ゴブリンの女王
Side・プリム
「いいぞ、プリム!」
「オッケーよ!」
大和の合図で、あたしは極炎の翼を纏った。
やっぱり魔力の消耗がすごいけど、少しは慣れてきたってこともあって、前回より急激にってわけでもない。
フィールに着いてから3日が経ってるけど、その間あたし達は、アルベルト工房で武器と防具を手に入れ、ポーションや食料、生活必需品の買い出しも終えている。
昨日と一昨日は、街道やベール湖で食材になる魔物を、武器の試し斬りも兼ねて狩ってたんだけど、おかげでブルーレイク・ブル23匹、グラス・ボア34匹、ホーン・ラビット14匹、ホーン・ラビットの希少種スパイラル・ラビット2匹を狩れたのよ。
おかげでそこそこ稼げたわ。
こないだ大和が捕まえたハンター崩れどもは、オーダーズギルドでしっかりと取り調べが行われ、本人達の自供通り、アーキライト子爵のワイバーンを殺したことの裏付けも取れたらしい。
オーダーの話によるとあいつらはアミスター出身じゃないし、ハンターズマスターの威光を笠に着て、全くと言っていいほど依頼をこなしてなかったみたいだわ。
他にも協力関係にあるレイドとかもわかったし、今頃は証拠固めをしながら、ハンター崩れを捕縛する準備を進めてるところでしょうね。
あたし達は今、マイライト鉱山の解放のために、採掘場にやってきている。
ゴブリンが巣食ってるって話は聞いてるけど、どれだけの数がいるかはわからないから、今日は偵察が主目的ではあるんだけどね。
マイライト採掘場は、フィールから1時間程南に歩いたのところにある、アミスター王国が誇る
あたし達がフィールに来る半月ぐらい前にゴブリンに襲われ、鉱山で働かされてる犯罪奴隷が全員殺されてしまったため、今は封鎖されてしまっている。
ここが重要な鉱山だってことは間違いないから、危険を承知で領代の部下やオーダーズギルドが何度か様子を見に来てたんだけど、そこでゴブリンが採掘場を巣にしようとしていることがわかったらしいわ。
だけどオーダーズギルドは、グリーン・ファングはもちろん、ハンターどものことがあるから、下手に動けなかった。
だから領代がハンターズギルドに採掘場奪還依頼を出したんだけど、グリーン・ファングの件を持ち出したハンターズマスターが、一度は依頼を拒否したそうなの。
それなら王都からオーダーなりハンターなりを派遣させるからってことで、ハンターズギルドのワイバーンを使う許可を求めたんだけど、ギルドでの緊急事態のためにあるって屁理屈を持ち出してそれも拒否。
さすがに無茶苦茶が過ぎるってことで、アレグリア総本部から派遣されていたライナスさんが口を出して、結局は採掘場奪還依頼が受理されることになったんだけど、受けるハンターは誰も出てこなかった。
いえ、フィール出身のハンターが依頼を受けてくれたんだけど、彼らは1人として生きて帰ってくることはなかったの。
そのハンターが参加した奪還戦の当日、いくつかのレイドが狩りをするためにフィールを出たんだけど、成果はゼロだった。
おそらくだけどフィール出身のハンター達は、そいつらに殺されたってことだと思うし、オーダーズギルドもそう考えて、大和が捕まえたハンター崩れの尋問を続けている。
領代もハンターズマスターの関与を疑ってるけど、その疑惑が晴れない内に本人が王都に向かっちゃったもんだから、ライナスさんがいなかったらアミスターとハンターズギルドの信頼関係は、とっくに崩れ去ってたでしょうね。
今あたし達が戦ってるのは、その採掘場に巣を作ったゴブリンどもよ。
普通のゴブリンはもちろん、上位種のホブ・ゴブリンまでいたけど、驚いたのは最上位であり、災害種のゴブリン・クイーンの存在。
クイーンとかキングとかの生まれる条件はわかってないけど、人間との接触が少ない程生まれやすいんじゃないかって言われている。
だけど今は、それが正しいか間違ってるかはどうでもいいわね。
ゴブリンは亜人と呼ばれているけどれっきとした魔物だから、体内に魔石を持っている。
