紫翼の従魔

 フラム、ラウス、レベッカと再会した俺達は、晩飯の約束をしてからハンターズギルドに入った。

 用件は2つあるが、1つはエビル・ドレイク討伐の報告と死体の引き渡しだから、こっちは領代が来ないと勧められない。

 だがもう1つはそんなに時間もかからないだろうし、ライナスのおっさんならどうとでもなるはずだ。


「随分早く帰ってきたが、何か問題でもあったのか?」


 さすがのおっさんでも、既に俺達が狩り終えているとは思っていないようだ。

 当然だよな。


「そっちは領代が来てから話すけど、エビル・ドレイクなら狩ってきたわよ」

「……悪いが、もう一度言ってもらえるか?ちょっと耳の調子が良くないようでな」

「だからエビル・ドレイクは狩ってきたぞ。依頼されてるフェザー・ドレイクと、ついでにウインガー・ドレイクも何匹かあるから、後でクラフターズギルドにも行くけどな」

「……」


 絶句しやがった。


「もう倒してきたとか、早過ぎるでしょう!」


 と思っていたら、突然おっさんの部屋のドアが派手に開いた。

 フレデリカ侯爵が超特急でやって来たようで、かなり息を荒げている。


「ビックリさせないでくださいよ。何事かと思ったじゃないですか」

「……それはこっちのセリフよ。それにしても、なぜこんなに早く帰ってこれたの?」


 フレデリカ侯爵の疑問は当然で、俺達もジェイド、フロライトと従魔契約ができなければあと1日2日はかかっただろう。


「後で詳しく説明しますが、ヒポグリフと従魔契約することができましたから、かなり短時間で帰ってこれたんですよ」


 その説明にライナスのおっさんは頭を抱え、フレデリカ侯爵は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。


「まだ報告も聞いてないのに、すごく疲れたわね……」

「同意しますよ。報告を聞くのが、こんなに怖く感じたことはありませんぜ……」

「同感よ……」


 ライナスのおっさんはともかく、フレデリカ侯爵は19歳とまだ若いのに、なんでそんな疲れた顔してますかね?


「私には、お2人のお気持ちがよくわかりますよ?たった2日でマイライト山脈の異常種を討伐して帰ってくるなんて、普通じゃありえませんから。しかもそれを、お2人だけで達成しているんですから、誰でもこうなります」


 言外に人外と言われてる気がするが、フレデリカ侯爵もライナスのおっさんもミーナの意見に大きく首を縦に振っている。

 失礼だな。


「それはともかく、先にライナスさんに聞きたいことがあるのよ」

「俺に?何か、ってヒポグリフのことか?」

「そっちは報告と一緒にさせてもらうから別件よ。実はね……」


 プリムが口を開いて、先程ギルド前で起きた騒ぎについて説明する。

 当然ライナスのおっさんは顔を顰めているし、フレデリカ侯爵も不愉快そうだ。


「そいつらについてはオーダーズギルドに任せるが、余罪が判明すれば、リーダーの女は死刑になる可能性があるな」

「罪状次第でしょうけどね。だけど、減刑嘆願とかじゃないんでしょう?」


 当然だ。

 なんであいつらの減刑をしないといかんのか、全くもって意味不明でしょう。


「いえ、俺達が聞きたいこと、お願いしたいことは、トレーダーズギルドのことです」

「なるほど、つまりはプラダ村までの護衛か。それぐらいなら全然構わないが、お前らが手を貸すメリットはないんじゃないか?」

「あるわよ。今フィールにいるハンターは、全員があたし達にとって敵だけど、あの子達はそうじゃない。フィールにとっても、悪い話じゃないと思うしね」

「それは確かにそうね。普通のハンターがいない現状は、私達としても好ましくはない。昨日、私の部下を王都に行かせたけど、同時にヘッド・ハンターズマスターにも、ハンターの派遣を依頼することになっているの。ライナス殿と領代の連名だから無下にはされないと思うけど、それでもどうなるかはわからない。だからこの直轄領内でハンターになってくれる人がいるなら、それにこしたことはないわ」


