白狐の葛藤

 朝起きるとプリム、ミーナ、フラムの3人が、真っ赤な顔をして挨拶をしてきた。

 ガールズトークをするとは聞いていたが、いったいどんな話をしてたんだよ?

 聞いたところで答えが返ってくるわけじゃないし、色々と怖いから聞くつもりはないが。


 そんな3人になんて声をかけたらいいのかわからないまま俺達は朝食を済ませ、揃ってアルベルト工房に向かった。


「おはよう」

「おっす」

「おう、おはよう」


 工房に着くと、エドとマリーナが出迎えてくれた。


「リチャードさんとタロスさんは?」

「お前らの武器をどうしたもんかって、昨日からずっと工房で考え込んでるよ」


 そういやエビル・ドレイク討伐の報酬って、リチャードさん作の武器だったっけな。

 忘れてたわけじゃないが、そっちは合金次第って思ってたから、もうちょい先でもいいんだけどな。


「それは俺も言ったんだけどな。合金が成功した場合でも予備にはなるだろうってことで、報酬とは別口で考えてるんだよ」

「ああ、なるほどね。確かに予備の武器は持っておくべきだし、そういうことなら頼むのもアリよね」


 確かにそうだ。

 合金が成功するにせよ失敗するにせよ、武器の寿命がどうなるかはわからない。

 戦闘中に過負荷がかかり過ぎて折れることだってありえるんだから、予備の武器を持っておくことは俺も賛成だ。


「だな。それなら俺も作ってほしい剣があるから、今の依頼が片付いたら聞いてみよう」

「そうしてくれ。2人とも、昨夜はロクに寝てないみたいだからな」


 それはマズいだろ。

 事故にも繋がるんだから、睡眠はしっかりとった方がいいぞ。


「あたし達もそう言ってるんだけど、ああなった2人は止められないよ。ばあちゃんが生きてたら、話は別だったんだけどね」


 エドのおばあちゃん、亡くなってたのか。


「気にすんなって。もう10年近くも前の話なんだからな」


 けっこう前だったのか。

 だけど確かに気にしてもどうしようもない。

 ここはエドの気遣いに感謝しておくか。


「わかった。じゃあクラフターズギルドに行こう」

 

 エドとマリーナも、ジェイドとフロライトに会うのを楽しみにしてたからな。

 クラフターズマスターのラベルナさんに依頼した獣具のこともあるから、まずは牧場に行かないと。


「おはようございます」

「おはよう。紹介するよ。この子が君達の獣車を担当する、木工師のフィーナだ」

「フィーナです。お2人のことはエドさんやマリーナさんからも聞いています。よろしくお願いします」


 クラフターズギルドに着くと、予想通りフィーナも待っていた。

 薄桃色の、背中まで届く長い髪に、ノースリーブの上着とスカートを穿いた、俺より年下に見える女の子で、腕には短い羽毛が、足には鳥の鱗が少しあるのがわかる。

 この世界に来てから思ったことだが、知り合った女性って、なぜかみんな美形なんだよな。


「あたし達もエドとマリーナから、腕のいい木工師だって聞いてるわ。設計図はまだできてないけど、近いうちに完成できると思うからよろしくね」

「こちらこそ、大きなお仕事を任せていただいて、ありがとうございます」


 設計図すらできてない獣車だが、内装はリビングの他に風呂にトイレ、さらにはジェイドとフロライトの厩舎が確定している。

 寝室もいくつか作るつもりだから、当初の予定よりだいぶ広くなるな。


「こっちこそ、よろしくな」

「はい。内装は獣車の形が出来て、ミラーリングを付与させてから行うことになりますから、外装ができるまでなら変更も可能です」


 営業トークを挟んできたな。

 確かに内装変更の可能性がないわけじゃないから、余裕があるのはこっちとしてもありがたい。


「挨拶はそれぐらいにして、そろそろ牧場に行こうか。フィーナも、ヒポグリフを見るのは初めてだろう?」

「はい、クラフターズマスター。私が任される獣車は、そのヒポグリフが引くと聞きましたから、私も楽しみです」


 ヒポグリフが引く獣車がないわけじゃないが、従魔にしてる人は少ないって話だから、滅多に見られないのは間違いないな。


 俺もプリムも獣車への期待は高いし、フラム達も初めてヒポグリフを見るから、かなり興奮している。

 ミーナも昨日ぶりとはいえ、ジェイドとフロライトに会うのを楽しみにしてくれている。


 なのに3人とも、俺とは顔を合わせてくれないし、話もすぐに途切れてしまう。

 俺にはまったく心当たりはないんだが、微妙な空気をどうすることもできず、ギクシャクしながら牧場に向かうことになってしまった。


Side・プリム


 牧場に着くと、すぐにラベルナさんとフィーナが、フロライトとジェイドに挨拶をしてから、獣具の寸法を測り始めたんだけど、あたしは、あたし達はまだ、大和とまともに顔を合わせることができないでいる。

 大和は何も悪くないし、あたし達が勝手に意識して避けちゃってるだけなんだけど、そのせいで朝からずっとギクシャクしてしまっているわ。


「まだ大和さんと、ちゃんとお話しできないんですかぁ?」


 事情を知ってるレベッカが呆れたように声をかけてくるけど、焚き付けたのはあんたなんだからね?

 わかってるの、そこんとこ?


