深夜の少女達

Side・フラム


 異郷の都を出た私達は、大和さんとプリムさんに、お2人が宿泊している魔銀亭へと連れてこられました。

 もちろん拉致などではなく、私達の安全を考えてのことなんですけど、隣のプラダ村で生まれ育った私達にとっては困惑するしかありません。

 私達が泊まっている宿は1泊200エルの3人部屋で、しかもご飯は別です。

なのにお2人は、1泊3,000エルもするハウスルームに泊まってるんですから、ハンターとしての差を痛感するしかありません。


「その部屋は大和が使ってるから、ラウスはこっちの部屋を使って」

「は、はい!」


 ラウスも、思ってもいなかった豪華な部屋に泊まれるということで、完全に委縮してしまっています。

 レベッカはレベッカで、ラウスの後ろに隠れてしまっていますし、私もどうしていいのかまったくわかりません。


「そんなに緊張しないでください」


 オーダーのミーナさんが声をかけてくれますが、緊張するなと言われても無理としか答えられません。


「大丈夫よ。そのうち慣れるから」


 そのうちって、どれぐらいでしょうか?

 私としては、そう簡単に慣れるとは思えませんが?


「慣れるわよ。さっきお酒頼んでおいたから、もうちょっとしたら持ってきてくれるわ」


 いつの間に頼んだんですか?

 私達が魔銀亭に驚いてる隙ですか?


「いつ頼んだんですか?」


 ミーナさんも気付かなかったみたいで、驚いた顔をされています。


「みんなの料金払った時よ」


 なるほど。

 私達3人は予想外の金額に驚いて固まってましたし、ミーナさんはそんな私達を正気に戻そうとしてましたから、その隙を突かれたわけですか。

 なんかもう、溜息しかでませんよ。


「大和の世界じゃ、溜息を吐くと幸せが逃げるって言われてるそうよ」


 そう言われても、としか返せません。

 いえ、もうここまで来たら逃げられないんですから、いい加減私も覚悟を決めるべきですね。


「わかりました。それでラウスの部屋はそこでいいとして、私とレベッカは、一緒に空いてる部屋ということでいいんですか?」


 このハウスルームは5部屋で、内2部屋は大和さんとプリムさんが使われています。

残りは3部屋ですが、ミーナさんも以前泊まったことがあるそうですから、その時のお部屋でしょう。

 そして先程ラウスが1部屋宛がわれましたから、残ってるのは1部屋となり、自動的に私とレベッカが同室ということになります。


「いいえ、女の子は全員、私の部屋よ」


 と思っていたのですが、プリムさんに否定されてしまいました。

 意味がわかりません。

 どうしてそうなるんですか?


「せっかくだし、ゆっくりお話ししたいじゃない。あたしの勘だけど、みんなとは長い付き合いになりそうだから、せっかくの機会ってことで親睦を深めようと思ってね」


 そういうことですか。

 本当はエドワードさんとマリーナさんも誘われていたんですが、お2人は帰られるとのことで、大和さんが送って行かれています。

 ですがよく会ってるそうですから、この先も機会はあるでしょう。


 逆に私達は、用が済んだら一度プラダ村に戻ることになっていますし、秋には麦や野菜の収穫が控えています。

 冬になると雪が積もって歩きにくくなりますから、場合によっては村から出られないでしょう。

 春は春で畑に種を蒔いたりしますから、落ち着かないと動くことは難しいです。

 なので私達がハンターとして活動するのは、ほとんどが夏ということになると思います。


 いえ、私は村の子供達の世話をしてますから畑仕事はほとんどしませんし、ラウスとレベッカも村の外に狩りに行くことが多いですから、多少は村に迷惑をかけることになりますが、ハンターとして活動できないわけではありません。

 少なくともラウスとレベッカは、ハンターとしてフィールで活動するでしょう。


 多分、私は変わることが、変わってしまうことが、変わっていると自覚してしまうことが怖いんだと思います。


「さて、まずはお風呂に入りましょうか。さすがに全員は入れないから、2人ずつになるけど。あ、ラウスは最後ね」

「わかってますよ!」


 真っ赤になってますけど、何年か前まではラウスもレベッカもよく体を拭いてあげてましたし、週に一度は村にある宿のお風呂に、私が入れてあげてたんですよ?

