魔石と魔力
Side・プリム
ビスマルク伯爵邸を後にしたあたしと大和は、ライナスさんやカミナさんと一緒にハンターズギルドに足を延ばした。
ゴブリン討伐の達成報告をしなきゃいけないし、買い取りもお願いしないといけないしね。
食事をしながら、採掘場でのゴブリン討伐の話をしたら、またしても盛大に驚かれちゃったけど。
上位種のホブ・ゴブリンはそれなりに増えていて、希少種も生まれているだろうと予想してたそうだけど、さすがにゴブリン・クイーンは想定外だったらしいから、ものすごく驚いていたわ。
確かにクイーンなんて滅多に生まれないから、気持ちはわかるけどね。
亜人のクイーンはキングと同等で災害種になるんだけど、ゴブリンは他の亜人よりワンランク弱いし、そもそもクイーンの戦闘力は、キングより低い。
だから同じ災害種とは言っても、ブラック・フェンリルとは比べ物にならないし、グリーン・ファングより弱かったのよね。
そんなわけであたし達は今、ギルドの鑑定室で査定をしてもらっているわ。
「上位種のホブ・ゴブリンはもちろん、希少種のレッドキャップ・ゴブリンもけっこういやがるな。そらこれだけいたら、クイーンも生まれるか」
倒したゴブリンの中にレッドキャップ・ゴブリンっていう希少種が、しかもかなりの数がいたそうだから、あたし達も驚いたわ。
レッドキャップ・ゴブリンは血のように赤い帽子を被ってるように見えるんだけど、元々ゴブリンの髪は赤いから、ぱっと見じゃ判別が難しい。
だけど近衛騎士のような存在らしいから、そのレッドキャップ・ゴブリンがかなりの数いたということは、クイーンが生まれてくる下地があったということになる。
「そう考えてもいいだろうな。たまに単体で持ち込まれるが、希少種なんだから珍しい話でもない。だが亜人の希少種は、人間でいえば騎士みたいなもんだから、数が増えるってことはその上の異常種や災害種が生まれる前兆だって言われてる。まあゴブリンに限らず、亜人の生態はよくわかってないから、仮説の域を出てないんだが」
ライナスさんが説明してくれるけど、確かに亜人に限らず、魔物の生態はよくわかってないのよね。
ワイバーンにグラントプス、プレシーザーやバトル・ホースなんかの人と共存してる魔物はともかく、それ以外の魔物は、人を見れば襲い掛かってくる種が多い。
だから調査も簡単じゃないし、仕方ないんだけど。
「ま、今回はこんなとこだな」
「お、査定終わったのか?」
「ああ。ゴブリンは一律で100エル、ホブ・ゴブリンは500エル、レッドキャップは5,000エル、クイーン5万エルだな。本来クイーンは8万エルが相場なんだが、お前らが狩ってきた個体は、残念だが魔石が傷ついていた。だから査定に響いてこの額になる」
え?魔石が傷ついてたの?
驚いて見せてもらうと、確かに3分の1ぐらいが欠けていた。
やっちゃったわ~!
魔石は魔物の心臓付近にあることが多い。
死んだ魔物の魔力が結晶化した物質とされていて、魔物が死ぬと心臓付近に魔力が集まり、魔石となると考えられている。
だからどんな倒し方をしても、魔石に傷がついたり、ましてや欠けたりなんてことは滅多に起こらない。
なのにあたしは、その滅多にないことをしてしまった。
高魔力の攻撃でトドメを刺した場合、魔力の流れを乱すことになるらしくて、結晶化すると同時に一部が欠ける、あるいは欠けた状態で結晶化するんじゃないかって思われているの。
今回あたしが倒したゴブリン・クイーンの魔石も、本来なら綺麗な紫色の球状であるはずなんだけど、端っこの方が抉られたように欠けてしまっている。
これは買取価格が落ちても文句言えないわ。
「落ち込むなって。金には困ってないし、今回の依頼は試し切りのついでみたいなもんなんだから、逆に臨時収入程度に考えとこう」
「それはそうなんだけど……やっぱりヘコむわね。もうちょっと上手く使えるようにならないと……」
大和の言う通り、ゴブリン・クイーンはマイライト採掘場奪還依頼で倒したわけだけど、クイーンがいるっていう情報はなかった。
だから臨時収入であることにも間違いはないし、報酬目的てわけでもなかったんだけど、ゴブリン・クイーンの魔石だけが欠けてたってことは、あたしがまだ極炎の翼を使いこなせてないってことの証拠になるのよ。
そういえば、同じく極炎の翼で倒したグリーン・ファングの魔石ってどうだったのかしら?
