王太子の憂鬱
Side・ラインハルト
フィールのオーダーズマスター レックス・フォールハイトの報告を聞き、私は未だかつてない程の頭痛に苛まれている。
フィールのあるマイライト山脈に終焉種が出現していたことだけでも大問題だというのに、さらに災害種まで多数いたというのだから、本気でフィールの放棄を考えなければならない程の事態だった。
終焉種は異常種を産むとされているから、異常種がいたことは理解できなくもない。
だが、さらに災害種まで多数となると、フィールの放棄で済めば御の字、最悪の場合はアミスターが滅亡していたかもしれない。
だというのに、その終焉種を含めての討伐成功、しかもそれぞれが単独でと言われても、信じられるわけがない。
しかも無傷でだと言うのだから、荒唐無稽にも程がある。
普通なら、こんな報告はデタラメだと断じ、報告しているオーダーズマスター レックスにも厳しい処罰が下ることになるのだが、ヒアリングによる尋問すら辞さないと明言している以上、虚偽とは考えにくい。
さらに証拠まである以上、信じないわけにもいかない……。
「これがその終焉種オーク・エンペラーの魔石です。魔石は魔物のランクが上がるほど、色が鮮やかになると言われています。こちらのグラン・オーク、ジャイアント・オーク、オーク・プリンス、オーク・キングの魔石と見比べていただきますと、お解りいただけるかと」
フレデリカ侯爵が証拠品として出したのが、オーク達の魔石だった。
オーク・キングの魔石は天樹城にも保管されているから、私も見たことがある。
真紅に輝く、美しい魔石だ。
オーク・プリンスの魔石も鮮やかな紅色だから、これも分かる。
ジャイアント・オークの魔石はそれより薄く、グラン・オークの魔石になるとほとんどピンクに近い。
通常種のオークは白に近い赤だから、見比べてみると違いがよく分かる。
そして問題のオーク・エンペラーの魔石だが、驚いたことに赤黒い。
色が強くなりすぎて、黒ずんできてしまったという印象だ。
終焉種の魔石などどこの国も所有していないし、見たことがある者もいない。
だから判断は難しいが、それでも明確に他の魔石とは違うと断言できる。
「これは……何というか、禍々しいな……」
「ですね……」
「だけどこの魔石から感じる魔力は……災害種の魔石よりとんでもないわよ?」
アソシエイト・オーダーズマスター ディアノスの言う通り、禍々しい雰囲気が漂っているし、マナの言うように感じられる魔力は災害種の比ではない。
これほどの物を見せられた以上、この魔石が終焉種の物であることを疑うことはできないな……。
「終焉種が討伐されたのは歴史上初めてのことですので、こちらのオーク・エンペラーの魔石、そしてオーク・エンプレスの魔石は、陛下に献上させていただくために持参致しました。お納めください」
「これほどの物を献上か。まさに国宝級だが、体のいい厄介払いのような気もするな」
苦笑しながらオーク・エンペラー、そしてオーク・エンプレスの魔石を受け取る父上。
確かにこれほどの魔石となると、間違いなく国宝級だ。
だが同時に、所有していることを公にできる物でもない。
城の宝物庫でも隠しきれるかは疑問だが、それでも貴族家に置くよりは秘密は漏れにくい。
そう考えると、確かに厄介払いという気もしてくるな。
「それと陛下、この場にはミューズもお呼びいただきたかったのですが、何故彼女はこの場にいないのでしょうか?」
「レベルがトールマン、ディアノスを超えてしまった件か。私も呼ぶつもりだったのだが、トールマンからオーダーズギルドの問題だと進言されてしまったし、殉職したオーダーの家族に、早急に遺体を返還したいと言われてしまってな。気持ちも分かるから、そちらに行かせることにしたのだ」
「ミューズ、逃げたわね……」
フレデリカ侯爵の呟きは、幸いにも父上の耳には届かなかったようだ。
だがハイエルフの私にはしっかりと聞こえてしまったから、おそらくグランド・ハンターズマスターやトールマン、ディアノス、ロイヤル・オーダー達にも聞こえていただろう。
まあミューズの気持ちも分かるから、あまりツッコみたくないところだが。
私がミューズの立場でも、理由を付けて逃げていただろうからな。
「レックス、イリスもレベル50を超えたと聞いているが、相違ないか?」
「はっ。こちらが我々のオーダーズライセンスです」
父上に向かって、オーダーズライセンスを提示するレックスとイリス。
間違いなく超えているな。
「参考までに、と申し上げるのもおかしな話なのですが、アライアンスに参加する前のレベルは、私が47、イリスが48でした。ミューズさんもですが、参加した全てのオーダーが、最低でも3つはレベルが上がっています」
……は?
一度のアライアンスで、一気に3つもレベルアップ?
な、なんだそれは!?
