17.凩吹く日に持つべきものよ 7

 新田は呻きをあげながら腹を押さえ、梯平の前蹴りに押し込まれて椅子に座り込んだ。


「まーそろそろ逃げ出すと思ってたら案の定だ。昔っから煮詰まったときの行動パターンが変わっちゃいねえ」


 梯平は丸まっている新田の顔を隠すように頭から自分のコートをかぶせるとその上からぎゅっと抱きしめ…という可愛い感じではなく、がっちりと首相撲を極めて立てないよう体重をかける。


「弓…子、お前…」


 新田を確保した梯平がコート越しに耳元で囁く。


「教室には誰もいねえ。懺悔にゃいい頃合いだぜ?」


「だから、私は他人に詮索されるのは嫌いだって言ってるだろ…」


「そいつはもう聞いたし前から知ってらあ」


「だったらっ!」


 怒りにも似た苛立ちの籠った声をあげる新田の首をぐっと押さえて、彼女は静かにしかしはっきりと告げる。


「アタシは他人じゃねえ」


 沈黙。


「アタシはオマエの友人だ。それもガキのころからの腐れ縁じゃねえか。今さら他人なんざ言わせねえぞ」


 ふたりともそれから暫くの間なにも言わなかった。教室に入ってくる者も無い。

 やがて折れたようにぽつりと新田が零した。


「…悪かった」


「は!かまやしねえさ、こんなもん」


 梯平は軽く笑い飛ばす。


「そうか…。ところで、そろそろ放して欲しいんだが」


「いーやこのままやる」


「なぜに」


 コートの下で不審げな声をあげる新田。


「こいつは即席の懺悔室さ。お互いツラ突き合わせてするような話でもねえしオマエもそのほうがいいだろ」


「いやまあ、そう言われればそうだが…」


「だろうが。じゃあ全部ゲロって楽になっちまえ。なあ、迷える子羊よ」


 また暫く沈黙があり、それから新田は小さな声でぽつぽつと語り始めた。


 文芸部室でなにがあったか。

 自分がなにを言ったか。

 そうして彼はどうなったか。

 新聞部に記事にされて以来気まずかったこと。

 己の失言をその場で取り消す勇気が出せなかったこと。

 彼の来ない文芸部室にひとり居る毎日に耐えられなくなったこと。

 

 梯平は彼女の言葉を肯定もせず、否定もせず、たまに相槌を打つだけで最後まで黙って聞き続けた。

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