結界探知
翌日はプラダ村で注文されていた商品を渡したり、近くの森から魔物を狩ったりして過ごしていたが、その翌日、俺達はプラダ村を後にした。
予定通り、オーダーの半数はプラダ村に赴任していた5人と交代し、その5人は俺達と一緒にフィールに戻ることになっている。
プラダ村から注文のあった商品は、半分ぐらいは先にフラムが代金を支払っているんだが、今回は今まで来れなかったことのお詫びの意味もあって、かなり格安で渡している。
トレーダーズマスターの指示とはいえ、トータルで見れば赤字ギリギリらしい。
異常種が現れた場合、村や小さな町が滅ぼされることも珍しくはないため、閉塞感や絶望感を払拭させ、安心感と購買意欲を刺激させるためっていう狙いもあるそうだ。
実際、プラダ村には2週間に一度来るトレーダーだが、次回のための注文がかなりの数入ってるみたいだから、トレーダーズギルドの狙いは間違ってるわけでもないみたいだな。
俺達は今、プラダ村を出て2時間ほどの所にいる。
ちょっとジェイドとフロライトに乗る必要があったから、再びジェイドを、獣車に繋いでいるところだな。
「こんな時期にフィールに行くなんて言うから、てっきり自殺志願者かと思っていたんだがな」
「それは俺達のことか?」
「他にいるか?お前達が死ぬだけならともかく、フィールが襲われでもしたら一大事なんだからな。本気で止めようかと思ったんだぞ?」
そんなことを言ってくるこの男は、プラダ村に派遣されていたオーダーの1人で、タイガリーのルーカスだ。
オーダーズギルドはレベル31になるとBランクになれるらしいが、その上のSランクになるためにはハイクラスに進化しなければならないので、Bランクは一般的なオーダーということになり、人数も一番多いそうだ。
ルーカスのレベルは32だから、Bランクオーダーになったばかりだな。
年も20歳と若く、将来有望なオーダーの1人なんだとか。
「気持ちはわかるけどね。だけどルーカス、別に嫉妬しなくてもいいんじゃない?というか、比べるのが間違ってるわよ?」
「ね、姉さんは黙っててくれよ!」
オーガのミレイナさんが、弟をからかって遊んでいる。
ミレイナさんは既婚者で、旦那さんは魔銀亭の主人だ。
プラダ村に派遣されてたから魔銀亭で会ったことはなかったんだが、まさか魔銀亭の主人とミレイナさんが結婚してるとは思わなかった。
ちなみにミレイナさんのレベルは34で、弟より若干強い。
というか、さりげなく俺が人外だって言ってませんかね?
「どうかしたのか?」
「……いや、別に」
「ミレイナ姉さんの一言が引っかかってるんでしょ。そもそもレベル50を超えたら人外だっていう評価があるのに、さらにその先のエンシェントヒューマンになっちゃってるんだから、人外っていう言葉じゃ足りない気もするよ?」
遠慮ない一言を突き刺してくるのは、ミーナと同期のオーダーで、レベル38、ハーピーのライラだ。
遠くない将来、ハイクラスに進化できると言われているオーダーの1人で、レックスさんやローズマリーさんからの評価も高い。
ミーナがCランクオーダーに昇格したことを一番喜んでくれていたが、俺と婚約したことを一番驚いてもいたな。
ミーナと同期であり、俺達と同い年でもあるから、かなりフランクに接してきてくれているんだが、元から口が悪いとも聞いている。
「誰が人外か!というかその理屈だと、プリムも人外じゃねえか!」
「うん、人外夫婦だね。というか、マジで異常種を、あんなに簡単に倒してくるとは思わなかったよ」
それを言われると反論できん。
俺達がここで停泊している理由は、俺達の前にマッド・ボアが現れたからだ。
正確には現れたんじゃなくて、俺達からケンカを売ったんだが。
