式典の打ち合わせ
王様とクラフターズギルドのトップが醜い争いを繰り広げる様を、俺達はなんとも言えない表情で見続けていた。
止めるにしてもなんて言って止めたらいいのか分からないし、そもそもどうやって止めたらいいのかも分からねえよ。
「父上、母上、それにグランド・クラフターズマスターも。まだ話の途中なのですから、夫婦喧嘩は終わってからお願いします」
ようやくラインハルト王子が仲裁に入ってくれたが、なんとなく投げやりな感があるのは気のせいだろうか?
「あら、ごめんなさいね」
「ライ、そろそろあなたが王位を継いだ方がいいんじゃなくて?」
そんな風に王妃様が、王子様に王位を勧めているな。
「今回の褒賞次第では、王位に就くことも考えていますよ」
そう返答したラインハルト王子だが、王様や王妃様からしたら意外だったようで、思わずといった風に顔を見合わせていた。
「真か、ライ?二言はないな?」
「念を押さずとも、二言はありませんよ。褒賞次第、ということに変わりはありませんが」
確かにこの後、褒賞の話も出ることになっている。
明日の式典は、その褒賞の授与式でもあるんだからな。
だけどなんとなく、イヤな予感がするな……。
「言質は取ったぞ。では早速、褒賞の話に移る」
展開早いなぁ。
いや、さっきまでグダグダになってたから、話が早いのはこっちとしても望むところか。
「報告書は受け取っているし、グランド・ハンターズマスターからも伺っている。ヤマト・ハイドランシア・ミカミ、そしてプリムローズ・ハイドランシア・ミカミ両名は、アミスター所属のハンターとして、今回の褒賞を下賜することになる」
それはそうだろうな。
プリムがどうなるかが疑問だったけど、アミスター所属って明言してくれたってことは、バリエンテがどう出てきたとしても、アミスターが風除けになってくれるって考えてもいいはずだ。
「だがプリムローズ嬢、そなたがエンシェントフォクシーだということは、可能な限り伏せておきたい。レティセンシアとの問題だけならば構わなかったのだが、さすがにそれ以外の国が絡んでくる可能性が出てきてしまった以上、余計な問題は、可能な限り避けたいのだ」
「ありがとうございます、陛下。わたしにとっては、アミスターが受け入れてくれたというだけで、十分な褒賞となります」
功績から考えると、それだけってのは問題ないか?
いや、国がバックについてくれるっていうのは結構なことなんだけどさ。
「すまぬな。だが幸いにも、そなたはそちらの大和殿と結婚している。彼への褒賞を多く加えることで、そなたの功に報いさせてもらう」
ああ、俺を盾にするってことか。
確かに夫婦なんだから、それぐらいは何の問題もないな。
「ご配慮、重ね重ね感謝致します」
深く頭を下げるプリムに倣って、俺も頭を下げる。
「うむ。ではプリムローズ嬢への褒賞は、大和殿への褒賞に含めておく。その前に、今回のアライアンスの件もある。ホーリー・グレイブはもちろん、オーダーズギルド・フィール支部へも褒賞が必要だな」
ああ、そっちも含まれるのか。
って、国が滅びるとかどうとかって言われてたから、それぐらいは出てもおかしくないか。
「ホーリー・グレイブは王都に戻り次第となるが、フィール支部のアライアンス参加者には金一封となる。またレックス、イリス。そなた達はロイヤル・オーダーになるつもりはないか?」
金一封がどれぐらいかは分からないけど、結構な額になるだろうな。
レックスさんとイリスさんはレベル50を超えたから、それもあってロイヤル・オーダーにってことなんだろうが、さすがにそれは難しいんじゃなかろうか?