 王家直轄領はマイライト山脈周辺で、直轄領にある人里はフィールとプラダ村のみとなっている。

 プラダ村からだとエモシオンという選択肢もあるんだが、エモシオンはテュルキス公爵が収める街で、公爵領の領都でもある。

 フラム達はちゃんと資金を預かってきているが、それでも直轄領の村が公爵領の街で大量に買い付けるのは、あまりよろしくない。

 フラム達がフィールに来たのは、そういった理由もあったようだ。


 あ、ヘッド・ハンターズマスターってのは、王都にあるハンターズギルド・アミスター本部のハンターズマスターのことだ。

 アミスターのハンター達の元締めだな。

 その上にいるのが、総本部のグランド・ハンターズマスターだ。


「フィールのことを考えてくれるのはありがたいが、そういうことなら報酬も、依頼板に張り出すものと変わらんぞ?Gランクの報酬と比べたらかなり安くなるが、それでもいいのか?」

「構わないわよ」

「別に報酬が目的じゃないからな」

「まったく、今いるハンターにも見習ってもらいたいものね」


 報酬が高いに越したことはないが、だからって無理をさせるつもりもないからな。

 押しかけて依頼を受けて高額の報酬をぶんどるって、それはそれで悪徳ハンターだろ。

 いや、ビスマルク伯爵には似たようなことしちまってたか。


「それじゃトレーダーズギルドには、後で話を持っていくとするか。あっちもハンターの現状はよく知ってるが、同時にお前らのことも知ってるから歓迎してくれるだろう」


 商人は情報が命なところがあるからな。

 商品の準備もあるから今日明日って話じゃないだろうけど、俺達も準備はしておくか。

 そのタイミングで部屋のドアがノックされ、扉が開き、カミナさんが姿を見せた。


「失礼します。ソフィア伯爵、ビスマルク伯爵、アーキライト子爵が到着なさいました」

「わかった。第十鑑定室に通してくれ」

「わかりました」


 ビスマルク伯爵も来たのか。

 まあ今回の件に無関係じゃないし、フェザー・ドレイクの納品もあるから、来てもらった方が俺達としても都合がいいんだが、気軽に貴族を呼び出してもいいのかね?

 俺が呼び付けたわけじゃないし、そっちは気にする必要もないか。

 そんなわけで俺達は、鑑定室に移動することにした。


Side・プリム


 ハンターズギルドの鑑定室は10部屋あり、第一から第五鑑定室まではそんなに大きくはない。

 大きくないとは言っても、ゴブリンなら20匹はまとめて鑑定できる広さがあるわよ。

 第六から第八まではその倍の広さがあって、第九になるとさらに倍かしら。

 そして第十鑑定室はとんでもなく広くて、エビル・ドレイクでも数匹は入るわね。


 第一から第八鑑定室までは地上3階建ての建物の中にあるけど、第九と第十鑑定室は、その広さから地下に作られているわ。

 その第十鑑定室に通された理由は、あたし達が狩ってくる魔物の数が普通のハンターと比べても多すぎて、入りきらない可能性が高いからよ。

 ビスマルク伯爵に依頼されてたフェザー・ドレイクもそこで渡すことになったから、あたし達としても都合がいいわ。


 どの鑑定室もそうだけど、ハンターズギルドの施設だってことに違いはないから、もし盗難なんかしようものならすぐに捕まってライセンスを剥奪されて、国の騎士団とかに、アミスターだとオーダーズギルドに引き渡されることになってるわ。


 その第十鑑定室に集まったのはあたしと大和、ミーナ、レックスさん、ローズマリーさん、ライナスさん、カミナさん、フレデリカ侯爵、ソフィア伯爵、ビスマルク伯爵、アーキライト子爵の11名ね。

 査定のための職員と調査のためのオーダーも数人いるけど、この人達は話には参加しないから、とりあえず除外しといたわ。


 最初に出したのは、ビスマルク伯爵の依頼でもあるフェザー・ドレイク。

 できれば3匹ってことだったから3匹出したけど、もうちょっとぐらいなら渡せるし、ウインガー・ドレイクも1匹なら問題ないわよ?


