決着

Side・プリム


 すごいわ、大和。


 あたしは翼族であることに誇りを持ってるし、あたしと互角の魔力を持ってた人なんて、ハイクラスにもいなかった。

 後で聞いた話じゃ、あたしは翼族の中でも保有魔力が多すぎて、その魔力に振り回されるんじゃないかって言われていたそうよ。


 その証拠かどうかはわからないけど、ハイクラスへの進化もレベル49になってからだった。

 平均するとレベル45あたりで進化するといわれているから、あたしはかなり遅かったことになる。

 だけどその進化も、大和からアドバイスをもらってなければできなかったかもしれない。


 だからあたしは、大和には感謝している。


 だから今、あたしはあたしの出せる全ての力を振り絞って、大和と向かい合っている。


 傍から見れば槍を持っているあたしの方が有利に見えるかもしれないし、実際に剣と槍だと、この間合いは槍の方が強い。

 接近されちゃったら剣の方が有利だけど、あたしにはそのつもりはない。

 武器の問題はあるけど、その前に勝負を決めるつもりでいる。


 だけど大和には、隙が見当たらない。

 迂闊に動けばすぐに接近されて、あたしの負けが確定する。


 こんなにギリギリの勝負をしたことは、一度もない。


 それに魔力も、今は拮抗しているけど、あたしはもう限界に近い。

 対して大和は、まだ余裕があるように見える。

 翼族でもないのに、翼族の中でも最高クラスの魔力を持つあたしより魔力量が多いなんて、客人まれびとっていうのは理不尽な存在よね。


 いえ、大和は刻印術師だし、両手に刻印を持っている人は大和の世界でも少ないっていう話だから、ある意味じゃ翼族と似たような存在なのかもしれない。


 だけど、いつまでも睨み合っているわけにはいかない。

 このまま何もしないまま、魔力切れで敗北なんて、あたしのプライドが許さない。


 それに何より、あたしにとってこの勝負の勝敗はどうでもいいこと。


 大和と全力を出して戦うことに意味がある。


 だから行くわよ、大和。


 あたしの全てを懸けて。


Side・大和


 互いに武器を構えて、向かい合って、どれくらい時間が経っただろうか?

 何時間も経っている気もするし、数秒しか経ってないような気もする。


 俺の方がレベルが高いから魔力も俺が上だと思っていたが、翼族の魔力を甘くみていたかもしれない。

 互いの魔力は中央付近で拮抗しているし、審判のレックスさんも、立ち合いを申し出てくれたローズマリーさんやグラムも辛そうだ。


 だけど俺の目には、プリムしか写っていない。

 少しでも油断すれば、俺はあの槍で貫かれるだろう。


 剣道三倍段っていうのがあるが、魔法も刻印術もなしのこの勝負じゃ、俺とプリムの力量は間違いなく互角。

 つまり槍を持ってるプリムを相手に、俺が勝てる可能性はかなり低いってことになる。


 それにこのままじゃ、いずれどちらかの魔力が尽きてしまう。

 いや、プリムの汗が尋常じゃなくなってきているのがわかるから、おそらく先にプリムの魔力が尽きるだろう。

 その場合は立っている俺の勝ちになるが、そんな決着なんて俺は認めない。


 正々堂々と打ち合って、正面から打ち破れなければ、俺はプリムに勝ったと胸を張ることができない。


 それにまだ余裕があるとは言っても、多分ギリギリだ。

 俺の魔力は、プリムより少し多い程度ってことになるだろう。

 両手に刻印がある刻印術師は魔力、というか印子が多いらしいから、そのおかげでプリムの魔力を上回ってるだけだろう。


 だから勝負をかけるなら今だ。


 行くぜ、プリム。


 この勝負、俺が勝つ……!


Side・レックス


 こんな凄まじい魔力を感じたのは、私としても初めてだ。

 アミスター最強オーダーの1人と言われている父やグランド・オーダーズマスターでさえ、ここまでの魔力はない。

 レベル50オーバーと一言で言うのは簡単だが、この2人は並のレベル50オーバーとは違う。

 もしかしたら、エンシェントクラスにさえ匹敵するかもしれない。


 とても長く感じた時間だが、どうやらそれも終わりに近づいているようだ。

 プリムローズさんの様子がおかしくなってきている。

 息も荒いし、汗もすごい……。

 プリムローズさんは翼族だから、魔力量が多いのはわかっていたが、まさか大和君の方が多いとは思わなかった。


 その大和君はまだ余裕があるように見えるが、その目にはプリムローズさんしか写っていないようで、一瞬の隙も見逃さないとばかりに、瞬きもせずにプリムローズさんを見つめている。

