人魚の告白

Side・フラム


「確認しました。こちらが今日の依頼報酬と買取額になります」

「ありがとうございます」


 今日も私は、ラウス、レベッカと一緒に、狩りに出ていました。

 といっても、大和さんやプリムさん程大量の魔物を狩ることはできませんし、レベルもまだまだ平均的なハンターよりは低いので、ランクの低い魔物を数匹程度ですが。


 今日狩ってきた魔物は、グラス・ボアが4匹とレイク・ラビットが5匹、そしてスパイラル・ラビットが1匹です。


 スパイラル・ラビットはホーン・ラビットの希少種ですが、1ヶ月に何回かは遭遇することがある、希少種という割にはよく見かける魔物です。

 とは言っても希少種ですからかなり苦戦しましたし、ラウスは左腕に大きな傷を負ってしまいましたから、レベッカのヒーリングで応急処置を済ませてから、急いでフィールに戻り、先程までヒーラーズギルドで治療をしてもらっていたんです。


 グラス・ボアは体長2メートルもありますから、普通なら持ち帰るのも一苦労なんですが、ミラーリングを付与されたミラーバッグという魔導具がありますから、そのおかげで大して苦にはなりません。

 お値段も、グラス・ボアなら5匹入る大きさのミラーバッグが3,000エルほどで買えますから、ハンターにとっては必需品と言っても過言ではありません。


「へえ、スパイラル・ラビットに遭遇しちゃったんだ。だけどラウスが怪我をしたとはいえ、その程度で済んで良かったって言うべきかしらね」


 プリムさんの仰る通り、スパイラル・ラビットはC-Rランクモンスターですから、Iランクの私とレベッカ、Cランクになったばかりのラウスでは荷が重いんです。


 螺旋状になって貫通力を増している角を、ホーン・ラビット以上の速度で突き刺しに来るんですが、その速度はグラス・ウルフやグリーン・ウルフの比ではありません。

 ラウスの持っていた鉄のラウンド・シールドも貫通されてしまい、もう使い物にならなくなってしまっていますから、それも買い替えなければいけません。

 けっこうな出費ですが、背に腹は代えられませんから仕方がありません。

 今日の成果は、報酬と買取額を合わせて12,000エルほどですから、思い切って魔銀ミスリルの盾を買ったほうがいいかもしれません。


「その方が言いと思うが、それでもスパイラル・ラビットの突進を食い止めるのは難しいだろ。受け止めるんじゃなくて、受け流せるように練習しといた方がいいぞ」

「受け流すって、どういうことなんですか?」

「盾、とは限らないんだが、攻撃が当たった瞬間に体をずらして、攻撃の勢いを反らすっていう技術だな。相手の体勢を崩すこともできるから、攻撃にも転じやすい。もちろん簡単じゃないが、覚えておいて損はないと思うぞ」


 受け流しですか。

 名のあるハンターやオーダーがよくやる高等技術ですが、ラウスにはまだ難しいんじゃないかと思います。

 ですが習得できれば、ラウスはもちろん、後衛の私達姉妹の生存率も上がるでしょうから、練習ぐらいならしておいてもらってもいいかもしれませんね。


「あたしも賛成。せっかくだし時間もあるから、あたしが練習に付き合ってあげるわ」

「えっ!?」


 プリムさんが手を挙げてくださいましたが、ラウスとしては予想外の事態に目を白黒させています。


 当然ですね。

 プリムさんの一撃は、スパイラル・ラビットなんかとは比べ物にならないほど鋭いんですから。

 でもラウスにとっては、良い勉強になります。


「フラム、ラウスとレベッカはあたしが面倒みとくから、今のうちにどうぞ」


 そう思ってたんですが、プリムさんには別の目的もあったようです。

 私にそれを勧めるということは、もしかしてミーナさんは……。


「ミーナは昨日、無事に大和の婚約者になったわよ。王都のご両親には、手紙で知らせることにもなってるわ」


 ミーナさん、大和さんに受け入れてもらえたんですね。

 良かったです。

 そうすると、確かに次は私の番ですが、本当に私なんかがいいんでしょうか?