 だけど私やレベッカはともかく、プリムさんやミーナさんを覗いたりすれば、殺されても文句は言えないでしょうから、いくらラウスがお年頃とはいってもそんな無謀なことはしないでしょう。


 どうやら私とレベッカから入ることになったみたいなので、申し訳ない気持ちでいっぱいですが先にいただくことにします。


Side・ミーナ


 いいお湯でした。

 やっぱり、お風呂は気持ちいいですね。

 大和さんも帰ってきましたし、お酒も届きましたし、私達はプリムさんのお部屋でガールズトークをすることになりました。


「というわけよ、大和」

「了解。俺も風呂上りに一杯やりたいから、少し残しといてくれ」

「オッケー。っと、その前に外はどうだった?」


 エドワードさんとマリーナさんを送った大和さんは、門の方まで様子を見てきたそうです。

 正直、私も気になります。


「タシターンズ・パロットは捕まえたよ。フィールから逃げ出そうとしてたとこだったんだが、そこで外にいる連中と繋がりがあるみたいなことを漏らしたぞ」

「やっぱりか。残るはタイガーズ・ペインとノーブル・ソードの2つだから、明日で片付きそうね」


 早いです、大和さん。

 いえ、この場合は、タシターンズ・パロットのタイミングが悪かったと言うべきでしょうか。


「そのノーブル・ソードなんだけどな、リーダーを含めた何人かが貴族出身らしいんだ。もちろん、あっちのな」


 ラウス君はお風呂ですからここにはいませんが、フラムさんとレベッカちゃんはここにいますから、大和さんも慎重に、国の名前を出さないようにされています。

 いずれは知ることになるでしょうが、今というタイミングはあまり好ましくはありませんから、大和さんの配慮には感謝です。


 それにしても、ノーブル・ソードにレティセンシアの貴族がいるとなると、レティセンシアは喜んで問題にしてきそうですね。

 ただでさえ自分達の過ちを認めず、相手の粗を探し、何年も同じことを問題にしてきたと思ったら、今度は何十年も前の解決済みのことを持ち出して騒ぐんですから、本当に面倒な国です。


「それはまた、すさまじいまでに面倒くさい事態ね。だけど貴族だろうと王族だろうと、ハンターになった以上はいつでも死ぬ覚悟はできてるでしょうし、あたし達の知ったことじゃないわ」

「同感だ。レックスさんも呆れてたからな」


 でしょうね。

 というか大和さん、兄さんに会ったんですか?


「ああ。丁度オーダーがタシターンズ・パロットと戦闘してるとこに出くわしたからな。それを指揮してたのが、レックスさんだったんだよ。ああ、ちゃんとミーナは今日ここに泊まるって伝えてきてあるから、何も心配はいらないぞ」


 大和さんの一言で、顔が真っ赤になったのがわかりました。

 大和さんが兄さんにって……すごく恥ずかしいし、なんて言ったらいいのかわかりませんよ!


「あ~、なるほどね。オッケ。じゃああたし達は、部屋でトークタイムとしゃれ込むわ」

「わかった。俺も風呂入って一杯やったら寝るよ。あんまり夜更かしするなよ?」

「ご心配なく。それじゃおやすみ~」

「おやすみなさい、大和さん」

「お、おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 あんまり突っ込まれたくないお話ですし、プリムさんもそれを察してくれたようなので、私達は大和さんに就寝の挨拶を告げ、プリムさんの部屋に入りました。