マッド・ボアはグラス・ボアの異常種でS-Iランクモンスターなんだが、異常種は1つ上のランク相当の扱いになるため、Gランクモンスター相当になる。
そのマッド・ボア、ベール湖の畔でのんびりと水を飲んでいたのを、フロライトに乗って偵察に出ていたプリムが見つけた。
マッド・ボアはグラス・ボアから進化したと言われていて、さらにレティセンシアの工作員どもが魔化結晶っていうのを使った魔物でもあるため、俺やプリムだけじゃなく、ローズマリーさんも捨て置くことはできないと判断。
そのため一度停泊し、ジェイドを獣車から離して、俺とプリムが討伐に向かうことになったんだが、プリムが完成した極炎の翼を試してみたいってことだったから、俺は手を出さなかった。
マッド・ボアと正面から対峙したプリムだが、完成した極炎の翼は炎だけじゃなく、風も操ることができるみたいだ。
俺のフライ・ウインドのアシストなしで、空中で方向転換したり加速したりと、空を飛ぶとまではいかないが立体的な戦い振りを見せてくれたから、俺としても驚かされたよ。
そんなプリムの相手をしていたマッド・ボアは、極炎の翼を纏ったプリムの攻撃を食らい続けた結果、ロクに反撃もできずに命を落としていたな。
それをプリムがストレージに収納してから戻ってきたんだが、所要時間は10分程度で済んだから、ライラが呆れたように、俺とプリムを人外夫婦とぬかしてきたというわけだ。
「失礼ね」
反論したいプリムだが、実際にマッド・ボアを、しかも単独で倒したのはプリムだから、言葉にも力がない。
俺はそのプリムよりレベルが上で、さらにはエンシェントヒューマンに進化してるから、こいつは俺にもできると思ってる感じだな。
「ライラやルーカスの気持ちもわかる。異常種の単独討伐など、グランド・ハンターズマスターですら不可能と言われているからな。まあ、B-Iランクのゴブリン・プリンスやプリンセス辺りならば可能だろうが」
「それでもSランク相当ですしぃ、普通に考えると無理ですよぉ?」
キリっとした感じのするエルフがイライザさんで、レベルは41だが進化はしていない。
実家は伯爵家らしいが、上に兄が1人いるため、オーダーとして身を立てている女傑だ。
シングル・マザーでもあり、子供が1人、フィールにいる。
本来はプラダ村に赴任する予定じゃなかったそうだが、赴任予定のオーダーが魔物を狩ってる最中に大怪我を負ってしまったため、自ら志願して、プラダ村に行ったそうだ。
ちなみに子供は、フィールで雇ったバトラーが面倒を見てくれているとのこと。
おっとりとした感じのヴァンパイアがジェミニアさんで、レベルは28だ。
ジェミニアさんは子爵家の四女で、イライザ以上に家督に縁がない。
しかも実家の子爵家は、領都以外は小さな町が1つと村が2つしかないため、兄が1人と姉が3人いるジェミニアさんは、村の代官になることも難しい。
そもそも本人にそのつもりはないんだが、結婚願望はあるので、出会いを求めてオーダーズギルドに登録した変わり者でもある。
オーダーズギルドは男女の出会いの場じゃないだろうに。
ちなみに現在23歳、彼氏募集ちゅ……うおっ!!
「危ねえっ!何すんですかっ!?」
いきなりジェミニアさんに剣を振り下ろされたが、一体全体なんだってんだ!?
「なにかぁ、すっごくぅ、失礼なことをぉ、考えてたでしょぉ?」
「……なわけないだろ」
「その間はなんだ?」
イライザさんにツッコまれたが、心を読まれたかのようにピンポイントで指摘されたから、ちょっと狼狽えて出来た間です。
いや、絶対口には出さないが。
というかだな、いきなり剣を振り下ろすなよ!
怪我したらどうすんだよ!
