18.梅の季節に桜咲かせて 4
実習棟の三階の一番端の教室、文芸部室は静かな場所をという設立者の希望で文系部のなかでもまさに校舎の僻地、端の端といった立地にある。
ともすれば悪い生徒たちの溜まり場にもなりかねないそこは、しかしいつ訪れてもせいぜいひとりふたりの大人しい生徒が本を読んでいるだけの空間だった。
「こんにちわ」
文芸部室の広さは教室ひとつ分。教壇の黒板から部屋のなかほどまでは通常の教室と同じように机が並び、後ろ半分は図書室のように書棚が並んでいる。
彼はその一番窓際の一番うしろから二番目、書棚に手が届く席をひとつ空けた席で、窓に背を向けて本を開いていた。
やや猫背気味の単身痩躯に制服を校則通りに着こなした、薄灰の髪を肩口で切り揃えた穏やかな少年が顔をあげて微笑む。
「お疲れ様です。珍しいですね、僕より遅いなんて」
不二は本を閉じて左手の机に置くと新田を出迎えた。彼女は彼が本棚との間に空けていた席に腰を下ろすと肩を竦める。
「弓子に絡まれてちょっとね」
「なるほど…。あのひと本当にお節介が好きというか、律花先輩のこと好きですからねえ」
「そうだろうか…」
「そうですよ。親切と友愛のひとですし」
「否定はしないが…随分あいつのことを買ってるじゃないか。あんな傲岸不遜な人間もなかなかいないと思うけど」
新田の言い草に半笑いを浮かべる不二。
「それもまあ、否定はしませんけど。僕らにとってはキューピッドみたいなものですよ」
「ま、まあそれは、うん。そうだけれども」
恥ずかしげもなく口にされた言葉に新田のほうが照れて視線を落としてしまう。
「それで、どんな話だったんです?」
「えっ?」
不二としては当然の流れだったのだが、新田は不意を突かれたように顔をあげた。そしてじっと彼の顔を見つめる。
場を沈黙が支配する。
「静かな部室に運動部員の走り込みの掛け声だけが遠くに聞こえる。校門付近に植えられた桜はまだつぼみが膨らみ始めたばかり。けれどもふたりの間にある空気はもう春を感じさせていた」
「そういうのいいんでっていうか内容だいぶ恥ずかしくありません?」
「ちょっと失敗したかなと思っている」
新田はバツが悪そうな顔で一度視線を逸らしたあと、改めて不二へ視線を向ける。
「キミにチョコをあげるべきか否か、ざっくり言えばそんな話だよ」
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