狼の襲来

 翌日、俺達は朝食を食ってからプラダ村を発った。

 ハンター志望の幼馴染の男女に、簡単にではあるが魔法はイメージが大切だってことを教えたから、しばらくしたらフィールで会えるだろう。

 プラダ村からフィールまではエモシオンまでより近いみたいだし、何よりプラダ村も畑を魔物に荒らされてしまったのに、グラス・ウルフの大量発生のせいでフィールやエモシオンに救援を求めに行くことも難しい状況になってしまったから、蓄えが足りるかわからないらしい。

 だから急場しのぎではあるが、ハンター登録してる村人が依頼をこなして、村のために食料なんかを買い付けに行くことになったそうだ。

 グリーン・ファングと遭遇する可能性があることは知ってるそうだが、そう長くはもたないかもしれない以上、無理でもしないと村に餓死者が出る可能性もある。

 俺にできることは少ないが、落ち着いたら力になれることぐらいは力になりたいもんだ。


「ところでプリム、昨日の魔法だけど」

「名称でしょ?とりあえずだけど連発と制圧力に重点を置いたのをアロー、威力と貫通力に特化させたのをランス、武器に纏わせるのをアームズってしておけばいいんじゃないかしら?」


 無難だし、わかりやすいからイメージしやすいな。


 プリムは火属性魔法ファイアマジックと、ハイクラスに進化した事で風属性魔法ウインドマジックに適正を得たが、雷属性魔法サンダーマジックも得意だ。

 だから昨日の大岩を粉々にした際に使った魔法をベースに、火、風、雷属性の魔法を、自分で使いやすいようにまとめていた。

 俺も同様に、得意としている水、氷、光魔法を同じ系統でまとめてみたから、他の属性でも同じような魔法が放てるはずだ。

 アロー系、ランス系、アームズ系でまとめてはいるが、他にも防御用や攻撃補助用、制圧用って感じでまとめていくべきだろう。

 候補としては単体防御のシールド系、広域防御のウォール系、放射攻撃のウェーブ系、そして広域攻撃のストーム系ってとこか。

 刻印術じゃ氷は水属性に分類されてたからな。

 刻印術とは属性の基準が違うからわからないが、適正のある水、氷、光は普通に使えるだろう。

 他の属性は試してみないとわからないが、使えないことはないと思う。


「それにしても、やけにグラス・ウルフの数が多いな」


 プラダ村を出て3時間ぐらい経っているが、既に20匹以上のグラス・ウルフを退治している。

 エモシオン~プラダ村間で倒したグラス・ウルフが30匹ぐらいだったから、いくらなんでも多すぎる。


「ホントにね。この様子じゃグリーン・ファングと出くわすのも、時間の問題な気がするわ」

「だなぁ」


 グリーン・ファングはモンスターズランクだとSランクで、プリムはハンターズランクに照らし合わせればSランクに、俺はGランクになる。

 しかも俺達はハイヒューマン、ハイフォクシーに進化してるから、2人だけとはいえグリーン・ファングと戦うことは可能だと思う。

 だからといって、会いたいかと言われれば、そんなことはないが。


「またグラス・ウルフか。あれ?なんか違うのも混じってる?」

「グリーン・ウルフね。こんなのまで出てくるってことは、本当にこの近くにグリーン・ファングがいるってことなんでしょうね」


 これがグリーン・ウルフか。

 グラス・ウルフは緑がかった灰色って感じだったが、グリーン・ウルフは面白いぐらいに真緑だな。

 ってことはグリーン・ファングも、真緑ってことはないだろうが、緑系の体毛してるってことか。


「そうなるよな。こりゃフィールがどうなってるか、本気でわからなくなってきたな」


 フィールじゃ間違いなく、グリーン・ファングの出現を確認してるはずだ。

 にも関わらず討伐できてないってことは、討伐できる程の実力者がいないのか、どっかから横やりが入っているのかだろうな。


「本当にね。だけど考えようによっては好都合かもしれないわ」

「どういうことです?」


 アプリコットさんには考えがあるみたいだが、ザックを経ってから3日で50匹以上のグラス・ウルフを狩ってるんだから、さすがにこの状況を都合がいいとは言いにくいんだがな。


