悩める侯爵
Side・フレデリカ
こういう時、なんて言ったらいいのかしらね?
いえ、今回の依頼は早期達成が望ましいし、あの2人ならそれぐらいはできると思っていたんだけど、まさかトレーダーズギルドに立て籠もったノーブル・ソードを生け捕りにしたばかりか、1人も殺さずに全てのハンターを捕らえるなんて思わなかったわ。
ブラック・フェンリルやグリーン・ファング、ゴブリン・クイーン、エビル・ドレイクといった国を傾ける、あるいは滅ぼすことのできる異常種、災害種を簡単に討伐してくるんだから可能性はあったんだけど、それでも1人2人ぐらいは命を落とすと思っていたのに。
「フレデリカ様、先程先触れが参りました。あと30分程で到着するとのことです。また、今回はアプリコット様も同席なさりたいと仰っておられますが、いかがなさいますか?」
「同席していただきまましょう。フィールに来られてから、プリムローズ嬢とはお会いになられていませんから」
「かしこまりました」
父の頃からアマティスタ侯爵家に仕えてくれているラミアのGランクバトラー ミュンが、一礼して下がる。
バトラーだけど父の妻の1人でもあるし、私も母上と慕っていたんだけど、子供ができなかったこともあって、父の死後は侍従長として私を支え続けてくれている、私にとっては頼れる女性よ。
私の実の母は、アマティスタ侯爵領領都メモリアで雑務を引き受けてくれているからここにはいないんだけど、その分彼女には、たっぷりと甘えさせてもらっているわ。
そこまで頭に思い浮かべてから、私は今の問題を思い出した。
プラダ村から来てくれた子達が、新しくハンターになってくれたのは良かったんだけど、それでもCランクが1人、Iランクが2人と、正直戦力としては心許ない。
もちろん本来ならこれが普通で、登録と同時にGランクになるあの2人のほうがおかしいのはわかってるんだけど、フィールの現状を鑑みると、1人でも多く、優秀なハンターが欲しいところだわ。
本来なら近隣の街から応援のハンターを呼ぶところなんだけど、完全にこちらの都合で呼ぶことになるから、場合によっては依頼という体裁を取らざるをえないかもしれないわね。
「失礼します。フレデリカ様、アプリコット様をお連れしました」
「ありがとう」
「失礼します、フレデリカ様。私の希望を聞き届けてくださって、感謝します」
「お気になさらず。むしろご令嬢がフィールを救ってくださったのに、屋敷に軟禁状態になってしまっているのですから。やむを得ないこととはいえ、現状をお詫びさせていただきます」
現在アプリコット様は、アマティスタ侯爵家の客人として滞在されている。
プリムローズ嬢の母君でもあるから、ソフィア伯爵もアーキライト子爵も快く協力してくれているわ。
それにソフィア伯爵は、彼らが従魔契約したヒポグリフに強い興味を持っているし、アーキライト子爵は奥方の従魔だったワイバーンを殺したハンターの件でとても感謝しているから、彼らとの関係も良好と言ってもいいものになっているのも大きいわね。
だけどハンターの数が少ないという現状は、さすがに問題になる。
もちろんこうなることを承知の上で捕縛を決定したから、オーダーズギルドもしばらくはハンターズギルドの依頼をこなすことになっているし、私達の部下でハンターズギルドに登録している者も手伝うことになっているんだけど、そちらを優先させてしまうと、治安や警備の面で問題がでてきてしまう。
幸いなことに、魔物に命を奪われた者は出ていないけど、怪我を負わされた者は少なくないし、泊りがけで狩りに出向く者もいるから、人手は全く足りていない。
本当に頭の痛い問題だわ。
「それでフレデリカ様、これからプリムや大和君が来ると聞いていますが、問題は解決したのですか?」
「はい。お聞きになられていると思いますが、彼らにはライセンスを剥奪されたハンターの捕縛を依頼しており、先程全員を捕らえたと報告がありました。残っているのは解任されたハンターズマスター、サーシェス・トレンネル、彼の護衛をしているパトリオット・プライドというレイドですが、こちらはまだフィールに戻ってきていませんし、もしかしたら王都で身柄を拘束されているかもしれませんので、しばらくは大丈夫だと思います」
王都にはGランクハンターが何人かいるから、彼らの身柄が拘束されている可能性はある。
もちろん不穏な空気を察知して逃げた可能性もあるけど、王都に報告に行かせた部下には絶対に接触しないように厳命してあるから、まだ気付かれていないと思いたいわ。
「そうですか。では私が狙われることもなくなるでしょうから、今晩からは娘達と同じ宿に泊まることにさせていただきます」
しまったわ。
元々アプリコット様がアマティスタ侯爵家に滞在している理由は、フィールの治安がハンターによって乱されていて、敵対する可能性が高いプリムローズ嬢の動きを抑えられないようにするためだったのに、そのハンターを全員捕らえたということは、滞在する理由がなくなってしまったということになる。
勿論それは良いことなんだけど、Gランクハンターとの縁は少しでも大きいものにしておきたいから、何とか引き止めないと。
「いえ、まだサーシェス・トレンネルとパトリオット・プライドが残っている以上、身の安全が保証されたわけではありません。ですからもうしばらく、ご滞在していただきたいと思います」
とはいえ、ずっと屋敷に軟禁状態になっているのも大変だし、すごく申し訳ないから、今日ぐらいはそれでもいいかもしれないわね。
久しぶりにプリムローズ嬢と話したいこともあるでしょうから。
「ですが、すぐに彼らが戻ってくることは無いでしょうし、ずっと屋敷に閉じ籠っているのもよくはありませんから、今日ぐらいでしたらお嬢様達とご一緒されてもいいかもしれませんね」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