 おそらく、直に勝負がつくだろう。


 先に動いたのは、プリムローズさんだった。

 翼を大きく広げ、フィジカリングで強化した身体能力を使って、一気に大和君の懐に、手にした槍を突き刺す勢いで突っ込んだ。

 私の目でもかろうじて捉えられるかどうかといった、とんでもないスピードだ。


 だがそのプリムローズさんの突進を、大和君は手にしていた木剣で受け流した。

 さすがにプリムローズさんの勢いを完全に殺すことはできなかったようで、反撃には至らなかったが、大和君にはプリムローズさんの動きが見えていた証拠だ。


 だがプリムローズさんも、それは予測していたようで、驚いた様子もなく次の一撃を、槍を長く持ち替えて薙ぎ払っていく。

 普通ならこれで決着だが、大和君はこれも読んでいたようで、剣を構えて受け止めた。


 だがその衝撃は凄まじく、木剣も木槍も砕け、辺りに破片が散らばっていく。


 プリムローズさんは手にした槍を手放し、大和君は折れた剣を手にしたまま互いに接近し、格闘戦で決着をつけるつもりだ。


 だが寸前で、大和君が手にしていた剣をプリムローズさんに投げつけたことで、プリムローズさんが体勢を崩してしまった。

 その隙をついて大和君は、いつの間にか手にしていた折れた剣先を、プリムローズさんの喉元に突き付けている。


「参った」


 そしてプリムローズさんの口から、降参の言葉が紡がれた。


 勝負あり。


 今一歩及ばなかったプリムローズさんだが、その満足そうな顔からは、悔しさは微塵も感じられない。


 対して大和君は、心底安心したような表情をしている。


 なぜ2人が決闘をすることになったのかは聞いていないが、ただの模擬戦というわけではないだろう。

 互いの気迫も魔力も、間違いなく真剣勝負のそれだった。


 事情があったのは間違いないが、それをオーダーズマスターとはいえ、一介のオーダーが聞くわけにはいかない。

 ハンターにはハンターの事情があるし、個人の事情にまで首を突っ込むことはできないのだから。


 それにしても、凄い戦いだった。

 レベル50オーバーの模擬戦、いや、真剣勝負を見たのは初めてだが、ここまで凄いとは思わなかった。

 私はかろうじて目で追うことができたが、他のみんなは目が追い付かなかったのではないだろうか?