「ザックはポルトンとさほど離れていないし、エモシオンはアミスターの要所だから、バリエンテだってこの状況を掴んでいるはずよ。それなら、私達がフィールに向かっているとは考えにくいはず。向かったと仮定しても、普通ならフィールに辿り着けるかどうかも怪しい状況なんだから、追手だってフィール方面に偵察を放つのは躊躇われる。何しろここまでグラス・ウルフの数が多いのなら、偵察もままならないんだから」


 確かに。

 俺達はフィールまでの街道を通っているけど、見通しはけっこう良いし、俺はソナー・ウェーブやドルフィン・アイも使ってるから、半径300メートルぐらいまでなら追手がいても確認することは難しくない。

 何よりこれだけ頻繁に襲われてるわけだから、仮に追手がいたとしても襲われない保証はない。

 というか、確実に襲われる。

 しかも、異常種が出てくるかもしれないっていうおまけ付きだ。

 無事にフィールに入ることができたとしても、出られなくなる可能性だって高い。

 フィールを出られないってことは報告もできないってことだし、同時期にフィールに入った奴がいたら、俺達だって警戒ぐらいするしな。


 そう考えると、俺達に追手がついてる可能性は低いし、逆に異常種に襲われて死んでるだろうって考えられててもおかしくはないか。

 なにせバリエンテは、プリムがハイフォクシーに進化したことを知らないわけだからな。

 となると問題は、俺達2人でグリーン・ファングを倒せるかどうか、だな。


「プリム、俺達2人で、グリーン・ファングを倒せると思うか?」

「倒せるかどうかっていうなら、倒せるでしょうね。だけどウルフ種は群れで暮らしてるからグラス・ウルフやグリーン・ウルフもいるだろうし、高確率でウインド・ウルフもいるから、そっちをどうするか、かしらね」


 ウインド・ウルフってのはグラス・ウルフ、グリーン・ウルフの希少種で、風を操ることができるそうだ。

 緑は風を意味する色ってのはヘリオスオーブでも変わらないから俺も予想はしていたが、さすがに希少種までいるとは思わなかった。


 異常種が生まれるにはいくつか段階があると考えられてて、その中でも確実だと思われているのが種の異常繁殖と希少種の増加の2つだ。

 希少種が魔力か何かによって突然変異したのが異常種だとも言われてるから、そう遠い説ってわけでもないだろう。

 ちなみにウインド・ウルフはBランクで、グラス・ウルフ、グリーン・ウルフのどちらからでも生まれる可能性があるそうだ。

 体毛は白みがかった緑だから、一目でわかると聞いている。


「なるほどな。なら結界でも展開させて、逃げ道を塞いでおくとするか」


 使うとすれば適性属性でもある水のA級術式が無難だな。


「便利よね、刻印術って。あたしも使いたいもんだわ」

「さすがにそれはな」

「そうなのよね。それじゃ、そろそろお昼にしましょうか」


 というか、もう昼か。

 異世界の旅の飯っていえば干し肉とかが定番だが、ヘリオスオーブにはストレージングやミラーリングという魔法がある。


 ミラーリングはカバンとか荷台とかの容量を増やすだけだが、詰め込めば重さは消えるから、それだけでも十分重宝する魔法だ。

 ストレージングは虚空に物質を保管する魔法で、しかも収納量は使用者の魔力に左右される。

  だが最大の特徴は、収納している間は時間が経過しないことだろう。

そのおかげでいつでも温かい飯が食えるし、作り置きもできるし、買いだめしておくこともできる。

 俺も使えるようになったよ。

 かなり高価だがストレージングを付与させた魔導具もあるらしいから、それなりに使ってる人はいるらしい。


 ちなみに昼飯はパンとグラス・ボアの肉の腸詰め、サラダ、それとスープだ。


「それにしても、昨日も思ったが、この世界の飯って俺の世界の飯と似てるな」

「そうなの?」

「ああ。この腸詰め、俺の世界にあるソーセージっていう食い物とほとんど同じだ。少し味が薄いけど、それぐらいしか違いがわからないな」


 腸詰めは昔からあるポピュラーな食い物らしいけど、塩はもちろん香辛料なんかもけっこう使うから、昔は高価だったんだったか?


