満月の誓い
明日の予定を話してたらいつの間にかバリエンテの話になってたんだが、獣王の評価は俺が思ってたよりずっと良いものだった。
確かにプリムの私情が大きなウェイトを占めていたのは間違いないが、領代だって似たような話をしてたから、俺はてっきり獣王は、暴獣王の名の通りの暴君だと思っていたんだけどな。
だけどその獣王の話になり、ラインハルト王子とマナリース姫から改めて考えるように勧められてから、プリムの様子がおかしくなった。
獣王がプリムの親父さんの処刑命令を下したのは間違いないが、話を聞くと親父さんを捕まえたのは獣王の指示ではなく、南の王爵とやらの独断だった。
そこで不正の証拠を突き付けられたため、獣王はやむなく処刑命令を下したってのが真相らしいから、ハイドランシア公爵を処刑する意図があったのかどうかは、正直判断が難しい。
だけどはっきりと分かったのは、南の王爵が敵だということだ。
獣王がハイドランシア公爵の処刑命令を下したことは、国家反逆の明確な証拠を突き付けられたためだから、これは王としては当然のことだ。
国家反逆罪を許すような王は必ず舐められるし、国内も不安定になるんだから、しっかりと罪は償う必要がある。
だけどもしかしたら、国家反逆罪を犯していたのはその南の王爵、ギルファ・トライアルという男なのかもしれない。
っと、それは今考えることじゃない。
「プリム、落ち着け」
「ん……ごめん、大和」
元気がないな。
気にするなってのは無理だろうが、それでも考え過ぎは体に毒だから、ここらで一度考えることを止めさせないと。
「プリム、考えるなとは言わないけど、それでもここで考えても真実が分かるわけじゃない。本当はプリムの思ってる通りなのかもしれないんだからな」
「それは……確かにね。プリムに思い返してもらいはしたけど、別にあなたを責めてるわけじゃないんだから」
マナリース姫も気を遣って、プリムの思考が負の螺旋に陥るのを防ごうとしている。
こういう時って悪い方にばかり考えて、その結果思い詰めて行動に移るってことも多いから、それは避けないといけない。
「……そうね。ごめん、大和、マナ」
まだ思い詰めた顔してるな。
どうしたもんかね……。
「そうだ、大和」
「はい?」
どうしたもんかと考えてると、突然マナリース姫に声を掛けられた。
「正式な公表は明日だけど、ユーリは婚約者に、私は明後日にはあなたと結婚するんだから、敬語じゃなくて普段通りに話してくれない?」
「そうですよ、大和様。それと私のことは、ユーリとお呼びください」
あー、そう来たか。
話題を変えるためっていうのもあるんだろうけど、確かに婚約したんだし、せっかくだからこの話に乗らせてもらうとするか。
「わかった。じゃあユーリ、それからマナって呼ばせてもらってもいいか?」
「もちろんです!」
「と、当然じゃない」
ユーリは嬉しそうにしてるが、マナの方は照れてるな。
自分で話を振っておいて、それはないんじゃないかい?
っと、その話に乗って、もう1つあったな。
「それとユーリ、様付けはやめてくれ。いい加減、むずがゆくて仕方ない」
「ですが旦那様を呼ぶわけですから、やはり大和様とお呼びさせていただきたいのですが?」
「いや、せめてさん付けにしてくれ。別に俺は貴族じゃないし、ただのハンターに過ぎないんだからな」
ずっと様付けだったから、この機会に是非改めてもらいたい。
「いえ、やはり旦那様になる方を、呼び捨てはもちろん、さん付けなどできません。ですから私は、これまで通り大和様と呼ばせていただきます」
頑固だね、この子は!
「ふふ、大和、ユーリは頑固だから、一度決めたら絶対に変えないわよ?」
お、プリムの雰囲気も、少しは和らいだか。
「いや、そうは言われてもな……」
「男なんだし、これぐらいは受け入れたら?」
「そうですね。旦那様の呼び方ぐらい、好きにさせてあげるべきですよ」
話に乗ってきたのか、ルディアとミーナも参加してきた。
「それなら私も、旦那様と呼ばせてもらうべきでしょうか?」
「それもいいですけど、やっぱり名前で呼びたいですから、私は今まで通り、大和さんですね」
リディアとフラムも入ってきたが、なんか俺の呼び方がどうとかで盛り上がってない?
というかリディア、旦那様だけは絶対に勘弁な?
