買取依頼

 フレデリカ侯爵の屋敷で報告を終え、ハンターズギルドに依頼達成と買取査定に行く前に、俺達は2人でフィールの街を歩いていた。


 本当はライナスのおっさんやグランド・ハンターズマスターが、フレデリカ侯爵の獣車に送ってもらってるから、俺達もどうかって誘われたんだが、急いでるわけでもないし、息抜きもしたかったから、断らせてもらったんだよ。


 なので俺達は、腕を組みながらデートを楽しむことにしていた。


「こうやって大和と歩くのって、実は初めてよね」

「そういえばそうだな。今までは、っていうか今もなんだが、けっこうバタバタしてたし、2人だけでっていう機会はなかったな」


 昨日はミーナも交えて3人で歩いてたんだが、それはそれで楽しかったぞ。

 結婚した日はアプリコットさんもいたし、その翌日にはミーナと婚約したから、プリムと2人きりでっていうのは初めてなんだよ。

 もちろん結婚前には何度も2人で歩いてたが、その時はまだ互いに気持ちを知らなかったから、デートってわけじゃなかったしな。


「それにしても、まさか昨日の今日で、本当にエンシェントヒューマンに進化しちゃうなんてね。マリーナが喜ぶわよ?」

「……フラグは折るつもりだったんだけどな。こんなことなら、サイレント・ビーは無視しとけばよかったと思わなくもない」


 今朝マリーナに、次に会った時にエンシェントヒューマンに進化してても驚かないとか言われたが、俺はそれを思いっきり否定した。

 なのに俺は、しっかりとエンシェントヒューマンに進化してしまった。

 まさに、自分で立てたフラグを回収してしまった形だ。

 俺としては、それは避けたかったから折るつもりだったんだが、残念ながらそれは叶わなかったなぁ。

 今更というわけではないが、どうしてこうなったんだろうか?

 やっぱり、サイレント・ビーを狩りまくったのがマズかったんだろうか?


 エンシェントクラスは、レベル61以降で進化する可能性があると言われている。

 レベル71になると強制進化するらしいが、過去を見てもエンシェントクラスに到達した者は少ないため、ハイクラスへの進化と比較して推測するしかないから、まだまだ曖昧な部分があるみたいだ。


 見た目はハイクラスとほとんど変わらないが、体毛や髪、鱗などが、ハイクラスより明るい光沢をもつようになり、自分に適性のある属性魔法グループマジックの消費魔力が、かなり抑えられるようになるそうだ。

 けっこう魔力が増えるらしいのに、さらに適正属性限定とはいえ魔力消費が抑えられるなんて、かなり反則だと思う。


 レティセンシアのお姫さんを連れて森を歩いていた俺達だが、当然のように魔物に襲われたな。

 特にマーダー・ビーを倒されたことを感じ取ったのかどうかはわからないが、かなりの数のサイレント・ビーに襲撃されてしまった。

 ジェイドには荷車を引いてもらってたってのもあるが、せっかくの機会だからと思い、球状にした氷を、自在に操ることができないか試行錯誤を繰り返して開発したアイス・スフィアの実験台になってもらったんだが、最初は上手く扱うことができなかった。


 そこで、ゲームとかアニメとかじゃ、思考速度を加速させたりして使ってたことを思い出して、加速魔法アクセリングを使えないかと試してみたんだが、思ったよりもあっさり使えてしまった。

 そのおかげで、アイス・スフィアは非常に安定して使えるようになったから、思わず調子に乗ってしまったのは否めない。

 もちろんサイレント・ビーだけじゃなく、他の魔物も倒しているぞ。


「アクセリングは難しいけど、使いこなせればすごく戦闘が楽になる魔法だから、あたしも使えるようになったのは嬉しいわよ。それにアイス・スフィアみたいに炎も操れるようになれば、戦闘の幅がすごく広がるし、あとは結界とまではいかないけど、広範囲に効果を及ぼす魔法があれば、あたしの殲滅力は格段に上がる気がするわ」

「それは思うな。実際、今までの戦闘も広域系術式をかなり多用したし、無ければ面倒なことになってた事態だってあったからな」


 フラムが捕まった時やトレーダーズギルドが人質になった時は、広域対象系術式がなかったら誰かが犠牲になってた可能性もあった。

 そう考えると、ただの広域殲滅魔法よりも対象指定魔法の方が、有用性は高いかもしれないが。


 刻印具で制御されてる刻印術と違い、魔法は自分の魔力とイメージで使うから、制御に関しては刻印術に軍配が上がる。

 だけど魔法は、イメージがそのまま形になるから、刻印具を必要としない魔法の方が、咄嗟の場面じゃ有効かもしれない。

 実際アイス・スフィアは、俺の思い通りに動いてくれたからな。


「『クエスティング』。今日倒した魔物はマーダー・ビー1匹、サイレント・ビー9匹、フォレスト・ビー34匹、フォレスト・ファンガス9匹、アイアン・ビートル4匹、スタッグ・リッパー5匹、ウッド・ウルフ17匹、トレント3匹、カース・トレント1匹か。って、カース・トレント?トレントの異常種じゃない!」