だけど他の亜人よりもワンランク低い強さしか持っておらず、いかに最上位の災害種といってもブラック・フェンリルほどじゃないから、あたし達にとってはそんなに苦労する相手でもない。
あたし達は手にした剣やハルバードを振り、魔法や刻印術で次々とゴブリン達を屠っていく。
そして残ったのがゴブリン・クイーンだけになったのを確認してから、あたしは灼熱の翼に爆風の翼を重ねて極炎の翼を成す。
ゴブリン・クイーンは手にした剣で応戦しようとしてるけど、大和の刻印術で足を氷らされて動けなくなった。
あたしはそこを狙って、極炎の翼を全開にして、グリーン・ファングの時と同じように全速で突っ込んだ。
全開とは言っても、ゴブリン・クイーンの体を燃やさないように気を使ってだから、前より神経を使ったわね。
だけどその甲斐あって、ゴブリン・クイーンは少し焦げた程度で、胴体から真っ二つになって地面に転がっている。
「初めての時よりはマシだけど、それでもやっぱり疲れるわね」
「まだ完成ってわけじゃないし、無駄なところに魔力を使ってる感じもするからな。こればっかりは、試行錯誤を繰り返して慣れるしかないだろう」
まあね。
普通の魔法でも慣れれば魔力の消耗を抑えられるようになるし、あたしが満足できるようになるまで色々と試すしかない。
街の中じゃ極炎の翼なんて使えないから、試せる機会があったら積極的にやっていくべきね。
「それにしても、ゴブリン・クイーンねぇ。この分じゃ採掘場だけじゃなく、坑道にもゴブリンがいるんじゃないのか?」
「でしょうね。坑道もそんなに遠くはないから、念のため様子を見ときましょう」
「そうするか」
その可能性はすごく高いしね。
マイライト採掘場には、3つの坑道がある。
採掘場はその名の通り
というより
だから
その坑道、
採掘場のゴブリンを倒したあたし達は、手近な所からってことで、第三坑道に向かっている。
採掘場が広いこともあってそれぞれの坑道は視認できないんだけど、第二坑道は半年ほど前に崩落事故が起きたそうで、それ以来封鎖されてるって聞いてるから、そこは無視できる。
残るは第一と第三坑道だけど、第三坑道に向かった理由は単純で、一番近いからよ。
あくまでも念のため、のはずだった。
あたし達は第三坑道に何があるかなんて、全く考えてなかったんだから。
「大和?」
だから大和が、ドルフィン・アイを飛ばして第三坑道の様子を見てくれなかったら、思わぬ不意打ちにあってたかもしれなかったわ。
「気をつけろ、プリム。第三坑道に人がいる」
「人が?ゴブリンじゃなくて?」
「人だ。坑道の入り口は誰もいないように見えるが、さっき外の様子を伺ってる奴が見えた。ちょっとモール・アイに切り替える」
モール・アイっていうのは土性C級探索系術式で、ドルフィン・アイと同じ系統の刻印術だそうよ。
多分土属性だから、坑道の中を確認しやすいってことで使ったんでしょうね。
「……坑道を掘ってるな」
「それ、盗掘じゃない。って、こっちには気付いてないの?」
「っぽいな。まあ、気付いてたら、呑気に盗掘なんかしてないだろうが」
「確かにね。だけどなんで、盗掘なんてことを……ああ、だからハンターズマスターがグリーン・ファングの情報を握りつぶして、ハンターにアーキライト子爵のワイバーンを殺させたってことか」
「あり得るな。奪還作戦が実行されたのが半月ぐらい前って話だから、実際に掘り始めたのはそれ以降だろうが、それでもそれなりの量は掘れただろうし、このまま好き勝手させとくのも面白くない。何より見つけちまったんだから、捕まえないとだろ」
「同感よ。まさかこんなことしてたとは思わなかったけど、これで犯人の目星もついたし、アミスターもハンターズギルドも黙ってないでしょうね」
グリーン・ファングやブラック・フェンリル、ゴブリン・クイーンが現れたのは偶然だろうけど、それを逆に利用してフィールを孤立させて、
第三坑道は採掘場の東の端にあるからゴブリン・クイーンの注意も向きにくいし、グリーン・ファングやブラック・フェンリルが現れたとしても、そのゴブリン・クイーンがいることで襲われにくいって踏んだんだと思うし、他にも保険ぐらいは掛けてあるだろうけど、それは調べればわかるでしょう。