「エンシェントヒューマンにぃ、私程度の攻撃がぁ、通用するわけないじゃないですかぁ」
ジェミニアさんの話し方はふわふわと間延びしていて力が抜けるが、確かにそうなんだよな。
魔力には個人差があり、同じレベルでもフィジカリング、マナリングの強化には差があるが、基本的にハイクラスに進化した者は、レベル20以下の攻撃をほとんど通さない。
俺はエンシェントヒューマンであり、現在のレベルは63なんだが、おそらくハイクラスに進化していなければ、俺に有効的な攻撃を加えることはできないんじゃないかって、ライナスのおっさんやレックスさんに言われている。
魔力が尽きたり、強化魔法を使ってなければ、普通に食らうけどな。
「そろそろ出発しましょう」
俺達のバカなやり取りを丸っと無視して、ローズマリーさんがそう宣言した。
休憩してたわけじゃないし、あまりゆっくりするわけにもいかないから、誰からも反対は出ず、俺達は獣車に乗り込んだ。
プラダ村から3時間ほどの距離に交差点があり、ようやくそこまで進んだ。
「そろそろ、エモシオンとの交差点ですね。時間的にも、誰かとすれ違うかもしれません。各員、念のため警戒を」
交差点は、片方がエモシオン、片方がフィールに通じている。
どちらも5,6時間ほどあれば到着できるが、場合によっては街道で野営する可能性もあるため、多くの人はプラダ村で1泊することを選ぶ。
急ぎの場合や金のないハンターなんかは、夜営することが多いらしい。
ただしバトル・ホースを使えば2時間は短縮できるという話なので、朝早くエモシオンを発てば夕方にはフィールに到着できるため、バトル・ホースを所有している人はその限りではないんだとか。
そのため、昼前という時間であっても、フィール、プラダ村のどちらにも人が行く可能性があるので、人とすれ違う可能性がある。
もっとも、これはプラダ村に行く前に聞いてたから、ソナー・ウェーブとドルフィン・アイを刻印化させた水属性の魔石を交差点に埋め込み、時々様子を見てたんだが。
ドルフィン・アイもソナー・ウェーブも探索系に分類されている刻印術で、ドルフィン・アイは大気中の水を媒介にして視覚情報を得ることができ、ソナー・ウェーブはレーダーのように人を探知できる。
なのでソナー・ウェーブで通行人を感知し、ドルフィン・アイで確認するという、探査や探知系の魔法がないこの世界では反則的な使い方をしている。
地球でこんな使い方をしたらお巡りさんに捕まって、とんでもない罰金を請求されるけどな。
なにせ刻印化の特徴は、最初に印子を込めて起動させておけば、後はその印子が尽きるか、解除するまで効果が続くんだから、気づかなければ覗き放題になる。
だから探索系は下手なB級刻印術よりも扱いが厳しく制限されてるし、最悪の場合、何十年も壁の向こうってことも十分ありえる。
幸いにもここは異世界ヘリオスオーブだから、罰金をとられる心配は皆無だし、そもそも監視されてるという意識がない。
だから監視となると、スパイや諜報員なんか、つまり人力でやるしかないみたいだ。
そんなわけで仮に魔石が見つかったとしても、そんなに珍しいものでもないし、持ち主を特定することもできないし、そもそも刻印術自体が知られてないので、逆探知される恐れもないから、遠慮なく使えるというわけだ。
刻印術を逆探知するとなると、探索系に適性を持つ人が、専用の刻印具を使ってやっとだからな。
俺の通ってた高校のOGに、それを簡単にやってのける化け物がいるが、あの人は例外中の例外だ。
その魔石に刻印化させたソナー・ウェーブに、何かが引っ掛かった。
「ん?」
「どうしたの?」
「ソナー・ウェーブに、何か引っ掛かった」
「またなの?」
プリムが呆れたように口を開く。
確かにソナー・ウェーブが反応したのは、これが初めてじゃない。
なにせ急増品ってこともあって、人ばかりか魔物にも反応しやがるもんだから、昨日も何度かドルフィン・アイで確認しなきゃいけなかったしな。
さすがに夜中にまで反応があったもんだから、道中で回収して処分することは、俺の中では決定事項だ。
「で、今度もゴブリン?」
「昨日もゴブリンでしたよね」
この辺りにいる亜人はゴブリンとオークだが、オークが街道に現れることはほとんどない。
だから街道に出る亜人となると、ゴブリンと断定してもほとんど問題はないんだが、本当に人に反応した可能性もあるから、確認しないわけにはいかない。
