ヘリオスオーブの金属
Side・ミーナ
「ワシはリチャード・アルベルトという。この度はフィールを救ってくれて、本当にありがとう。感謝するぞい」
私達は今、リチャードさん宅の広間で、リチャードさんとエドワードさんに深く頭を下げられています。
いえ、私にではなく、大和さんとプリムさんにですけど。
グリーン・ファングの件は私達オーダーズギルドだけではなく、街の人達にとっても大きな問題でしたから、お気持ちはよくわかります。
「まさかグリーン・ファングだけじゃなくて、ブラック・フェンリルまでいたとはなぁ。結界を抜けられる可能性があったって考えると、マジでヤバかったんだな。本当に助かったぜ。ああ、俺はリチャードの孫でエドワードだ」
街や村を覆っている結界は、全ての魔物を排除してくれるわけではありません。
私も詳しいことはわからないんですが、人間に敵意を持っていると弾かれるようです。
ですから魔物に追われたハンターや商人が結界の中に入ると、魔物はそこから先に進めなくなるんです。
ところがその人間に敵意を持っている、というのが曲者で、敵意がなければ結界の中を歩くこともできますし、餌付けされる魔物もいますから絶対に安全というわけではありません。
なので街によっては、大きな壁で周囲を囲んでいることもあり、王都はその典型で壁を三重にしています。
それでも壁は、魔法で補強してあるとはいえ普通の石壁ですから、異常種や災害種を防ぎきれるかと聞かれれば、難しいとしか言えないんですけど。
しかもその壁、結界があることを前提に建造されていますから、結界が破られてしまったら時間稼ぎになるかどうかも怪しいそうです。
何しろ災害種は、同種族以外に敵意ではなく破壊衝動を持っているとされていますから、敵意に反応する結界も、ほとんど素通りしてしまうそうです。
ですから町に入ってこられてしまえば、目につくもの全てを破壊することになり、その結果、街が滅ぶことがあるんです。
30年程前にリベルター連邦で、何の種族だったか忘れてしまいましたが災害種が生まれてしまい、国が傾いたことがあるそうです。
そのため大規模な討伐隊が組まれ、私の父も参加したそうですし、ソレムネ帝国とレティセンシア皇国以外の国からも、多くのオーダーやハンターが参加したと聞いた覚えがあります。
討伐にこそ成功したものの、被害は甚大で、戦いに参加した方も戦場となってしまった当時の首都に住んでいた方も多くが亡くなり、首都を放棄せざるをえなかったそうです。
ちなみにソレムネ帝国が討伐隊に参加しなかった理由は、その10年前程に、国内で魔物の大氾濫が起こり、その爪痕から復興できていなかったためです。
ですから当時の国々も、無理をさせようとはしなかったと聞いています。
まあ復興してからは、あちこちの国に兵を派遣しているろくでなしで恩知らずの国ですが。
そしてレティセンシア皇国ですが、その年は凶作による飢饉で国内が荒れていたそうですが、それを災害種に受けた被害のせいとして、リベルター連邦に抗議をしたため、国際的な信用を失い孤立してしまいました。
詳しくは覚えていませんが、当時リベルター連邦に多額の賠償金を要求したとかで、各国から支援を行ってもらうことができず、さらに経済制裁まで受けたとか。
それは今でも尾を引いており、レティセンシア皇国は徐々に衰退してきているそうです。
それほど大きな被害を出すために災害種と呼ばれていますが、その災害種であるブラック・フェンリルを、大和さんお1人で倒してしまったそうですからとんでもありません。
プリムさんは1人では無理だと仰っていましたが、それでもグリーン・ファングを単独討伐されていますから、私達からすれば、お2人とも常識外れの強さの持ち主です。
「なるほど、領代の依頼とはそういうことか。そういうことならば引き受けよう。いや、是非ワシにやらせてくれ。フィールを救ってくれた恩人のためじゃ、ワシの全てをかけて、武器を打たせてもらう」
私が考え事をしている間に大和さんとプリムさんが領代の依頼内容をお話しして、リチャードさんもエドワードさんも乗り気になっていました。
