浄化の日

Side・プリム


 タイガーズ・ペインを捕まえたあたし達は、身柄をオーダーに引き渡すと、フロライトとジェイドの採寸をしているラベルナさんのところに戻った。

 あら、フィアットさんも来てるわね。


「良いね、この仔達は。ミーナとフィアットから君達が契約した時の状況は聞いたけど、早くも影響を受けてるみたいだよ」

「と言うと?」

「まず魔力だけど、生後数ヶ月の仔にしては多い。とは言っても、生後数ヶ月のヒポグリフを見た人ことがある人はいないだろうから、正確じゃないかもしれないけどね」

「いえ、私もクラフターズマスターと同意見です」


 クラフターズマスターと一流の育成師が声をそろえて言うんだから、間違いない気がするわ。


「それと、これは私の経験則になるんですが、お2人のように強い信頼関係から契約を結んだ従魔は、魔力もそうですが、体格も一回り大きくなる傾向があります。ヒポグリフの体長は約3メートル弱ですが、ジェイドとフロライトは5メートル近くにまで成長する可能性がありますね」


 これは予想外ね。

 だけどあたし達の魔力に影響を受けやすくなるって話だから、2匹は将来的には異常種とか災害種とかに進化する可能性があるってことになるのかしら?


「それってつまり、異常種とか災害種に進化する可能性があるってことですか?」

「はい。既に希少種には進化していますから、少なくとも成獣になる頃には異常種に進化するでしょう。その先の災害種ということになると、さすがに前例がないので詳しくはわかりませんが、可能性はあります」


 既に進化してたのね。

 ってことはこの仔達、もうヒポグリフじゃないってことなの?


「はい。コントラクティングで確認しました。聞いたこともない種族だったので、正直戸惑いましたよ」

「私も見させてもらったよ。ヒポグリフの希少種はグリフォンやグラントプス、ワイバーンなんかと同じでヒポグリフ・ロードっていうのになるんだけど、違ったから驚いたよ。どっちかといえば亜人系だね」

「亜人系?キングとかクイーンとかですか?」

「正解です。ジェイドがヒポグリフ・フィリウス、フロライトがヒポグリフ・フィリアという種族になっていました」


 確か客人まれびとの世界の言葉で、王子と王女って意味だっけ?

 確かに亜人っぽいけど亜人ってワケじゃないし、なんでそんな種族名になたったのかしら?


「なぜヒポグリフ・ロードではなくフィリウス、フィリアになったのかはわかりませんが、お2人の魔力が関係してることは間違いないでしょう。まだ生後数ヶ月の子供ということも、関係があるかもしれません」


 どっちも否定できそうもないわ。


 だけど、これは困ったことになるわね。

 普通のヒポグリフより大きくなるのはほとんど確定だから、いずれ獣具は作り直すことも視野に入れておかないといけないわ。


「ラベルナさん、もしかして成獣になったら、獣具は作り直した方がいいってことですか?」

「そうした方がいいね。私もこれは想定外だったから、どうなるかはちょっとわからないよ」


 やっぱりそうなるか。

 今は希少種ってことだけど、成獣になる頃には異常種に進化すると思われてて、場合によっては災害種にまで進化する可能性がある以上、どこまで大きくなるかなんてわかったもんじゃないから、これは仕方ないか。


 あれ?ちょっと待ってよ。

 ということは獣車の中に作る獣舎も、予定より大きく作らないといけないってことになるわよね?


「フィーナ、もしかしなくても、獣舎部は大きくした方がいいってことになるわよね?」

「というより、獣車自体を大きくしないといけないでしょうね。普通の大きさだと入れないですから」


 そうなるわよねぇ。

 これは本当に、神金貨を覚悟しとかないといけないか。


「俺の刻印具に入ってる、俺の世界の乗り物を参考にすれば、デザイン的でありながら実用的な物になると思う。焦らず、ゆっくり考えよう」

「そうね。フロライトとジェイドが進化してたのは驚いたけど、逆に思ってたより大きくなる可能性があるってわかっただけでも助かったわけだしね」


 獣車を作ってから、入れないぐらいに大きく成長してしまいました、ってことになったら目も当てられないわ。

 どうするかは、後でフィーナも交えて考えるとしましょう。


「ここにいましたか。大和さん、プリムローズさん、少しいいですか?」


 そこに、サブ・オーダーズマスターのローズマリーさんが姿を見せた。

 あたし達を探してたみたいだけど、タイガーズ・ペインのことで何かあったのかしら?


