漆黒の神狼、深緑の風牙

 ったく、厄介事はまとめて襲い掛かってくるってのか?


 ウインド・ウルフを回収して獣車に戻ろうと思ってたんだが、何か嫌な予感がしてウインド・ウルフが来た方角にドルフィン・アイを発動させると、デカい黒い狼がこっちに向かってきてるのが見えた。

 おいおい、なんだよあれは。

 グリーン・ファングなら緑のはずだろ。

 そう思ってたら、今度は遠吠えが聞こえてきた。

 例の黒い狼が吠えたのは確認してるが、もしかしなくてもこれって仲間を呼んでるんじゃないだろうか?

厄介なことをしてくれるな。


「大和!」


 突然プリムが大声で俺を呼んだから振り返ると、そこにはグラス・ウルフ、グリーン・ウルフ、ウインド・ウルフの群れがこっちに向かってきていた。

 多いな。

 パッと見でも30匹はいるぞ。


「またけっこうな数だな。プリム、こっちからも多分やってくる。しかもボスは、グリーン・ファングじゃない」

「ど、どういうことよ!?」


 アプリコットさんの顔が驚愕に染まり、プリムが大声を上げる。

 それでも群れから目を離さないのは流石だ。


「ドルフィン・アイでこの先を見てみたんだが、こっちに向かってきてるのはやたらデカい黒い狼だ。グリーン・ファングは緑だって話だろ?」

「黒?ま、まさか!」


 プリムの声に若干だが怯えの色が混じった。

 けっこう嫌な予感がするな。

 もうすぐ視界に入るし、これだけの数のウルフ種に囲まれてるんだから、逃げるのも無理だし、覚悟を決めるしかないんだが。

 お、見えた。

 やっぱデカい黒狼だな。


「や、やっぱり……ブラック・フェンリルだわ!」

「フェンリル!?」


 現れた黒い狼は、全長5メートル以上は確定の巨狼だった。

 闇色の体毛に覆われ、鋭く尖った漆黒の牙と爪を持ち、黒い宝石と見間違う程黒い瞳に怒りを込めて、俺を睨んでいる。

 って、北欧神話の神喰狼様の名前がついてるのかよ!

 グリーン・ファングより格上確定じゃねえか!


「異常種のさらに上位の存在……。1匹で街1つを、簡単に落とせる力を持った災害種よ!」


 異常種のさらに上かよ。

 ウルフ種の数も数だし、こりゃ本気でいかないと、あっという間に飲み込まれるな。


 ブラック・フェンリルが射程距離に入ったことを確認すると、俺はマルチ・エッジとミラー・リングを生成し、水性A級広域対象系術式ニブルヘイムと風性A級広域対象系術式アルフヘイムの積層結界を発動させ、先手必勝とばかりに、さっきウインド・ウルフを倒した時より強力な氷の刃を纏った竜巻を、ウルフ種の群れに向けて放った。


 積層結界とは二種以上の広域系術式による結界で、積層術とも呼ばれている。

 俺は半径150メートルまでならなんとか展開することができるから、ブラック・フェンリルがそこまで来たことを確認してから発動させたんだが何匹か漏れてしまった。

 まあ漏れることは最初からわかってたから、結界に入るだけならそんなに手間じゃない調整をしてるけどな。

 実際そのウルフ種達は、結界に侵入すると同時に、氷の竜巻で首と胴体がさよならしたし。


 チラリとプリムの方を見ると、ウルフ種の半分近くがニブルヘイムとアルフヘイムで作られた氷の竜巻によって宙を舞っていて、明らかに怯んでいるのが見て取れる。

 そこにプリムのフレイム・アローが命中してるし、オネストもファイア・ブレスを吐いている。


「ありがとう、大和!こっちは急いで何とかするから、大和はなんとか時間を稼いどいて!」


 災害種って話だし、俺1人じゃ勝つのも一苦労な相手だからな。

 プリムが加勢してくれるんならありがたい。


 だけど、その時間を稼ぐってのが大変だぞ。

 俺が一番近いわけだから、それは仕方ないんだけどさ。


 俺はマルチ・エッジを左手に持ち替え、右手にザックで購入したアイアンソードを構え、それぞれの刀身に水性B級対象干渉系術式ブラッド・シェイキングを発動させた。

 するとそれを合図にしたかのようにブラック・フェンリルが吠え、周囲のグリーン・ウルフが襲い掛かってきた。


「せえ……のっ!」


 そのグリーン・ウルフ達は、ブラッド・シェイキングを発動させたアイアンソードとマルチ・エッジの刃であっさりと切り捨てられるが、剣を振り切った隙をついて、今度はウインド・ウルフが牙を剥いてきた。