 かろじてハイオーガのローズマリー、ハイヒューマンのグラムが見えたといったところか。


 だが決着はついたし、みんなも大きな拍手をしているから、どんな戦いだったのかよりも結果が大事だったのではないかと思う。


 私としても、これほどのハイレベルの戦いを間近で見れたことは、とても刺激になった。

 オーダーズマスターとして、そしてMランクオーダーとして、これからも気を引き締めていかなければならないな。


 なんにしてもお疲れ様、大和君、プリムローズさん。


Side・大和


 プリムとの決闘で、俺は何とか勝ちを拾うことができた。

 プリムに剣の柄を投げつけた瞬間に折れた剣先が飛んできたから反射的に拾ったが、それが決め手になるとは思いもしなかった。

 本当なら喉元に手刀を突きつけるつもりだったんだが、それだと弾かれる恐れがあったから結果オーライってことにしておこう。


「ありがとう、大和。全力で戦ってくれて」

「俺のほうこそ、ありがとう」


 俺に負けたとはいえ、プリムは心の底から嬉しそうだ。

 自分より強い相手としか結婚しないと言っていたプリムは、たった今、初めて負けた。

 それも俺にだ。

 決闘を申し込むまで気付かなかったが、どうやら俺とプリムは両想いだったらしいから、プリムにとってこの決闘は、ある意味では儀式みたいなもんだったんだろう。


 だけどプリムは、最初から負けるつもりで決闘を受けたわけじゃない。

 俺も負けるわけにはいかなかったから、お互いに本気で戦った。

 結果、紙一重だったとはいえ、俺がその決闘を制したわけだから、俺としても心から安心して力が抜けた。

 さすがにその場にへたり込むなんて醜態をさらすつもりはなかったが、それでも気を抜いたら倒れそうなほど消耗したのは間違いない。

 それに決闘を挑んだ目的はプリムに勝つことだけが目的じゃないから、俺からプリムに告げるべきだろうな。


「プリム、俺と結婚してくれるか?」

「はい」


 満面の笑みで答えてくれたプリムが、すごく眩しかった。


 この世界は女性比率が高いこともあって、男から告白した場合はプロポーズを意味するそうだが、俺はあえて結婚という言葉を口にした。

 俺の世界じゃ付き合うイコール結婚じゃなかったから、どうしても言葉にしたかったんだ。

 出会ってまだ10日程度だが、恋に時間は関係ないんだってことがよくわかったよ。


 あ、レックスさんとローズマリーさん、それとグラムは、決着が着いた後に一言二言声をかけてきて、それから戻っていったから、今ここにはいない。

 ミーナが追い出したって言えなくもないんだが。


「おめでとう、プリム。大和君、女らしいことには興味を持たなかった娘だけど、末永くよろしくお願いします」


 義母になるアプリコットさんが、丁寧に頭を下げてくれた。

 アプリコットさんも認めてくれたことが俺には嬉しかったから、俺もすぐに頭を下げて返礼した。


「至らないところもあると思いますが、必ず幸せにします。これからもよろしくお願いします、お義母さん」

「こちらこそ、婿様」


Side・プリム


 あたしにとって、今回限りではあるけど、勝敗はどうでもいいことだった。

 だけどやるからには勝つ、そんな意気込みで決闘に挑んだんだわ。


 だけどあたしは、大和に負けた。

 言い訳をするつもりはないし、そんな余地もなかったから、あたしとしても文句はない。

 なによりこれは、大和があたしをものにするために挑んでくれた決闘なんだから、あたしとしてはこの結果にも満足だわ。


 そして大和は、あたしにプロポーズをしてくれた。

 あたしは迷うことなく受けたし、母様も祝福してくれた。

 フィール着くまで、何度も夜這いしろって言われてきたけど、そんなことをしてたら心のどこかにしこりが残ったと思う。

 だけど大和に負けた今は、心から大和を受け入れることができる。

 負けて満足することがあるなんて思いもしなかったけど、今のあたしはすごく晴れやかな気分だわ。


「おめでとうございます、プリムさん」

「おめでとうございます」


 決闘を見届けてくれたミーナとフラムも、あたしを祝福してくれた。


「ありがとう、ミーナ、フラム。次はあんた達の番よ?」

「は、はい」

「が、頑張ります」


 ミーナもフラムも、大和に恋をしている。

 レベッカに見抜かれて、初めてお互いを意識したとはいえ、みんながみんな大和に恋してたのは見ればわかったから、あたし達は3人揃って大和と結婚するために動くことに決めたの。

 2人とは長い付き合いになるとは思っていたけど、まさかこんなことになるなんて、さすがに思わなかったけどね。

 順番は大和との付き合いが長い順ってことであたしからになって、次はミーナ、最後がフラムに決まった。

 フラムの方が出会ったのは先なんだけど、大和との付き合いはミーナの方が長いからってことで、レベッカがそう決めちゃったのよ。

 あの子、本当に怖いわ。

 予定じゃあたしから決闘を申し込むことになってたんだけど、実際には大和の方から申し込んでくれたし、レベッカはその可能性も示唆していたんだから。


 だけどそのことは、大和には内緒にしている。

 婚約した瞬間から隠し事をしているわけだけど、こればっかりは大和に伝えるわけにはいかないのよ。

 なにせ大和の世界は一夫一妻が普通だから、3人の女と結婚するには抵抗があるんじゃないかって思えるし、その認識を少しでも変えるのが、最初に告白されたあたしの役目でもあるの。


 それもこれも、全ては大和が、ヘリオスオーブに留まることを決めてくれたからよ。

 そうじゃなかったら、元の世界に帰る方法があったら、大和は帰ることを選んだかもしれないんだから。


「それにしても、すごく疲れたわ。魔力は少し休めば回復するけど、グリーン・ファングと戦った時でも、ここまで消耗しなかったわよ」

「それは俺もだな。こんなに疲れたのは、ヘリオスオーブに来てからだと初めてだ」


 ブラック・フェンリルを倒した時でも息一つ乱さなかった大和だけど、あたしとの決闘では魔法、刻印術の使用が禁止されていたせいもあってか、かなり消耗している。

 もしかして、けっこうギリギリだったのかしら?