「ライナスさん、グリーン・ファングの魔石ってどうだったの?」
「グリーン・ファング?いや、そっちは特に異常があったとは聞いてねえぞ」
ということは……どういうこと?
あ、ゴブリン・クイーンは魔力の制御を意識して倒したから、そのせいか。
「それも、練習すればなんとかなるって。他の魔物は問題なかったんだからな」
「わかってるんだけど、やっぱり悔しいのよ」
慣れない上に使いにくい極炎の翼だけど、あたしがほとんど単独でグリーン・ファングやゴブリン・クイーンなんかを倒すことができたのは、間違いなくこの新しい羽纏魔法のおかげだ。
大和のアドバイスがなかったら、一生思いつかなかったと思う。
今はまだ使いこなせていないけど、いつかは自在に使えるようになりたいわ。
Side・エドワード
「マリーナ、そろそろ閉めようぜ」
「もういいの?まあお客さんも来ないし、仕方ないっちゃ仕方ないけど」
今日も今日で、店は暇だった。
おかげで店主のじいちゃんは、弟子のタロスさんと工房に籠りっ放しだしな。
まあ今回は、あいつらが使う剣と槍に
3日前にフィールに来たっていうあいつらは、街に流れてる噂だけでも、俺の常識をぶち壊してくれた。
Gランクハンターだって話だが、ハンター登録をしたのは3日前だし、異常種のグリーン・ファングはおろか、災害種のブラック・フェンリルまで2人で狩ったっていうんだから、とんでもなさすぎる。
登録した時にスネーク・バイトの連中に絡まれたらしいが、簡単にあしらったと聞いてるし、夜にはノーブル・ディアーズまで捕まえたらしいから、ある意味じゃ今フィールにいるどのハンターよりやりたい放題だ。
昼間ハンターズギルドに魔物素材の買い付けに行った時に聞いた話じゃ、なんでもゴブリン・クイーンまで倒したって噂が立ってたし、オーダーズギルドが慌ててフィールの外に出動した件にも関わってるらしいから、正直何をやってんだよって気にもなる。
だけど街を守ってくれたのは間違いのない事実だし、明日もそのためにマイライトに狩りに行ってくれるんだから、感謝こそすれ文句を言うことはない。
まだフィールに来てたった数日だってのに、あいつらへの信頼度はかなり高い。
もちろん、街の人達も同じだ。
「あ、すいませ~ん。今日はもう……って、あんた達か。遅かったじゃないの」
閉店間際に来客って、けっこううざったいんだがな。
と思ってたら、あいつらだった。
当然、あいつらなら話は別だ。
「思ってたより遅かったな。また何か狩りに行ってたのか?」
「いや、事後処理と依頼のことで呼び出されてたんだよ」
先日フィールに来たばかりのGランクハンター大和が、そんな答えを返してきた。
いや、依頼のことで呼び出されるのはわかるが、事後処理って何だよ?
「クラフターズギルドからグラス・ボアと、あとマイライトに行くならフェザー・ドレイクをどうにかできないかって聞かれたのよ。フェザー・ドレイクは先客がいるからそっちが優先になるけどって言ったら、それでもいいからってことで素材収集の依頼を受けることになってね」
大和の相棒で、同じくGランクハンターのプリムが、またしてもとんでもないことを言ってのけやがった。
クラフターズギルドからかよ。
確かにグラス・ボアの皮は少なくなってきてるし、肉なんて何日か前に尽きてるから補充は必要だが、一応そっちはオーダーズギルドが動いてくれるって聞いてるから、そこまで急ぐもんでもないだろ。
つか,こいつらはハンターだから、そっちはまだわからなくもないが、何でフェザー・ドレイクの素材収集依頼なんて出してんだよ。
確かにこいつらなら、フェザー・ドレイクぐらい狩るのは難しくないだろうが、だからって便乗すんなよ。
そもそもこいつらがマイライトに行くのは、エビル・ドレイク討伐のためなんだぞ。
「というか、今いくつ依頼受けてるの?」
若干呆れながら、今朝紹介した俺の相棒で幼馴染のフェアリーハーフ・ドラゴニュート(水竜)のマリーナが、素朴な疑問を挟んできた。
マリーナは漁師でもあって、朝は必ずベール湖で漁をしてから工房に来ることになっている。
いい加減結婚しろってじいちゃんやマリーナの両親からも言われてるんだが、今のフィールじゃそんな余裕はないんだよなぁ。
「いくつだっけ?」
「えーっとな、ライナスのおっさんに領代、それとビスマルク伯爵とクラフターズギルドだから、全部で4つだな」
