2.その眼鏡獰猛につき 8


「悪魔だー!?食べ物にそういうことするのサイアクですよ先輩!!」


「ふん。私の繊細なハートはたいそう傷付いたのだよ不二くん」


 不二の悲鳴じみた抗議をすまし顔で流して自分のホットコーヒーを舐める。もちろんカップを報復から守ることは忘れない。


「絶対剛毛で覆われてるでしょそのハート」


「さておき」


「さておかないでくださいよ」


「後藤くんは文芸部員だぞ。幽霊部員だけど」


「ええ…」


「キミも入部届渡すところ見てただろう?」


「あれ入部届だったんですか、っていうかよくあの空気で入部届を渡そうと思いましたね。そしてよく彼も書いて持って来ましたね」


 悪魔のやることは理解できないという言葉が喉まで出かかったがぐっと飲み込んだ。新田はそんな不二の内心に気付いた様子も無く視線を宙へ向けて当時のことを思い返す。


「あー。こっちから次の機会を提示してあげないと収まらなかっただろう、あのときの彼は」


「そういうもんですか」


「あのときはそう思ったんだよ。そしたら二日後に教室まで持って来た」


「律儀だなぁ」


「まあ単に人目の無いところで私に会うのはもう嫌だっただけなのかも知れないが。せっかくの機会だからフタバで彼とお茶してマグカップを弁償して貰った」


「容赦ないなぁ」


「割ったのは私だが、原因は彼と言って差し支えないだろう?実際彼も快く払ってくれたよ」


「はー…僕にはわからないなぁ」


 もっとも、わからないと言い出せば学校行事の最中に後ろを向いて私語に勤しむ態度もそれを注意されて逆ギレする気持ちもわからないので不二から見たら後藤は完全に未知の生物でしかないのだが。


「でもそうだな、彼に声をかけると去年の続きが始まりそうな気がしないでもないし、やめておこうかな」


「それがいいと思います」


 その新田の予想には不二も全面的に賛成だった。決して自分が部活紹介をやりたいわけでは無いのだけれど、一年越しの因縁に火を入れ直すことになりかねない行為をお勧めしたいとは、少しならず思えなかった。


「さて」


 ランチタイムも終わりに近づいてきたところで新田が立ち上がる。


「そろそろお開きにしようか。クラブ紹介については少し考えて、明日また相談しよう」


「そうですね」


 不二も頷いて立ち上がる。手にした容器には溶け切らない砂糖がたっぷり入ったアイスコーヒーがまだ残っているけれど、これを飲むのはちょっとなぁ…などと考えながら持て余していると、新田が横から手を伸ばして抜き取った。


「そんな顔するなよ。駅の缶コーヒーで良ければ奢るから」


 彼女はそのまま容器に刺さっていたストローを銜えると三割ほど残っていたそれを一息で啜り上げ、顔をしかめて空の容器をゴミ箱に投げ込んだ。そしてそのまま口元を軽く押さえてそっぽのように横を向く。


「あっま」


「あ。あー…」


 不二は突然のことに声を上げたが上手く言葉にならない。


「なんだい変な顔をして」


「あーっと…いや、うーん」


「ほらほら、次のお客さんが入れないだろ。いくよ」


 新田は言い淀む不二を追い立てるように急かして店を出る。


 そのコーヒーは少し甘過ぎて、しばらくの間彼女の胸につかえたのだった。

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