南からの来訪者

 ワイバーンを見て驚いたのは俺だけではなく、むしろ俺以上に、ソフィア伯爵やレックスさんが慌てていた。

 当然、急いでフィールに戻ることになるんだが、ウォー・ホースに乗ってるソフィア伯爵を1人で帰すわけにもいかず、俺とプリムも従魔契約をしていないバトル・ホースを借りて、レックスさんと4人で、先にフィールに戻ることになった。

 まあ、俺は馬に乗れないから、プリムの後ろにしがみつくしかなかったんだが。


「それより上に手を持っていったら、振り落とすからね」


 プリムの腰に手を回したら、そんなことを言われた。

 俺としてもそんなつもりはないが、プリムの目を見ると、割と本気で振り落としかねないと感じたから、コクコクと首を縦に振りまくったよ。


 俺達がフィールに着くより早く、ワイバーンは降り立っている。

 ワイバーンにしろグラントプスにしろバトル・ホースにしろ、厩舎はそれぞれのギルドや屋敷にあるものを使うことになってるから、手続きを終えればそこに向かわなければならない。

 ワイバーンのような空を飛ぶ従魔は、基本町中で飛ぶことは禁止されているが、主人が同行している場合に限っては認められている。

 なので俺達がフィールに着いた時には、そのワイバーンは既にフィールに入っていた。


「お帰りなさいませ、伯爵、オーダーズマスター」


 門番をしている女性オーダー2人が、ソフィア伯爵とレックスさんに声を掛けてきた。

 全然慌ててなくないか?


「ご苦労。先程ワイバーンがフィールに向かっているのを確認したんだが、ハンターズマスターが帰ってきたのか?」

「オーダーズマスターも確認されていたんですね。いえ、ハンターズマスターではありません。あのワイバーンで来られたのは、ビスマルク・ボールマン伯爵でした」

「ビスマルク伯爵が?」


 ハンターズマスターじゃなかったのか。

 悪いのは向こうとはいっても、さすがに急に帰ってきたのかと思ってドキドキしたな。

 というか貴族が、何の用でフィールに来たんだ?

 いや、フィールは避暑地でもあるから、余暇って可能性もあるんだけどさ。


 ボールマン伯爵領は王都の南にあり、フィールからはもっとも離れている。

 森が多く、林業と農業が盛んな土地らしい。

 他にも迷宮ダンジョンがあって、獲得できる素材は希少価値が高い物も少なくないそうだ。


 ヘリオスオーブの迷宮ダンジョンは、異世界ものの小説とかゲームとかでよくあるダンジョンマスターとかはいないが、迷宮核ダンジョンコアは存在している。

 迷宮核ダンジョンコアの破壊された迷宮ダンジョンは消滅し、迷宮ダンジョンのあった地には痕跡すら残らなくなるそうだ。


 そもそもヘリオスオーブの迷宮ダンジョンは、自然現象とも、魔物の一種とも言われている。

 迷宮ダンジョン内の亜人や魔物は迷宮核ダンジョンコアを守るため、それらから得られる素材は餌となる人間を招き入れるためとされており、成長すると階層が増えていく。

 話を聞く限りだが、迷宮ダンジョン内は亜空間のようになっていて、明らかに迷宮ダンジョンの中とは思えない環境が広がっているそうだ。


 さらに迷宮ダンジョン内の魔物は多種多様で、本来その土地には生息していないような魔物も多い。

 その代わりというわけではないが、それらの素材は希少価値が高いため、高値で取引されることも珍しくない。

 特にドラゴンやゴーレムは、体が丸ごと素材の塊だから、倒したハンターも大金を手に入れることができるし、国や町としても大量の素材を入手できることになるから、余程のことがない限り迷宮核ダンジョンコアを破壊することは禁止されている。


 その迷宮ダンジョンに出現するゴーレムだが、下位にパペットってのがいて、鉱山なんかにはたまに出現することがある。

 マイライト採掘場でも、何度かミスリル・パペットが出現したことがあるらしい。

 そんなに強くはないが、体は魔銀ミスリルでできているため、倒すのも一苦労だと聞いている。

 ミスリル・ゴーレムともなると、ハイクラスに進化しているSランクハンターでもなければ有効な一撃を与えられないから、指名依頼になるそうだが。


 そんなゴーレム、パペットだが、鉱山で採れる鉱石と同じ種類だけ存在しており、迷宮ダンジョンにはそんなことは無関係に出現する。

 つまり金剛鉄アダマンタイト神金オリハルコンのゴーレム、パペットも存在しているわけだ。

 実際流通している魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイト神金オリハルコンの約一割は、迷宮ダンジョン産だと言われている。

 滅多に出現しないし、遭遇率はさらに低くなるため、それらを狙って張り込むのは時間の無駄とも言われているそうだが。

 その話を聞いた時、これで神金オリハルコンが手に入れられるとカラ喜びして、プリムとミーナに笑われたんだよなぁ。


「はい。何でもハンターズギルドに依頼を出しに来られたとか」


 っと、今は迷宮ダンジョンの話はどうでもよかったんだ。

 というか依頼って、なんでわざわざフィールに来るんだよ?