4つも同時に指名依頼を受けるハンターなんて、聞いたこともねえよ。
見ろよ、マリーナも呆れてるじゃねえか。
「まあいいけどね。それより
「あ、ごめん。できてるよ。すぐ持ってくるね」
っと、確かに明日早いだろうから、無駄話してる暇はないな。
じいちゃんにも2人が来たことを伝えねえと。
「じいちゃんにも声をかけてきてくれ」
「オッケー」
ついでってわけじゃないが、ミスリルブレードとミスリルハルバードの手入れもしといてやるか。
おっと、その前に店を閉めねえとな。
「俺は看板しまってくるから、武器を出しといてくれ。手入れぐらいならサービスしとくからよ」
「そう?それじゃお願いね」
「悪いな、助かるよ」
看板はしまったし、鍵もかけ……いや、こいつらが出られなくなるから鍵は後だな。
これでよしっと。
「待たせたな」
「頼む」
「おう、任せとけ。あれ?手入れできてるじゃねえか。ゴブリン・クイーンだけじゃなく、けっこうな数のゴブリンを狩ったって聞いてたから、血糊や油ぐらいついてると思ったんだけどな」
剣もハルバードも、思ったより全然綺麗だった。
マナリングで強化してるだろうから、そっちはあんまり心配してなかったんだが、慣れてない武器だと多少は血糊や油がついちまう。
これは魔力を均一に流せてないことが原因だから、慣れればそんなことはなくなるんだが、こいつらがこの武器を使い始めたのは3日前だから、多少はついてると思ってたんだけどな。
「武器の手入れは基本だろ。雑に扱えば寿命も短くなるし、何より自分の命に関わってくる」
「同感ね。時間がなくても、最低限の手入れぐらいするわよ」
こいつら、わかってるじゃねえか。
高ランクハンターともなれば、予備も含めて、武器はいくつか持っている。
だけど、命を預けている相棒みたいなもんだから、手入れを怠ることはない。
戦闘中に折れたりしたら、命を落としても不思議じゃねえからな。
しかも魔力が強すぎることもあって武器の寿命も短いから、尚更普段の手入れが重要になってくる。
だから一流のハンターほど、武器の手入れはしっかりとしている。
だが今フィールにいるハンターどもは、手入れなんて一切しやがらねえし、折れたりなんかしたら文句を言ってくる始末だ。
それでじいちゃんがキレて、ハンターには一切店のもんを売らなくなったんだが、実はクラフターズギルドでも同じことをしてたって知ったのは少ししてからだ。
ハンターどもが狩りに出ないのは、クラフターズギルドをはじめとしたフィールの武器屋、鍛冶屋が何も売らなくなったのも、間違いなく理由の1つだ。
ハンターズマスターが文句を言ってきたらしいが、結局話は平行線で物別れしたとも聞いている。
そのあとでサブマスターのライナスさんと何人かの職員が謝罪に来たらしいから、ハンターズギルドの全部が腐ってるわけじゃないのが救いだな。
大和の剣とプリムのハルバードは、刃には血糊も油もついておらず、渡した時と同じ輝きを放ってるように見える。
魔力強化の影響で刃毀れ1つない、美しい刃だ。
「ふむ、それじゃ悪いが、少し魔力を流してみてくれ」
「魔力強化ってことでいいのか?」
「それでいい。少し魔力の流れを見てみたいからな」
俺が手を入れる必要はなかったな。
後は魔力の流れを見られれば、大凡だが武器の強度も推測できる。
武器を買った時点でやることが多いんだが、初めて使う武器じゃ慣れてないこともあるから、本来はある程度慣らした状態でやるんだよ。
武器を慣らさないといけないから、買った店で確認することはほとんどなくて、代わりにクラフターズギルドが格安でやってくれてるんだが。
当然だが、フィールのハンターどもは一切やってねえ。
「了解よ。これでいい?」
大和とプリムが流した魔力を見て、俺は驚いた。
普通の魔力強化に使う魔力より、はるかに多い魔力が、今まで見たこともないぐらいスムーズに、しかも均一に流れている。
これなら武器への負担も、思ったより少ないんじゃねえかな。
さすがはGランクってことか。
「ほう、すごいもんじゃな。これほどの魔力強化、滅多に見られんぞ」
俺が少し惚けていると、じいちゃんが姿を見せた。
って、何も持ってねえのかよ。
というかじいちゃんは、こいつらレベルの魔力強化を見たことがあんのか?