Side・プリム


 よし、みんな入ったわね。

 ミーナやフラムと話す機会ができたし、ついでに妹のレベッカの意見も聞いておきたかったから丁度いいわ。

 でも、いざとなると緊張するわね……。


「お酒はここに置くとして、おつまみは……ああ、確かホーン・ラビットの干し肉とポテトフライがあったから、それにしときましょう」


 あたしは誤魔化すようにテーブルの上にお酒を置いて、ストレージから野営の時につまめるように買っておいたホーン・ラビットの干し肉とポテトフライを取り出した。


「プリムさん、なんか挙動不審ですよぉ?」

「そ、そんなことないわよ?」


 レベッカに突っ込まれてドキッとしたけど、誤魔化すようにお酒を一気に飲み干す。

 あ、このお酒美味しいわ。

 確かブランデーだっけ?

 じゃなくて!


「今の行動でなんのお話しをするのかはわかりましたけど、別に私はいなくてもよかったんじゃないですかぁ?」


 この子、けっこう鋭いかもしれないわ……。

 だけどここまで来た以上、あたしに退路はないのよ。


「そんなことないわよ。むしろ妹の意見を聞きたかったから、あたしとしても大歓迎よ」

「私の意見なんか聞かなくても、お姉ちゃんの態度を見れば誰でもわかると思いますけどぉ?」


 それは否定できないんだけど、大和の態度を見る限りじゃ気付いてないわね。

 母様も言ってたけど、大和は恋愛事にはものすごく鈍い感じがするから、多分あたしの想いにも気が付いてないと思う。

 その上、大和の世界は一夫一妻が普通だって話だから、間違いなくミーナとフラムの想いにも気が付いてないし、想像すらしてないでしょうね。


 それはそれで腹が立つんだけど、あたし達が大和に惹かれてる、もっと言えば惚れちゃったのも間違いない事実なのよ。

 恋愛は惚れた方が負けなんて、いったい誰が言ったのかしらね?


「気付いてると思う?」

「すいません、思いませぇん」


 あっさりと白旗を上げるレベッカ。

 あんまり面識のないレベッカにまでそう思われてるんだから、これはやっぱり間違いないでしょうね。


 あたしとレベッカの会話を、首をかしげながら聞いているミーナとフラムだけど、いつまでも澄ました顔でいられると思わないようにね?


「さっきから、何の話をしてるんですか?」

「私の態度がどうとか言ってますけど、何か問題でもあったんでしょうか?」


 レベッカに名指しされたフラムが不安そうな顔してるけど、問題なんてないわよ。

 ある意味じゃ問題だけど、それはあたしにとっても非常に好ましいことだし。


「回りくどいのは好きじゃないから単刀直入に聞くけど、ミーナもフラムも、大和に惚れちゃったでしょ?」


 その瞬間、2人の顔が真っ赤になった。

 湯気が見える気がするけど、気のせいよね?


「わかりやすいなぁ。というか、そういうプリムさんも、大和さんのことが好きなんですよね?」


 まさかのレベッカの一言に、あたしの顔も真っ赤になった。

 この子、かなり切り込んでくるじゃない。

 弓じゃなくて剣を使った方が、ハンターとしては大成するんじゃないかしら?


「まったく、3人揃って真っ赤になって黙ってたら、全然お話できないじゃないですかぁ」


 呆れるレベッカ。

 だけどあたしにも、突っ込む余裕がないわ。

 あたしってそんなにわかりやすかったの?


「わかりやすいっていうより、とっくにお付き合いしてると思ってましたよぉ。だからミーナさんとお姉ちゃんを第二第三夫人に、ってお話だと思ってたんですけど」


 この子、なんて鋭い踏み込みなのかしら……。

 確かにそんな考えもあったけど、まずはどうやって大和に想いを伝えるか、そこからだと思ってたのに……。


「3人で夜這いでもかけて、既成事実でも作れば済む話じゃないですかぁ」


 あたしもミーナもフラムも、完全に固まっちゃったわ。

 何なのこの子……。

 なんでそんな恐ろしい発想ができるの……?