「最後のレイド ノーブル・ソードが、トレーダーズギルドに立て籠もりました。トレーダーズマスターを人質にして、お2人を呼んで来いと要求しています」


 そう来たか。

 そうなると、先の展開も簡単に予想できるわ。

 どうせあたし達を呼びつけて、人質を突き付けて、抵抗できないあたし達に隷属の魔導具を使おうって魂胆でしょう。

 ノーブル・ソードは、リーダー含む数人がレティセンシアの貴族だって話だから、あたし達の身柄をレティセンシア皇王に引き渡して、身の安全を図ることも含まれてるんでしょうけど。


「そういうことなら行きますよ。すぐに拘束できますし、これでハンターの捕縛依頼も終了になりますね」


 大和もあたしと同じことを考えてるっぽいわね。

 実際大和なら、人質がいても問答無用で捕縛できるんだから、ノーブル・ソードの企みは失敗したも同然だわ。


「申し訳ありません。本来ならばそんな取引には応じないのですが、トレーダーズマスターにはかなりの無理をお願いしていましたから、ここで見捨てるという選択肢は選びたくないのです」


 確かに事実上封鎖されていたフィールじゃ、トレーダーズギルドには大きな負担をかけていたでしょうね。

 食べ物はもちろん、着る物だって必要だし、ストレスや閉塞感を感じさせないためにも嗜好品だって必要になる。

 フィールだけで手配するのは大変な上に、街の人の生活を圧迫させるわけにもいかないから、極端に値上げすることも難しい。

 しかもハンターズギルドの協力は得られない状態だったんだから、どれだけトレーダーズマスターが苦労をしていたかは察して余りあるわ。


 あたし達がフィールに来てからまだ数日だけど、エビル・ドレイク討伐の時にもお世話になったから、絶対に助けなきゃいけないわね。


Side・大和


「そこに手をついて座れ!逆らうとトレーダーズマスターの命はないぞ?」


 俺とプリムは、トレーダーズギルドに来ている。

 ローズマリーさんの要請っていうこともあるけど、それ以上に世話になった人を見殺しにする、なんて寝覚めの悪いことをするつもりはないからな。


 俺達がGランクだってことはノーブル・ソードの連中も知ってるから、俺達の武器、ミスリルブレードとミスリルハルバードは既に取り上げられているが、刻印法具のミラー・リングは見た目普通の腕輪だから、既に生成済みだ。

 この時点でノーブル・ソードの運命は決まったも同然だが、何人かはレティセンシアの貴族だから、少しぐらいは話を聞いてみようと思ってる。


「1つ聞きたいんだが、いいか?」

「なんだ?」

「俺達に隷属の魔導具を使おうっていうのはわかるんだが、そうしたところで何の意味があるんだ?」


 素朴な疑問でもあるが、核心を突く疑問でもある。

 十中八九、レティセンシア皇王に引き渡されることになるんだろうが、そんなことをしてもアミスターとハンターズギルドから制裁を受けることに変わりはない。

 俺達はGランクハンターではあるが、同じGランクハンターはアミスターに10人以上いるし、その上には3人しかいないとはいえ、Pランクハンターもいる。

 レベル50オーバーのオーダーだって10人ぐらいいるらしいから、その全てを同時に相手するのは俺でも無理だし、何よりグランド・ハンターズマスターは世界で唯一のMランクのエンシェントハンターだから、グランド・ハンターズマスターが出張ってきた時点で全てが終わることになる。

 それぐらいのことは、こいつらの足りない頭でもわかると思うんだけどな。


「決まっている。軟弱な皇王を滅ぼし、我々がレティセンシアの実権を握るのだ。サーシェス様が新たな皇王となれば、アミスターどころかソレムネ、リベルターすら取るに足らないからな」