 ハンターズギルドは王都はもちろん、領主がいる街には必ずあるから、自分の領地でも十分だと思うんだけどな。


「ビスマルク伯爵がねぇ。だけどこれは都合がいいわ。彼が何を依頼しに来たのかはわからないけど、ワイバーンで来てくれたのだから」

「そうですね。ビスマルク伯爵は屋敷に入られたのか?」

「はい。昼食をとってから、ハンターズギルドに向かうと仰っていました」

「なるほど。それならライナス殿を連れて、こちらから出向いた方がいいわ」

「わかりました。ではオーダーを何人か、ビスマルク伯爵の屋敷に先行させます。大丈夫だとは思いますが、ビスマルク伯爵のワイバーンも狙われる可能性がありますので」


 確かに都合がいい。

 そもそも王都へ連絡ができなかった理由は、陸路では伝令が、ブラック・フェンリルが率いるウルフ種の群れに襲われる可能性が高すぎるために、空路はアーキライト子爵のワイバーンが殺されてしまったために使えなかったからだ。


 だが偶然とはいえ、ビスマルク伯爵がワイバーンでフィールに来たことで、空路が使えるようになり、迅速に王都に伝えられるようになった。

 しかも今日、俺とプリムがレティセンシアの工作員を捕まえたもんだから、緊急性はさらに上がっている。

 急いでビスマルク伯爵に事情を説明し、ワイバーンを借りなければならない事態だ。


 幸いなのはまだビスマルク伯爵が、ハンターズギルドに行っていないことだ。

 ライナスのおっさんも依頼自体は受理してくれるだろうが、ハンターが受けるかどうかは別問題だから時間の無駄になりかねないし、何よりワイバーンで来たことを確実に知られてしまう。

 そうなれば、ノーブル・ディアーズのようなバカが動くかもしれない。


「大和君、プリムローズ嬢、2人も来てもらえる?彼がどんな依頼を出すかはわからないけど、今のフィールじゃあなた達以外のハンターは信用できないから、指名依頼にした方がいいと思うのよ。おそらくライナス殿も、同じことを言うと思うわ」


 確かに内容次第じゃ俺達への指名依頼になるし、そうでなくとも俺達以外のハンターが依頼を受けるとは思えない。

 それなら最初から俺達が依頼を受けた方が余計な手間もかからないし、ビスマルク伯爵も不愉快な思いをしなくても済む。


「わかりました。これからすぐに向かうってことで?」

「ええ。ライナス殿へはオーダーズギルドから連絡してもらうから、私達は先にビスマルク伯爵の屋敷へ向かいます。それと、警備の手配もお願い」

「はっ」


 留守にしているハンターズマスターもその可能性は考慮してるだろうし、ワイバーンに懸賞金を懸けてるかもしれない。

 まあ、ハンターどもは昼間だってのに酒を飲んだり賭け事に興じたりで、狩りに出掛けることはほとんどない。

 ブラック・フェンリルにグリーン・ファングが討伐されたのが3日前ってこともあるが、そのことは公表してないからすぐには動かない。

 ワイバーンが来たことを知ってるかわからないが、ハンターズマスターがワイバーンを使って王都に向かったことは知ってるから、ハンターズマスターが帰ってきたと勘違いしてるか、もしくは貴族の屋敷に向かったことを確認したとしても、こんな時間から貴族の屋敷に突撃をしかけるような度胸もないだろう。

 もっとも、用心に越したことはないから、俺達はこのまま、ビスマルク伯爵の屋敷へ向かうことにした。


Side・ソフィア


 ベール湖の湖畔には、王家をはじめ貴族や裕福なトレーダーの別荘や別邸がある。

 周囲をマイライト山脈に囲まれ、眼前にベール湖が広がるフィールは、季節を問わずとても過ごしやすい。

 冬には雪が積もるけど、凍えるほど寒くなることは滅多にないわね。

 山が多いアミスターは、夏は過ごしやすい気候だけど、冬は寒くなることが多いから、貴族がフィールに来るとすれば冬の方が多いでしょう。

 そのため、別邸を持っていない貴族はほとんどいないわ。

 この別邸があるから、フィールは王家直轄領でありながら直轄領代行執政官、通称領代が、3年間フィールの統治を務めることができると言える。

 領代の任期は3年で、侯爵、伯爵、子爵から1人ずつ選出され、任期中はフィールにおいては爵位の違いは意味をなさず、無理やり従わせるような貴族は厳しく罰せられることになっているのよ。