 さすが狼だけあって、連携はお手の物かよ。


 フィジカリングで身体能力を上げたおかげもあって、その場から一歩後ろに引いたつもりが、5メートル近くも離れてしまった。

 慣れないと力加減が難しいが、間合いを取ることができたから今は良しとしよう。


 俺は着地と同時にウインド・ウルフに向かっていき、アイアンソードを真横に薙ぎ払い、ウインド・ウルフの左前脚を切り落とした。

 その程度、っていうのも変だが、致命傷には遠いのはわかってる。


 だが左の前脚を切り落とされたウインド・ウルフは、一瞬怒りの表情を浮かべるものの、アイアンソードに発動させているブラッド・シェイキングによって、体内の血液を激しく振動させられた結果、すぐに体中から血を噴き出して絶命した。

 それを確認する間もなく別のウインド・ウルフに、今度はマルチ・エッジを投擲する。

 こっちは掠り傷程度しかつけられなかったが、それでもブラッド・シェイキングが発動したことによって動きが鈍った。

 俺はその隙を見逃さず、再びアイアンソードを振り下ろして、今度は首を切断した。


「開幕にニブルヘイムとアルフヘイムを使ったことが功を奏したな」


 プリムの方も含めて、結界内のウルフ種の数は50を超えていた。

 だけどニブルヘイムとアルフヘイムの積層結界によって、30匹近くのウルフ種が氷の竜巻に飲み込まれ、その命を落としている。

 さらにプリムとオネストも攻撃してるし、チラっと見たらアプリコットさんも援護してたみたいだから、さらに数は減っている。

 というか今も氷の竜巻は健在だから、まだまだ数は減っている。

 マジで開幕で、ニブルヘイムとアルフヘイムの積層結界使っといてよかった。

 50匹以上のウルフ種の連携攻撃なんて、正面から受けたら命がいくつあっても足りねえ。


「っとおっ!危ねえな!」


 一瞬プリムやアプリコットさんの様子を確認しただけだが、その僅かな時間で、ブラック・フェンリルは右前脚で、俺を切り付けてきた。

 間一髪で交わした俺は、がら空きの胴体に向かってアイシクル・ランスを発動させた。

 だがほぼゼロ距離で発動した氷の槍は、ブラック・フェンリルに直撃こそしたものの、体を貫通することなく砕けて消えてしまった。


「思ったより硬いな。無傷じゃないってのが救いだけど、なっ!」


 距離を取ったブラック・フェンリルに向かって、俺は水性B級広域干渉系術式ミスト・アルケミストを、半径5メートルで発動させた。

ブラック・フェンリルは全長5メートル以上の巨体だし、動きも早いから、これでも捕捉しきれるかどうかは不安が残る。

 だから同時に、水性D級支援系拘束術式ウォーター・チェーンも発動させ、水の鎖でブラック・フェンリルの足を絡めとって、動きを鈍らせることも忘れない。


 ウォーター・チェーンに気を取られたブラック・フェンリルだが、さすがに災害種と呼ばれるだけあって、すぐに振り解いた。

 というか、無理やり引き千切りやがった。

 水の鎖を引き千切るって、常識ってもんがねえのかよ。


 だがその一瞬が、ブラック・フェンリルにとっては命取りとなった。

 なにせ直後に、ミスト・アルケミストの結界内の温度が、マイナス100度まで低下したんだからな。


 水属性に適性を持ってる俺だが、それでも一気に温度を下げられるわけじゃない。

 最大でマイナス200度ぐらいまでなら冷気を操れるんだが、そこまでの低温になると少し時間がかかっちまう。

 なのに父さんや師匠は、普通に絶対零度を、しかもほとんど瞬間的に使いこなしてるから、ダメ出しが半端じゃない。

 特に師匠なんて、火属性に適正持ってるのにだぞ。

 どんな化け物だよって話だろ。

 俺の同級生を例に出すと、マイナス30度~50度ぐらいがせいぜいで、俺がマイナス100度にまで温度を低下させるより時間かかってるんだから、俺もけっこうすごい方なんだぞ?

 まあそれで調子に乗れば、担任であり師匠の1人でもある女教師に殺されるだけだから、絶対に調子に乗らないけどな!


 それはともかくとして、さすがにマイナス100度まで急激に冷却されたわけだから、さすがのブラック・フェンリルも完全に氷り付いてしまっている。

 ここが寒冷地だったりしたら万が一があったかもしれないが、血液も氷らせたつもりだから、さすがに死んだだろう。


 だけど、念には念を入れておくか。

 苦手な属性だが、火性B級支援干渉系術式ファイアリング・エッジをアイアンソードに発動させ、一気にブラック・フェンリルの首を切り落とす。

 これで完全に終わった。

 首を切り落とされても生きていられる生物なんて、地球にもヘリオスオーブにもいないだろうからな。

 ゴーレム?そもそも生物じゃないでしょ。

 アンデッド?既に死んでますよ。


 まあ、あとは残ってるウルフ種の始末だが、もうそんなに残ってないし、さほど時間もかからず終わるかな。


Side・プリム


 あたしは襲い掛かってくるウルフ種を、フレイム・アローやフレイム・ランス、ファイア・アームズを纏わせたロングスピアで、次々と貫いていく。

 ザックで買ったアイアンスピアも悪くはなく、それどころかむしろ良い槍なんだけど、さすがに使い慣れない武器でウルフ種の大群を相手するのは厳しいし、癖でロングスピアを出しちゃったから、ストレージの中にあるわよ。