「だけどよ、エビル・ドレイクを相手にするとなると、店の武器じゃちょいと心許なくないか?」
「それはワシも思っておった。もちろん全ての武器は丹精込めて打っておるが、フェザー・ドレイクならいざ知らず、エビル・ドレイクともなればドラゴンに近い硬さの鱗と羽毛を持っておるじゃろう。2人の魔力があれば
「そうなんですか?」
「ああ。そもそもハイクラスともなれば、
それは知りませんでした。
でもうちの父さんもですが、
「確かに
「だから
「ようするに、無い物ねだりってことか」
「そうみたいね。だけど武器がないと話にならないのは間違いないから、何本か予備を買っていくしかないわ」
思ったより深刻な問題みたいですね。
普通武器は、マナリングを使うことが前提で、魔力強化によって劣化を防ぎながら使いますから、使い捨てになることは滅多にありません。
もちろん、異常種のような強力な魔物と戦ったりすれば、早く壊れてしまいますが、普通はそんなすぐに壊れたりはしません。
ですが大和さんとプリムさんは、魔力が強すぎるために武器の方がもたないという、思ってもいなかった問題があるみたいです。
そういえば父さんや兄さんも、よく武器を変えていたような……。
「申し訳ないが、そうしてもらうことになるじゃろう。幸い、
リチャードさんの打つ武器は、フィール、引いてはアミスターでも最高峰の物です。
ですがそんな人の打つ武器でも、ハイクラスの魔力には耐えられないんですね……。
「すいません、お手数おかけします」
「何を言う。異常種討伐に向かってくれるハンターに、下手な武器など渡せん。とは言っても、今回は時間がないこともあるから、店にある物に無理やり
「それでも助かります。申し訳ないですが、よろしくお願いします」
「わかっておる。エド、店の方に案内してくれ。防具も必要じゃろうから、そっちはお前に任せるぞ」
「わかってるよ。ついてきてくれ」
「ええ、お願いね」
私には縁のない問題でしたが、さすがにそんなことは言ってられません。
と言っても、防具の目利きもできませんから、本当にただの案内役ですね。
今は甘んじて受け入れるしかありませんが、いつか大和さんのお役に立ちたい……。
って、私はなんで、そんなことを考えているんでしょうか……?
Side・大和
参ったな。
まさか
聞いた話からの推測でしかないが、魔力強度、硬度、魔力伝達率を、鉄をオール5と仮定して10段階で表せば、
魔力強度は魔力を流した際による耐久力、硬度は物理的な硬さ、魔力伝達率は魔力を通しやすいかを表しているから、高い数字でまとまっている
だけどその
ここフィリアス大陸だと、ソレムネ帝国が似たようなことを考えて軍備を整えてるらしいが、そんなことして何の意味があるんだかな。
それにしても困ったぞ。
さらに
せめて
かといって
……待てよ。
どっちつかず、一長一短ってことなら、
確か、プリムがザックで買ったアイアンスピアは鉄製だが、鉄にしては強度が高かったな。
俺のアイアンソードと同じ鉄でできてるとは思えなかったから、てっきり鋼製だと思ってたんだが、それをプリムに聞いたら「鋼って何?」って逆に聞き返されたぞ。
つまりヘリオスオーブには、合金はないって考えてもいいはずだ。
問題があるとすれば、俺が
2人にならいいかもしれないが、今はあまり迂闊なことはしない方がいいだろうしな。
そうだな、こんなことはできないかって感じで提案してみるか。
「ほら、これが
おっと、まずはこっちが先だな。
俺が受け取ったミスリルブレードは片刃の直剣で、プリムの方はハルバードっていう、斧と槍の特性を持ったポールアームだ。
「大和は片刃の直剣を欲しがってたし、あたしも振り回したりするからこっちの方がありがたいんだけど、なんでこんなに都合のいい武器が残ってるの?」
プリムの疑問はもっともだが、エドワードの答えで納得してしまった。
「簡単な話だ。片刃直剣にしてもハルバードにしても扱いが難しいから、好んで買う奴が少ないんだよ。しかも今フィールにいるハンターは、そこまでの技量を持ってねえから、誰も目もくれねえ。しかも