「申し訳ありません、陛下。私はフィールに夫、同妻が居りますれば、お受けすることはできません」
「その者達も、王都に住居を用意すると言ってもか?」
「はっ。同妻は、フィールのバトラーズマスターですので」
さすがにバトラーズマスターが同妻ってのは予想外だったらしく、けっこう驚かれてるな。
「なるほど、そういうことならば無理にとはいくまい。ではイリスよ、そなたはフィールで今まで以上に剣を振るい、民を守るよう努めよ」
「はっ!」
バトラーズギルドが絡むから、仮にロイヤル・オーダーになるとしても、それなりの時間はかかるもんな。
「レックスよ、そなたはどうだ?」
「恐れながら陛下。私はこのまま、フィールのオーダーズマスターを続けたいと考えます」
「そなたが未だ独身であることも、関係があるということか」
「は、はっ!」
「そなたのことはディアノスも気にしていたが、先日シュタルシュタイン侯爵領領主エルディスから、報告が上がってきた。トライハイト男爵は権限を剥奪の上で蟄居引退、家督は長男が継いでおる」
おお、もう処罰が下ってたのか。
サフィアさんの話じゃ、近々最終勧告って話だったんだが……。
ああ、もしかして手紙を送った時点で既に最終勧告を行ってて、それでも態度が改められなかったから引退させたってことか?
蟄居引退ってどういう意味なのか後で聞いたら、屋敷から出ることすら許されない、事実上の終身禁固刑に近い扱いらしいから、けっこうな重罰って感じだな。
「え?」
「これで憂いもあるまい。ミューズもフィールへの赴任を希望しているが、此度のアライアンスの褒賞と考えれば認めざるを得ない故、引継ぎが済み次第、赴任ということになろう」
陛下もミューズさんのこと知ってたのか。
トールマンさんの入れ知恵かもしれないが、それもそれですごい気がする。
というかミューズさん、もう褒賞が決まってるのか。
「あ、ありがとうございます!」
レックスさんがローズマリーさんと結婚できなかった理由は、そのトライハイト男爵がレックスさんを認めず、ローズマリーさんを上級貴族家へ嫁がせようとしてたことが原因だから、そのトライハイト男爵が失脚した以上、婚約を阻む者はいなくなった。
さらにローズマリーさんは、ミューズさんのことも認めてたから、問題が完全に解決した感じにもなってる。
タイミングが良かったこともあるだろうけど、これは何よりかもしれない。
フィールに帰ったらレックスさんとローズマリーさんの剣を頼むつもりだったけど、ミューズさんのも追加してもらわないとな。
「うむ。では待たせたな、大和殿。そなたへの褒賞だ」
ついに来ましたか。
騎爵位付きでオーダーズギルドへの登録と、ユーリアナ姫との婚約って聞いてるけど、アライアンスの褒賞は含まれてないから、何が追加されたのか気になるな。
「まずはミーナ・フォールハイトの、アウトサイド・オーダー登録を認める。本来ならば領主以外のCランクオーダーは認めないのだが、ミーナは大和殿と婚約したとも聞いているし、エンシェントクラスとの縁はどのような小さなものでも欲しい。それ故に、特例として認めることになる」
これはありがたい。
ミーナもオーダーズギルドを辞める必要はなくなるから、オーダーのままでいられるしな。
それが俺との縁を繋ぐためって理由でも、エンシェントクラスは政治的な問題とは無関係じゃいられないから、それぐらいなら何の問題もない。
「あ、ありがとうございます!」
目に涙を浮かべながら、深く頭を下げるミーナ。
プリムとフラムが慰めているが、どっちも嬉しそうだな。
「それと、そなたにもアウトサイド・オーダーとして、オーダーズギルドに登録してもらいたい。ランクは
肩がこけてしまった。
騎爵位って聞いてたのに、それより上の、しかもグランド・オーダーズマスターしかいない
「ちょっ!それってグランド・オーダーズマスターより上になっちゃうんですけど!?」
「そうなるが、それは当然であろう?違うか、トールマン?」
「陛下の仰る通りです。エンシェントヒューマンに
いや、それはどうなのさ?
過去のOランクオーダーが、グランド・オーダーズマスターになったわけじゃないって話は分かったよ。
だけど俺みたいな小僧っこがいきなり出てきて、いきなりOランクオーダーなんかになったりしたら、オーダーズギルドに問題起きたりしないの?