 まさかのクーデターかよ。

 しかも元ハンターズマスターのサーシェスが皇王になるってことは、協力者どころか主犯じゃねえか。


「まずはアミスターからだが、ここまでのことをした以上、マイライトの割譲だけでは足りん。少なくとも、王家の首は差し出してもらう。無論、追随する貴族どももだ。そして目障りな大世界樹とやらも、我らの力で、根元からへし折ってくれる」


 それにしても、ペラペラとよくしゃべるな。

 俺達を奴隷にできるって思い込んでるわけだから当然かもしれないが、それにしても油断が過ぎると思うぞ。


「わ、私のことはいいから、この人達を捕まえて!私の代わりはいるけど、あなた達にはいないの!だから……」

「黙っていろ。それとも貴様ではなく、職員の命を見せしめにしてやろうか?」


 ヒューマンのトレーダーズマスター ミカサ・セイラーさんが声を上げるが、人質になっているのはミカサさんだけじゃない。

 職員の命を持ち出された以上、ミカサさんとしても黙るしかなくなっちまったか。


 これ以上付き合う必要はないな。

 俺は密かにニブルヘイムを発動させ、ノーブル・ソードの周囲の温度を下げた。


「ではこいつらに魔導具を……なんだ?何か寒くなってきたが……」

「空調の魔導具の調子でも悪いんじゃないのか?」

「今年は暑い日が続いたし、調子が悪くなるのも仕方ないわよね。例えば、あんた達だけが氷りついたり、とかね」

「な、なにっ!?」


 今頃気付いても遅い。

 というか、プリムが言わなきゃ気付かないんだから、どっちにしてもお前ら程度じゃどうにもできないんだけどな。


「ば、バカな!我々だけを氷らせる魔法だと!?貴様ら!抵抗すると……!」

「もう体も動かないんだから、トレーダーズギルドの人に危害を加えることもできないだろ。最初っからこっちは奴隷になるつもりも、誰かを犠牲にするつもりもなかったんだよ。当然、お前らを逃がすつもりもな」

「わ、我々を殺せば、レティセンシア本国が黙っていないぞ!わかっているのか!?」


 頭悪いにも程があるな。

 クーデター考えてたのに、なんでその相手に助けてもらえると思ってるんだよ?


「既に手遅れでしょうに。今更あんた達が増えたところで、アミスターの意志もハンターズギルドの意志も揺るがないわよ。それにあんた達はレティセンシアの貴族出身なんだから、殺すつもりはないわ。レティセンシアの内情にもそれなりに詳しいだろうから、オーダーズギルドにしっかりと教えてあげてね」

「というわけだ。ゆっくりと眠ってな」

「お、おのれ……!」


 俺はニブルヘイムの強度を上げ、ノーブル・ソード全員を氷りつかせると同時に解除した。


「これで全員だな。予想より早く片付いたし、残るはパトリオット・プライドだけか」

「そっちはまだフィールに戻ってきてないからどうしようもないけど、とりあえずは終わりね」


 俺達が受けた依頼は、俺達とパトリオット・プライドを除く全てのハンターの捕縛、あるいは殺害だ。

 幸いにも全員生け捕りにすることができたが、パトリオット・プライドは半分近くがハイクラスに進化してるって話だから、簡単にはいかないだろうな。


「ありがとう、助かりました」

「ケガとかはありませんか?」

「はい。全員無事です。まさかあんな方法でノーブル・ソードを捕まえるとは思いませんでしたが、おかげで私達は助かりました。本当にありがとうございます」

「無事で良かったです」


 トレーダーズギルドに立て籠もって、トレーダーズマスターを含む職員を人質にするとは思わなかったが、これでフィールにいるハンターは俺達とウインド・オブ・プラダ、ハンター登録をしているオーダーを除いて全員捕らえられた。

 まだサーシェスとパトリオット・プライドが残っているが、フィールに戻ってきていない以上、俺達にできることはない。

 もちろん戻ってくれば対処するが、少なくとも喫緊の問題は去ったから、俺達としても一安心だ。

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