母狐の治癒士登録
アマティスタ侯爵家で報告を終え、晴れて自由の身になった俺達は、アプリコットさんの希望でヒーラーズギルドに向かうことになった。
アプリコットさんが回復魔法を得意としてることは聞いていたが、この機会に登録したいと言われてしまえば、護衛としてはついていくしかないしな。
それにオネストも久しぶりに外出できるから、けっこう嬉しそうだ。
後でジェイドとフロライトに会わせてみよう。
「着いたわよ、母様。ここがヒーラーズギルドよ」
「清潔感のある建物ね」
「入院施設もあるそうですし、緊急事態に備えるために24時間開いているそうです。常駐しているヒーラーも多いそうですよ」
24時間開いているのは助かるよな。
怪我も病気も時間、身分すら問わないんだから、いつでも来ることができるっていうのは精神的にも安心できる。
もちろん常駐していないヒーラーも多いんだが、そういった人達はオーダーだったりハンターだったりすることもあるし、貴族なんかだと常駐自体が難しいこともある。
そういう場合は主にプライマリー・ヒーラーっていう、いわゆるかかりつけ医になったり、緊急時の呼び出しを了承することでギルドに貢献しているそうだ。
あとヒーラーズランクは、覚えている魔法の比重が高く、試験を受けることでランクアップすることになるそうだ。
「あたしはブラッド・ヒーリングまでしか使えないから、ヒーラーズランクだとBランクになるわね。もちろんヒーラー登録することで覚えられる
なるほどな。
俺もプリムもハンターズギルドに登録してるから、同じ
使い勝手がよくて助かってるが、
職員しか使えない魔法はもちろん、ギルドマスターとか役職の高い人しか使えない魔法も存在する。
そもそも使うには、魔法の概要を理解している必要があるから、特に数の多い
その
「私が調べた限りでは、大和君の考えてる通りみたいよ。私は欠損部があれば接合することができるノーブル・ヒーリングまで使えるけど、ノーブル・ヒーリングはGランクに該当するわね」
条件次第とはいえ、部位欠損を治すことのできる魔法もあるのか。
って、あれ?
ということは、ハイ・ヒーリングじゃ治せないってことか?
「ええ、無理よ。いえ、ハイ・ヒーリングならできなくもないんだけど、条件が厳しいのよ。なにしろ切断されてすぐ、しかも切断面が綺麗じゃないといけないから、ほとんど無理と思って間違いないわ」
それは厳しいな。
ノーブル・ヒーリングは食い千切られてズタズタの状態でも治すことができるらしいから、万に一つの可能性に賭けるような状態でもなければ、ノーブル・ヒーリングを使うことがほとんどだっていうのも納得だ。
「それじゃあ登録しちゃうわね。そんなに時間はかからないと思うけど、どこかに行くなら行ってもいいわよ?」
「いえ、特に用はないですし、久しぶりの外出なんですから今日は付き合いますよ」
「護衛契約はもう終わってるんだから、無理に付き合ってくれなくてもいいのよ?」
「そういうわけじゃないんですけどね」
アプリコットさんとの護衛契約は終わってるから、今は俺の好意ってことになっているんだが、それだけが理由じゃないんだよ。
「私としてはありがたいんだけどね。それじゃあ登録してくるわ」
「ええ、いってらっしゃい」
ハンターどももいなくなったし、特に護衛する必要もないと思うんだが、ヒーラーズギルドの登録とかも興味あるから、俺はアプリコットさんの後ろから様子を見ることにしてみた。
プリムも興味あるみたいで、俺の隣で見ている。
「後ろから見られていると、なんか落ち着かないわね。終わったからいいんだけど」
なんかすいません。
だけど興味があったんです。
「申込書はどこのギルドでも共通よ。ライブラリーに表示できるようにするから、変えようがないっていう理由もあるみたいだけど」
「仰る通りです。では登録しますので、しばらくお待ちください」
「ええ」
ヒーラーズギルドもそうだが、ギルドの受付の人も、しっかりとギルドに登録している。
ハンターズギルドはSランク以上のハンターはそれほど多くないが、それは覚えている魔法でランクが決まるヒーラーズギルドも同じらしい。
「お待たせしました。こちらがヒーラーズライセンスです。こちらに血をお願いします」
他のギルドのライセンスを見たのは初めてだが、違いは色だけみたいだな。
俺とプリムが持ってるハンターズライセンスは赤だが、ヒーラーズライセンスは白い。
同時に3つのギルドまでなら登録することができて、その場合は後から登録したギルドからユニオンライセンスというものが発行され、先に登録したギルドのライセンスはその場で破棄される規則になっている。
カードの基本色は最初に登録したギルドのものになり、後から登録されたギルドのマークが、それぞれの色で記されることになるそうだ。
もちろんギルドマークは原色じゃなく、黒か白で縁取られてだけどな。
「ありがとうございます。それではこれで登録は終了になります。続いて現在習得されている回復魔法を見せていただきますので、第二診察室までお願いします」
「わかりました」
おっと、これで終わりかと思ってたのに、ヒーラーズギルドだと回復魔法の実演をしなきゃいけないのか。
どうやらこれは、申込書に記入するだけして使えないといった事態を防ぐために、設立当初から決められている規則なんだそうだ。
どんな治療をするかはヒーラーによって異なり、実際過去にはブラッド・ヒーリングまで必要なのに、ハイ・ヒーリングで済ませて、暴利をふんだくる悪徳ヒーラーもいたらしい。
しかもヒーラーズギルドが詳しく調べてみたら、そのヒーラー、実はブラッド・ヒーリングは使えなかったことが発覚したから、かなり大きな問題になったそうだ。
当然だが、その悪徳ヒーラーはヒーラーズギルドを除名になり、王家に引き渡された上で処刑されたらしいぞ。
ヒーラーズギルド設立者の
「ここがヒーラーズギルドの診察室か。俺の世界の病院とあんまり変わらないな」
診察室にはヒーラーが座る椅子とカルテを置く机に棚、それと簡易ベッドがあるだけだった。
個室になってはいるが部屋の奥にドアはなく、緊急の場合はすぐに患者を運ぶことができるようになっているそうだ。
「初めまして、私はフィールのヒーラーズマスターをさせていただいている、サフィア・シュタルシュタインと申します」
その診察室にいたのは、まさかのヒーラーズマスターだった。
種族はアプリコットさんと同じフォクシーだが、毛色はプリムと同じ白で、名前から判断すると貴族出身だろう。
というか、ヒーラーズマスターも女性なのか。
まあ人口比からすれば、珍しくないんだが。
「まさか、ヒーラーズマスターがいらっしゃるとは思いませんでした」
「私もフィールに住む者として、そちらのお2人には感謝していますから。それにフレデリカ侯爵からも、アプリコット様が登録に来られると連絡がありましたので、感謝も込めてお会いさせていただこうと思いまして」
ここでヒーラーズマスターが出てきたのって、俺達のせいかよ。
というか、アプリコットさんのことを知ってる感じだけど、それもフレデリカ侯爵から聞いたのか?
「覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私はシュタルシュタイン侯爵家の長女でして、20年前にハイドランシア公爵とアプリコット様の結婚披露宴に出席させていただいたことがございます」
「そ、そうだったんですか?覚えておらず、申し訳ありません」
「お気になさらず。アミスター陛下の名代ではなく、名代の付き添いとして出席したのですから、覚えてらっしゃらなくても無理もありません」
まさかの繋がりだな。
さすがに予想できんかったぞ。
聞けば家督は、最近年の離れた弟さんが継いだそうで、サフィアさんとしては心置きなくヒーラーとしての活動に専念することができ、気が付いたらフィールのヒーラーズマスターになっていたとか。
ヒーラーズマスターになるには、Aランクに該当するエクストラ・ヒーリングっていう魔法が使えなきゃいけないそうだから、ヒーラーとしての実力は、間違いなく一流だ。
Oランクになるためには、リヴァイバリングっていう先天性欠損回復魔法を使えるようにならなければならないんだが、エクストラ・ヒーリングまでとは難易度が桁違いってこともあって、ギルド設立者の
ちなみにシュタルシュタイン侯爵領は王都の東にある、海に面した風光明媚な土地だそうだ。
「まだまだ話は尽きませんが、今は魔法の確認中になりますから、先にそちらを済ませてしまいましょう」
「ええ、お願いします」
「はい。申込書によりますと、アプリコット様はノーブル・ヒーリングまで使うことができるそうですね。お手数ですが、こちらのメディカルドールに使っていただけますか?」
「わかりました」
メディカルドールって何ぞや?と思っていたら、サフィアさんが教えてくれた。
メディカルドールは、回復魔法の練習や試験の際に使用される人体を模した人形のことで、様々な魔物の素材や魔石、鉱石が使われている魔道具だ。
なんでも回復魔法で、外傷に相当する傷を塞ぐことができるらしい。
一体で神金貨が何枚も飛ぶすさまじく高価な物で、万が一このメディカルドールを盗んだりすれば、身分の大小に関係なく死刑になるらしい。
「そんな魔導具があるんですね。知りませんでした」
「用途は回復魔法の練習ぐらいしかありませんからね。一応人体を模してはいますが、使っている素材のせいでとても人間には見えませんから、身代わりにもなりません。シルエットならわかりませんが、そのためにメディカルドールを使うなんて、お金がかかり過ぎますし」
だな。
単に人型の影を窓とかに映し出すだけなら方法はいくらでもあるから、そのためだけにメディカルドールを使うなんて、費用効果が悪すぎるにも程がある。
なにせ目の前にあるメディカルドールは、魔物の毛皮がチグハグに縫い合わされたサンドバッグに、手足頭がついてるようなもんなんだからな。
いや、影だけでなら、しっかりと人間に見えるぞ。
ちなみに今は、アプリコットさんがノーブル・ヒーリングを使うことを確認するために、右腕が切断された状態になっている。
「それではいきます。『ノーブル・ヒーリング』」
おお、切り落とされてる右腕部が、しっかりと繋がってく。
初めて見たけど、これはすごいな。
「お見事です。元々ノーブル・ヒーリングは、
サフィアさんが満面の笑顔で答えてくれたが、実際にノーブル・ヒーリングを使えるヒーラーは、大きな街とかなら何人かは配属されているが、小さな村だと1人もいないことがあるそうだ。
もちろんそんなことがないようにヒーラーズギルドとしても調整をしているが、高ランクヒーラーも数は少ないし、優秀なヒーラーは領主としても手放したくないから、基本的に領内での移動がメインになってしまい、その結果小さな村にはSランクヒーラーしか回せないこともあるらしい。
サフィアさんはヒーラーズマスターになることができたから、シュタルシュタイン侯爵領から王家直轄領のフィールに配属されたが、これはフィールの前ヒーラーズマスターが引退したためなので、シュタルシュタイン侯爵としても引き留めることができなかったという事情がある。
Aランクヒーラーは、シュタルシュタイン侯爵領だけでサフィアさんを含めて6人と、アミスターでも最多数だったことも理由になっているらしい。
ハンターズギルドも大変だと思ったが、ヒーラーズギルドもけっこう大変なんだな。
この分じゃ他のギルドも、似たような事情を抱えてそうだよなぁ。
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