「起きるだろうが、君がエンシェントヒューマンだということは王都でも有名だ。さらに明日の式典は貴族やオーダーも参加するのだから、君の功績を直接知ることが出来る。さすがに終焉種討伐は伏せるが、それでも異常種は何匹も単独討伐しているのだから、功績としては十分、というか、過去に類を見ない物だ」
「それを大体的に広めるわけだから、問題が起きたとしてもどうとでもできるな」
トールマンさんとディアノスさんがそう言い切るが、俺としてはやっぱり釈然としない。
「それと、これも理由なのだが、プリムローズ嬢がOランクオーダーと結婚したと公表すれば、バリエンテや反獣王組織が何を言ってこようと、大した効力もないということだ。レオナス元王子の女癖の悪さは聞いているし、考えていることも予想が付く。だがどこかのタイミングで、必ずプリムローズ嬢の存在は知られてしまう。そうなった場合、肩書がMランクハンターだけでは、そなたごとバリエンテに取り込めばいいと考えられる恐れがある。しかしOランクオーダーとなれば、アミスター所属は動かない。ゆえにレオナス元王子が何をしようが意味がないばかりか、アミスターを敵に回すことになるのだ」
そう言われてしまうと、受けざるを得ないな。
確かにハンターは国に所属しているが、国を移すことだってある。
それはハンターの自由だから、どこの国だって移動したがるハンターを止めることはできないんだが、それは俺にだって該当する。
だから俺が、例えばトラレンシアに拠点を移せば、トラレンシア所属ってことになってしまう。
だけどオーダーはアミスター騎士団のことだから、他国に行こうと所属は変わらない。
だから俺がOランクオーダーだってことを公表すれば、その俺と結婚してるプリムも、正式にアミスター所属って見られることになる。
つまりレオナス元王子がバリエンテでプリムとの婚約を捏造しようと、既にOランクオーダーである俺と結婚してるわけだから、アミスターに対する明確な敵対行為と受け取れるわけだ。
「分かりました。そういうことでしたら、お受けさせていただきます」
話を理解した俺は、躊躇なく頷いた。
場合によってはそのレオナス元王子ごと反獣王組織を潰すつもりでいたが、それだけじゃプリムを守れるかわからなかったからな。
「ありがと、大和」
嬉しそうに笑うプリムを見て、俺まで嬉しくなってきたな。
「我らとしても助かる。そなたには悪いが、これでバリエンテを牽制できる手が増えたからな」
いえいえ、こちらこそプリムを守れるわけですから、これぐらいはお安い御用です。
「そして最後になるが、本人の望みということもあり、ユーリアナをそなたに娶ってもらいたい」
これは既定路線だから、俺としても特に問題はないな。
「そしてだ、その中にマナリースも加えてもらえぬか?これも本人が希望しておるのだ」
はい?
いや、ユーリアナ姫はそういう約束だったし、朝も宰相さんに、さっきもラインハルト王子に言われてたけど、マナリース姫も?
いやいや、何でそんなことになるわけ?
マナリース姫と会ったのって、昨日よ?
「陛下、僭越ですが、なぜマナまで大和との結婚を希望しているのか、その理由を説明してもよろしいでしょうか?」
「そうだな。彼は
「はい。大和、なんでマナがそんなことを言い出したかなんだけどね、原因はあたしがマナに宛てた手紙にあるの」
プリムが送った手紙っていうと……ホーリー・グレイブが来る前にグランド・ハンターズマスターに頼んでたあれか。
なんでそれが原因になるわけ?
「その手紙に、あたしがあんたに惚れてて、決闘を挑まれて負けて、そのまま結婚したことも書いたんだけど、他にも色々とね。すごく惚気てたって言われちゃったわ」
まあ状況報告だけじゃなく結婚報告も兼ねてたみたいなもんだから、多少惚気が入るのは仕方ないんじゃないか?
「それはそうなんだけど、マナは幼馴染だし、ハンターもやってるから、あたしに勝ったあんたに興味を持ったの。それで陛下に報告してあった異常種や災害種の討伐、レティセンシアのスパイの捕縛の話も聞いて、そこから同じハンターってことで憧れになって、いつの間にか恋慕の情に変わっていっちゃったのよ」
あー、なんかそんな話は、地球でも聞いたことある気がするな。
つまり俺がどんな人間なのか考えて、情報とか集めてるうちに、それが恋心に変わっちゃったってわけなのか。
うわー、こんな場合、どんな返事したらいいのか、全然分かんねえよ!
「あたしとしては、マナの希望は叶えてあげたいって思ってる。だけど決めるのは大和だから、あんたがどんな答えを出そうと、あたしは受け入れる。みんなも同じ気持ちよ」
既にお話済みですかい、手回し良いですね。
というか、いつそんな話したのさ?
