決闘

Side・プリム


 母様のヒーラー登録が終わると、サフィアさんはギルドの職員に仕事が溜まってるからということで、無理やり連れていかれてしまった。

 名残惜しそうだったけど、ヒーラーズギルドの仕事は直接人の命に関わることが多いから、無理をしない程度に頑張ってもらいたいものだわ。


「これで私もヒーラーね。まだ駆け出しだしギルドに常駐することは難しいから、しばらくは治癒魔法ヒーラーズマジックを覚えることに集中することにしましょう」


 母様としてはヒーラーズギルドに常駐したいそうなんだけど、まだ全てが片付いたわけじゃないから、あたしと大和が全力で止めて、サフィアさんもそれに同意してくれたから、母様も渋々だけど諦めてくれたわ。

 いずれは常駐してもらってもいいと思うけど、まだサーシェス・トレンネルとパトリオット・プライドが残ってるし、レティセンシアの工作員も近くにいるんだから、それが片付くまではフレデリカ侯爵の屋敷で大人しくしててもらわないと。


 ちなみにこれが、母様のヒーラーズライセンスよ。


 アプリコット・ハイドランシア

 36歳

 Lv.32

 獣族・フォクシー

 ヒーラーズギルド:アミスター王国 フィール

 ヒーラーズランク:ティン(G-T)


 ヒーラーズランクは、試験に合格しなければ昇格できないそうよ。

 該当ランクの魔法が使えることは大前提で、どういった状況で魔法を使うのかとか、効果的に使うにはどうすればいいのかとか、こういった場合に使ったらどうなるのか、といった知識も必要になるの。

 聞いてるだけで頭が痛くなってくるけど、ヒーラーにとっては常識だそうだし、母様もそれぐらいは勉強していたそうだから、後は治癒魔法ヒーラーズマジックを使えるようになったら試験を受けるそうよ。

 あたしも、手伝えることは手伝おうと思っているわ。


 だけどその前に、どうしてもやらなければいけないことがあるのよね。


「プリム、頼みがあるんだがいいか?」


 そう思ってたんだけど、先に大和が口を開いちゃったから、あたしは喉まで出かかっていた言葉を飲み込んでしまった。


「な、なに?」

「決闘を申し込む。俺と勝負してくれ」

「別にいいけど……えっ!?」


 ちょ、ちょっと待って。

 大和があたしに決闘を挑んだってことは……もしかしなくてもそういうことなの?


「あらあら、これは嬉しい展開ね。どうするの、プリム?」


 母様はちょっと黙ってて!


「そんな目で睨んできても、そんなに尻尾を振ってたら意味ないわよ?」


 言われて気が付いたけど、あたしの尻尾は、かつてないほど激しく左右に振られていた。

 ちょっと!

 止まってよ、あたしの尻尾!!


「あー、その、なんだ。もしかしてプリム……」


 気付かれた!

 これは絶対に気付かれたわ!

 でもいいわよ!

 大和もあたしのことを想ってくれてたなんて、嬉しくて仕方ないんだから!!

 だけどなんで、母様の前でそんなこと言ったのよ!?

 いや、あたしも同じこと言おうとしてたんだけどさ!