 いきなりクエスティングを使ったと思ったら、今日の成果の確認をしてたのか。


 狩人魔法ハンターズマジッククエスティングの良い所は、1日に狩った魔物の数と場所を、個人単位、レイド単位で表示することができることだ。

 レイドを組んでいても個人で活動することはあるから、その場合はレイドメンバーの狩った数と合算されないで済むため、揉めることもない。


 ハンターズギルドとしても、どこにどんな魔物がいるか、異常種や災害種が出現したのはどこなのかを詳細に知ることができるから、報告の際にはクエスティングを確認しながら報告するハンターも多い。


 そんな便利な魔法だから、俺達はハンターになってすぐに、狩人魔法ハンターズマジックを覚えている。

 持続性体力回復魔法リジェネレイティングってのもあって、使うと少しの休憩でも、けっこう体力を回復してくれるから、長時間の狩りとか登山とかにはすげえ便利だぞ。

 実際、エビル・ドレイク討伐のためにマイライトに登った時には使ったからな。


 って、カース・トレント?

 確かトレントはBランクモンスターだから、異常種のカース・トレントはG-Iランクだったな。

 おいおい、エビル・ドレイクと同ランクかよ。


「そんなのまでいたとは思わなかったけど、これもきっと、あいつらのせいだったんでしょうね」


 まったく同感だ。


 プリムがクエスティングを使ってくれたからわかったが、カース・トレントっていうトレントの異常種を倒してたことには驚いた。

 葉っぱが黒いトレントがいるなとは思ってたが、希少種だとばかり思ってたぞ。


「そんなことだから、エンシェントクラスに進化しても気が付かないのよ。かく言うあたしも、カース・トレントには気が付かなかったけど」


 プリムも気付かなかったのかよ。

 まあ俺達は、アイス・スフィアと極炎の翼を試しながら進んでたから、魔物の種類とかにも頓着してなかったしなぁ。

 今度から、どんな魔物かを確認してから攻撃することにしよう。


 ちなみにトレントの希少種はブラッディー・トレントっていって、血の色をした葉っぱをつけているそうだ。

 魔物の特徴も覚えないとだなぁ。

 しっかり勉強しとこ。


「それでは買取額は、明日お渡しするということでよろしいですか?」


 ハンターズギルドでカミナさんに買取をお願いすると、すげえウンザリとした顔をされた。

 連日、かなりの数を持ち込んでるし、希少種どころか異常種まで持ち込んでるからな。

 俺達が異常種を持ち込む頻度があまりに多いもんだから、ハンターズギルドの職員さんはもちろん、クラフターズギルドから派遣されてる魔物解体師さんも慣れたもんで、誰も驚かなくなってきている。

 それもどうかと思うんだが。


「ええ、それでお願いします」

「わかりました。それと、こちらが大和さんのライセンスです。改めてエンシェントヒューマンへの進化、おめでとうございます」

「あ~、どうもありがとう」


 しまった、既にグランド・ハンターズマスターとライナスのおっさんは、ハンターズギルドに戻ってきてるんだった。

この分じゃ、明日にはフィール中に広まってるんじゃなかろうか?


「既に広まってますよ。俺達もさっき、門番をしているオーダーに教えてもらったんですから」


 ラウスの声が聞こえた。

 どこから来た!?

 しかもなぜ、俺の心の声がわかる!?


「丁度カミナさんが進化おめでとうって言ったあたりで、普通に入ってきたわよ。あとそんな微妙そうな顔してたら、誰でもわかるんじゃないかしら?」


 プリムが種明かしをしてくれたが、嬉しくもなんともない。

 というか、門番してるオーダーってあいつか!

 あいつは一度、シメておく必要がありそうだ。


「そんな怖い顔しないでください。エンシェントクラスに進化した人なんて、ここ数十年誰もいなかったんですから。おめでとうございます、大和さん」

「ありがとう。進化したとはいっても、何の実感もないんだけどな」


 確かに魔力は増えてる感じがするが、急激にってわけでもない。

 髪とかに光沢が現れるって話だが、俺は黒髪だから外見的にもわかりにくいだろうし、本当にライブラリーとかライセンスとかを見て、初めて気付くんじゃないだろうか?


「ハイクラスはそれなりに人数がいるからかなりのことが判明してるけど、エンシェントクラスは大和とグランド・ハンターズマスターの2人だけ。しかも大和は進化したばかりで、さらに言えば客人まれびとだから、もしかしたら純粋なヘリオスオーブ人とは、少し違うのかもしれないわね」


 その可能性はあるな。


 俺の世界にも進化っていう言葉はあったが、一定のレベルに到達したら急激に姿を変える、なんていう現象じゃなく、遥か長い時をかけて、環境に適応していくことを指す言葉だったはずだ。

 魔力と印子が同じものだという推測は立てているが、それでも根本的に、この世界と俺の世界は違うんじゃないかと思う。


 色々と考えられるが、そこは考えても仕方ないのかもしれないな。

 実際、客人まれびとも、この世界の人と子供を作ることはできるんだから、差なんてないだろうからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る