「へえ、そうなんだ。でも食事に関しては、大和の世界にも負けてないって思うわよ?」

「なんで?」

「過去の客人まれびと達が、文字通り心血を注いで作ったと言われているのよ」


 なるほど、納得した。

 元の世界の歴史とか小説とかだと、食生活は今と比べると質素というか、味気ないものだったそうだが、これはヘリオスオーブでも同じだったらしい。

 さすがにそれは香辛料をふんだんに使い、様々な味で暮らしてきた客人まれびとにはとても辛い。

 俺でも同じことをする。

 もっともザックだけではなく、今じゃプラダ村でもそれなりに香辛料は手に入るみたいだから、ヘリオスオーブの料理はけっこう発展しているみたいだ。

 というわけで俺は感謝を込めて、客人まれびとの血と汗と涙と努力の結晶である料理をいただくことにしよう。


Side・プリム


 ご馳走様でした。

 やっぱりストレージングって便利よね。

 魔力の問題があるから使える人は多くはないけど、ストレージングを付与させた魔導具もあるから使ってる人はそれなりにいるし。

 でも旅をするにはすっごく便利なんだけど、戦闘にはちょっと使いにくいのよね。

 大和の刻印術みたいにしっかりと体系化させるか、いっそのこと刻印術を付与した魔導具でも作ってもらった方がいいかもしれないわ。

 実際魔石に刻印術を付与させたことがあるんだから、できないことはないと思うし。

 まあバカとかに使われると面倒なことになるから、今すぐにってわけにはいかないけど。


 魔導具で思い出したけど、移動中に大和の刻印具っていうのを見せてもらったのよ。

 だけど魔導具とはちょっと違うみたいだったわ。

 というか、何がなんだかさっぱりわからなかったわよ。

 見たこともない文字?記号?

 何かそんなのが並んでたし、使い方も全然わからなかったわ。


「そうか?まあ俺はほとんど生まれた時から使ってるようなもんだから、そこまで気にしたことはなかったな」


 なんて言ってるけど、この刻印具っていうの、大和の世界じゃありふれた道具で、お財布にもなってるし、本とかにもなってるそうだから、ないと生活ができないんですって。

 さすがにストレージングは付与されてないけど、もしされてたら完全にこっちの負けだったわ。

 ……今の時点でも十分に負けてるわよね。


「ところで今日中にフィールに着くって話だったが、やっぱり夕方ぐらいになるのか?」

「それぐらいになるでしょうね。魔物が少なければ、もう少し早く着けたと思うんだけど」


 大和の質問に母様が答える。

 今日も午前中だけで30匹以上のグラス・ウルフ、グリーン・ウルフを狩ったから、けっこう時間かかっちゃったのよ。

 倒すだけなら大和が一瞬で倒してくれるんだけど、死体を回収するのが手間なのよね。

 って、また来たわ。


 あれ?

 あの白っぽい緑の毛色って、もしかしなくてもウインド・ウルフじゃない。

 さすがにグラス・ウルフ、グリーン・ウルフ合わせて100匹近くがあたしと大和のストレージに入ってるから、底が見えてきたってことかしら?


「あの白っぽい緑の毛色のがウインド・ウルフか」

「みたいね。数は5匹か。これは確実にグリーン・ファングがいるわね」

「グラス・ウルフにしろグリーン・ウルフにしろ、けっこう狩ったからな。もしかしなくても警戒させちまったか?」


 でしょうね。

 まあ、狩らなかったらあたし達が死ぬだけなんだから、狩らないわけにはいかないんだけど。


「仕方ない気もするけどね。今度はどうするの?」


 母様が心配そうな顔をしている。

 ウインド・ウルフはBランクだし、それが5匹とはいえ群れで襲ってくるとなるとSランクハンターでも厳しいかもしれないわね。

 しかもウインド・ウルフは風魔法を使ってくるし、けっこう手間かもしれないわ。


「あんまり時間掛けたくないし、俺がやりますよ」

「待って大和。あたしにも1匹ぐらい残しといて」

「わかった」


 そう言うと大和は刻印具を操作して氷の刻印術を発動させた。

 確かこれってコールド・プリズンだったっけ?


 あれ?

 他にも何か使ってる?


 一瞬ウインド・ウルフの動きが止まって警戒したみたいだけど、そんなことはお構いなしに大和が作り出した氷の刃が渦を巻いて、あっという間にウインド・ウルフが絶命した。

 早いわよ!