「アプリコットさんの前でプリムに勝てば、アプリコットさんにも認めてもらえると思ったからな」


 そこまで考えてたなんて……。

 尻尾がさっきより激しく振れてるけど、もうどうでもいいわ。


 だけど大和からは、どうしてもあたしに勝ちたいっていう気迫が伝わってくる。

 あたしに勝って、あたしの理想を叶えようとしてくれている。

 だったらあたしも、全力で受けて立つわ。


「わかったわ。場所はオーダーズギルドの訓練場でいい?」


 ハンターズギルドにも訓練場はあるけど、地上も地下もほとんどが鑑定室で占められていることもあって、かなり狭い。

 普通なら問題ない広さなんだけど、あたし達が戦うのには狭すぎる。


 対してオーダーズギルドは、戦闘訓練も業務の一環になってるし、オーダーが集まることもあるから、訓練場はかなり広い。

 もちろんオーダーズマスターの許可は必要だけど、そっちは多分大丈夫だと思う。


「外に出るわけにはいかないからな。問題ない」

「魔法、刻印術はフィジカリング以外使用禁止。武器は木剣、木槍でいいかしら?」

「もちろんだ。俺も刻印術を使うつもりもなかったし、刻印法具も使わない」


 刻印法具も使わないなんて、本当に自分の力だけであたしに勝つつもりね。

 だけどそれは、羽纏魔法を使えないあたしも似たようなものだから、条件としては五分になる。

 実際はレベル差があるけど、翼族のあたしは大和とのレベル差ぐらいなら何度も覆してきたから、そっちでも対等になると思う。


「勝敗は、先に有効打を入れた方の勝ちってことでいい?」

「ああ。それと武器が壊れる可能性が高いから、格闘戦もありってことにしよう」


 マナリングも使ってない木剣や木槍じゃ、まともに打ち合えばすぐに壊れるものね。

 それは刃引きした武器でも変わらない、というか、もっとひどいことになるだろうから、他に選択肢もないか。

 マナリングを使えば刃引きした武器でも多少は使えるけど、あたし達の魔力なら普通に人を斬れるようになっちゃうしね。

 そういうことなら格闘戦ありも止むを得ないか。


「いいわよ。それじゃあ行きましょうか」

「ああ」


 傍から見れば物騒な会話だけど、あたし達は互いに本気も本気。


 そのせいもあってか、あたし達は一言も言葉を交わさずにオーダーズギルドの訓練室に到着してしまった。

 だけど不思議と、気まずいとは思わなかったわね。

 大和の実力を肌で感じてみたかったっていうのもあるし、何よりこの決闘は、大和があたしをものにするために挑んでくれたもの。

 互いに惹かれあってることはわかったし、それだけでも十分なんだけど、やっぱりあたしとしては、あたしより強い男にこの身を任せたい。


 だから大和、あたしは一切の手を抜かないわよ。


Side・アプリコット


 今日はいい日だわ。


 フレデリカ侯爵の屋敷でも不自由なく過ごさせてもらっていたけど、ここまで嬉しいことはなかった。

 主人と結婚した時やプリムが生まれた時にも同じような気持ちになったけど、今日はそれ以上かもしれないわ。


 プリムより強い男の人が現れるなんて思ってもいなかったから、大和君がプリムに決闘を挑んでくれたことは本当に嬉しい。

 プリムに決闘を挑むということは、大和君がプリムに惹かれていて、しかも元の世界には帰らないと言ってくれたも同然。

 プリムも今まで見たこともないほど激しく尻尾を振っていたから、お互いに気付かなかっただけで、両想いだったことも間違いないわ。


 だけどだからこそ、プリムも大和君も本気で戦うことを決意している。


 プリムに決闘を挑んだ人は多かったけど、私は一度も心配したことはなかった。

 プリムよりレベルの高いハイクラスの人でさえ、プリムのフィジカリングとマナリング、そして羽纏魔法の前に、膝を屈した姿を何度も見てきたんだから。


 だけど今日、初めて心配する気持ちが湧き上がってきている。


 プリムもハイクラスに進化したし、大和君のアドバイスで新しい羽纏魔法まで編み出してしまった。

 この数日で、48だったレベルも54まで上がっているから、プリムに勝つのはPランクハンターでも難しいと思うし、実際に勝てる人となると、エンシェントクラスに進化しているというグランド・ハンターズマスターぐらいかもしれないと思っていた。

 普通ならハイヒューマンでレベル59、Gランクハンターの大和君も勝てないと思うんだけど、彼はプリムが成長するきっかけを作ってくれた人でもある。

 極炎の翼だって、大和君のアドバイスがあったからこそ誕生したと言ってもいいわ。


 その大和君と本気で戦うんだから、いくらプリムが成長しているとはいっても、どうしても心配してしまうものよ。


「プリム、勝算はあるの?」

「ないわよ。だけど大和は正面からの勝負を望んでるし、あたしもそう。だから勝敗はどうあれ、あたしはあたしの全力を尽くすだけよ」


 今までのプリムは、決闘こそ真剣に挑んでいたものの、決闘の前は常に面倒くさそうにしていた。

 プリムの心を動かす人がいなかったということもあるけど、公爵家の権力と財力を狙って、当時はまだ令嬢だったプリムに挑んできた人ばかりだったんだから、それも当然かもしれない。


 だけど大和君は、そんなものは最初から眼中にすらない。

 純粋にプリムに惹かれているからこそ、本気で挑んでくれようとしている。

 だからプリムも、今はとてもいい顔をしているわ。


 願わくばプリムには勝ってもらいたいけど、心の中では大和君を応援している自分もいる。

 これじゃ母親としては失格かもしれないわね。


「準備はいいですか?」


 中央に立っているのはオーダーズマスター。

 ハイヒューマンの男性で、この決闘の審判を引き受けてくれたの。

 まさかオーダーズマスターが引き受けてくれるとは思わなかったけど、オーダーズギルドも2人には助けられているそうだし、他の人だと審判が務まらないんじゃないかという判断だそうよ。

 ちなみにオーダーズマスターは、レベル47なんですって。

 他にもサブ・オーダーズマスターであるハイオーガの女性と、部下のハイヒューマン、フィールの街を案内してくれたオーダーズマスターの妹さん、先日プラダ村で会った子達もいるわね。

 サブ・オーダーズマスターはレベル45、ハイヒューマンの方はレベル43だから立ち合いということなんでしょうけど、他の子達はおそらく違う。

 プリムに聞きたいことができたけど、この場にいるってことは2人の関係も知っているだろうし、もしかしたらあの2人はそうなのかもしれないから、立ち会う資格はあるってことなんでしょう。


「いつでも」

「いいわよ」


 2人が中央に進んで武器を構えると、オーダーズマスターが上げていた手を勢いよく振り下ろした。


「それでは、始めっ!」


 開始の合図と同時に、2人とも全力でフィジカリングを使ったのがわかった。


「す、すごい……」

「レベル50オーバーのハイクラスって、こんなにすごい魔力なんだ……」


 ラウス君とレベッカちゃん、だったかしら?