「まさかレベッカ、あなたもう……」

「うん。とっくにラウスに抱いてもらってるよぉ」


 衝撃だわ。

 雷が頭から足の先まで突き抜けたぐらいの、すごい衝撃だわ。

 まさかこの子、あたし達より遥か先を歩いてたなんて……。


 ヘリオスオーブは女性比率が高いこともあって、一生結婚しない女性も少なくない。

 だけど結婚する女性は、結婚前から相手と肉体的に結ばれることが多い。

 これは相手の方に何かあって結婚できない場合でも、子供を残すために必要なことだからよ。


 男の数がそんなに多くない上、いつ死ぬかもわからないこの世界じゃ、子孫を残すことはかなり重要だから、結婚しなくても子供を産む女性はけっこういるの。

 誰も好きでもない相手の子供を産みたいとは思わないから、相手の男や家族に許可をもらって子供を産ませてもらい、後は未婚の母、シングル・マザーになって、女手一つで育てることになる。

 貴族や小さな村なんかには、こんな人が多いわね。

 場合によってはあたしも、家を継ぐためにそんな相手を探してたかもしれない。

 今は大和以外考えられないけど。


 レベッカの場合、幼馴染のラウスがいたし、プラダ村で暮らしていた以上ラウス以外の相手はいなかったでしょうから、そのまま自然とってことだと思うんだけど、それでも既に関係してたなんて、衝撃以外の何物でもないわよ。


「そんな予感はあったけど、まさか本当に関係を持ってたなんて……」


 一番衝撃を受けているのは、間違いなく姉のフラムね。

 妹が弟と思っていた幼馴染とそんな関係になってたんだから、驚くなっていうほうが無理なんだけど。


「私のことはいいとして、いつまでも何もしなかったら、それこそ大和さんには伝わりませんよぉ?」


 そっちはそっちで気になるんだけど、確かにその通りだわ。

 だけど大和も、あたしが自分より弱い男に興味がないってことは知ってるから、ここはやっぱり、勝負してみるのが一番かもしれない。

 間違いなくあたしが負けるでしょうから、そうなればあたしが大和に迫ってもおかしくはないし。


「プリムさんはそれでいいとして、お姉ちゃんとミーナさんはどうするんですか?」


 待ちなさいよ!

 何も言ってないのに、なんであたしの考えてることがわかったのよ!?

 ひょっとして心でも読めるの!?

 怖いわよ、この子!!


「別に私は心なんて読めません。普通に声に出てましたよぉ」


 そこまで前後不覚だったなんて……。


「というかお姉ちゃん。早く人化魔法使いなよ?足が元に戻っちゃってるよぉ」

「え?」


 あ、ホントだわ。

 というか、綺麗な太腿がチラチラ見えてるわよ。


 ウンディーネやラミアは、腰から下全てが魚や蛇ってわけじゃなく、太腿の真ん中辺りから下がそうなってるの。

 だから普通に下着も穿くし、人化魔法を解いても問題ないようにスカートが好まれてるみたいね。


「ミーナさんも、落ち着いて座ったらどうですかぁ?」


 ミーナはミーナで、ウロウロと落ち着かない様子で視線を彷徨わせてるわね。

 あたしも人のことは言えないけど。


「仕方ないですねぇ。みなさん落ち着いて、一旦座ってください。それでどうやって大和さんを落とすか、しっかりと話し合いましょう」


 レベッカの一言であたし達は床に座った。

 しかもなぜか、3人とも正座で。


「……椅子に座ってください」


 呆れるレベッカさんが怖いわ。


 結局あたし達はレベッカ先生主導のもと、いかに大和を落とすかを一晩中話し合うことになり、気が付いたら4人でベッドに横になっていた。

 あたしが主導権を握るつもりだったんだけど、まさかレベッカに持っていかれるとは思わなかったわ。


 だけどこんなことをしたのは初めてだし、ミーナとフラムの想いもわかったし、あたしの想いもわかってもらえたから良かったと思うし、何より楽しかったわね。

 またいつか、今度はマリーナも加えてやりたいものだわ。

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