「いいのよ。確かに大和はPランクになって、エンシェントヒューマンにまで進化しちゃったけど、結婚相手を決めるのは大和なの。王族や貴族が何か言ってきたって、そんなことは関係ない。だから頑張ってね。応援してるわよ」


 そう言い残すとプリムさんは、ラウスとレベッカを連れて、訓練室に行ってしまいました。


 そう、かもしれませんね。

 女は度胸とプリムさんが仰っていましたが、結婚の申し込みは女性からがする事が多いんですから、確かに度胸がないと女はやっていけません。


「それじゃフラム、俺達はアルベルト工房に行こう」

「アルベルト工房に、ですか?」

「ああ。ラウスの盾を用意しないといけないだろ?それに、俺も聞きたいこともあるから丁度いい」


 確かにラウスの盾を新調しなければ、明日の狩りには行けません。

 なにせラウスのアイアン・ラウンドシールドはベコベコに凹んでしまっていますし、スパイラル・ラビットの突進で私の腕ぐらいの大きな穴が空いてしまってるんですから、とてもじゃないですけど使い物になりません。


 それに2人きりでフィールを歩けるなんて、私にとっては願ってもないことです。

 この機会をくださったプリムさんには、感謝しかありません。

 ですから私は、絶対に大和さんを振り向かせてみせます。


Side・大和


 俺はフラムと2人で、アルベルト工房に向かっている。

 もちろんプリムが仕組んだことだが、なんでこんな事をしたのかはわかっている。


 フラムも、俺の嫁にするためだ。

 ミーナと婚約したことで、一夫多妻への忌避感は多少だが克服できているものの、やはり連日女に告白して、嫁さんになってもらう事には抵抗が残っている。


 だってそうだろ?

 結婚した翌日に別の女を侍らして、さらにその翌日にはまた別の女を、なんて、俺の世界じゃどう考えても良い顔をされないばかりか、世間からも盛大な突き上げを食らって、社会的に抹殺されること間違いなしだ。

さらに俺の場合、親兄弟親戚師匠友人知人からフクロにされて、人生的にも抹殺されることになっちまう。


 ここはヘリオスオーブだから、そんな心配はない。

 それどころか積極的に推奨されているが、そんな世界で生まれ育った俺としては、一歩踏み出すためにものすごい勇気が必要になる。

 だけどミーナの気持ちは聞いてはいたものの、俺の心のわだかまりが邪魔をして、ミーナに先に声を出させてしまう結果になってしまった。

 男として、これはどうなのかと思う。

 いや、ヘリオスオーブじゃ、女から相手の夫婦にプロポーズするのが普通って話だから、逆に俺から声をかけるのは問題があるのかもしれないんだが。


「大和さん、その……」

「ん?どうかしたのか?」


 顔を真っ赤にしながら、モジモジとフラムが口を開いたが、なんかすごく言いにくそうだな。


「あの、私も大和さんと結婚したいって言ったら……やっぱり迷惑ですか?」


 やはり来たか。

 プリムも訓練室に行く前に、そんなことを言ってきたから予想はしてたが、やっぱりこのために、俺とフラムを2人きりにしたんだな。


 だけど問題はそこじゃなく、どう応えるかだ。

 なんて言ったら正解なのかはわからないが、こういう時は誠実に務めるべきだと思う。


「迷惑とは思ってないな。むしろ俺と結婚することで、フラムに迷惑をかける。それに俺はフィールから動くつもりはないから、そのためにフラムやミーナを利用することになる。俺としてはそんなつもりはないんだが、結果的にそうなることは間違いないと思う」