「そ、そんな話、聞いたこともないわよ!?」
「それについてですが、こちらのエンシェントハンター大和殿から、1つの仮説が提示されています」
仮説?
レベルアップについてのか?
「どのような仮説なのだ?」
「はい。ご存知の通り、ハイクラスの魔力は
私も心当たりがあるし、ロイヤル・オーダー達も思うところがあるのか、大きく頷いている。
「ですが今回のアライアンスで使用した武器は、エンシェントクラスの魔力にも耐えることができるため、ハイクラスの我々が全力で魔力を使用しても、魔力疲労や劣化を起こすことはなかったのです」
先程聞いた
確かにエンシェントクラスの2人が使っても問題なかったと聞いているが、それとレベルアップがどう繋がるというのか?
「魔力を十全に使うことができないため、ハイクラスはレベルが上がりにくいのではないか、というのが彼の仮説であります」
魔力を十全に使えないから、か。
確かに武器が壊れることを避けるために、魔力を抑えて使うことはハイクラスの常識だが、だからといってレベルが上がらないわけでは……。
「そうか、レベルは魔力の扱いも関係していると言われている。事実、レベルの高い者は、魔力の扱いが巧みだ。だが武器を壊さないかと言われると、そんなことはない。だから無意識レベルで魔力を抑えているんだが、それは魔力を制限していることになる」
「なるほど、その魔力の制限がなくなれば、魔力の細かい制御を気にする必要もなくなる。だから魔力を気にすることなく使えるようになり、今まで抑えていた魔力も解放され、今まで以上に全身に張り巡らせることができる。その結果が今回のレベルアップに繋がったというわけか」
トールマンとディアノスにそう言われて、私も気が付いた。
確かにそう言われると、納得ができる。
だがこれは、別の意味で大きな問題になりかねないな……。
「その説が正しいとすると、これは由々しき事態だな」
「本当にね。その新技術の副次的な効果なんだろうけど、それでも絶大な効果だわ」
父上やマナも気付いたか。
これは合金を使ったことによる副次的な効果なのは間違いないが、その効果は大きい。
大き過ぎると言ってもいい。
なにせ使用したハイクラスが、さらにレベルを上げることが出来る可能性を秘めているのだから。
このことをソレムネが知れば、我が国に戦争を仕掛けてくるだけではなく、様々な裏工作すら行い、この技術を手に入れようと目論んでくるのは間違いない。
レティセンシアはそこまで脅威ではないし、バリエンテは先に内乱になると思われるから二面作戦でも対応は可能だが、ソレムネが加わると先行きが不透明になってしまう。
しかもソレムネは、勝つためなら何をやってもいいと考えているから、最悪の場合はリベルターやアレグリアはおろか、バレンティアやトラレンシアすら巻き込む可能性がある。
そうなってしまえばフィリアス大陸は戦火に包まれ、アバリシアに付け入る隙を与えてしまうことになる。
それでは本末転倒だ。
「この技術、そして仮説は、一切の他言を無用にする必要があるな……」
先に父上がそう宣言していたが、正直私は、そこまで重くしなくてもいいと思っていた。
だが話を聞くにつれて、妥当どころか軽いのではないかとすら思えてくる。
今回の報告内容は、それほどまでの重大事だ。
「その新技術につきましてですが、開発者のエドワード・アルベルトから報告をさせていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「うむ。ライやマナから簡単に聞いてはいたが、信じられない物を作り出したものだ。さすがは我が師リチャードの孫といったところか」
「大袈裟すぎますよ。そもそもこの案は、この大和からもらったものなんですから」
彼が
私達の曾祖母サユリ・レイナ・アミスター様も、
ハイヒューマンに進化されているから見た目は30代、いや、20代でも十分通用するが、それでも100歳を超える高齢だ。
天樹城に居を設けているが、ヒーラーの少ない町や村を回られることをライフワークとされているから、城にいないことの方が多い元気な曾祖母殿だ。
「これはまた……
エドの説明は、どうやら
そしてPランククラフターでもある父上も、
「これは公表はしません。作るのに魔力を食うってのもありますが、さすがに性能が問題ですから」
「当然だな。こんなものが簡単、ではないが、それでも作るのは難しくないのだから、
そう判断を下す父上だが、目の奥には物欲しそうな光が宿っている。
グランド・クラフターズマスター アルフレッド殿もそうだったから、クラフターの性なのかもしれない。
「ですが現物はあった方が良いですから、大和達の同意も得て、こちらにある
「な、なんだと!?
