エンシェントヒューマンへの進化

Side・プリム


 グランド・ハンターズマスターの一言で、大和は慌ててライセンスを確認したけど、そこにはしっかりとこう記されていた。


 ヤマト・ミカミ

 17歳

 Lv.62

 人族・エンシェントヒューマン

 ハンターズギルド:アミスター王国 フィール

 ハンターズランク:ゴールド(P-G)

 レイド:ウイング・クレスト


 レベルが上がったのは、さっき森の中で、大量のサイレント・ビーを狩ったからでしょうね。

 なにせ、氷の塊を自在に操るアイス・スフィアっていう魔法を試してたし、加速魔法のアクセリングも使えるようになったんだから、そりゃレベルも上がるわよ。

 あたしも付き合って試してたらアクセリングは使えるようになったから、レベル上がってるかもしれないけど。


 そして種族の欄は、しっかりとエンシェントヒューマンって記されてたから、大和が進化したことは疑いようがない。

 狩りに出る前はGランクだったから、後でランクアップの手続きもしないといけないわね。


「本当にエンシェントヒューマンになっている……」

「いくらなんでも早すぎるでしょう。いったい何をしてきたの?」


 何と言われても、マーダー・ビーやサイレント・ビーを狩りまくったとしか言えないわよ。

 あとはアイス・スフィアとアクセリングね。

 って言ったら、全員がすごく疲れた顔したんだけど、何かあったの?


「私達が言っているのは、レベルの上がるスピードだ。もちろん進化していることもだが、普通はそこまで簡単にレベルは上がらない。なのに君達は、そんな常識など知った事かと吹き飛ばす勢いでレベルを上げているんだから、我々としては何と言っていいのかわからないんだよ」


 なんてアーキライト子爵に突っ込まれたけど、それはあたしのせいじゃないわよ。

 どっちかといえば大和のせいよ。


 そういえば、あたしはどうなってるんだろう?


 プリムローズ・ハイドランシア・ミカミ

 17歳

 Lv.58

 獣族・翼族・ハイフォクシー

 ハンターズギルド:アミスター王国 フィール

 ハンターズランク:ゴールド(G)

 レイド:ウイング・クレスト


「確かプリムローズ嬢、レベル55だって言ってたわよね?なのに58って、いったい何をしたの?」


 あれぇ?


 確かにあたしのレベルは、フレデリカ侯爵の言うように今朝までは、もっと言えば森に入るまでは、間違いなく55だった。

 なのにレベル58になってるってことは、3つも上がってることになるわよね?

 大和が近いうちにエンシェントクラスに進化することはわかってたけど、このままじゃあたしも、遠くない内にエンシェントフォクシーになっちゃうかもしれないってこと?


「さすがにこれは、ワシとしても呆れるしかないのぅ。ハンター登録をして、わずか数日でとんでもなくレベルを上げておる。ワシもそれなりに長く生きておるが、こんな話は聞いたことがない」


 グランド・ハンターズマスターが何年生きてるのかは知らないけど、エンシェントクラスだってことを考えると、多分200年近く生きていると思う。

 その人が初めて聞いたってことは、本当に異常事態ってことだわ。


 ヘリオスオーブの寿命は、種族に関係なく50+レベルと言われている。

 つまりレベル30代前半の人が多いということは、だいたい80歳ぐらいが平均寿命と言ってもいいと思う。

 だけどハイクラスは50年、エンシェントクラスはさらに100年寿命が延びると言われているから、レベル73のグランド・ハンターズマスターだと、273歳が寿命ってことになる。

 あくまでも参考だから、絶対ってわけじゃないわよ。


「こうなったら一刻も早く、プリムもエンシェントフォクシーに進化してもらうか」


 いきなり大和が不穏なことを言い出したけど、やめてよね。

 確かにエンシェントクラスに進化することには憧れるけど、このままじゃ惰性で、いつの間にか、何の感慨もなく上がっちゃいそうで怖いわ。


「いや、俺は感慨も何も、言われるまで気付かなかったんだが……」


 そうだったわね……。

 というか、進化すると何となくわかるものなんだけど、それにも気が付かなかったのかしら?


「大和、進化すると、何となく進化したってわかるんだけど、そんな感覚はなかったの?」

「おう」


 悲しくなるぐらいに返答が早いわよ。

 確かにエンシェントクラスとハイクラスは、見た目の差はほとんどないっていう話だし、もしかしたら本人も気付きにくいのかもしれないわね。


「いや、魔力がかなり増えるから、感覚的にも気が付きやすいものじゃよ。それなのに気が付かなかったということは、それほど魔力がとんでもないということじゃろう」


 グランド・ハンターズマスターに突っ込まれた瞬間、大和が両手で顔を覆っちゃったわ。

 自分でも鈍いってことがわかっちゃったから、穴があったら入りたいっていう気分なんでしょうね。


 ってそうじゃないわよ!