 あたしのために1匹残してくれてはいるけど、そのウインド・ウルフも怯んじゃってるじゃない!


 まったくもう……。

 でも逃がすつもりはないから、フィジカリングとマナリング、灼熱の翼、さらにはフレイム・アームズまで使って体と槍を強化して、ウインド・ウルフに向かって翼を広げ、全力で突っ込んだ。

 初撃は避けられちゃったけど、そうなることも想定内。

 フレイム・アームズを纏わせた槍を薙ぎ払うことで、避けたウインド・ウルフの首を切り落とすことができた。

 まずまずってところね。


「お見事。それじゃちょっと回収してくる」

「大和に褒められても、心から喜べないけどね。それよりコールド・プリズンだっけ?それを使ったのはわかったけど、なんで氷が渦を巻いたりなんかしたの?」

「ああ、そのことか。エア・ヴォルテックスっていう、風の刻印術も使ったんだよ」


 やっぱり氷の他にも使ってたのね。

 なんでもエア・ヴォルテックスは、風性B級広域干渉系術式とかで、領域内の風を操ることができるらしいわ。

 相手を窒息させることも簡単にできるって言ってたけど、なんて恐ろしい魔法、じゃなくて刻印術があるのよ。


「エア・ヴォルテックスに限らず、風属性の刻印術は使い勝手がいいんだよ。俺は水属性と光属性に適性を持ってるんだが、風属性にも特性があるから結構得意なんだよ」


 刻印術の適正って、確か魔法と同じで、適性が低くても使えるのよね?

 魔法も適性が低くても使えるから、基本的なところは同じなのかもしれない。

 というか、特性って何なの?


「特性ってのは俺の世界の人間が持ってる刻印術への特殊技能みたいなもんだ。持ってない人も多いんだけどな」


 なるほど、つまり大和は、その特性っていうのを持ってるのね。


 刻印術は火、土、風、水、光、闇、無の7属性があって、大和は水と光に適性があり、闇には適性がないみたいだわ。

 それとは別に天空特性っていう、水、風、光属性、それから広域系と探索系っていう系統だっけ?が使いやすくなる特性があるみたい。

 広域系っていう刻印術には適性が低くて、苦手だって言ってたけどね。


 他にもいろんな特性があって、例えば大和のお母様は、全属性適正っていう特性を持ってるそうよ。


 その特性を使いながら、エア・ヴォルテックスとコールド・プリズンを同時に使って、氷の刃を嵐のようにぶつけるなんて、容赦なさすぎだわ。

 容赦したらこっちが危ないから、それは別にいいんだけどさ。


「すごいわね。Bランクのウインド・ウルフを、こんなにあっさり倒すなんて」


 母様は感心してるけど、こんなあっさりBランクモンスターを倒すなんて、ハイハンターでも簡単じゃないわよ。

 あたしも何匹か倒したけど、複数匹に襲われたら怪我の1つ2つはもらってたでしょうね。

 大和とあたしに力の差があるのはわかってたけど、ここまであると、もう笑うしかないわ。


「2つ以上の刻印術を同時に使うのって一応高等技術なんですが、けっこうポピュラーな技術でもあるんですよ。だからこれぐらいなら、俺の世界でも使える人は多いですよ」


 やめてよね。

 大和の世界じゃそうかもしれないけど、ヘリオスオーブじゃこんな使い方、見たことも聞いたこともないんだから。

 だけど大和の世界の知識に加えてこんな技術まで持ってるんなら、客人まれびとが特別な存在になってるっていうのも、すごく納得できるわ。


「よし、回収終わり。さすがに5匹だとすぐに終わるな」


 倒してしまえば回収作業はグラス・ウルフとかと変わらない。

 だから一度に襲ってくる数が少ないってことは、今のあたし達にはけっこう助かるわ。

 多い時なんて10匹以上の群れで来たからね、グラス・ウルフは。


 なんにしても、回収が終わったなら出発できる。

 あたしには刻印術は使えないけど、それでも大和の話はすごく勉強になる。

 また移動中に色々と教えてもらわないといけないわね。


 そう思ってたんだけど、突然大和が、ウインド・ウルフが襲ってきた方向に視線を向けて足を止めた。


 これって遠吠え?

 まさか!

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