そう思いながら、面倒くさそうにドルフィン・アイの刻印を起動させたんだが、そこで見たのは竜と思しき翼を持った赤髪の少女と青髪の少女だった。
「ドラゴニュートの女の子ですね。同じ顔ということは、姉妹でしょうか?」
「獣車を守ってるみたいね。あの家紋は……まさか、アミスター王家!?」
刻印具に映像を投影してるから、プリムとミーナも両サイドから覗き込んでいる。
この技術は最先端で、まだ実用化されてない。
開発者が父さんと母さんの先輩だし、その人の娘さんが兄貴の恋人でもあるから、その縁で俺にも新型刻印具のテスト依頼が舞い込んできて、試験的に使ってる形になる。
まあ、異世界にまで持ち込んでしまうことになるとは思わなかったが。
それはともかくとして、ドラゴニュートの女の子達は、アミスター王家の物と思われる獣車を守っているように見える。
周囲には護衛と思われるオーダーが倒れてるから、余程の相手なんだろう。
「私にも見せてください。……なるほど、間違いなく王家の獣車ですね。それにしても、いったいどなたが……」
バトル・ホースに乗って周囲を警戒していたローズマリーさんも確認してくれたが、映っている獣車は、間違いなくアミスター王家の物らしい。
王都からフィールまでは、10日近くかかると聞いている。
その王都に報告を入れたのは数日前だから、仮に報告を受けてからすぐに動いたとしても、まだ道中の半分も来てないはずだ。
空路を使えば1日だが、それならそれでもう到着してるしな。
その理由は後で考えるとして、問題なのは襲ってる連中だ。
「彼らは……!襲ってるのはパトリオット・プライドです!」
あれがパトリオット・プライドか。
サーシェスの護衛として王都に行っていたはずだが、こんなとこで王族を襲ってるとはな。
「パトリオット・プライドがいるってことは、サーシェスもいるわね。なんでワイバーンじゃなくて、陸路を使ってるのかはわからないけど」
「不穏な気配を感じて王都を脱出してみたが、何かトラブルがあって、ワイバーンを手放さなきゃならなくなったってとこか」
「その可能性はあります。ですがここにパトリオット・プライドいて、王家の獣車を襲っているということは、非常にマズい事態です」
そりゃ王族の誰かを人質にして、そのままフィールをレティセンシアへ従属させる、ってことぐらいは考えてるだろうからな。
「あいつらの好きにさせるのもシャクだし、ここで捕まえるか」
「ええ。あのドラゴニュートの子達も証人になるから、絶対に助けないとね」
あっちからしたら、王家の者をフィールに行かせるわけにはいかないだろうからな。
さすがに、既にお姫さんが捕まってるとは思ってないだろうが、ワイバーンを使わずにこんなとこにいるってことは、王都で不穏な空気を感じて逃げ出したのは間違いないだろう。
それなのにこんなとこにいるってことは、フィールに戻ってくるつもりがあるってことだ。
もっとも、どんな手を使おうと、既に証拠は集まってるから、こいつらに逃げ場はないんだが。
「さすがにジェイドを、獣車から離してる時間はないな。俺はフライ・ウインドを使うけど、プリムはどうする?」
「行くわ。王家の誰かはわからないけど、アミスター王家には幼馴染もいるからね」
その可能性もあるんだよな。
プリムはバリエンテの公爵令嬢時代、アミスター王家のお姫様と仲良くなっていたらしい。
そのお姫様はハンターに憧れがあるそうだから、こんな事態なのに獣車から出てこないってことは考えられないとも言ってたが。
「プリム」
「ありがと、使わせてもらうわね」
俺はプリムに、フライ・ウインドを刻印化させた風の魔石を手渡した。
フロライトは獣車に繋いでないんだが、さすがにヒポグリフは目立つからな。
「クワァ……」
「ごめんね、フロライト。あなただと目立つから、今回は連れていけないのよ。また今度、一緒に空を散歩しましょう」
「クワァ……!」
「ミーナ、悪いけどジェイドとフロライトを頼んだ」
「はい、任せてください」
悲しそうな声で鳴くフロライトを宥め、ミーナに後を任せると、俺とプリムはフライ・ウインドを発動させ、交差点へ急いだ。
俺のフライ・ウインドの最高速度は時速50キロ。
プリムはまだ慣れてないが、そこは俺がフォローすればいい。
なにせ、ゆっくりしてる時間はないんだからな。
限界まで飛ばすぜぇっ!
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