片刃直剣に関しては言う程難しくはないが、ハルバードは斧と槍、両方の特性を持ってるわけだから、使いこなすのが難しいって話は聞いたことがある。
しかもこのミスリルハルバードは、穂先も大きいが斧刃も斧並みに大きく、反対側の鉤爪も2本ある。
軽い
「なるほどね」
「もちろん予備で買った奴はいるけど、使い勝手が悪いって返品してきやがったからな。しかもすげえ刃毀れして、使い物にならなくなったやつを。断ったらハンターズマスターが来やがったから、それ以来ハンターは店の敷居を跨がせてないんだが、お前らなら話は別だ」
ホントにロクなことしてねえな、ハンターズマスター。
それに便乗してるハンターもハンターだが、マジで早めに何とかしないと、アミスターとの関係がぶっ壊れるぞ。
「気になったんだけどな、俺達がブラック・フェンリルとグリーン・ファングを狩ったわけだから、近いうちにこの状況は改善されるだろ?そうなったらハンターズマスターはもちろん、ハンターどもがフィールでやってた悪事もバレるし、情報を握りつぶしてたんだから確実に処罰される。あいつら、それを理解してるのか?」
「知らねえよ。まあ全員よそ者だし、フィールから逃げ出すんじゃねえのか?ライナスさんがいるから、どこの町に行っても白い目で見られるだろうけどな」
つまり、何も考えてないってことかよ。
本気で頭悪いんだな。
まあ、知ったことじゃねえけど。
「別にバカどものことはどうでもいいわよ。それより、防具って何があるの?」
確かに、そっちの方が重要だな。
なにせプリムは鉄の胸当や肩当がついたバトルドレスに手甲、足甲も装備してはいるが、俺は未だに学校の制服のままなんだよ。
色々な刻印術が刻印化されてる制服だってこともあって、夏服や冬服の区別はなくなってるんだが、それでも何日も着続けたいとは思わない。
ちなみに制服は、グレーのズボンに白で縁取られた紺色のジャケット、それに緑系のネクタイだ。
学年によってネクタイの色が違うから、好みじゃないけど仕方がないんだよなぁ。
「
なるほどな。
とはいえプレートアーマー系は、いくら
とりあえず、革鎧に
「あたしはこのバトルドレスの装甲を、
「いいぜ。とは言っても今日は預かれねえから、明日の朝来てくれ。昼過ぎまでには終わらせとく」
「それでお願い。あとは手甲と足甲も、
やっぱりプリムは、今の装備のバージョンアップか。
他のにする意味もないから、当然なんだが。
「はいよ。大和はどうする?」
「魔物の革鎧って、どんな魔物を使ってるんだ?」
「グラス・ボアにグラントプス、珍しいとこじゃフェザー・ドレイクだな」
グラス・ボアはともかく、グラントプスの革を使ってるのかよ。
聞けば大人しくて人懐っこいグラントプスだが、全ての個体がそういうわけじゃない。
人を襲ったグラントプスは処分されるし、狩られた後は素材という、他の魔物と同じ運命を辿るんだそうだ。
他にも売れ残っていて、年老いたグラントプスなんかが素材になることもあるそうだ。
確かに全部が全部売れるわけじゃないからわからない話じゃないが、アプリコットさんが買わなかったら、オネストも素材になってたかもしれないわけか。
「フェザー・ドレイクの鎧があるの?見せてよ」
「おう、ちょっと待ってくれ。確かここに……あった、これだ」
プリムも興味があるみたいだけど、それもわかる話だ。
実際、エドワードが奥から引っ張り出してきた革鎧は、羽毛で覆われた紺碧色の革鎧だったからな。
けっこう綺麗だぞ。
「綺麗な色ね」
「だろ。魔力を流せば、
高すぎるってわけか。
まあ、フェザー・ドレイクはBランクだし、マイライトの森から滅多に出てこないらしいから、狩るのも大変だろうしな。
「それじゃ、それで頼む。後はプリムと同じく
「わかった。これも渡すのは明日になるがいいか?」
「もちろんだ。今日は武器だけ持って帰ることにするよ」
「悪いな」
こっちのセリフだ。
っと、そういや値段聞いてなかったな。
「それで、全部でいくらになるんだ?」
「そうだな、ミスリルブレードが4,000エル、ミスリルハルバードが4,800エル、フェザー・ドレイクの革鎧に