「まさかこんな短時間で依頼を達成してくれるとは……。しかもウインガー・ドレイクまでいるとは、最早何と言っていいかわからんな……」

「クラフターズギルドからも依頼を受けていますから、必要なければそっち行きになりますね」

「手に入るならそれに越したことはないが、ウインガー・ドレイクとフェザー・ドレイクは羽毛の色が違うからな。巫女の衣装はフェザー・ドレイクの紺碧色で統一していることもあるから、むしろこちらの数を、あと3匹ぐらい融通してもらえると助かる」


 なるほど、高級感は出るだろうけど、色が違うから統一感が出せないってことね。

 そういうことなら納得だわ。

 それと、フェザー・ドレイクを3匹追加することは、何も問題はないわよ。


「感謝する。報酬は追加してもらった3匹分として、40万エルを加算させてもらう。これだけの数が揃えば全員分の衣装を仕立て直せるから、私としても助かる」


 実はフェザー・ドレイクの皮を使った巫女服って、ちょっと興味があるのよね。


 大和の実家は神社っていう神殿みたいな施設で、代々そこに住んでいるそうなんだけど、興味があって大和の世界の巫女服を、刻印具で見せてもらったことがあるの。

 そしたらバシオン教の巫女服とすごく似てる、というかほとんど同じだったから驚いたわ。

 多分、これも客人まれびとが絡んでるんだと思うけど、だからこそフェザー・ドレイクの皮で仕立てた巫女服が気になるのよね。

 確か収穫祭は10月だから、余裕があったら行ってみたいわ。


「では全部で6匹ですね。この場でお渡しする形で?」

「ああ。ストレージバッグを持ってきているから、6匹ぐらいなら問題ない」


 なるほど、ストレージバッグがあるなら持ち運びは問題ないわね。


 ストレージバッグはストレージングを付与させた魔導具で、高ければ白金貨数枚もする、とても高価な魔導具よ。

 容量はストレージバッグごとに違うけど、少なくてもフェザー・ドレイクなら2匹は入るわ。

 だけどビスマルク伯爵が持ってるストレージバッグが、それだけしか入らないとは思えないから、かなりランクの高いバッグのはず。


 当然ミラーリングを付与させた魔導具もあって、そっちはミラーバッグって呼ばれてるわ。

 ミラーバッグはカバンの容量を数倍に広げてるだけの簡易的な物だけど、高くても金貨2枚ぐらい、安ければ魔銀貨数枚で買えるから、ものすごく人気が高いのよ。


「ではビスマルク伯爵の依頼は完了になりますので、後程お2人には報酬をお渡しさせていただきます」


 カミナさんが依頼書に何かを記入すると、依頼を受けた時と同じように光った。

 後はあたし達が報酬を受け取ってサインをすれば契約は完了となって、契約魔法の効果も消えることになる。


「こんなにも早く手に入れることができるとは、想像すらしていなかった。だがこれで、今年の収穫祭も無事に迎えることができる。本当に感謝する」


 ビスマルク伯爵がすごく良い笑顔をしてるわ。

 収穫祭を中止するかどうかの瀬戸際だったんだからわからなくもないけど、けっこうな出費になったことも間違いないと思うわよ?


「じゃあ次は、エビル・ドレイクを頼む」


 ビスマルク伯爵には悪いけど、あたし達にとっての本命はこっちね。

 しっかりと頭部も確保してきてるから、問題なく調査できると思うわよ。


「やはりアーキライト子爵の部下から報告があった通り、エビル・ドレイクですね。しかも、思っていたよりもずっと大きい……」

「ええ。オークの集落を蹂躙していたとのことですが、それでもこれほどの大きさだったとは、思ってもいませんでした……」


 エビル・ドレイクは何度か討伐されているけど、その全ての個体が体長5メートル前後。

 なのに、この個体は10メートルを超えているんだから、これだけでも異常だってことがよくわかる。


「首が大きく抉れてるな。というか、ほとんど一撃じゃねえか。これだけの巨体のエビル・ドレイクは過去にも例がないから、1つ上のランクになってもおかしくないってのに、本当に呆れた奴らだよ」