アプリコット様も本心じゃ納得されてないかもしれないけど、私達からすれば少しでもリスクは減らしたいわ。
元公爵夫人でもあるアプリコット様も、その辺りはご理解してくださっているだろうから、あまりご無理を言ってこられないのが幸いね。
そういえばプリムローズ嬢から聞いたけど、アプリコット様はフィールでやろうと思っていたことがあったわね。
せっかくだし、聞いてみようかしら。
「そういえばアプリコット様は、回復魔法が得意と伺いましたが、ヒーラーズギルドには登録はされないのですか?」
「フィールに来た当初はそのつもりでしたし、今も機会があれば登録したいと思っていますが、よろしいのですか?」
ヒーラーズギルドは、80年程前に王家に嫁がれた
色々な問題を解決しながらだったから、かなりの時間がかかって、確か正式に設立されたのは40年前だったはずよ。
その頃にはお相手だった当時の国王陛下もお亡くなりになられていたし、その方自身もご高齢を理由にして、グランド・ヒーラーズマスターになられることはなかったけど、それまでご活躍と設立された功績を評価されて、最初のOランクヒーラーになられたはずだわ。
その方はクラフターズギルドでも、調理師としての腕を認められてOランククラフターにもなられたんだけど、複数のギルドでOランクになった人は、後にも先にもその方だけね。
ヒーラーズギルドの総本部は王都にあり、どんな小さな村にも、必ず支部が設立されている。
徐々に他国にも進出しているけど、ソレムネ帝国は全てのギルドを排除しているし、レティセンシア皇国は当時から潜在的な敵国だったから、最初から進出する予定はなく、バリエンテもここ最近の情勢を見る限りでは撤退する可能性があるわ。
「でしたら後程、登録されてはいかがですか?フィールとしても優秀なヒーラーはありがたいですし、登録されれば
失言だったかしら?
いえ、ハンターがいなくなった今だからこそ言えるわけであって、決して今まで、無駄に時間を過ごしていただいていたわけじゃないのよ?
「ありがとうございます。実はいつかヒーラー登録をしようと思っていまして、滞在させていただいている間に回復魔法の練習をしておりました。と言っても、指を切ってしまった調理師や園芸師の方に対してですから、練習台にしてしまったようで気が引けてしまうのですが」
それはミュンからも報告があったから知っています。
仮に練習台であっても、無償でケガを治してもらえるのはありがたいですから、問題にするようなことはありませんよ。
「その程度でしたら問題はありません。というより、こちらからお礼を言わせていただくことです。小さなケガであっても、ヒーラーズギルドに行けばいくらかは必要になりますから」
ヒーラーズギルドの治療費は数十エルから数百エル、場合によっては1,000エルを超えるけど、基本的にレベルが高いほど金額も高くなる傾向がある。
理由としては、高レベルの人ほど自己回復力も高いんだけど、当然魔力も高いわけだから、互いの魔力が干渉しあって、ヒーラーも多くの魔力を消費することになってしまうからなの。
それにレベルの高い人は収入も多いから、多少高くても苦にならないという理由もあるわ。
さすがにオーダーやハンターは緊急治療が必要になることも多いし、その場合の治療費は1,000エルじゃ足りないこともあるけど、ヒーラーズギルドは国やハンターズギルドとも提携しているから、その場合は国やハンターズギルドが治療費の半分を負担してくれることになっている。
その治療費も、オーダーの場合は俸禄から2割、ハンターズギルドの場合はハンターの報酬から2割を、完済するまでの間は天引きすることになっているから、踏み倒される恐れもほとんどないわ。
確かクラフターズギルドとトレーダーズギルドも、提携を考えていると聞いているわね。
「ありがとうございます。では後程、プリムと大和君に案内をお願いしてみようと思います」
「それがよろしいですね。せっかくですから、フィールの街も見ていただきたいですし」
アプリコット様は、フィールに来た初日からずっとアマティスタ侯爵家に滞在されていて、今日まで屋敷の外に出られることもなかったから、フィールの観光もまだされていない。
完全にこちらの都合なんだけど、ご理解いただけているのは幸いだわ。
軟禁状態ではあっても軟禁ではないのだから、なるべく不自由がないように手配はしていたけど、それでも外に出られないということはストレスになっていたでしょうしね。
「ありがとうございます。では今日はプリム達と同じ宿に泊まらせていただき、明日以降、またしばらく、こちらにご厄介にならせていただきます」
「わかりました。じきに彼らも到着しますので、今日は久しぶりの親子水入らず、とは少し違うかもしれませんが、ごゆっくりなさってください」
大和君もプリムローズ嬢も、お互いに好意を抱いているのは間違いないし、プリムローズ嬢なんて確実に落ちてるんだから、親子水入らずでも間違いないと思うんだけどね。
できれば大和君には、私か他のアミスター貴族の誰かと婚姻関係を結んでもらいたいところだけど、プリムローズ嬢と親しい第二王女殿下がどう出てくるかがわからない以上、迂闊な真似はできないわね。
いえ、結婚できなくても、彼の子供を産ませてもらうのはアリね。
私の相手として、何人かの候補はいるんだけど、どれもパッとしないのよ。
かといって子供ができなければ、私の代でアマティスタ侯爵家は途絶えてしまうことになるから、それは避けなければならない。
幸いにも相手や相手の家族が許可してくれれば、シングル・マザーになることはできるから、プリムローズ嬢との関係がはっきりしたら聞いてみてもいいかもしれないわね。
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