こんなことを考えるのはアミスターの北にある隣国、レティセンシア皇国に間違いない。
レティセンシアがマイライト山脈を狙っているのは有名な話で、レティセンシア王家もそれを隠そうとはせずに、事あるごとにアミスターと衝突しているって話だし。
なんでもマイライト山脈はレティセンシアの土地だから、レティセンシアが管理しなければならない。
大国であるレティセンシアの意向を無視すれば、フィリアス大陸で生きていくことはできない、とかほざいたってお爺様が笑ってた気がするわ。
当たり前だけどアミスターは無視を決め込んだし、そもそもレティセンシアは200年程前に、いくつかの小国同士の争いを制した王家が建国した国。
当然だけどアミスターはもちろん、マイライト山脈とも何の関係もないわ。
「それにしても採掘場の調査に来たはずが、とんでもないものにぶち当たったわね。労働者はやっぱり奴隷?」
「それがよくわからん。確かに揃いの腕輪はしてるんだが、俺は隷属の腕輪を見たことがないからな。それに犯罪奴隷だったとしても、服とかで奴隷紋が隠れてたら確認のしようがない」
それは仕方ないか。
ヘリオスオーブの奴隷は身請奴隷と犯罪奴隷がほとんどだけど、そのうちの身請奴隷は、隷属の腕輪と呼ばれる魔道具を身に着けている。
身請奴隷は腕輪をつける際に契約書にサインをして、そのサインを元に、主人になる人が奴隷になる人に腕輪をつけることで成立する。
隷属の腕輪は契約期間が終了するか、契約した金額を身請奴隷が稼ぐか、主人が契約違反を犯すかで自動的に外れて、それを合図に身請奴隷は解放される。
もちろん解放された後に仕えることもあるけど、それは個人の自由だと思う。
だから腕輪をつけてる奴隷は、身請奴隷と思って間違いない。
対して犯罪奴隷は、腕輪だと壊れてしまう可能性があるために、体に奴隷紋を刻み込むことになっている。
刻むと言っても魔導具を体に押し付けるだけで済むし、契約書を交わすこともないから、絶対に解放されることはない。
もちろんただ体に押し付けるだけで、誰でも奴隷にできてしまうようじゃ大きな問題が起きるから、国王や領主が罪状書にサインをしなきゃいけないし、そのサインがないと魔導具が動かないようになってるそうだから、悪用されることもない。
さらに魔道具を保管しているのはオーダーズギルドで、オーダーズマスターの認可がなければ起動すらしないようになっている。
問題なのは不法奴隷ね。
どんな方法かはあたしも詳しくはないけど、犯罪奴隷に使うのと同じような魔導具があるって噂は聞いたことがあるわ。
当然非合法だからバレたら極刑だけど、それはアミスターでの話。
レティセンシアやソレムネにはそういった魔導具を使う奴隷商人がいるみたいだし、グラーディア大陸にはそれとは別の方法があるっていう噂がある。
だから第三坑道にいるのがレティセンシアの人間だとしたら、使ってる奴隷は、高い確率で不法奴隷のはずよ。
「最悪の場合、奴隷の生死は諦めるしかないか。なるべく殺さないようにはするけど、確か主人が死ぬと奴隷も死ぬ、っていう契約があったろ?」
「不法奴隷の場合はね。騙されて奴隷に落とされた人は主人を恨むから、主人を傷つけないような保険としてそんな契約がある、って聞いたことがあるわ」
不法奴隷が不法奴隷たる所以は、まさにそこにあると思う。
考えるだけでも気分が悪くなるわ。
関係ないと言ってしまえばそれまでだけど、だからって罪もない人を殺すなんて後味が悪すぎる。
それに奴隷から解放することができれば、色々と情報が手に入る可能性もあるから、できれば奴隷は生かして連れて帰りたいところね。
「それじゃ行くか」
「そうしましょう」
あたしと大和はいつでも武器を構えられるように用心しながら、第三坑道へと歩を進めた。
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