「そんなこと、迷惑のうちに入りませんよ。それに大和さんがフィールにいてくれれば、プラダ村に何かあっても、すぐに行くことができるんですから、そういう意味じゃ私だってありがたいんです。でも、それでも私は、大和さんが好きだっていう気持ちに嘘はありません。だから私も、大和さんと結婚させてほしいんです」


 結婚させてほしい。


 ミーナにも言われたが、既に所帯を持ってる男に対して、女がかけるプロポーズの言葉だ。

 相手の女性に許しを請うことからそういう表現になるそうだが、この言葉を使うということは、自分が本気だということを伝えるためで、何度断られようと想いを変えることはないっていう決意の表れでもあるそうだ。

 聞いた時は重いと思ったが、そこまで想われて悪い気がするわけがないから、大抵の男は、余程の事情がない限りは受け入れるって言われている。

 もちろん傲慢な女や、浪費癖のある女は願い下げだが。


「結婚はミーナのご両親の返事待ちになるけど、それでもいいか?」

「はい。その事はプリムさんからもミーナさんからも聞いていますし、私もそうするべきだと思っていますから大丈夫です」


 ダメって言われることはないと思ってたが、こっちでも手を打ってたのかよ。

 手回し良すぎですよ、プリムさん。


「わかった。それじゃあ俺と結婚してくれるか?」

「はい!」


 フラムが満面の笑みで俺に抱き着いてきた。


 これで3人目か。

 ヘリオスオーブに来てからまだ2週間も経ってないってのに、このペースで嫁さんができていったら、俺はどうなっちまうんだろうと不安になるな。


「そう簡単に、嫁なんてできるもんじゃねえだろ」

「だねぇ。まあエンシェントヒューマンなら、女の方から寄ってくるだろうから、最低でも10人は固いんじゃない?」


 うおっ!ビックリしたっ!

 誰かと思ったらエドとマリーナか。


 って、待てやお前ら!

 もしかして、今の見てたのか!?


「一部始終バッチリとな。往来でプロポーズしてんだから、誰が見てても不思議じゃねえだろ?」


 反論できん……。

 フラムも真っ赤になって、俺の背中に隠れようとしている。


 それは俺達の落ち度だから、まあいいとしよう。

 じゃあなんで、俺がエンシェントヒューマンに進化したことを知っている?


 いや、大体の予想はついている。

 ついてはいるが、あくまでも予想だから、ちゃんと答えを教えろってことだよ。


「グラムが言いふらしてたから、フィールでもかなり広まってるんじゃない?」

「やっぱりあいつか!」


 グラムっていうのはフィール支部のオーダーで、俺が初めてフィールに来た時に、ミーナと一緒に門番をしていたヒューマンだ。

 本名はグラム・ランスローっていって、レベル43のハイヒューマンでもある。

 確か男爵家の長男で跡取りのはずなんだが、本人はオーダーになりたくてオーダーズギルドに入った大馬鹿野郎だとレックスさんが言ってたな。

 俺も気が合うから何度か話してるが、まだ一緒に飯を食ったことはない。

 娼館に誘われたことならあるが、俺も余裕がなかったことが多いから、一度も行ったことはない。

 一度ぐらい行ってみたかった気もするが、そんなことを言ったらプリムやミーナ、フラムに殺されるだろうな。


 そのグラムだが、かなりのお調子者だ。

 もちろんオーダーだから、オーダーズギルドの規律や規則はきっちりと守っているし、破ったこともない。

 だが、噂とかは容赦なく広めるという悪癖を持っているから、こいつに瑠璃色銀ルリイロカネ翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネのことを伝えると、マジでシャレにならん事態を引き起こすんじゃないかと、エド共々戦々恐々としている。


 グラムの奴、俺がエンシェントヒューマンに進化したってことを、レックスさんかローズマリーさんに聞いて、巡回ついでに街の人に言いふらしてるってことか。

 いや、あいつのことだから、噂を広めるついでに巡回をしている、と言ったほうがいいかもしれない。


 今度、マジでシメてやる。

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