17.凩吹く日に持つべきものよ 9

 しかし気になるのは新田の様子である。

 こんなに弱った彼女を見るのは本当に初めてだった。夏休み前に少しゲームでやり込めたことがあったけれども、それでも不機嫌そうになりこそすれこんなおどおどした感じでは決してなかった。


「そのまえに、あの…先輩の様子がなんだか変では…」


 不二が新田を指差すと彼女は気まずそうに視線を逸らし、梯平は得意げに頷いた。


「コイツはさっきアタシが泣かした」


 さらっと言われた内容のインパクトが計り知れない。


「と、得意満面に言うことでは…なんでまたそんな」


 詰め寄りかけた不二へ逆に触れるすれすれまで迫った梯平は、彼を見上げて笑った。

 不遜をたたえて朗らかに。


「そいつは女同士の秘密ってヤツだ。男には教えられねえな」


 不二はそれ以上なにも言えなかった。男が女がという以上の、有無を言わせない存在感がそこにはあった。


 彼女とは文化祭で少し話しただけでそれは世間話以下のほんのわずかな時間に過ぎないが、他人の人間関係に積極的に首を突っ込んでくるタイプとは思えず意外だった。

 確かに女子は人間関係がこじれたときに友達を連れてくるというのはよく聞く話だけれども、彼女らもやはり女子ということなのだろうか。


 戦々恐々としている不二の様子を見て金髪の彼女、梯平は笑った。


「で、話を戻すが…そんなビビんなって。アタシは説明にきただけだ」


「説明?」


「律花が他人に干渉されんの変に嫌ってんのは知ってるよな?」


「まあ、なんとなくは」


 不二の返事に梯平はそれで十分と頷いて続ける。


「コイツは新聞部のつまんねー記事でイラついてたとこにオマエらがいかがわしいことしてんじゃねーか疑ってる教師がいるって聞いてカチンときちまったのさ。それでカッとなって心にもねーこと言っちまったと」


「心にもない、ですか」


「そうだ。じゃあ本心は?みてーな話はアタシがいないときにオマエらで勝手にやれ。今はやめろ」


「あ、はい」


「よし。あとは何日かオマエが文芸部室にこなくなって、そのあとまた顔だそうって気になったころには律花のほうがしんどくなってくるのを止めてたわけだ。わかったか?」


「ええと、それで…」


「アタシからはそんだけさ。オマエらの間にが必要だと思ったから少しだけ口挟んじまったが、あとはふたりで話つけれるだろ」


 彼女は軽く新田の背を叩いてそれだけ言うと本当にひとりで、当然のように悠々闊歩して文芸部室を出ていってしまった。あとには不二と新田だけが残される。


 梯平の話は兄、まことの推測した内容と同じだった。彼女はそれを新田の口からでは言いにくいだろうと、それを代弁しにここへきたのか。だとすればそこもまたおおむね兄の予想通りで、唯一の齟齬は先輩に代弁者がいたという一点だけだろう。

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