4.読書に向かない雨模様

4.読書に向かない雨模様 1

 六月上旬、この辺りもとうとう梅雨入り宣言がなされ、今日は朝から早速の雨模様となっている。この天気では帰宅してから改めて外出することもないだろうし、濡れた傘片手にでは寄り道するのもおっくうだ。時間を持て余すくらいなら先輩の顔でも見ていこうかと、不二はいつものように文芸部室へ足を向けた。

 二年生の不二が部室を訪れることは週に二度か三度。しかしそれでも部長である新田を除けば先輩を見たことはなく、同級生もやはりほぼない。後輩である一年生も入部当日以外に見た覚えは一度もなく、先輩から誰か来たという話も聞かない。

 現状を思えば週一以上のペースを維持している彼はそれだけで十分に活動的な部員と言えた。


「こんにちわー」


 文芸部室の広さは教室ひとつぶん。教壇の黒板から部屋のなかほどまでは通常の教室と同じように机が並び、後ろ半分は図書室のように書棚が並んでいる。その一番窓ぎわの一番うしろ、書棚に手が届く席で部長の新田が本を開いている。


 といういつもの光景が、部室の扉を開いた不二の目に映る予定だった。


 しかし目の前に広がる現実はこうだ。

 裸足の女生徒が教室中央の机の上で長い黒髪を振り乱しドライヤー片手にくるくると回っていた。室内には床といわず机といわず、謎の白い小袋が大量にばら撒かれている。部室後方の書棚も例外ではない。


「うわあ…」


 入口でかなり引いた声を上げて立ちすくんでいる不二の姿を認めて、女子生徒はドライヤーを切って動きを止めた。


「やあ不二くん、こんにちわ。こんな天気の悪い日に部室に顔を出すとは物好きだね」


 腰に手を当て、不敵で冷笑的な独特の表情を浮かべる。そこでようやくその女生徒が新田だと気付いた。


「え、ああ、先輩か、びっくりした」


「見ればわかるだろう?もしや普段は下着に隠された私の柔肌にでも見惚れていたのかな」


「靴下を下着に数えられてもどうかと思いますけど。で、これはいったいなんの儀式ですか」


 不二は机の上から見下ろす彼女を胡乱な目で見上げた。

 彼が持つ新田のイメージは制服を校則通りに着こなして、ひとつ結びの三つ編みに紺色でフルリムのセルフレーム眼鏡という組み合わせの、言うなれば絵に描いたような文学少女だ。それ以外の姿はほとんど見たことが無い。

 少なくとも裸足で机にのぼって髪を振り乱し踊っているような人物像ではない。


「これは文芸部に代々伝わる梅雨払いの儀式でね、来年はキミにやってもらうことになるから後で教えよう。

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