暗算苦手なんだがな。えーっと……
「全部で35,200エルだな」
「お前、計算早いな」
「そうでもない。というかエドワードもこんな商売してんだから、もう少し早く計算できるようにならないとマズくないか?」
「痛いとこ突くな。じいちゃんやマリーナにも、いつも言われてんだよ」
自覚あったのか。
マリーナっていうのは、エドワードの幼馴染で、ミーナの友人だ。
元々ミーナは、そのマリーナっていう子を通して、アルベルト工房を紹介してくれるつもりだったから、今回の依頼はある意味じゃ渡りに船だろう。
そのマリーナ、水竜のフェアリーハーフ・ドラゴニュートなんだそうだ。
エドワードもフェアリーハーフ・ドワーフだから、同じフェアリーハーフ同士ってことで昔から仲が良く、よく一緒に遊んだり、アルベルト工房で物を作ったりしてたそうだ。
「まあ端数は面倒だから、全部で3万エルでいいぞ。本当は恩人から金なんてとりたくないんだが、こっちも生活があるからな」
それは当然だ。
ただでさえハンターズマスターやハンターのせいで武器が売れにくくなってるし、他の街や村から封鎖に近い状態だったんだから生活だって楽じゃなかっただろう。
というか、面倒だからって理由はやめろ。
こっちとしても、値切るつもりは一切ないんだからな。
しっかりと35,200エル、支払わせてもらうぞ。
「こっちの事情を理解してくれるのはありがたいけどな、それでも譲れないモンがあるんだよ」
職人の矜持とか意地ってやつか。
だけど初っ端の買い物で5,000エル以上も値引かれると、こっちとしても簡単には頷けないぞ。
「なら33,000エルでどうだ?正直、俺としては最初の買い物でそんなに値切られると、この後が怖くなる。感謝してくれるのはわかるが、俺達からすればただの遭遇戦だったんだからな」
プリムも大きく頷いている。
エドワードやミーナ、オーダーズギルド、ハンターズギルドの職員、領代とみんな俺達に感謝してくれているが、俺達としてはブラック・フェンリルもグリーン・ファングも倒す予定はなかった。
たまたま進路上に出てきたのがそいつらだったってだけで、俺達からすれば降りかかる火の粉を払ったにすぎない。
まあ火の粉というには大きすぎるが、言ってしまえば偶然だ。
「たまたまだろうと何だろうと、俺達からすれば、いなくなったっていう事実が大事なんだよ。しかもこの後、エビル・ドレイクの討伐に行くってんだから、俺達としても出来る限りの協力したいってのが本音だ。フェザー・ドレイクが山から降りてくることはほとんどないとはいえ、皆無ってわけじゃないんだからな。ってわけで31,000エルだ」
実際俺が買ったフェザー・ドレイクの皮鎧は、そういった個体を狩ってるそうだからな。
「一応フィールを拠点にするつもりでいるけど、だからって街の人の生活を圧迫させたいわけじゃないんだよ。32,500エル」
「礼って意味もあるんだよ。それにミスリルブレードにしろミスリルハルバードにしろフェザー・ドレイクの革鎧にしろ、ずっと売れ残ってたモンだからな。だから捨て値でも、売れるんならそれに越したことはないんだよ。31,100」
「あっ!そんな上げ方しやがるのかよ!なら32,450だ!」
「50単位はきたねえだろ!31,120!」
「傍から見たら値切るための交渉なんだけど、なんで買う側が値段を釣り上げて、売る側が下げてるのよ?」
「普通、逆ですよね」
「完全に子供のケンカと化してるわよねぇ」
プリムとミーナが呆れているが、俺としても譲れない。
ここまできたら、もう意地だ。
絶対に高値で売ってもらうぞ。
それはエドワードも同様で、意地でも安く売りつけようとしている。
引いてたまるか、引いたら飲み込まれる!
なおこの交渉の結果、31,854エルという非常に中途半端な金額での取引が成立し、俺とエドは互いを親友と認め合うことになった。
自分で言うのもなんだが、何やってんだかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます