隣国の魔手

 ヘリオスオーブに来てからまだ1週間ぐらいだってのに、すげえトラブルに巻き込まれてるな。

 まさかこんなとこで盗掘してる奴がいるとは思わなかったし、それがお隣の国の騎士みたいな奴だったなんて、想定外もいいとこだ。


 あの後俺とプリムは、坑道内にいた騎士や戦士と思われる人間の命を奪い、文官や奴隷と思われる人間は気絶させることに成功した。

 第三坑道はそれなりの広さがある坑道だが、中は一本道だから迷うこともないし、人数も10人ぐらいだったからそんなに大変でもなかったな。


 あ、どうでもいいことなんだ、オーダーってのはアミスターの騎士を指す言葉だから、他国の場合は普通に騎士って呼ばれてるぞ。


 そんなわけで報告に行かなきゃいけないんだが、さすがに放置するわけにはいかないから、俺が坑道の入り口を見張り、プリムがフィールに戻って領代やオーダーズギルドに報告することに決まった。

 さすがに待ってる間は暇だったが、掘り出した魔銀ミスリルを回収に来る奴らだっているだろうし、何よりフィールに内通者がいるのは間違いないから気は抜けない。

 その内通者、十中八九ハンターどもだろうけどな。


 命を奪った騎士なんだが、やっぱりレティセンシアの騎士で間違いなかった。

 ライブラリーを確認したら『レティセンシア騎士団第四諜報騎士長』ってのと、『レテイセンシア近衛騎士』っていう称号持ってる奴らがいたからな。


 ライブラリーには、登録したギルドのランクや所属してる騎士団、軍の階級が表示されるようになっている。

 だから称号は隠すことができるようになってるんだが、意識を失ったり死んだりすれば隠しようがなくなるから、すぐに身元がバレることになる。

 この世界じゃ諜報員とかスパイとかは、意識を奪ってライブラリーを確認すれば、言い訳は一切利かないってことだ。

 少しだけ同情しちまうな。


 とりあえず気絶させた奴らが目を覚ましても動けないように、マイライトで使うんじゃないかと思って買ったロープを使ってふんじばってあるから、逃げられることも俺を襲ってくることもないだろう。


 刻印具に落とし込んである電子書籍を見ながら3時間ぐらい待ってると、プリムがソフィア伯爵とレックスさん、オーダーを連れてやってくるのが見えた。

 ソフィア伯爵が乗ってるのって普通の馬には見えないが……ああ、あれがソフィア伯爵自慢のウォー・ホースってやつか。

 そういやオーダーズギルドの馬は、バトル・ホースだって聞いた気がするな。


 確か2年前にソフィア伯爵が領代に就任した時は、アーキライト子爵もワイバーンを所有していなかったそうで、もっぱらハンターズギルドのワイバーンを借りるか早馬を使うぐらいしか、緊急事態への備えがなかったらしい。

 さすがにそれはマズいってことで、バトル・ホース育成のエキスパートでもあるソフィア伯爵が国王陛下に掛け合い、徐々にだがバトル・ホースとの入れ替えを進め、今ではオーダーズギルドのほとんどの馬がバトル・ホースになっているそうだ。

 騎馬としてはオーダーとの相性が重要だから、わざわざソフィア伯爵の領地にある牧場から連れてきて、オーダーとの相性を確認させたっていうからすごい。


 バトル・ホースは肉も食うから食費はかかるようになったが、馬より力も強いし足も速い。

 Cランクモンスターでもあるから、ゴブリンやグラス・ウルフぐらいなら簡単に蹴散らせるってこともあって、オーダーズギルドとしても大喜びだったと聞いている。

 望めば従魔契約をすることもできるので、何人かのオーダーはバトル・ホースを買い取って契約している。

 レックスさんとローズマリーさん、それからミーナも従魔契約をしているぞ。


「大和君、無事か?」

「当然ですよ。プリムから聞いてると思いますが、捕まえた奴らは中にいます。死んだ奴らの死体は、この暑さだと腐ると思ったので、俺のストレージに入れてますが」

「だから言ったじゃない。大和なら心配はいらないって」


 本音を言えば、骨まで焼却したかったんだけどな。

 だけど死体からでも証拠を得ることはできるだろうし、少人数とはいえレティセンシアの騎士、それも諜報騎士長や近衛騎士なんてのが来てたんだから、死体でも身柄は引き渡しといた方がいいだろう。


「感謝する。では中に入って連中を捕らえたら、全員に隷属の魔導具を使え。よろしいですね、ソフィア伯爵?」

「当然でしょう。プリムローズ嬢、案内をお願いしても?」

「了解。行ってくるわ」


 ソフィア伯爵も怒ってるな。

 目と鼻の先でこんなことされたんだからわからなくもないけど、それでも油断してる方にも問題があると思うぞ?

 ハンターどもが治安を乱してたから、オーダーズギルドもそっちの対応に駆り出されて、そんな余裕はなかったんだろうが。

 ああ、これも狙ってたってことになるのか。


「そうなると、ハンターズマスターはレティセンシアの出身ってことになるよなぁ」

「突然どうかしたの?」


 おっと、思わず口に出しちまったか。

 すぐにわかることだし、ソフィア伯爵としても捨て置けない問題なんだから、俺の考えを伝えとくべきだろう。


「いえね、待ってる間暇だったんで、連中のライブラリーを見てみたんですよ。そしたらレティセンシアの諜報騎士長と近衛騎士ってのがいたんです。それだけじゃなく、戦える奴らは全員レベル40を超えてましたから、多少の荒事なら乗り越えられたんじゃないかと思いますね」


 諜報騎士ってのがどんな仕事してるのかは知らないが、名称からしてスパイだろう。

 戦闘能力が低いと、潜入時にトラブルとかがあっても対応できないんだから、弱いわけがない。

 近衛騎士にいたっては言わずもがなだ。

 さすがにレティセンシアのレベル40超えの騎士はアミスターより少ないだろうが、それでも近衛騎士なら超えてても不思議じゃない。

 この近衛騎士、進化してなかったけどな。

 ちなみにオーダーズギルド所属の近衛騎士は、ハイクラスに進化ってのが絶対かつ最低条件らしい。


「これは俺の推測ですけど、ハンターズマスターってレティセンシアの出身じゃないですかね?グリーン・ファングの件もワイバーンの件も、そう考えれば一応納得はできますし」


 レティセンシアの騎士、っていう単語が出た時点で、ソフィア伯爵とレックスさんは大きく目を見開いたが、同時に納得した顔もしていた。


「あなたの推測、そんなに外れてはいないでしょうね」

「私もそう思います。ですが、1つだけ疑問がありますね」


 レックスさんの疑問は、ソフィア伯爵も感じてるようだ。

 なんでっしゃろか?


「連中がレティセンシアの意向で動いていると仮定すると、今回大和君が捕らえた連中は、人数から考えても先遣隊でしょう。ですがあれだけの人数でフィールの周辺にいたウルフ種を退け、ここまで到着できるとは思えません。戦闘できる者がレベル40を超えていたということですから、グラス・ウルフやグリーン・ウルフならば問題ないでしょうが、ウインド・ウルフやグリーン・ファング、そしてブラック・フェンリルの相手は無理です。おそらくマイライトのどこかに、連中の拠点があるのではないでしょうか?」


 それは俺も気になってたし、拠点があるだろうって意見には賛成だ。

 何せこいつら、生活に必要なもんは何も持ってなかったからな。

 レティセンシアの国境からフィールまでは、獣車だと1週間ぐらいかかるだろうから、拠点は絶対に必要だ。


「グリーン・ファング、そしてブラック・フェンリルが、いつ生まれたのかにもよるでしょうね。レティセンシアは昔からフィール、というかマイライトを狙っていたのだから、この辺りの魔物の生態についても調査はしているでしょうし、そこから何かを掴んでいたのかもしれないわ」


 まあ、こんなとこで議論してても、答えはでないか。

 異常種と災害種がいつ生まれたかなんて、生まれる瞬間を目撃でもしない限りわからないからな。


「オーダーズマスター、処置が終了しました」

「わかった。ではフィールに帰還してから尋問を行う。君達は先にフィールに戻り、サブ・オーダーズマスターに伝えてくれ。彼らはオーダーズギルド本部に連行すると」

「了解です」


 レックスさんに報告した女性オーダーは敬礼すると、同僚を伴い、フィールに向かってバトル・ホースを走らせた。


「それではソフィア伯爵、我々も戻ります」

「わかったわ。何にしても、採掘場の奪還と同時にわかって良かったわ」


 だな。

 作業再開となれば、鉱山労働者に監督官も坑道に足を運ぶ。

 労働者の数にもよるが、第二坑道が封鎖されてる以上、高い確率で第三坑道にも人が行くことになるから、坑道内でばったり遭遇、なんてことは容易に予想ができる。

 そんなことになったら労働者の数も減るし、監督官や護衛にも犠牲がでるだろうから、また調査やら何やらで封鎖される可能性も高かった。

 しかも相手が、ハイクラスに進化してないとはいえレベル40を超えてるとなると、今のフィールで対応できるのは数人しかいない。

 最悪、レティセンシアの関与すらわからなかっただろう。


「こっちまで足を延ばしたのは、あくまでもついでみたいなもんなんですけどね」

「そうらしいわね。でもこちらとしては、大助かりだわ。鉱山労働に使う犯罪奴隷も、あなたが捕まえたハンターがいるから数は足りているし。アーキライト子爵としては、心中穏やかじゃないようだけど」


 俺達が捕まえたハンターっていうと、スネーク・バイトとノーブル・ディアーズか。

 確かに合わせて30人近い人数になるから、労働力としては申し分ないか。

 特にスネーク・バイトは全員男だから、ほぼ間違いなく鉱山労働が確定だろう。


 というか、なんでここで、アーキライト子爵の名前がでてきますか?


「無理もありません。殺されたワイバーンは、奥方のお1人にとても懐いていたと聞きますから」

「懐いていたどころか、従魔契約をしていたのよ。彼女だけ子供がいないから、そのワイバーンを殊の外可愛がっていたと聞いているわ」


 アーキライト子爵のワイバーンって、奥さんの子供みたいなもんだったのか。

 そりゃショックは大きいだろうな。


「そちらはハンターズマスターを捕らえない限り解決はしないけど、ここまでのことをした以上、彼がどう取り繕おうと処罰は免れないし、アミスターに身柄を引き渡してもらった上で刑を執行することになるでしょうね」


 ある意味じゃ、異常種や災害種を利用したようなもんだからな。


 村や町を容易に滅ぼす異常種、災害種は、目撃情報があった時点で、採算度外視で詳細な調査を行う。

 ただの噂ならそれでよし、そうでなければ討伐隊を組織し、討伐を行う。

 これはハンターズギルドが、各国にギルドを建設するための条件でもある。

 もちろん各国の騎士や軍も討伐隊には参加するから、完全にハンターズギルドに依存してるわけじゃないが、国としても噂に人手を割く余裕はないことが多い。

 それどころか騎士団と町人が気安く話してる光景は、国によってはほとんどないそうだから、国としては噂であっても耳に入りにくい。


 だがハンターは、貴族出身のハンターもいるとはいえ、基本的に町人寄りだ。

 武具や道具を手に入れる必要もあるから、トレーダーやクラフターとも繋がりのある者も少なくない。

 それらから噂を聞けることも珍しくないし、自分達の目で直接確認することもある。

 もちろん問題を起こすハンターも少なくないが、有事の際ハンターがいるのといないのとでは、対応力や戦力に大きな差が出る。

 だから各国はハンターズギルドに支援を行い、ギルドも土地代や建物の使用料、依頼手数料の二割を国に支払っている。


 ところがハンターズマスターがとった行動は、この前提条件を完全に無視していることになる。

 言い逃れしようにも、俺とプリムが倒して死体を持ち込んでいるから、それは不可能だ。

 しかも災害種のブラック・フェンリルとゴブリン・クイーンまで生まれていたわけだから、ハンターズギルドとしても面目丸潰れだ。

 アミスターとしても亡国の危機に晒されたわけだから、ハンターズマスターの極刑は決まったも同然と言える。


 数日前に王都に向かったハンターズマスターだが、王都には2週間ほど滞在する予定らしいから、しばらくはフィールに戻ってこない。

 もちろん予定は変わることもあるが、それでも王家に文句を言いに行ってるんだから、明日明後日で帰ってくることはないだろうな。


 そう思っていたんだが、空に1匹のワイバーンが飛んでいるのが視界に入った。

 フィールに向かってるのは間違いない。

 まさか、ハンターズマスターが帰ってきたのか?

 俺は思わず、プリムと顔を見合わせてしまった。

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