 2人が驚くのも当然で、私もこんなに凄い魔力を感じたのは初めてだわ。


「動かない……?」

「どうしてなんですか?」

「武器が木製だからだと思います。フィジカリング以外の魔法は使用禁止と聞いていますから、打ち合った瞬間に武器は粉々に砕け散ってしまいます。ですから多分、お互いの隙を狙っているんだと」


 あっちのウンディーネがフラムちゃんで、オーダーズマスターの妹さんがミーナちゃんだったわね。

 ローズマリーさんが解説してくれるけど、さすがにサブ・オーダーズマスターだけあって、2人の狙いがわかるのね。

 私も戦いのことはわからないから、すごく助かるわ。


 2人が武器を構えて一歩も動かないまま、どれぐらいの時間が経ったのかしら?

 体感では1時間以上は経ってると思うんだけど、もしかしたら1分も経ってないかもしれない。

 見てるこっちが疲れることがあるなんて……。


 単純な魔力なら、レベルが高い大和君の方が多いんでしょうけど、翼族のプリムは、少々のレベル差ならば覆してしまう。

 その2人の魔力が拮抗しているからなのか、ものすごい圧迫感を感じるわ。

 ミーナちゃんもフラムちゃんもラウス君もレベッカちゃんも、審判のオーダーズマスター、立ち合いのローズマリーさん、グラムさんもすごい汗をかいているし、多分私もそうだと思う。

 戦ってるのがプリムじゃなかったら、私は逃げ出していたかもしれないわ。


 だけど愛する娘が、愛する人の気持ちに応えて全力で挑んでいるのだから、母である私が逃げ出すことは許されない。

 どんな結果になろうと、私にはこの決闘の結末を見届ける義務がある。


 だから頑張って、プリム。


 勝ってください、大和君。


Side・ミーナ


 大和さんとプリムさん、ハイクラスの中でも、おそらくは上位の実力を持つお2人が全力で向かい合っている姿は、本当にすごい光景です。

 魔力が拮抗しているばかりか、お互いの隙を見つけることができず、一歩も動くことさえできない……こんな勝負、見たことがありません。


 昨夜魔銀亭でレベッカちゃんに焚き付けられたとはいえ、最初に大和さんと出会い、それからずっと一緒に過ごしていたプリムさんからと順番まで決めてしまった私達ですが、まさか今日、オーダーズギルドの訓練場で決闘することになるとは思ってもいませんでした。


 何度かお会いして思ったことですが、大和さんの想いは、間違いなくプリムさんに向いています。

 ですがプリムさんは気が付いていませんし、大和さんもプリムさんの想いに気付いていません。


 だからなのか、プリムさんは動くことを決められたのですが、それは大和さんも同じだったようです。


 悔しいですけど、お似合いのお2人なのですから、素直に祝福できます。


 そんな私にも、プリムさんはチャンスをくださいました。

 順番を決めていたとはいえ、プリムさんは認めてくださったんです。


 だからこそ、私達はここから動くこと、逃げることは許されません。

 ここで逃げてしまえば、私には資格がなくなってしまいます。

 皆さんはそんなことは言わないでしょうが、私自身が納得できません。


 それが大和さんに一目惚れしてしまった私の義務、責務でもあります。


 どんな形になろうと、私は決着がつくまで、絶対にここを動きません。


 だから勝ってください、大和さん。


Side・フラム


 お2人と初めて会ったのは、私の故郷のプラダ村でした。

 その時は少しお話をして、魔法の使い方を教えていただいたぐらいでしたし、フィールに行くことがあったらお礼を言おうと思っていた程度でした。


 ですがフィールに来てから、私は2回も、それも同じ日に、同じような相手に、同じような方法で人質になってしまいました。


 その私を助けてくれたのが大和さんです。

 その時、私の胸は高鳴り、初めての気持ちに戸惑いました。


 夜、妹のレベッカに言われて自覚しました。

 これが恋なのだと。


 ですがお2人も大和さんに恋をしていて、聞く限りでは大和さんの気持ちはプリムさんに向いているようでした。


 だけど、ここはヘリオスオーブ。

 女性比が高いこともあって、昔も今も、身分を問わずに一夫多妻が普通の世界です。


 大和さんの気持ちがプリムさんに向いていたとしても、他にも大和さんに恋している方がいたとしても、大和さんと結ばれることの障害にはなりません。

 それどころかお2人も、私と同じことを考えていました。


 だから私は、プリムさんには感謝しています。

 この決闘は大和さんから挑まれたそうですが、だからと言って、私やミーナさんを呼ぶ必要はありません。

 なのにプリムさんは、私達を探してくださったんですから、私は最後まで見届けなければなりません。

 ここで恐怖に負けて逃げてしまえば、それは私にとって、一生越えられない障害となるでしょう。


 だから私は見届けます。


 大和さんの勝利を信じて。

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