「あるぞ。じゃがこの2人を見てしまうと、少し雑だったと思えてしまうな。その若さで、Gランクハンターになるだけのことはある」
そういやレベルって、魔力との親和性が大事なんだったっけな。
精密性も高いし、しっかりと制御できてるとこを見ても、俺より年下のこいつらが、俺より遥かにレベルが高いのも納得できる。
「そうじゃな。それに2人の魔力量からの推測になるが、おそらくドラゴンの鱗にも傷をつけられるじゃろう。エビル・ドレイクにどこまで通用するかはわからんが、フェザー・ドレイクぐらいならば一撃で倒せるかもしれん」
とんでもない奴らがさらにとんでもないことになるのかよ。
大和に渡したミスリルブレード、プリムに渡したミスリルハルバードはじいちゃんの自信作ではあるが、それでも数打ち品でしかない。
エビル・ドレイクの討伐に成功したらこいつらの武器を打つことになってるが、同じ
「それはそれで楽しみにしてるけど、まずは目先の問題を片付けないとね」
「もちろん、失敗するつもりもないけどな」
ホントに不敵な奴らだな。
だけどあの魔力強化を見た後だから、マジで頼もしく見えるぜ。
「ワシとしても楽しみにしておるよ。おっと、いつまでも話し込んではおれんな。剣と槍は工房にあるから、すまんが来てくれんか?」
「わかりました」
「了解よ」
「エド、2人は家の方から出てもらうから、店はしっかりと戸締りをしといてくれ」
「あいよ~」
マナーの悪いハンターが多いし、戸締りは大事だからな。
看板はすでにしまってあるから鍵をかけて、防犯用の魔導具を起動させてっと。
これで良し。
灯りも消したし、俺も工房に行くか。
工房じゃ大和が、タロスさんにフェザー・ドレイクの革鎧をメンテナンスしてもらってる所だった。
プリムとマリーナの姿が見えないが、個室でバトルドレスのメンテでもしてるんだろうな。
「ふむ、特に目立った損傷はなし、か。大和君、実際に使ってみての感想は?」
「軽いし、動きを妨げるようなこともないので、すごく使いやすかったですね」
魔物の革鎧でも、重いのは重いからな。
そんな重い革鎧に、鉄とか
そんな鎧を着るのは、体格のいい男ハンターぐらいだ。
「それは良かった。俺が知る限り、フェザー・ドレイクの革鎧と
それは俺も同意見だな。
もしかしたらこれ以上の革鎧もあるのかもしれないが、少なくともフィールじゃ、これ以上のもんはない。
「ドラゴンの皮や鱗を使った鎧は、装甲なぞなくとも、
あー、ドラゴンか。
確かにドラゴンならありえるな。
といってもドラゴンは、どこだったか忘れたが、人間と共存してるらしいから、狩れる機会はないに等しい。
鱗ぐらいならもらえるかもしれんが、皮は無理だ。
そもそもドラゴンはAとかOランクがほとんどで、弱い個体でもPランクだって言われてるから、討伐なんて無理に等しい。
そもそも共存してるとはいっても、ドラゴンは人間とは、あんまり関わり合いを持たないって話じゃなかったか?
「うむ。実際バレンティアでは共存してはいるが、それはあくまでも、聖地を守るためと言われておるからな」
ああ、どこの国だったかと思ったが、南のバレンティア竜国だったか。
ってことはドラゴン装備を持ってる奴がいるとしたら、バレンティアの高ランクハンターぐらいか?
「バレンティアとかドラゴンとかって話が聞こえたけど、何かあったの?」
お、プリムのバトルドレスのメンテも終わったか。
まあ、バトルドレスはプリムの私物だから、慣れてるってのはあるだろうな。
それに引き換え大和の奴は、
タロスさんが丁寧に教えてはいるが、大丈夫なのか、あいつ?
「すいません、タロスさん。まだ慣れてなくて」
お、終わったか。
まあ鎧つけるのに手間取る奴は珍しいわけでもないんだが、それでもGランクの大和が手間取るとは思わなかったな。
「そうなのか?それじゃあ普段は、どんな鎧使ってたんだ?」
「いえ、鎧は使ったことないんですよ」
そもそもなかったのかよ。
それでよく、そこまでレベル上げられたな。
「うちは父さんをはじめとした師匠達が化け物だらけだからな。下手な防具は逆に邪魔になるんだよ」
お前も十分化け物だが、そのお前にそこまで言わせるってどんだけ化け物なんだよ、お前の親父は。
ってことは何か?
防具なんてろくすっぽ使わずに今まで来たってのか?
「まあ色々あったんだよ……」
すげえ遠い目してやがるな。
つか、目が軽く死んでるぞ。
どんな修行してたんだよ、いったい。
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