「大和、あたしは魔力が限界だったから、あのタイミングで仕掛けるしかなかったんだけど、大和はまだ余裕あったのよね?」

「いや、俺もあんまり余裕はなかったな。あのままだったら先にプリムが倒れるとは思ってたけど、そんな決着は認められないし、その後で俺も立てなくなっただろうから、プリムが仕掛けてこなかったら俺から行くつもりだった」


 大和もけっこうすごい汗をかいてるから、本当にギリギリだったみたいね。

 あたしは限界だったこともあって、少し焦ってたのかもしれないわ。

 言い訳だけどね。


「それでもプリムの負けに変わりはないし、文句もないんでしょう?」

「ないわ。むしろあたしの一撃を受けてくれたんだから、感謝してるわよ」


 あたしの初撃を受け流した大和だけど、あの動きなら、わざわざ受け流す必要はなかったと思う。

 まさかあえて突っ込むことで槍の勢いを殺して、武器を損なうことなく受け流されるとは思わなかったし、本当に一瞬だけど怯んだあたしの隙をついて、勝負を決めることだってできたはずよ。


「プリムに決闘を申し込むと決めた時から、どうやって槍の一撃を避けるか、散々シミュレーションを繰り返してたからな。幸い、俺の通ってた学校に槍の達人がいるから、先生との修行を思い出しながら対策を練れたのも大きかった」


 大和の師匠って、本当に化け物ばかりなのね。

 いまだに一本もとったことがないっていう話だけど、それってあたしじゃ絶対に勝てないってことじゃない。

 槍との戦いに慣れてるように感じたけど、本当に慣れてたのね。


「それだけじゃなく、プリムの戦いを何度も見てたからな。動きも速度も、だいたいは把握できていたよ。パワーだけは未知数だったから、あの時反撃できなかったけど」


 大和もあんまり余裕がなかったのね。

 ということは勝敗を分けたのは、お互いの戦いを見ていたかどうかってことになるのかしら?

 大和が剣を使ってるところなんて、あんまり見なかったし。


「それはあるかもしれないな。勝負してみてわかったけど、力量も魔力もほとんど互角だったから、俺も絶対に勝てるとは思えなかった。しかもプリムは槍を使うから、接近できなきゃ厳しかったしな」


 耳が痛いわ。

 だけどあたしは初撃で決めるつもりだったから、あの一撃に全身全霊を込めていたのよ。

 二撃目の薙ぎ払いは癖だからそれなりの攻撃力はあったと思うけど、初撃に比べると威力は落ちてたと思うし。


 それにしても決着がついたばかりなのに、なんであたし達はこんな話をしてるのかしら?

 こっちの方が性に合ってるとは思うけど、婚約したばかりの恋人同士の会話じゃないわよね。

 あたし達らしくていいかもしれないけど。


 いつまでもここにいても仕方ないから、まずは外に出て、どうするかを考えましょう。


「プリムさん、私は明日、告白してみようと思います」

「私はプラダ村に出発する前にと思ってますけど、難しいようなら道中でということになります。婚約されたばかりで申し訳ないですが……」


 大和が母様やラウス、レベッカから祝福の言葉をかけてもらっている最中に、ミーナとフラムが自分達の決意を口にした。

 ミーナはオーダーズギルドで仕事が、フラムは狩りに行く途中だったから、あまり長くは引き留めておけない。

 だからあたし達は、手早く予定を話し合うことにしたの。


 どうやらミーナは明日、フラムは明後日以降に大和に告白することに決めたみたい。


「気にしないで。あたしはこの後、神殿に行ってくるわ。本当なら3人同時に結婚したかったんだけど」

「気にしないでください」

「そうですよ。それにプリムさんが結婚していただかないと、私達は結婚できないんですから」


 一夫多妻とはいえ、最初の結婚だけは、必ず2人でないと誓いが聞き届けられない。

 だからあたしが結婚しておかないと、2人は大和と結婚することができないの。

 2人目以降は、同時でも問題ないんだけどね。


「ありがとう。2人なら、大和も受け入れてくれると思う。あたしも応援するから頑張ってね」


 懸念事項はあるけど、あたしもフォローするつもりだし、いずれ大和はアミスターの貴族を押し付けられるだろうから、今のうちに複数の妻がいるに越したことはないわ。

 領代の3人は大丈夫だと思うけど……いえ、アーキライト子爵のお子さんはまだ小さいし、ソフィア伯爵のお嬢さんは2人とも結婚してると聞いてるから大丈夫だけど、フレデリカ侯爵は微妙なところね。

 まだ独身だし、結婚相手を探してるって聞いてるから、無理やりねじ込んでくるかもしれないわ。


 だけどあたしだけじゃなくてあの子のこともあるから、今日明日に話を持ってくることはないと思う。

 何しろ大和の功績やレベルを考えれば、王族を押し付けられてもおかしくはないんだから。

 それならまだ、シングル・マザーの方が可能性が高いわね。

 フレデリカ侯爵ならあたしは構わないけど、大和がどう思うかが問題になるわね、その場合は。

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