「今朝よ。庭園に行く前に、ちょっとね。もっとも、昨日の時点でそんな雰囲気を醸し出してたから、この展開は予想済みだったんだけど」
会った時点で既に、ってことですかい。
困ったことになったが、すぐに答えを出さないといけないし、マナリース姫はもちろん、ユーリアナ姫も不安そうな顔で見てらっしゃるな。
「それと、これは打算になっちゃうんだけど、ユーリとの結婚は3年後だから、それまでは婚約者ってことになる。いくらアミスター王家のお姫様でも、婚約者っていう肩書じゃそこまで強いものじゃない。だから他国が、下手をしたらレティセンシアやソレムネが王女を押し付けてくることだって考えられる」
マナリース姫は18歳だからすぐに結婚できるし、さらにその妹と貴族が婚約者に名を連ねてるから、簡単に撥ね退けられるってことか。
打算で決断ってのもどうかと思うが、俺としてもレティセンシアやソレムネの王女なんて願い下げだし、普通に断るつもりだったが、それでも風除けになるんなら、受け入れてもいいかもって思いがあるな。
「わかった。だけど打算で決めたわけじゃない。プリムの幼馴染だし、みんなも良いってことなら、俺も頑張ることにするよ」
それだけは絶対だ。
みんなと同じように、愛せるように努力しないと。
「ありがとう」
花が咲いたような笑顔で喜ぶマナリース姫。
うん、綺麗で可愛いのは知ってたけど、笑うとさらに可愛くなるな。
「感謝するぞ、大和殿」
陛下も肩の荷が下りたって感じだが、それよりも娘の幸せを願ってる父親の顔をしている。
マナリース姫の母上のロエーナ王妃、ユーリアナ姫の母上のサザンカ王妃も嬉しそうだ。
期待を裏切らないよう、頑張って幸せにします。
「ライ、構わんな?」
「お好きにどうぞ」
ん?
なんかラインハルト王子が苦笑してる気がするが、何かあったか?
「では突然ではあるが、春になってからになるが、王位をラインハルトに譲る。これは決定事項だ」
そして突然の、陛下の譲位宣言。
オーダーも驚いてるってことは、これは予定になかったな?
「と、突然ね、お父様。お兄様もあれだけ渋ってたのに、よく王位を受け入れるつもりになったわね?」
「仕方ないだろう。マナもユーリも彼に嫁ぐことになるんだ。特にマナは、王位継承権を放棄することになるんだからな」
「あー、まあそうなるんだけど……」
ハンターに嫁ぐ場合でも、王位継承権を放棄する必要はない。
だがレイドに加入するには、王位継承権が邪魔になってしまう。
つまりマナリース姫は、ウイング・クレストに加入するってことになる。
そうなると継承権は、ユーリアナ姫が二位になる。
ラインハルト王子にはレスハイト王子っていう息子がいるんだが、まだ2歳だから王位継承権は与えられていない。
10歳にならないと、王位継承権は与えられないんだとか。
ちなみに三位はテュルキス公爵が浮上してきて、その娘達が四位から七位までを占めることになるんだが、テュルキス公爵は娘ともども絶対に王位には就きたくないと明言しているから、場合によっては八位の人が王位に就く可能性があるんだとか。
いや、それはそれでマズいでしょ。
「そういうわけで、私が王位に就いても、しばらくは継承順位に変動はない。だがレスハイトが10歳になればあの子が一位になるから、ユーリは二位になるし、マナやユーリとの間に子供が生まれれば、そちらが優先されることになる」
そうですよねー。
お姫様と結婚するんだから、生まれてきた子は王位継承権があったりしますよねー。
つまり今回の唐突な譲位宣言は、今後の継承問題も含めて考えられてるってことなんですかー?
「それがないとは言わないが、最大の理由は父上が引退して、自由気ままなクラフター生活を送りたいためだ」
断言したラインハルト王子に、満面の笑みで頷く国王陛下。
マナリース姫は清水の舞台から飛び降りるつもりで、今回のことを提案したんだろうが、まさかその斜め上を行かれるとは……。
いや、一度決めたことだし、口にも出したことなんだから、責任は取るけどさ。
さっきのグランド・クラフターズマスターとのやりとりもだけど、なんか陛下がダメ親父に見えてきた気がする……。
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