事情は聞いてるし、面倒なことになるのも確実なんだから、仕方ねえんだけどな」
「というかこの辺りの魔物なら、大和さん1人でどうとでもなりますしねぇ」
余計なこと言うな、レベッカ。
「それは確かにね。イデアル連山の中央に放り込んでも、普通に生還してきそうだし」
「異常種辺りをお土産にしてね」
ルディアとリディアも悪ノリしてらっしゃる。
そんなとこに放り込まれたら、普通に死ねるに決まってるだろ!
「ちっ、うるせえ奴らだな。こんなとこまで来てるってのに、緊張感が足りねえんじゃねえのか?」
眉を顰めるのはハイヒューマンのルクスだ。
狩りに来てるってのに、油断してるようにしか見えない俺達が気に障るってとこか。
こいつは紹介されてからずっと俺に敵意を向けてきてやがるから、俺としてもいい加減ムカついてきてるんだよな。
「よっと」
「は?」
突然アイス・ランスを投げつけた俺をルクスが訝し気な目で睨むが、次の瞬間には俺達を狙ってたBランクモンスターのカモフレオンが、エリス様の背後で絶命する。
眉間にアイス・ランスが突き刺さって、頭がほとんど氷り付いたから、これで生きてたらビックリだったが。
「なっ!?」
「い、いつの間に……」
油断してたわけじゃないんだろうが、こんな距離まで来てたってのに誰も気付けなかったんだから、普通にヤバかったな。
「ありがとう、大和君」
「ご無事で何よりです」
エリス様の背後にいたわけだから、狙われてたのはエリス様で間違いないだろう。
なんでカモフレオンがエリス様を狙ったのかはわからないが、単純に一番近かったからかもしれないな。
「ルクス、お前こそ彼を意識しすぎて、注意が疎かになってたんじゃないか?」
「……シャクだが、その通りだろうな。ちっ、エンシェントヒューマンだからって周りから持ち上げられて、いい気になってたガキじゃないってことかよ」
ああ、調子に乗ってたって思われてたのか。
単純に俺という存在が面白くなかったってのもあるだろうが、こいつは思い込みが激しく、マナが自分に惚れてるって思いこんでる節があるらしいから、嫉妬も相まってるってことなんだろうな。
「これはダメだな。せっかく誘ってもらったのに悪いが、俺達は今日は戻る。こんな様じゃ、怪我で済むかも怪しいからな」
「そうしてくれると、こっちも助かるわ」
ルクスに対しては、プリムやミーナ達も気分を害してたみたいだからな。
マナは一時期とはいえ、トライアル・ハーツと行動してたことがあるから、何とも言えない顔をしてるが。
「陛下、久しぶりの狩りだってのに、申し訳ありません」
陛下達は久しぶりの狩りだから、楽しみにしてたしな。
俺は一方的に敵意を向けられてたわけだが、それでも申し訳ない気持ちになる。
「仕方ないだろう。ルクスの気持ちも、分からないわけじゃないからな」
「だけど兄さん、今のままアライアンスを組むことになったりしたら、最悪だってあり得るよ?」
「わかってる。もし彼らとアライアンスを組む場合、今のままならルクスは置いていくさ」
そうしてくれると、俺も助かる。
マルカ様の言う最悪ってのは、魔物に殺されたりアライアンスが全滅することじゃない。
もちろんそれも最悪なんだが、マルカ様が言ってるのは、ルクスが俺の寝首を搔く、あるいは偶然を装って俺を攻撃することだ。
もちろんそんなことをやってしまえば、殺されたとしても文句は言えないんだが、そのせいでアライアンス失敗なんてことになったら、責任はレイドにも及んでしまう。
当然レイド同士の関係も悪くなるし、レイド内でもギクシャクしてしまうから、場合によっては解散なんてこともあるんだが、アライアンスに参加するハンターの多くはハイクラスだから、国によっては責任を追及しないこともあるらしい。
「待てよ、リーダー。勝手なこと言ってんなよ?」
「当然だろう?アライアンスは、国の存亡をかけることだって珍しくないんだ。そんな重大な依頼に、足を引っ張るのが分かり切ってる奴を連れて行けるか。違うというなら、しっかりと証明してみせろ」
「くっ……」
ルクスも自覚はあるのか。
それでも俺を睨むのは止めてないから、俺としてもそろそろ文句の1つでも出てきそうだな。
「バウトさん、悪いんだけど、ルクスの武器を取り上げといてくれる?」
「武器というと、
「ええ。さすがに信用できないわ」
俺より先に、プリムが言っちまったか。
だけど俺も賛成だ。
さすがに他国に持ち逃げするなんて真似はしないだろうが、それでもこんな奴に使ってほしくはない。
「だそうだ。ルクス、武器を寄越せ」
「なんでだよ!?」
「いくら王代陛下から下賜された物でも、開発者がお前には持たせられないって言ってるんだよ」