 確かに、大和がエンシェントヒューマンに進化してたのは驚いたけど、論点がずれまくってるわ!


「じゃないわよ!今はレティセンシアのことでしょ!アバリシアから提供された魔化結晶っていうので異常種を生み出してたんだから、まだいるのかもしれないのよ!?」


 魔化結晶とかについてはまったくわからないし、どれほどの数の魔物を異常種にしたのかもわからないけど、マーダー・ビーが最後だと考えるのは楽観的すぎる。

 もちろん最後に越したことはないんだけど、そんな保証はどこにもないし、何より自然発生した異常種だっているかもしれないんだから、その辺りのことは絶対に白状させないといけない。


「そ、そうだったわ!ありがとう、プリムローズ嬢!」

「すまない、確かにそうだ。あまりにも衝撃が強かったものだから、一瞬我を忘れてしまった」

「感謝しますよ、プリムローズ嬢」


 領代が復活してくれたけど、なんかフレデリカ侯爵の素が出てきてる気がするわ。

 ほとんど毎日顔を合わせてるし、何度も大和が常識外れなことしてるから、取り繕うのもバカらしくなってきたのかもしれないわね。

 同年代だし、もっとフランクに接してくれてもいいと思うわよ。


「レティセンシアの第一王女を捕らえたとは聞いたが、ハンターズギルドとしては、異常種を生み出すことができる魔化結晶とやらの存在は、見過ごすことはできん。ワシとしてはいかなる方法を用いてでも、魔化結晶とやらのことを聞き出してもらいたいと思っておる」


 グランド・ハンターズマスターが過激なことを言ってるけど、気持ちはわからなくもないわ。

 どれだけの異常種を生み出したのかはわからないけど、1匹でも街を滅ぼし、国を傾けることができる異常種を、完全に自分達の都合で生み出してるってことは、それだけで十分に、人類存亡の危機につながる。

 自分達が自滅するのは自業自得だから助けるつもりもないけど、巻き込まれた方としては迷惑以外の何物でもない。

 しかも自分達で処理することもできないんだから、無責任にもほどがある。


「まさしくプリムローズ嬢の言う通りじゃ。現在レティセンシアにはGランクハンターはおらず、ハイクラスも数十人程度じゃし、そんな事態になれば総本部や近隣のアミスター、リベルターに救援依頼が届くじゃろう。当然じゃが救援にはリスクが伴うし、何より時間がかかる。そしてレティセンシアは、必ずそれを問題にしてくる。そんな国に、救援に行くハンターはおらん。少なくとも今回の件は、ハンターズギルドへの敵対行為と断定できる以上、ハンターズギルドはレティセンシアからの完全撤退を考えておるよ」


 グランド・ハンターズマスターが断言したということは、近いうちにレティセンシアからハンターがいなくなることを意味する。

 ハンターがいなくなれば狩人魔法ハンターズマジックも使えなくなるし、各国でも身分証として使えるハンターズライセンスも意味をなさなくなる。

 魔物を狩っても報酬は出ないし、ハンターズギルド間の連絡網も使えないから、どこかに異常種が出現したとしても、情報の共有すらできなくなる。

 当然反発は起きるだろうけど、身から出た錆なんだから、甘んじて受け入れてもらわないね。


「グランド・ハンターズマスターの意見はわかりました。ですがアミスターとしては、今回の件は陛下のご判断を仰がなければなりません。私達では、問題が大きすぎますので」

「うむ、わかっておりますよ。今回の件で最も被害を受けたのはアミスターなのですから、陛下がどう判断されようと、ワシは従いますぞ」


 どう対応しても、レティセンシアとの戦争は避けられないと思うけど、だからと言って勝手な判断は、領代の分を超えることになる。

 領代はあくまでも代官だから、領主でもある国王陛下に報告し、指示を仰ぐのは当然のことよ。


 だけどワイバーンがいないし、だからといってグランド・ハンターズマスターに連絡を頼むわけにもいかないから、王都に派遣したフレデリカ侯爵の部下が戻ってくるのを待つか、サーシェスを捕まえてワイバーンを取り戻すしかない。

 どちらも確実とは言えないから、エモシオン辺りでワイバーンを借りた方が早いかもしれないわね。


「その件じゃが、国王陛下へもお詫びをしなければならん。なので明日、王都へ行こうと思う。できれば領代のどなたかも来てくれると助かるのじゃが、よろしいかな?」


 と思っていたら、グランド・ハンターズマスター自らが、アミスター陛下に謝罪に行くって言い出した。

 ハンターズギルドを束ねる立場だからわからない話でもないけど、トラベリングを使って王都まで行って、国王陛下にお会いするつもりって、すごく性急な気もするわね。

 まさかの提案に、領代も驚いてるわ。


「こちらとしましては、願ってもない申し出です。ソフィア伯爵、お願いしてもいいでしょうか?」


 なんでソフィア伯爵を?

 領代を務めている間は爵位が意味をなさないって言っても、それは領代3人に対してだけなんだから、こういう場合はフレデリカ侯爵が行くべきじゃないかしら?


「お任せください」


 ソフィア伯爵も一瞬戸惑ったところを見るに、自分が指名されるとは思わなかったんでしょうね。

フィールでしなきゃいけない用事でもあったのかしら?


 まあ、こんな時のために領代は3人いるんだから、こういうこともあるってことでしょうね。


「それではレティセンシアの第一王女は、隷属魔法で行動を縛り、当家に軟禁し、事情聴取はオーダーズギルドにお任せします。大丈夫だとは思いますが、万が一に備え、オーダーズギルドには屋敷の警備をお願いします」

「はっ。至急手配いたします」


 ああ、そっちの役目を担うわけね。

 確かに報告は大切だけど、同時に生き証人を失うわけにはいかないから、隷属魔法で行動を縛って軟禁するとはいえ、家の主が留守にするわけにはいかないわ。

一瞬、グランド・ハンターズマスターに王都まで連行してもらえばいいんじゃ、とも思ったけど、実地検証しなきゃいけない場合もあるから、それは無理か。


「プリスターズマスター、申し訳ありませんが、王女に隷属魔法をお願いできますか?」

「わかりました」

「ではその間の護衛は、ワシがさせていただきましょう」

「あ、ありがとうございます」


 そして隷属魔法を使うプリスターズマスター、ミリア聖司教の護衛も、グランド・ハンターズマスターがやってくれるわけね。

 さすがにグランド・ハンターズマスターのことは、レティセンシアだって知らないわけがないから、仮に王女が暴れ出したとしても、どうすることもできないわ。

 そのグランド・ハンターズマスターに護衛されることになるミリア聖司教は緊張しまくってるけど、隷属魔法の効果は誰が使っても一定らしいから、対象だけは間違えないでもらいたいものね。


「王女についてはこれでいいとして、大和君、プリムローズ嬢、レティセンシアの拠点付近だけど、結界の起点は、間違いなく破壊されてたのね?」

「あれが結界の起点とは断言できませんが、不自然に壊された岩がありましたし、あの王女も含めて襲われてましたから、破壊されたと思ってもいいと思います」

「その結果、王女を残して全滅した、か。数名程は君達と戦ったということだが、いずれにしても自業自得だ。同情の余地はない」


 アーキライト子爵が不機嫌そうに言い捨てるけど、奥さんの子供ともいえるワイバーンを殺されてしまったんだから、当然の言い分よね。

 あたし達もジェイドが殺される寸前だったんだから、気持ちはわかるわ。


「それと、簡単に報告はしましたが、その拠点から魔導具を何点か回収してきています。隷属の魔導具と思われる物もいくつかありましたし、魔化結晶じゃないかって思える結晶もありました」

「魔化結晶が手に入ったのは朗報ね。使い方を聞き出した後で一度実験をしたいところだけど……」

「やるなら、大和君とプリムローズ嬢がいる所で行うべきでしょう。それも、できる限り与し易い魔物を選ぶ必要があります」

「私は反対です。彼らの実力を疑うわけではありませんが、万が一取り逃がしてしまえば、多大な被害を被る可能性が高い。そうなった場合、誰が最初に被害を受けるか、考えるまでもないでしょう?」


 魔化結晶を使って、本当に異常種が生まれるかの実験は、あたしとしてもやるべきだと思う。

 だから協力するつもりだったんだけど、フレデリカ侯爵が反対意見を出してきた。

 確かにその可能性はゼロじゃないし、あたし達が倒されてしまえば、またフィールが危険にさらされることになってしまう。

 そんなことになってしまえば、最初に被害を受けるのはトレーダーや旅人、下手をすればフィールやプラダ村になってしまう可能性だってある。

 異常種や災害種を倒せる実力があろうと、逃がしてしまえば何の意味もないからね。


「俺も反対ですね。もちろん負けるつもりはありませんが、レティセンシアは異常種を制御することができずに自滅しました。例え実験だとしても、アミスターもそうならないとは言い切れないし、何よりリスクが大きすぎる」


 大和も反対か。

 2人にそう言われてしまえば、誰も強硬することもできないから、詳細な調査はするけど、実験は行わない方向で決まりでしょうね。


「プリム、一気にレベルが上がった反動で、気が大きくなってるんじゃないか?そんなことじゃ、早死にするかもしれないぞ。結婚したばかりなんだから、そんな無茶なことはしないでくれよ?」


 フレデリカ侯爵の屋敷を出てすぐに、大和にそんなことを言われてしまって、あたしは自分が増長してたことに、初めて気が付いた。

 大和が反対したのは、あたしのためでもあったんだわ。

 ショックだったけど、心配してくれたのはよくわかったから、すごく照れちゃうわね。


 あたしは大和の左腕に抱き着くと、そのまま頬に感謝のキスをした。

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