驚きながらも喜色満面な父上が、そこにいた。
王の威厳もあったものじゃないな。
「はい。それと先に報告させていただきたいのですが、ハイエルフのラインハルト殿下には、
エドがそう言うと、ディアノスの顔も驚きに染まった。
「私にもか?」
「はい。その、ミーナのこともありますから」
「そうか。ならば、ありがたく受け取らせてもらおう」
ディアノスは大和君の婚約者になったミーナの父上なのだから、私に剣を贈ったことを考えると当然の話か。
「なるほど、婚約者の父のため、か。だがアソシエイト・オーダーズマスターの方が良い武器を使っているのも問題だ。トールマン、そなたの剣は私が打つぞ。この
うん、父上が調子に乗り出したな。
確かにその程度はエド達も想定内だろうが、ここいらで止めないと収拾がつかなくなる。
「僭越ながら陛下、マナリース殿下やエリス殿下、マルカ殿下の武器も必要です。ですがお1人では大変でしょう。私もお手伝い致しますよ」
そう思っていたら、アルフレッド殿まで参戦してきてしまった。
「いやいや、グランド・クラフターズマスターの好意はありがたいが、娘や息子の嫁のためなのだから、私が打つのが筋というものだ」
「いやいや、命に直結する問題なのですから、早い方が良いでしょう」
これはダメだ。
今はまだ穏やかだが、そのうち互いの罵り合いに発展するぞ。
兄弟弟子だからこそのやり取りだが、一国の王とクラフターズギルドのトップとは思えない醜い争いが繰り広げられることになるから、できればその前に止めなければ!
「アル、いい加減にしようか」
「そうよね。陛下の御前、はどうでもいいとして、お歴々がいらっしゃる前で醜態を晒すなんて、クラフターズギルドのトップとして、恥ずかしいわよ?」
奥方のエアリス殿、キャサリン殿が、慣れた手つきで止めて下さった。
父上の御前がどうでもいいなど、普通なら聞き捨てならないし、処罰されても文句は言えないんだが、ことアルフレッド殿と父上のやり取りとなると、これが初めてでもない上に兄弟弟子ということもあって、プライベートでは上下関係なく付き合っているから今更ではある。
それ以前に国王の御前だと言われても、こんな醜い争いを繰り広げているのだから、説得力そのものがない。
「陛下も、素晴らしい素材を献上されたから舞い上がるのは分かりますが、まだ公務中なのですよ?」
「そうですね。それも娘達の将来に関わる重大事です。これ以上醜い争いを続けるようなら、そのインゴットは全て没収しますよ?」
こちらも慣れた手つきで、私とマナの母上でエルフのロエーナ・レイナ・アミスター、ユーリの母上でヒューマンのサザンカ・レイナ・アミスターが止めている。
いや、サザンカ母上、さすがに没収は……。
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
「でしたら、お分かりですよね?」
「……はい」
王の威厳が、微塵も感じられないな。
市井の民の夫婦喧嘩と、何ら変わりがない。
王都でもよく見る光景だ。
「父上、母上、それにグランド・クラフターズマスターも。まだ話の途中なのですから、夫婦喧嘩は終わってからお願いします」
呆れながらも仲裁に乗り出す私だが、これも初めての事じゃないから、半ば投げやりだ。
本音を言えばどうでもいいし、飽きるまでやらせておけばいいのだが、まだ報告は残っているし明日の打ち合わせもあるのだから、止めるという選択肢しか私には用意されていない。
「あら、ごめんなさいね」
「ライ、そろそろあなたが王位を継いだ方が良いんじゃなくて?」
サザンカ母上がそんなことを言ってくるが、本音は分かっている。
王位に限らず、アミスターでは同じ職務に付けるのは、最長で30年と決められている。
これはハイクラスに進化すると、寿命が50年程延びることが大きな理由だが、他にも不正などを抑止するためという意味合いもある。
父上は即位してまだ20年程だから、あと10年は国王を続けることができる。
だが王位を退いた後は、天樹城の中に居を設け、登録しているギルドで活動しながら、自由に過ごすことが可能だ。
サユリ曾祖母殿がヒーラーズギルドやクラフターズギルドに足繁く通っているのも、既に王位や政治とは無関係だからで、今は悠々自適な生活を送られている。
祖父殿や祖母殿も健在だが、こちらも同じく登録しているギルドで活動しているため、天樹城には滅多にいないのだが。
だから父上も早く王位を退いてクラフターとして活動したいため、私に王位を譲りたがっているのだ。
王が退位すれば、当然王妃も引退ということになり、母上達も煩わしい政治の世界から身を引くことが出来るから、父上と同じ考えだ。
私は私でハンターを続けたいから、王位に関しては先延ばしにし続けている。
だがここにきて、そうも言ってられない問題が浮上してきた。
その問題が、目の前にいるレベル71のMランクハンターにしてエンシェントヒューマンの、ヤマト・ハイドランシア・ミカミの存在だ。
私が王位を継ぐことは決まっているし、
それに私はハイエルフだから、30年王位を務めあげたとしても、あと100年近くはハンターとして活動ができる。
だから可愛い妹達のためにも、私も決断するべきかもしれないな。
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