 母様と従魔契約をしたグラントプスのオネストも、ファイア・ブレスを吐きながらグラス・ウルフやグリーン・ウルフを倒しているけど、流石にウインド・ウルフが相手だと厳しい。

 母様が上手く援護してるから接近されてはいないけど、様子を見る限りじゃ時間の問題だと思う。


 だから大和がブラック・フェンリルを抑えてくれてる間に、急いでウインド・ウルフだけでも倒さなけりゃいけない。

 この数は厳しいけど、大和の結界でかなり数を減らしてるし、何より怯んでる個体がけっこういるから、今なら押し返せるしね!


「大和の結界で数は減ってるけど、だからってなにもしないわけにはいかないのよね!」


 だからあたしは、切り札でもある羽纏魔法はてんまほう灼熱の翼ファイア・ウイングを使うことにした。


 羽纏魔法は、翼族が翼に魔法属性を纏わせる魔法で、フィジカリングとマナリング、そして纏わせた魔法属性グループマジックを強化する特性を持っている。

 あたしは火属性が得意だから火属性魔法ファイアマジックを纏わせてるけど、やろうと思えば他の属性もできると思う。

 今はそんな余裕はないからしないけど。


「『ファイア・アームズ』!」


 道中で大和とも話し合ったんだけど、イメージを形にするには言葉にするのが一番。

 だからあたしが使ったファイア・アームズは、あたしのイメージ通りに、ロングスピアの穂先に集中している。

 マナリングでロングスピアを強化して、灼熱の翼でさらに底上げをして、さらにファイア・アームズで覆ったから、攻撃力はかなり上がったはず。


 あたしは自分自身が槍になったイメージを頭に思い浮かべて、フィジカリングで強化された身体能力をフルに使って、一気に群れに突っ込んだ。

 するとあたしの予想通りに、グラス・ウルフとグリーン・ウルフはあっさりと体を燃やしながら息絶えた。

 風魔法ウインドマジックを使うことでスピードを上げているウインド・ウルフの何匹かも、避けきれずに被弾して、致命傷を負っている。

 距離が開いちゃったからファイア・ランスで追撃すると、そのウインド・ウルフ達もすぐに炎に包まれた。

 これでだいぶ数は減ったわね。


 チラリと大和の方を見ると、驚いたことにブラック・フェンリルの体を氷らせて、首を切り落とすところだった。

 まさか単独で災害種を倒すなんて、思ってもいなかったわ。


 災害種は異常種のさらに上とされていて、単独で倒すのはエンシェントクラスでも不可能って言われている。

 その災害種を相手に、大和はどこも怪我をした様子が見られない。

 凄いんだけど、ここまでくると逆に呆れちゃうわね。


 だけど統率を取っていたブラック・フェンリルがいなくなった以上、ウルフ達が戦意を喪失して逃げ出すことになるはずよ。


「って思ってたんだけど、なんでまだやる気満々なのよ!」


 だけど、あたしの予想は見事に外れた。

 驚いたことにウルフ達の統率は乱れないし、何より明らかに怒っている。

 これって何かおかしいんじゃない?


「プリム!」


 怯えたような母様の声に振り返ると、その理由がわかった。

 あたしが倒したウルフ達の後ろから、大きな緑色の体毛をした狼が姿を見せたんだから。


「グリーン・ファング!しかも、2匹もいるなんて!」


 これはさすがに想定外だわ。

 ブラック・フェンリルがボスだってことは間違いないけど、まさか本来なら群れのボスでもあるグリーン・ファングまで支配下に置いてて、しかもそれが複数いるなんて、そんな話は聞いたことがない。

 さすがにこれは厄介だわ。


「さて、どうしたもんかしらね」

「お互い、1匹ずつやるしかないだろう。幸いウインド・ウルフはプリムが倒したので全部みたいだし、グリーン・ウルフやグラス・ウルフもかなり数が減ってる」


 母様の声に大和も反応してたみたい。

 気が付いたらあたしの隣に立ってたけど、災害種を倒したばかりなのに息も乱れてないとか、普通にありえないんですけど?


 今はそれどころじゃないから文句は後で言わせてもらうけど、確かにそれしかないわね。

 オネストには母様を守ってもらわないといけない。

 元々グラントプスなのに、力が弱くて臆病だからってことで売れ残ってたんだから、これ以上の無理はさせられないわ。


 残る問題は、大和じゃなくてあたしの方ね。

 ブラック・フェンリルを単独で倒した大和なら、グリーン・ファングにも問題なく勝てる。

 だけどあたしは、勝てるとは思うけど無傷でというわけにはいかないと思う。


 だけどここで躊躇している余裕はないし、覚悟を決めるしかないわ。

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