グランド・ハンターズマスター
Side・フレデリカ
オーダーズギルドからの報告を受けた私は、またしても倒れそうになった。
異常種のマーダー・ビーが生まれていたことは、可能性があるという報告を受けていたからまだいい。
そのマーダー・ビーを討伐したのが大和君とプリムローズ嬢だということも、今までの戦績を考えれば大いに納得ができる。
だけどその2人が、レティセンシアの前線基地から重要人物を捕縛してきて、しかもその重要人物が次期レティセンシア皇王の第一王女となれば、どう考えても領代にできる分を超えてしまっている。
そもそもどういった事情で捕縛してきたのか、第一王女以外の工作員はどうしたのかなど、直接聞かなければならないことが山のようにあるから、またしても私の屋敷に領代、ビスマルク伯爵、各ギルドマスター、そして当事者の2人が集まることになってしまった。
建前上、領代は爵位に関係なく同列に扱われるんだけど、こういう時は侯爵家に集まるのが暗黙の了解なのよ。
普通なら年に一度あるかというところなんだけど、ここ数日はとんでもない問題が次々と発覚しているから、私の屋敷に集まる頻度が高すぎて、契約しているバトラー達にも負担をかけすぎてる気がするし、侯爵家としての対応もしないといけないから出費が嵩むのよね。
「というわけです。さすがに俺達も、まさかこんな大物がいるとは思いませんでした」
大和君とプリムローズ嬢が報告を終えると、全員が頭を抱えた。
当然でしょう。
確かにレティセンシアの王族が陣頭指揮を執っていたことは間違いないから、これは十分レティセンシアを糾弾するための根拠と証拠になる。
だけどその第一王女の身柄はどうするのか、という問題が残ってしまう。
彼女には罪を償ってもらうという意味も込めて、処刑したいというのが領代の総意だけど、陛下がどんな判断を下されるかはわからない。
もちろん処刑すれば、レティセンシアとの戦争は避けられないけど、それは第一王女の身柄を抑えているという現状でも、十分に条件を満たしている。
特にレティセンシアが、適当なことで言いがかりをつけてくることなど日常茶飯事なのだから、余程のことがなければ戦争になるでしょう。
だけど、問題はそこじゃなかったのよ。
「まさかレティセンシアが、そんなことをしてたなんてね。さすがにこれは、クラフターズギルドとしても見過ごせない事態だよ」
「トレーダーズギルドも同様です。元々レティセンシアでは、ギルド自体が蔑まれていますから、商売はしにくかった。トレーダーズギルドが今もレティセンシアで活動できている背景には、各地にあるトレーダーズギルドの好意が大きいのです。当然蔑んでいるとはいえ、レティセンシアもその恩恵は受けているのですが、そのことを理解せずにこんなことしてくるのなら、あの国は一度滅ぶべきではないでしょうか?」
トレーダーズマスターのミカサさんが過激なことを言うけど、実際彼女はトレーダーズギルドごと人質になったことがあるんだから、レティセンシアに良い感情を持ってるはずがないか。
「それはクラフターズギルドもだよ。クラフターズギルドがレティセンシアに進出したのはここ数十年の話だけど、元々レティセンシアはクラフターを軽んじ、蔑む国風だった。当然クラフターズギルドも軽んじられてるし、噂じゃ奴隷にされて、ロクに食事も睡眠も与えられないまま衰弱死したクラフターもいるらしい。だからそう遠くない内に、クラフターズギルドはレティセンシアから全面撤退することになっているんだけど、おそらくその時期は早まることになると思う。その結果レティセンシアがどうなろうと、自業自得なんだから知ったことじゃないね」
クラフターズマスターのラベルナさんも痛烈だけど、レティセンシアが職人軽視で貴族主義の国風だということは有名だから、当時のグランド・クラフターズマスターは、最後までレティセンシアへの進出を拒んでいたとも聞いているわ。
なぜ進出することになったのかはクラフターズギルドの内情だからわからないけど、こんなことになった以上、今後レティセンシアに、クラフターズギルドが進出することはないでしょうね。
「私達ヒーラーズギルドはレティセンシアには進出していませんし、する予定もありませんでしたが、こんなことになってしまった以上、各支部へ連絡をして、万が一の事態に備えることを、グランド・ヒーラーズマスターに報告させていただきたいと思います」
「バトラーズギルドも同様ですが、おそらくバトラーズギルドとしても、撤退を視野に入れることになるかと思われます。バトラーズギルドは職員や指導員を派遣しているだけですので、撤退してもさほど大きな混乱もないでしょうから、撤退する場合はスムーズに行くのではないかと思います」
ヒーラーズマスターのサフィアさん、バトラーズマスターのオルキス・セルヴァントさんも、グランドマスターへ報告してから動くってことね。
ここで変に口を出されても困るから、その判断には感謝できるわね。
あ、バトラーズマスターのオルキスさんも女性よ。
フィールのギルドマスターはハンターズギルドのサーシェス、ライナスさん、オーダーズマスターのレックス以外は、全員女性なの。
「オーダーズギルドとしては、すぐにでもレティセンシア国境の守りを固めることになるでしょう。陛下やグランド・オーダーズマスターの判断次第ではありますが、国境を封鎖する可能性も考えられます」
オーダーズマスター、レックスの言う通り、国境の守りを固めるのは当然ね。
国境封鎖も理解できるわ。
「プリスターズギルドとしましては、巡礼者のこともありますから、出来ましたら国境を封鎖された場合でも、巡礼者は通していただけると助かります」
プリスターズマスターのミリア聖司教が、申し訳なさそうに口を開いた。
司教位でもあるSランクプリスターは、各地への巡礼が義務付けられていて、レティセンシア国内にあるプリスターズギルドにも行かなければならない。
ただでさえレティセンシアは治安が悪いのに、プリスターだって見下されているんだから、巡礼には護衛としてハンターがついているんだけど、国境を封鎖してしまえば、巡礼者はレティセンシアから出ることもできなくなってしまう。
確かに、プリスターズギルドとしては好ましくはないか。
「ハンターズギルドは、サーシェスの野郎を捕まえない限り、どうすることもできないな。王都や総本部への報告もどうなってるかわからねえが、あれからさらに新事実が発覚してるから、場合によってはグランド・ハンターズマスターが、直接乗り込んでくる可能性もある」
「呼んだかね?」
全員が驚いて、声のする方に振り向いてしまった。
声の主は丁度部屋に入ってきたところだけど、ノックもせずに入ってきたというの?
「申し訳ありません。先程訪ねてこられたのですが、ノックをする直前に皆様の驚く声が響きましたので、さらに驚かせてみようということで、こっそりと扉を開けさせていただきました」
「すまんね。全てワシが頼んだことじゃから、彼女を責めないでやってほしい」
ミュンの隣にいるのは、見た目は30歳ぐらいのウルフィーの翼族の男性だけど、漆黒の翼のウルフィーっていったら、考えられる人は1人しかいない。
本当に来たの!?
というか、どうやって!?
「不要かもしれぬが、名乗らせてもらおう。ワシはギャザリング・バイアス。ハンターズギルド総本部のグランドマスターをさせてもらっておる」
やっぱり!
レベル73のMランクハンターで、ヘリオスオーブ唯一のエンシェントクラス。
ソレムネが、島国であるアレグリアを攻めあぐねているのは、この方がいるからだとも言われている。
そのグランド・ハンターズマスターが、なんで私の屋敷に?
Side・大和
まさかこのタイミングで、グランド・ハンターズマスターが来るとは思わなかった。
プリムと同じ翼族で、ラウスと同じウルフィー。
だが今のヘリオスオーブでは、唯一進化しているエンシェントウルフィーで、レベルも73のMランクハンターでもある。
いつかどこかで会うことになるんじゃないかと思ってたが、ここで会うことになるとはな。
「い、いつフィールに来られたんですかい?」
ライナスのおっさんも、本当にグランド・ハンターズマスターが来るとは思わなかったんだろう。
というか、アレグリアからフィールにとなると、船を使ってリベルターへ向かい、そこから陸路でレティセンシアを抜けてアミスターに入るか、同じく船でバリエンテに渡り陸路を使うか、無茶を承知でマイライト山脈を越えるか、ワイバーンで飛んでくるかだ。
だが陸路では1ヶ月以上かかるし、今回の報告を受けてからというのは時間的に不可能だし、ワイバーンで来たとしても、必ず誰かが報告に来る。
なのに誰も来てないんだから、どういうことなのかがまったくわからない。
「ライナス君は知っておるじゃろう?トラベリングを使って来たんじゃよ」
その一言で、全員が納得した。
長距離転移魔法トラベリングは、使える者が少ないどころか、数人しかいないといわれている。
その理由は、魔力の消耗が激しく、並の魔力では使う前に魔力切れを起こすからだと言われている。
そんなとんでもない魔力を使うトラベリングだが、翼族のエンシェントウルフィーなら、魔力には問題がないのかもしれない。
「トラベリングの使い手にお会いしたのは初めてですが、こんなに早くフィールに来られるとは思っておりませんでした。ご挨拶が遅れました。私はフィールの領代の1人で、フレデリカ・アマティスタと申します」
「同じく領代の1人、ソフィア・トゥルマリナと申します。お見知りおきを」
「アーキライト・ディアマンテと申します。グランド・ハンターズマスターにお会いでき、光栄です」
なんか領代の3人が、すげえ緊張してませんか?
いや、エンシェントクラスなんて一生に一度会えるかどうかなんだから、気持ちはわからなくもないんだけどさ。
それでも、そこまで緊張しなくてもいいと思うんだけど?
「これはご丁寧に。領代の御三方には、我々ハンターズギルドの不手際で、多大なご迷惑をお掛けしましたな。心よりお詫び申し上げますぞ」
「とんでもありません。それに我々は何もできませんでしたが、彼らのおかげで、最悪の事態になる前に解決することができましたから」
「若きGランクの2人ですな。ワシも報告は聞いてますぞ。ライナス君、君が依頼した査察官付きの件じゃがな、もう総本部へ報告する必要はない以上、達成ということでよい。しばらくはワシもアミスターに滞在するつもりじゃから、サーシェスが戻ってきてもどうすることもできんからな」
「わかりました。後ほど依頼達成の手続きを取ります」
あ、もういいのか?
って、よく考えりゃ、元々ライナスのおっさんから依頼されてた査察官付きハンターの件は、アレグリアのハンターズギルド総本部に報告するまでだから、報告を聞いたグランド・ハンターズマスターが出張ってきた時点で、確かに達成でもおかしくはないのか。
というかクラフターズ、トレーダーズ、ヒーラーズ、バトラーズ、オーダーズ、プリスターズギルドのマスター達がガチガチに緊張して、一言もしゃべらなくなってるけどいいのか?
あ、俺達も自己紹介してなかったな。
忘れないうちにしとくか。
「そして、君達が報告にあったGランクハンターのヤマト・ミカミ君、プリムローズ・ハイドランシア嬢じゃな。ハンター登録をした初日にGランクに昇格したばかりか、数々の異常種を倒し、さらには災害種ブラック・フェンリル、ゴブリン・クイーンまで倒したと報告を受けておる」
そう思ってたら、既に名前が知られていた。
自己紹介する気だったから、肩透かしくらった気分だな。
「正面から戦ったのは、ほとんどいませんから。それに私は、そこまでの実力はありません。彼の協力があったればこそです」
いや、確かに援護はしたけど、異常種には生半可な攻撃は通じないんだから、それだけで倒せるプリムもすごいと思うぞ。
「運が良かったこともあると思いますけどね。あとは、時期に恵まれたってとこでしょうか」
「それはあるじゃろうな。じゃがワシとしても、君達には会いたいと思っておったよ。エンシェントクラスに進化できる可能性を持った若者など、ここ数十年おらんかったからな。まあ既に進化しているとは、思ってもおらんかったが」
空気が凍った。
いや、ちょっと待ってくれますかね?
進化してるって誰が?
ああ、プリム……はちと厳しいから、やっぱり俺か!?
いや、だって進化してたりしたら、門でチェックする時にわかるはずだぞ。
毎回ライセンスのチェックは受けてるんだからな。
……あれ?
今日ってあの女のことがあったから、確認ってされなかった気がするな。
ライセンス渡した記憶がねえもん。
あれぇ?
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