「意識するのはわかりますし、当然だと思いますけど、それで大和さんとケンカとかになったら意味ないですよぉ?」


 痛いとこ突いてくるわね……。

 だけど確かにケンカとかは論外だし、愛想つかされちゃったりなんかしたら泣くしかないんだから、何とかしないといけないわね。


「大和さん、マイライトで従魔契約したって言ってましたけど、マイライトってどんなとこなんですか?危険だって話は聞いてますけど、実際に行ったことのある人って多くないし、山頂に行ったことある人はいないそうですから、どんな様子なのか興味があるんです」

「あー、悪いが俺達も山頂にまでは行ってないんだよ。一応山頂付近までは行ったけど、そこまででよければ話せるぞ?」


 ラウスはマイライトが気になるようで、大和に話をねだってるわね。

 確かに山頂にまでは行ってないから話はできないけど、山頂付近までは行ったから、そこまでの話はできるわね。


 空を飛ぶ従魔を所有していても、マイライト山脈にはフェザー・ドレイクがいるから、迂闊に近づく人はいない。

 そのせいでマイライト山脈の山頂は、未踏破地域になっているの。


「お願いします!」

「わかった。マイライトには森があることは知ってるよな?」

「はい、それは有名ですから。山頂付近にも森があって、そこがフェザードレイクの巣になってるんですよね?」

「ああ。森はけっこう深くて、植生はこの辺りじゃ見ない植物ばかりだったな。だけど、ずっと木が生い茂ってるかといえばそうじゃなくて、けっこう大きな広場みたいな空間がいくつもあった」


 ラウスは大和の話に興味津々ね。

 だけど、これは助かるわ。


「ラウスも皆さんのことは気付いてますから、先に動いてくれたんですよぉ」


 と思ってたら計算尽くだったわ!

 何なの、この子達!

 なんでそんな熟練夫婦みたいなことができるの!?


「わかりやすすぎるからですよぉ」


 また心を読まれた!?

 違う、声に出てたのね!?

 怖いからその目はやめてっ!

 あたしを見透かさないでっ!!

 チラッとミーナやフラムの方を見たけど、2人も戦慄してるじゃないの!!


「とりあえず今やるべきことは、落ち着いて、恥ずかしがらずに大和さんとお話しすることですねぇ」


 解決策まで示された!?

 この子、本当に心が読めるんじゃないの!?


 ……だけどレベッカの言う通りね。

 まずはゆっくりと深呼吸して、落ち着かないと。


「妹ながら、恐ろしい子です……」

「だけどその通りですから、まずは落ち着きましょう……」


 フラムとミーナも何とか落ち着こうとしてるけど、動揺は隠せてないのよね。

 あたしもそうだけど、今のままじゃヤバいのは間違いないから、頑張って大和と話せるようにならないと!


「昨夜は面白そうな話してたみたいだね。あたしも泊まればよかったかな」


 マリーナがそんなこと言ってくるけど、あたしとしては帰ってくれて助かったって思ってるわよ。

 マリーナまで加わったら、どうなってたかわかったもんじゃないもの。

 でもエドとの結婚秒読み段階のマリーナなら、良いアイディアを出してくれるかもしれないから、今度相談してみようかしら?


「プリム」


 そう思った矢先に、いきなり大和から話しかけられた。

 心臓が飛び出るかと思ったわ。


「な、なに?」

「あれを見ろ。タイガーズ・ペインだ」

「え?」


 なんでこんな所に……って馬か何かを奪って逃げようって算段ね。

 誰がそんなことさせるもんですか。


「行くか」

「ええ」


 視線を交わして頷き合うと、あたし達は厩務員に何か言ってるタイガーズ・ペインを捕まえるために、フィジカリングとマナリングを使い、2人そろって一気に加速した。


「な、なん……ぎゃあああああっ!!」


 あたし達は一瞬でタイガーズ・ペインの意識を奪うと、ストレージにあったロープで捕縛して、厩務員にオーダーズギルドへの連絡をお願いしてから、視線を放牧地にいるジェイドとフロライトに向けた。


「予想通りだけど、あっけなかったな」

「タイガーズ・ペインはハイクラスはおろか、レベル40オーバーすらいないしね。人数も多くはないし、こんなもんでしょう」


 こんなところで遭遇するなんて、タイミングが良かったのか悪かったのか判断が難しいけど、大和と自然に話せるきっかけになったんだから、今回に限っては良かったってことにしときましょう。


「ごめんね、大和。ちょっと色々あって、考えさせられることがあったから」

「ああ、今朝のことか。いや、大丈夫ならそれでいいさ」


 良かった、謝ることもできたわ。

大和も怒ってないみたいだから、これで昨日までみたいに自然に話せるわ。


「ひょっとして、ミーナとフラムもか?」

「ええ。問題はないから、2人も許してあげてくれると助かるわ」

「別に怒ってないしな。何かあったのかと思ってたけど、そうじゃないなら問題ない」


 大和が怒ってないことには安心したけど、だからって安心してばかりじゃダメよね。

 恥ずかしい、照れくさいって気持ちはあるけど、それで大和と話せなくなったりしたら本末転倒だわ。


 やっぱりここは、早めに告白するべきかもしれない。

 でも断られたりしたらどうしよう……。


 ううん、怖がってちゃダメ。

 女は度胸、当たって砕けろよ。


 自分で言っててなんだけど、絶対に砕けたくないわね……。

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