「ふざけんなよ!これは俺のだ!誰にも渡すかよ!」
ルクスに下賜されたのは、
リディアと違って同じデザインをしているが、これは双剣士なら当たり前らしい。
左右のどちらからでも、変幻自在の攻撃を繰り出せることが双剣士の強みだからな。
その分一撃の威力は軽いが、それを手数で補っているし、ハイヒューマンに進化してるルクスなら、一撃の軽さだって普通に補える。
とは言っても俺だって限界に近いから、トライアル・ハーツとの関係が悪くなることを承知で、無理やり取り上げさせてもらうことも考えるか。
「勝手な奴だな、お前は」
「なんだと?」
「そもそも俺は、お前から詫びの1つも聞いてないんだが?そんな奴を、どうして信用できるんだよ?」
そう、俺はルクスから、一言も謝罪の言葉を聞いていない。
王代陛下から武器を下賜された時だって、
王代陛下は体力の限界を迎えてたから気付かなかったが、もし気付いてたらルクスには下賜されてなかったことは間違いない。
なにせ、ラインハルト陛下は気付いてたんだからな。
「あんた、ハイヒューマンに進化してから変わったよね。昔はそんな奴じゃなかったのに」
「黙れよ、マルカ!王妃になったからって、調子に乗るな!俺はいつでも、お前を殺せるんだからな!……あっ!」
バカか、こいつは。
一国の王妃をいつでも殺せるなんて、そんなことを、しかも陛下の前で言うなんて、その場で殺されても文句は言えないぞ?
「……バウト」
「申し訳ありません、陛下。ソウル、レアル、ユング、ミラ」
「分かってるよ」
「さすがに今のは、聞き捨てならないからね」
「本心でなくても、言って良い事と悪い事があります。だけどルクス、ハイヒューマンに進化してからのあなたは、何度それを繰り返しましたか?何度私達が、頭を下げたと思ってるのですか?」
トライアル・ハーツ最後のハイクラス、ハイウンディーネのユング・マグノリアさんが、ルクスに詰め寄る。
これが初めてじゃないのかよ。
「そ、それは……」
「ルクス、これが最後だ。武器を渡せ。さもなくばこの場でお前を不敬罪、ならびに王妃暗殺未遂で処断する」
「……わかった」
観念したかのように双剣を地面に突き刺し、両手を上げるルクス。
バウトさんは双剣を引き抜くと、俺に手渡してきた。
「すまなかったな、迷惑をかけちまって。あいつに代わって、俺が謝罪する」
別にバウトさんが悪いわけじゃないし、そんなものが欲しかったわけじゃないんだがな。
「バウトさん、あいつ、どうするんですか?」
「それは陛下のご判断次第だな。本気じゃなかったのかもしれないが、陛下の御前であんなことを言っちまったんだ。処刑されたとしても文句は言えねえよ」
そりゃな。
というか、俺が聞きたかったのは、ルクスがこのままトライアル・ハーツに残るのかってことだったんだが。
「バウト、今回のことはハンター同士のやり取りということで、これ以上の処罰を下すつもりはない。だが……次はないぞ?」
「こちらとしてはありがたいですが、本当に処罰されないんですか?」
「実害があったわけでは……いや、マルカは傷付いているが、襲われたわけではないからな。もし剣を突き付けたりなどしていたら、さすがに処罰せざるを得なかったが」
そりゃ王妃様に剣なんて向けたら、普通に斬り捨て御免でしょうな。
「それに武器を取り上げているのだから、処罰として不足というわけではない。王家から下賜された物を取り上げられるなど、不名誉なことでしかないからな」
「確かに」
「それとすまないが、今日は彼らに送ってもらうよ。本心ではないと私も分かっているが、それでも、な」
「当然ですね。では俺達は行きます。本当に申し訳ありませんでした」
バウトさんがそう言って、トライアル・ハーツはイデアル連山を後にした。
こんなことになるとは思わなかったが、俺に嫉妬してる奴がいて、それが原因でレイドの雰囲気をぶち壊し、さらには王妃様を殺せるなんて言う奴がいたっていう事実は、俺としても考えさせられる。
それでも武器を取り上げてからのルクスは、敵意から殺意に変わった視線を向けてきてたから、あいつが変わるのは無理だとも思うが。
さすがに殺意を向けられて黙っているわけにはいかないから、手を打つ、というか、刻印術をいくつか、こっそりと打ち込ませてもらっている。
結局、今日は狩りをする気分じゃなくなったし、みんなもルクスに対して不満を感じていたから、少しだけ魔物を狩ってから、俺達も王都に戻ることにした。
そして懸念通り、ルクスはやらかしてくれやがったな。
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