「ハハハ、大和の呼び方って言っても、色々あるもんね。あたしは最初から呼び捨てだし、あなた、とか呼んだ方がいいかしら?」
みんなの話で和んだのか、プリムが笑ってそんなことを言ってきた。
「俺としては、名前で呼んで欲しいけどな」
あなた、って呼ばれるのはアリだが、ここまで来るとなんか違う気もするからな。
だけどプリムの顔から険が取れたみたいだから、こそばゆい話ではあったが、これぐらいなら良しとしておこう。
そう思ってたんだが、時間が経つにつれて、プリムはまた考え込むようになってしまった。
このままじゃ、マジで飛び出すかもしれないな……。
Side・プリム
深夜、みんなが寝静まったのを確認してから、あたしは客室から抜け出した。
大和の腕の中から出るのはかなりの重労働だったけど、どうしても獣王の真意を確かめたい。
あたしは今まで、獣王どころか、父様のことすら知らなさ過ぎたんだから。
「ごめん、大和、マナ、みんな。勝手するけど、許してね」
部屋を出て謝罪の言葉を呟くけど、きっとみんなは許してくれないでしょうね。
式典はまだ終わってないから、あたしの存在はもちろん、Oランクオーダーになる大和との結婚すら公表されていない。
なのにバリエンテに戻ったりしたら、レオナスに見つかる可能性だって低くはない。
そうなったらあたしの意思に関係なく、あたしはレオナスの婚約者ってことにされてしまうだろうし、アミスターだって裏切ってしまうことになる。
それは分かっているのに、どうしてもこの気持ちが抑えられないのよ……。
幸い、なのかは分からないけど、誰にも見つからずに城門にまで辿り着いたあたしは、大和からもらったフライ・ウインドの魔石を使って、門を飛び越えようとした。
王城にも従魔召喚、送還魔法を使える場所はあるから、既に許可をもらってフロライト、ジェイド、ミーナのバトル・ホース、ブリーズ、母様のグラントプス、オネストは召喚して、厩務員にお世話をお願いしてある。
だけどフロライトで行こうとすれば、厩務員から陛下に報告が行ってしまうし、ジェイドも追ってくるかもしれない。
何よりこれはあたしの我儘だから、フロライトを巻き込むつもりはないわ。
だから大和からもらった魔石に魔力を込めて、そのまま1人で飛んでいくつもり……。
「え?な、なんで……?もしかして、魔力切れ?」
そう思ってたんだけど、魔石のフライ・ウインドは発動しなかった。
刻印術のことは分からないあたしだけど、魔石の魔力が切れてしまえば、使われている魔導具が動かなくなることは誰でも知っている。
だから魔石の魔力が切れたのかと思ったんだけど……いえ、そんなことはないわ。
だってこの魔石は、ウインド・ウルフの魔石なんだから。
B-Rランクモンスターではあるけど、フライ・ウインドは風属性の刻印術だから、風の魔石との相性は良い。
最初はグリーン・ウルフの魔石を使ってたんだけど、それでも何日も使えてたんだから、もらったばかりのウインド・ウルフの魔石が魔力切れになるなんてことは考えられない。
「なのに、なんで発動しないの?」
「そりゃ、俺が止めてるからだよ」
「えっ!?」
突然声を掛けられて驚いたあたしは、思わず声の主に振り返ってしまった。
「そのフライ・ウインドは俺が付与させた術式だし、対象干渉系術式だからな。これぐらいのことは朝飯前だ」
「や、大和?」
「やっぱりバリエンテに行こうとしたな」
「わ、分かってたの?」
「あれだけ思い詰めた顔してりゃな」
バレてた。
裏切るつもりはなかったけど、そう思われても仕方ないことをしてたんだから、大和が呆れるのも無理はない。
無理はないんだけど……あたしの頭は真っ白になって、どうやって大和に許してもらおうかってことでいっぱいになってしまった。
「プリム、そんなに俺は頼りにならないか?」
「え?」
うろたえてたあたしに向かって、大和がとても悲しそうな顔をして、そんなことを言ってきた。
「な、何言ってるの?大和以上に頼りになる人が、この世界にいるわけないじゃない!」
あたしは心の底から、そう答えた。
大和の事は世界で一番信用しているし、頼りにもしている。
なのになんで、そんなこと聞くの?
「だったらなんで、1人でバリエンテに向かおうなんて考えたんだ?」
「あ……」
そ、それは……だって、だってこれは、あたしの我儘だから……。
みんなを裏切ってまで、父様の死の真相を確かめようと考えた、あたしの……。
そう言いたかったんだけど、あたしは言葉にできなかった。
なんで……なの……?
「親父さんの死の真相が、もしかしたら違うのかもしれないって考えて、すぐにでも確かめたいって思ったんだろうけど、だからって短慮は止めてくれよ。俺やみんなだけじゃない、アプリコットさんやマナだって悲しむんだからな」
わかってる……そんなことはわかってるんだけど……だけど!
「俺が頼りになるとかならないとか、そんなことはどうでもいいんだ。だけどな、今バリエンテに行ったら、もう会えなくなるかもしれないだろ?プリムの気持ちは、俺には正確にはわからない。だけどバリエンテは、すぐ隣の国なんだ。行こうと思えば、いつでもいけるだろ?俺と違って」
「!?」
そう……そうだったわ。
国を追われたあたしだけど、それでも帰ろうと思えば帰れないわけじゃない。
だけど大和は
二度と自分の世界に、家族の下に帰ることはできない……。
もしかしたら、探せば帰る方法はあるのかもしれないけど、それでも大和は家族を、国を、世界を捨てて、ヘリオスオーブに残るって決めてくれた。
それも、あたしのために決意してくれたんだった……。
なのにあたしは、自分勝手な、我儘を優先させて、その大和を裏切ろうとしていた……。
そこまで思い至って、あたしの顔を、頬を、熱いなにかが伝って落ちた。
「ごめん……ごめん、大和!」
他に言葉は出て来なかった。
だけどあたしは大和の胸に飛び込んで、ただただ謝罪の言葉を繰り返すことしかできなかった。
「まったく、そこまで思い詰めなくてもいいだろ。国王陛下だって調べてくれてるんだし、俺がついて行ってもいいんだからな。1人じゃできなくても、2人ならできることだってあるだろ」
わかってるわよ、そんなことは。
だけど気持ちが、心がそれを許してくれなかったのよ!
今はそんなことは思ってないけど、なんであんなことを考えてたのか、そっちの方が不思議だわ!
「言いたいことは、ちゃんと泣き止んでからにしてくれよ」
そうよね。
今のあたしは、嗚咽ばっかりで言葉を出せないもの。
だけどね、大和、これだけは言わせて。
「ありがとう、大和。あたしはもう二度と、あなたを裏切らない」
そこまで言い切ると、再びあたしは嗚咽にまみれて、大和の腕の中で泣き続け、そんなあたしを、大和は優しく包み込んでくれた。
常に満月のヘリオスオーブの月は、そんなあたし達を、いつまでも照らし続けてくれていた。
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