 呆れ返ってるライナスさんだけど、別に正面から戦ったわけじゃないわよ。

 まあ、手の内をさらすことになるから、討伐方法は報告しないし、ハンターズギルドとしても聞いてくることはないんだけど。

 いずれバレるでしょうけど、それはそれね。


「ではグラム、調査を始めてくれ。予想通りなら……」

「了解。っと、ありました、契約印です」

「やはり従魔ですか。ということは、情報を握りつぶしていたことはもちろん、フィール出身のハンターも見殺しにしたわけではなく、意図的に殺したことになりますね」


 やっぱり従魔だったか。

 現れたタイミングが良すぎたから、気になってたのよね。

 だから頭部は傷つけないように首を狙ったんだけど、正解だったわ。


 従魔や召喚獣には、その証となる契約印がある。

 契約者が魔力を流せば契約印が視認できるようになるんだけど、その場所は誰が見ても一目でわかるようにってことで、額って決まってるわ。

 契約者の魔力がなければ従魔かどうかはわからないんだけど、稀に従魔や召喚獣が人を傷つけるといった事件も起きている。

 その場合その従魔、召喚獣は処分され、契約者にも相応の処罰が下ることになってるんだけど、誰の従魔、召喚獣かわからなければ責任を追及することができない。


 それを防ぐために、従魔魔法には誰と契約しているのかを調べることができるコントラクティングっていう魔法があるの。

 これは従魔、召喚獣の種族名や固体名はもちろん、契約者のライブラリーの一部を見ることができるのよ。

 一部とはいってもハンターズライセンスと同じ情報が見られるから、人違いっていう可能性はありえない。


 そのコントラクティングを使って、グラムが確認したのがこの情報になるわ。


 種族名:エビル・ドレイク

     フェザー・ドレイク→ウインガー・ドレイク

 個体名:ニック

 契約者:サーシェス・トレンネル

     33歳

     Lv.47

     人族・ハイヒューマン

     ハンターズギルド:アミスター王国フィール支部ハンターズマスター

     ハンターズランク・シルバー(S)


 予想通りだけど、これでハンターズマスターの従魔だってことが確定したわね。


「このエビル・ドレイクがハンターズマスター、いえ、サーシェス・トレンネルの従魔ということが確定した今、色々と推測ができますね。例えばレティセンシアの工作員が、ブラック・フェンリルやグリーン・ファングがいるのに自由に活動できていたのは、エビル・ドレイクを護衛につけていた、とか」


 その可能性は高いでしょうね。

 他にも不法奴隷をフィールから連れ出す際、魔物に襲われないように護衛をさせていたっていう線も考えられるわ。


「ありえる、というより、その通りでしょうね。ライナス殿、ハンターズギルドとしては、あの男の処罰はどうなさるおつもりですか?」

「さすがにこれは、ハンターズギルドへの裏切りですからね。権限の一切を剥奪した上で除名し、アミスターに身柄を引き渡します。これは査察官の権限で確約できますな」


 国家騒乱罪に外患誘致罪、契約不履行、他にも数え上げたらキリがなさそうね。

 処刑は確実で、場合によってはレティセンシアとの戦争に発展するでしょうけど、領代を見てる限りじゃ戦争を恐れてないみたいだし、何よりハンターズギルドだって黙ってないから、戦争になる可能性は案外低いかもしれないけど。


「それは重畳。王都へは事後報告になりますが、まずは彼の身柄を拘束することにしましょう」

「そうですな。ですが、ハンターはどうするのですか?ハンターの罪も問う必要がありますが、さすがにオーダーズギルドも手が足りないでしょう?」


 ソフィア伯爵に話を振られたレックスさんが、申し訳なさそうに首を縦に振る。

 だけど、これは仕方ないわよね。


「とりあえず、捕まえてから考えたらどうです?捕まえるだけなら、俺達も手伝いますよ」

「あたし達も、何度も不快な目にあったしね」


 ハンター登録をしたその直後からだしね。

 いい加減鬱陶しいから、大義名分があるなら喜んで手伝うわよ。

 そうすればミーナやフラム達も安全になるし、安心してプラダ村に行くこともできるしね。

 すぐに結論が出る問題じゃないけど、ゆっくりと考えられる問題でもないから、明日か明後日にはどうなるか決まるでしょう。

なるべくなら、プラダ村に行く前に決まってほしいところだわ。

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