 ちなみにだけど、男爵は領地を持てないから、侯爵領か伯爵領にある町の代官をしていて、子爵領はそんなに大きなくないから子爵だけで治めているわ。


 現在領代として赴任しているのは、フレデリカ・アマティスタ侯爵、アーキライト・ディアマンテ子爵、そして私ことソフィア・トゥルマリナ伯爵の3人よ。

 フレデリカ侯爵は今年の春に赴任されたばかりだけど、アーキライト子爵は来年の春には任期満了で、自分の領地に戻ることになっている。

 私は2年目になるわ。

 領代として赴任しているとはいえ、自領の統治を疎かにすることは許されない。

 だから領地になにか問題が起これば、一時的に戻ることも許されているけど、領代が3人なのはそういったことも考慮されているからなの。

 それに3年間フィールから出ることを禁止されているわけでもないから、他の領代の許可を得て自領に戻ることもあるわよ。


 先程フィールにやってきたビスマルク・ボールマン伯爵は、まだフィールの領代になられたことはなかったはずだけど、それは迷宮ダンジョンへの対応に手が離せなかったからという理由もあるの。

 それは今も変わっておわず、王都に来ることすら稀だったはずなのよ。


 そのビスマルク伯爵が、ワイバーンを使ってフィールに来るなんて、一体何があったのかしらね?

 依頼にしても討伐や素材収集ならハンターに頼めば済む話だし、迷宮ダンジョンのあるボールマン伯爵領には、実力のあるハンターも多かったはずなのに。


「ここがビスマルク伯爵の別邸ね。ってあの獣車、フレデリカ侯爵じゃないの?」


 フレデリカ侯爵?

 本当だわ。

 あの獣車の家紋は、アマティスタ侯爵家のものに間違いない。

 なぜ……とは聞く必要がないわね。

 フィールの現状は、領代では判断できないほどの大きな問題になっているのだから、すぐにでも王都へ報告を入れなければならない。

 おそらくアーキライト子爵も、ビスマルク伯爵の来訪は気が付いているでしょう。

 だけど爵位が上の伯爵に、アポもなく訪ねるのは失礼、無礼にあたる。

 だからフレデリカ侯爵が動いた、と考えるべきでしょう。


「なるほどなぁ。緊急時でも面子や体面が優先されるって、貴族ってのも面倒だな」


 大和君の言いたいこともわかるけど、その面子や体面がなければ、貴族の意味は大半が失われてしまうのよ。

 というか名字があるから、彼も貴族の出だと思っていたのだけど、そうじゃないのかしら?


「そんなものよ。それよりソフィア伯爵、フレデリカ侯爵が来られてるなら、あたし達も急いだ方がいいのでは?」

「そうね。行きましょう」


 フレデリカ侯爵は、先代が早逝してしまったため、わずか12歳で当主にならざるを得なかった。

 先代アマティスタ侯爵は病弱だったため、跡取りも彼女しかおらず、家を継いだ当初はかなり苦労をしたと聞いている。

 私も夫を亡くしているから他人事とは思えないけど、幸い跡取りは娘が2人いるから、心配はいらないのが救いね。

 その娘達も先日結婚したけど、2人揃って同じ相手に恋して、同じ相手と結婚したのよ。

 しかも相手は、私が育てているバトル・ホースを取り扱っているトレーダーで、昔から目を掛けていた子なの。

 だから私としても、素直に嬉しいわ。


 私のことは今はいいわね。

 別邸や別荘とは言っても、管理するために常に人を雇っているから、私が門番に来訪を告げるとすぐに連絡に行き、玄関からエルフの家令が姿を見せた。


「ボールマン伯爵家へようこそお越しくださいました、ソフィア・トゥルマリナ伯爵。私はボールマン伯爵家家令のPランクバトラー、トネル・ハイライトと申します」


 家令に限らず、侍従や女中のほとんどは、バトラーズギルドに登録をしている。

 もちろん知り合いのコネで働く人もいるし、奴隷だっているけど、バトラーズギルドに登録しているかどうかで信用が変わるから、人によってはバトラーズギルドに登録していない侍従は敬遠することもある。

 トネルはPランクバトラーということだから、見た目より高齢、おそらくは50近い年齢でしょう。


「突然押しかけて申し訳ないわね。急ぎの要件だったから、無礼を承知で来させていただいたわ」

「いえ、先程お越しになられたフレデリカ侯爵から、ご事情は伺っております。失礼ですが、そちらの方々は?」

「フィール支部のオーダーズマスターと、先日フィールに来たGランクハンター達よ」

「なんと!……失礼いたしました。それではビスマルク様がお待ちですので、ご案内いたします」


 Gランクハンターが2人、しかもレイドを組んでいるのは珍しいものね。


「ええ、よろしく。あとじきにサブ・ハンターズマスターも来ると思うから、そちらも案内をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 ビスマルク伯爵の依頼内容次第だけど、なるべく難易度が低いとありがたいわね。

 嫌な予感もするけど、そこは大和君とプリムローズ嬢に期待するしかないわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る