3.春暁ペナルティ 6
「それに先輩が自分で見せたようなもんですから、僕蹴られ損じゃないですか?」
「私をパンツ見せたい女子みたいに言うのはやめて貰いたいな」
「違うんですか」
「よしちょっと椅子から降りて頭を下げたまえ」
「あ、それは本当に蹴る流れですねやめてください傷害沙汰になったらいくら先輩でも勝ち目は無いですよ三年で事件を起こすのはヤバ過ぎるでしょ」
「くっ小賢しい」
新田が渋々諦めた様子を見せたのでなんとか危険を回避したと内心胸を撫でおろす。
しかしほっとしたのも束の間。
「しかし私はキミの発言になんらかのペナルティを課さねば気が済まない」
「いつになく表現が直接的ですね」
「私の憤りを察したまえよ」
「あっはい」
普段ならあまりしつこくない新田が珍しく食い下がるので、もしかして寝起きが悪いタイプなのかな、などと思いつつ不二は大人しくしていることにした。
一方新田はあごに指を当てたポーズで目を閉じて眉間にしわを寄せて唸っている。
「先輩もうやめましょうよ。こんなことしたって誰も幸せになれませんよ」
「絶対やだ」
「あっはい」
言い方は普段より可愛いのに声がドス重かった。まあこんな先輩も滅多に見られないし、と気を取り直して待つこと数分。
「よし、決めた。たまには文芸部員らしいことでもしようか」
「え、なんですか急に」
「春眠暁を覚えず、これに続きがあるのは知っているかな」
「えーと、聞いたことあるような、ないような」
「処々啼鳥を聞く、夜来風雨の声、花落つること知りぬ多少ぞ、と続く」
「詩だったんですね」
「古い中国の詩人が読んだ漢詩だね。さて、というわけで」
「というわけで」
「春眠暁を覚えず、の後ろを新たに作りたまえ。期間は今日と明日いっぱい」
「ええ、漢詩を書けってことです?それに期間もちょっと厳しくないですか?」
「四行になる詩であればあまり細かいことは言わない。ただし期間は厳守だ。まさかいやとは言うまいね?」
朗らかな笑顔と楽しそうな声色のときは少なくとも黄信号。その矛先が自分に向いたことはほとんどなかったけれど、一年彼女を間近で見てきた彼はよく理解していた。
「図書室なら漢詩作法の入門講座みたいな本もあったはずだ。借りて来るなら早いほうがいいよ」
「うぅん…まぁたまにはいいか。わかりました。ちょっと行ってきます」
「荷物を置いていくなら適当に切り上げて帰って来るんだよ」
新田は荷物を置いたままぱたぱたと出ていく不二を見送ると、スマホを取り出してぽちぽちと通販サイト巡りを始める。見ているものは女性物の下着。
「可愛いパンツ買おう。見せるわけではないけれど」
ぽろりと口から零れた言葉を吟味して、仏頂面で大きなため息を吐く。
「べ、つ、に、見せるわけではないけれど」
誰も聞くものの居ない文芸部室で、念を押すようにひとりごちた。
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